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再生医療

再生医療について学ぼう!

再生医療とは

「再生医療」の定義を調べてみるといろいろな表現がなされている。なかでも、国立医薬品食品衛生研究所・遺伝子細胞医薬部の 多能性幹細胞安全情報サイト でみつけた下記の定義がもっともよいのではないかと私自身は思っている。何故、そう思うかというと、下記の表現には現在の再生医療の手段(医療技術)のすべてが含有されていると思ったからである。

生きた細胞を組み込んだ機器等を患者の体内に移植等すること又は内在性幹細胞を細胞増殖分化因子により活性化/分化させることにより、損傷した臓器や組織の自己再生能力を活性化することで失われた機能を回復させる医療(広義)。

患者の体外で人工的に培養した幹細胞等を、患者の体内に移植等することで、損傷した臓器や組織を再生し、失われた人体機能を回復させる医療。

患者の体外において幹細胞等から人工的に構築した組織を、患者の体内に移植等することで、損傷した臓器や組織を再生し、失われた人体機能を回復させる医療 。

もっと簡単に言えば、 再生医療(Regenerative medicine)は、病気や怪我で失われた身体機能を回復させることを目指して提案された医療技術や再生医療製品の総称、であることに相違はないようだ。


再生医療に用いられる幹細胞

再生医療では、失われた組織や臓器を元通りにするために生きた細胞を使ったり、人工材料をうまく使ったり、あるいは遺伝子を入れた細胞を使うなど、さまざまな新しい技術を使用する。なかでも幹細胞等を用いて、臓器や組織の欠損や機能障害・不全に対し、それらの臓器や組織を再生し、失われた人体機能の回復を目指す方法が主流と言われている。

ヒト体性幹細胞ヒト胚性幹(ES)細胞ヒト人工多能性幹(iPS)細胞 の3種類が再生医療への応用済み、または応用可能性があるとして研究が進められている幹細胞 である。

ヒト体性幹細胞 (Human somatopoietic stem cells)
・成人の組織中に存在
・皮膚幹細胞、角膜幹細胞などはそれぞれ皮膚、角膜にしか分化しない
・骨髄や脂肪組織中に存在する間葉系幹細胞は、骨、軟骨、血管の組織に分化可能
・既に臨床研究が実施され、実用化(製品化)されたものがある
ヒト胚性幹(ES)細胞 (embryonic stem cells;ES cells
・ 生殖医療などで生じた余剰胚(胚盤胞)中の内部細胞塊を取り出して培養する
・ 奇形腫を形成することから三胚葉いずれにも分化できる(=分化万能性の証左)
・ 心筋、神経、網膜への分化の報告がある
・ 適当な培養条件を与えれば、無限に増え続けることが可能(=株化細胞)
・ 臨床応用例はまだ報告されていない
ヒト人工多能性幹(iPS)細胞 (induced pluripotent stem cells; iPS cells
・ 成人の細胞(皮膚など)に、 ES細胞に特異的に発現している遺伝子の一部を導入することで樹立される、ES細胞と同質といわれる細胞
・ 遺伝子を導入した細胞のすべてがiPS細胞になるわけではなく、それらの中のごく一部の、形態的にES細胞と類似した細胞が選別され、iPS細胞株として樹立される。
・ その樹立方法は現在も改良が続けられている
・ 眼科領域での臨床応用例が報告されている

iPS細胞は、京都大学の山中伸弥教授らが世界に先駆け開発した人工多能性幹細胞であり 、 2012年にノーベル生理学・医学賞が山中伸弥教授に授与されている。そして、iPS細胞を用いた臨床研究も2014年に世界で初めて日本で開始されている。


ES細胞とiPS細胞の差異

人間の骨も臓器も皮膚もすべて受精卵から分化したものであるから、人間の細胞は、受精卵の時点では骨や皮膚や心臓などどんな組織にもなれる能力(全能性)を持っていると言える。ところがいったん分化した細胞は、基本的に別の種類の細胞に変化したり、もとの幹細胞に戻ることはない。 ES細胞iPS細胞は、幹細胞として 再生医療に使用できると期待されており、世界中で研究されている。

ES細胞は、受精卵が胎児になるプロセスで、分裂が始まった後の胚盤胞の中にある細胞を取り出して培養されたものである。しかし、これは胎児となる受精卵を使って作るため、倫理的な問題がある。

iPS細胞が画期的なのは、皮膚などの細胞に遺伝子操作を加えることでES細胞のような幹細胞になることである。受精卵を用いていないので倫理的な問題もない。 iPS細胞は、さまざまな器官・細胞へと分化できる多能性と、ほぼ無限に増殖する能力(増殖能)を持ち、再生医療の可能性を飛躍的に拡大させると期待されている。 既存の医薬品では治療が難しいものや、治療法が確立されていない疾患に対して新たな治療法となる可能性がある。 一方、遺伝子操作を行うことや iPS細胞に増殖能があることから安全性(ガン化リスク)の課題があり、この課題を克服すべく現在も研究が進められている。

ES細胞iPS細胞は、再生医療に用いる幹細胞としてだけでなく、病気の発症メカニズムや病気の原因調査新薬開発の研究など様々な分野での応用に利用されており、今後も世界中で研究され、未来の医療や医薬品開発を変革していくと期待されている。


iPS細胞を用いた再生医療の進捗

iPS細胞を用いた再生医療の臨床研究は、網膜疾患(加齢黄斑変性症)だけでなく、角膜上皮幹細胞疲弊症、再生不良貧血、パーキンソン病の治療へと進んでいるようだ。さらに将来の臨床応用が期待されるものとしては、脊椎損傷、心不全、 軟骨損傷、代謝性肝疾患、頭頚部がんなどに対する再生医療があるという。

多くの患者に再生医療を届けるために、免疫拒絶反応が起こりにくい細胞の型(HLA型)をもつ健 康なドナーから再生医療用iPS細胞を作り、備蓄する計画も進んでいるらしい。

また、難病の患者の血球や皮膚からiPS細胞を作製した後に目的とする細胞に分 化誘導すること(疾患特異的iPS細胞)によって、難病の原因解明新薬の開発も進ん でいるという。

平成27年4月に設立された国立研究開発法人日本 医療研究開発機構AMED)が、文部科学省、厚生労働省、経済産業省と連携・協働して、再生医療の基礎研究から前臨床研 究、臨床応用までを一貫して支援しているようだ。 各省連携プロジェクト「再生医療実現プロジェクト」の進捗状況が下記の冊子で報告されており、非常に興味深いのでリンクを添付する。

再生医療研究開発2020
AMEDʼs Programs on Regenerative Medicine
基礎研究の早期実用化を目指して
000064136.pdf (amed.go.jp)

ティッシュエンジニアリング

ティッシュエンジニアリング(Tissue Engineering)は、機能を失った臓器や組織の代替品を、生命科学工学をうまく組み合わせて作り出す考えのこと、つまり人工的に臓器や組織を作るという考えで、 1990年代にアメリカの医師と工学研究者らによって提唱されたものである。患者の細胞、細胞が活動するためにとても重要な場所(骨組み)を提供するマトリックス、私達のからだに良い作用をもたらす栄養成分である生理活性物質の3つを上手く組み合わせせて人工的に臓器や組織を作ること、まさに再生医療に繋がる医療技術と言える。

私達、人間の体は約60兆個の細胞でできている言われているが、ほんの小さな組織や臓器を作りたい場合でも数億個の細胞が必要となる。そのため、体から取り出した少量の細胞を増殖させる必要がある。ただし、多くの細胞を増やすことができても、それらが体の中にいたときのように働いてくれなければ意味がない。そこで、細胞の働きをしっかり維持しながら大量に増やす技術がとても重要になる。つまり骨組みであるマトリックスが必要となる。理想的なマトリックスは、移植後に速やかに消失し、周囲の細胞がつくる自然のマトリックスに置き換わってくれるものである。

理想的に培養された細胞と理想的なマトリックスに加えて、臓器がきちんと働くためには細胞をきちんと並べる必要がある。皮膚や骨、軟骨などはバラバラに細胞を入れてもほとんど問題なく機能するが、肝臓や腎臓など多種類の細胞でできている複雑な臓器では、細胞を本来の臓器と同じ順序や構造で並ばせる技術(例えば、生理活性物質の添加)が必要となってくる。 これらの課題が解決されてはじめて人工臓器や組織が作れる。

ティッシュエンジニアリングにより、皮膚や軟骨などはすでに製品化されているものがある一方、肝臓や腎臓など複雑な臓器をつくる技術はまだ研究段階である。細胞から人工的に組織や臓器をつくり、その治療を実現する再生医療へはまだ道半ばというところである。


日本における再生医療の進歩

再生医療は、何もiPS細胞だけの話ではない。この15年間で再生医療はティッシュエンジニアリングによって 大きく進歩した。私達の体の組織幹細胞から作った皮膚、軟骨、心筋、間葉系幹細胞などを用いた再生医療製品が、火 傷、軟骨損傷、心不全、骨髄移植の際の合併症、脊髄損傷などを対象疾患として開発され、上市されている。これらの再生医療製品は、保険診療とし ても認可されている。


日本で上市されている再生医療製品

製品名 対象疾患(上市年)開発会社
ジェイス 重症熱傷 (2007)J-TEC
ジェイス 先天性巨大色素性母斑(適応拡大; 2016) J-TEC
ジェイス 栄養障害型/接合部型表皮水疱症 (適応拡大; 2018) J-TEC
ジャック外傷性軟骨欠損症/離脱性骨軟骨炎(2012) J-TEC
ハートシート 虚血性心疾患(重症心不全; 2015) テルモ
テムセル 急性GVHD(移植片対宿主病; 2015) JCRファーマ
ステミラック 外傷性脊髄損傷(重症)神経症状改善(2018) ニプロ
キムリア 難治性CD19陽性B-ALL、DLBCL(2019) ノバルティスファーマ
イエスカルタ点滴静注 原発性縦隔大細胞型B細胞リンパ腫および再発又は難治性のCD19 陽性のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(2020) 第一三共
ネピック 角膜上皮幹細胞疲弊症 片眼性(2020) J-TEC
オキュラル 角膜上皮幹細胞疲弊症 両眼性 (2021) J-TEC
ブレヤンジ静注 再発又は難治性の大細胞型B細胞リンパ腫、再発又は難治性の濾胞性リンパ腫(2021) セルジーン
デリタクト 悪性神経膠腫 (2021) 第一三共・ 東大医科研
参考:再生医療とは|セルシードの再生医療|細胞シートの再生医療技術 – CellSeed

【参考資料】

国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子細胞医薬部の多能性幹細胞安全情報WEBサイト
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の報告書/ 再生医療研究開発2020
再生医療ポータル(日本再生医療学会が開設したサイト)
Japan Tissue Engineering Co., Ltd(J-TEC)のHP/再生医療ナビ
セルシード株式会社HP