はじめに
シニア世代に入ると若い頃に比べて感染症に罹患しやすくなったように思う。おそらく加齢によって免疫力の低下が生じているのかも知れない。
加齢に伴い、免疫機能が低下することはよく知られた事実である。免疫機能は60歳を超えると20代のおよそ半分以下になると言われている。免疫を主導する白血球(T細胞)が生み出される数が減り、その活動も衰えるからである。さらにT細胞の成長を助ける脾臓やリンパ節の機能も低下するため、T細胞の病原体への反応が弱くなっているらしい。
私たちは、感染症に罹患しないよう感染予防対策をとると共に、感染した場合における対応についてもしっかりと知識を身につけておかなければならない。
ウイルス性感染症については別稿に記載しているので、本稿では、細菌性感染症とその感染予防対策について学びたいと思う。
細菌性感染症とは
感染症とは、ウイルスや細菌、真菌やマイコプラズマ、クラミジア、スピロヘータなど特殊な微生物などの病原体が体内に入り込んで発熱、腹痛、下痢、嘔吐などを引き起こし、重篤な場合には生命をも脅かす疾病のことである。
細菌性感染症とは、細菌が人間の体内に侵入し、増殖することで発生する病気のことを指す。細菌は、非常に小さな生物で、肉眼では見ることはできない。細菌は必ずしも害があるとは限らず、人間の皮膚表面や腸内の環境を維持する役割を持った細菌も存在する。しかし、人の体内に侵入した後に、病気を引き起こす有害な細菌(病原性細菌)も存在する。病原性細菌が体内に侵入し、増殖することによって発生するのが細菌性感染症と呼ばれる感染症である。
細菌性感染症の病原体
細菌性感染症の病原体は、病原性の細菌である。
細菌(bacteria)は、細胞を持ち、自己複製能力を持った微生物であり、一つの細胞しか無いので単細胞生物である。細菌は、細胞核を持たない原核生物であり、通常、細胞の大きさが真核生物の細胞に比べて小さい。ウイルスとは違い、栄養があれば、自ら成長したり、増えたりすることができる。
細菌には、乳酸飲料や納豆の製造に使われるような役に立つものもあれば、食中毒や病気などを引き起こし、人の健康に害を及ぼすものもある。例えば、腸管出血性大腸菌やサルモネラ、カンピロバクターなどは食中毒を起こす細菌として知られている。
細菌性感染症の分類
国内では、感染症を予防し、広範囲に拡がったときに正しい対処ができるよう定めた「感染症法」という法律がある。感染症法では、世の中にあるさまざまな感染症を8つの種類に分類し、それぞれの種類によって、強制的な入院勧告や就業制限など感染拡大を予防するために行われる措置を定めている。
一類感染症
感染力が強く、発症した場合は非常に重篤な状態に陥る可能性がある極めて危険な感染症を指す。原則的に入院が勧告され、場合によっては交通制限が発動されることもある。
感染症名 | 病原体名 |
---|---|
ペスト | ペスト菌 |
二類感染症
感染力が強く、発症した場合は重篤な状態に陥る危険が高い感染症。必要に応じて入院勧告が出され、一定期間食品を取り扱う業務に就くことができなくなる。
感染症名 | 病原体名 |
---|---|
結核 | 結核菌 (Mycobacterium tuberculosis) |
ハンセン病 | らい菌 |
ジフテリア | ジフテリア菌 |
三類感染症
発症した場合に重篤な状態に陥る危険性は少ないものの、特定の職業に就業することによって集団発生を引き起こす可能性がある感染症を指す。一定期間、食品を取り扱う業務に就くことができなくなる。
感染症 | 病原体 |
---|---|
コレラ | コレラ菌 |
細菌性赤痢 | 赤痢菌 |
腸管出血性大腸菌感染症 | 腸管出血性大腸菌 |
腸チフス | チフス菌 |
パラチフス | パラチウスA菌 |
四類感染症
主に動物を介して感染が拡がり、健康に影響を与える恐れの高い感染症を指す。対象となる動物の輸入禁止や検閲強化などの措置が取られる。
感染症 | 病原体 |
---|---|
回帰熱 | ボレリア |
Q熱 | コクシエラバーネティー (Coxiella burnetii ) |
炭疽 | 炭疽菌 |
日本紅斑熱 | Rickettsia japonica |
鼻疽 | 鼻疽菌(Burkholderia mallei) |
ブルセラ症 | ブルセラ属菌(Brucella spp.) |
発しんチフス | 発しんチフスリケッチア(Rickettsia prowazekii ) |
ボツリヌス症 | ボツリヌス菌 (Clostridium botulinum) |
野兎病 | 野兎病菌 (Francisella tularensis) |
ライム病 | スピロヘータ(ライム病ボレリア) |
類鼻疽 | 類鼻疽菌 (Burkholderia pseudomallei) |
レジオネラ症 | レジオネラ(Legionella)属菌 |
レプトスピラ症 | 病原性レプトスピラ(Leptospira interrogans sensu lato) |
ロッキー山紅斑熱 | リケッチア |
五類感染症
発生動向を調査し、その情報を国民や医療従事者に周知することで、発生予防に役立つと考えられる感染症を指す。
感染症 | 病原体 |
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カルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症 | |
劇症型溶血性レンサ球菌感染症 | A群溶血レンサ球菌(Group A Streptococcus、Streptococcus pyogenes) |
侵襲性インフルエンザ菌感染症 | インフルエンザ菌 |
侵襲性髄膜炎菌感染症 | 髄膜炎菌 (N. meningitidis) |
侵襲性肺炎球菌感染症 | 肺炎球菌 |
梅毒 | 梅毒トレポネ−マ(Treponema pallidum subsp. pallidum) |
播種性クリプトコックス症 | クリプトコックス属真菌 |
破傷風 | 破傷風菌 (Clostridium tetani) |
バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症 | バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌 |
バンコマイシン耐性腸球菌感染症 | バンコマイシン耐性腸球菌 |
百日咳 | 百⽇咳菌(Bordetella pertussis) |
薬剤耐性アシネトバクター感染症 | アシネトバクター |
A 群溶血性レンサ球菌咽頭炎 | A群溶血レンサ球菌(Streptococcus pyogenes) |
伝染性紅斑 | |
急性出血性結膜炎 | |
性器クラミジア感染症 | クラミジア・トラコマティス |
淋菌感染症 | 淋菌 (Neisseria gonorrhoeae) |
クラミジア肺炎(オウム病を除く) | |
細菌性髄膜炎(髄膜炎菌、肺炎球菌、インフルエンザ菌を原因として同定された場合を除く。) | |
マイコプラズマ肺炎 | Mycoplasma 属 M. pneumoniae |
ペニシリン耐性肺炎球菌感染症 | ペニシリン耐性肺炎球菌 |
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症 | メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 |
薬剤耐性緑膿菌感染症 | 薬剤耐性緑膿菌 |
抗菌剤の分類と作用機序
細胞壁合成阻害薬 |
細菌の一番外側には細胞壁という膜があるので、その細胞壁を破壊し、細菌を殺傷する。細胞壁は人体(動物)の細胞には存在しないので、人体細胞への毒性が低いのが特徴。代表的な抗菌剤には、ペニシリン系、セフェム系、カルバペネム系、ペネム系、グリコペプチド系、ホスホマイシン系抗菌剤がある。 |
タンパク合成阻害薬 |
細菌が分裂して増殖するために必要なタンパク質を作らせないようにして細菌の動きを止める。細菌内にあるタンパク質を作る時に使われるリボソームという成分にくっつき、タンパク質が作られるのを阻害する。人間(動物)の細胞も生きていくために細胞内にあるリボソームでタンパク質を作るが、タンパク合成阻害薬は菌に特徴的なリボソームにくっついて作用するのが特徴である。これ以外には、タンパク質の合成にかかわるmRNAやtRNAの働きを阻害し、細菌の増殖を抑える作用を有するものもある。代表的な抗菌剤には、アミノグリコシド系、テトラサイクリン系、マクロライド系、クロラムフェニコール系抗菌剤などがある。 |
DNA(核酸)合成阻害薬 |
細菌が増殖するために必要な遺伝情報が入っているDNAが作られるのを阻害して菌を殺す。殺菌効果と血液中から組織(臓器など)に入りやすく(組織移行性が高い)、対象とする菌の種類が広いのが特徴。代表的なものには、ニューキノロン系抗菌薬がある。 |
葉酸合成阻害薬 |
DNA合成などに必要な葉酸という物質が作られるのを阻害する。DNAが作られなくなることで細菌を殺す。代表的な抗菌剤はサルファ剤である。 |
細胞膜障害薬 |
細菌には細胞膜があり、細胞膜はリン脂質という物質が並んで構成されている。この細胞膜を構成するリン脂質がうまく働くことで細胞に必要な物質を細胞の外側から取り入れたり、外側に出すなど、細胞の外と内で色々な物質を交換し、細胞の生命は保たれている。この細胞膜のリン脂質の働きに働いて細胞の外と内との物質交換(透過性)の機能を阻害し、細菌を殺す。代表的な抗菌剤には、ペプチド系と環状ポリペプチド系がある。 |
抗菌剤の種類と適応症
抗菌剤の分類 | 抗菌剤名 | 主な適応感染症 |
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ペニシリン系 | アモキシシリン バカンピシリン アンピシリン スルタミシリン ペニシリン | 肺炎、梅毒、咽頭炎 |
セフェム系 | セフカペン セフジトレン セフジニル セファクロル セファロスポリン | 副鼻腔炎咽頭・喉頭炎、扁桃炎 |
マクロライド系 | クラリスロマイシン アジスロマイシン エリスロマイシン | 肺炎、急性気管支炎、副鼻腔炎 |
アミノグリコシド系 | アミカシン ゲンタマイシン | |
グリコペプチド系 | バンコマイシン | |
テトラサイクリン系 | ミノサイクリン ドキシサイクリン | ニキビ、尿路感染症 |
クロラムフェニコール系 | クロラムフェニコール | |
ニューキノロン系 | レボフロキサシン トスフロキサシン ガレノキサシン シプロフロキサシン シタフロキサシン ノフロキサシン | 咽頭・喉頭炎、膀胱炎 |
サルファ剤 | スルファメトキサゾール | |
ペプチド系 | バシトラシン ポリミキシンB | |
環状ポリペプチド系 | ダプトマイシン | |
抗原虫薬 | メトロニダゾール | トリコモナス症 |
シプロフロキサシンは、炭疽菌を適応症に含む唯一の抗菌剤である。
感染予防対策
感染予防対策は、病気の拡散を防ぐために重要である。
個人の予防対策
- 手洗い
- 日常生活の中で実践できる極めて有効な感染対策
- 食事前後やトイレ後、帰宅後などは特に入念に!
- 石けんと水で20秒以上手を洗うことが推奨される
- 特に外出後や食事前に行うことが重要
- マスクの着用
- 人混みに入るとき
- 風邪などで咳やくしゃみが出るとき
- 閉鎖された空間ではマスクを着用する
- 飛沫感染を防ぐ
- 咳エチケットの遵守
- 咳やくしゃみをするときは、マスクを着用
- ティッシュやハンカチを使って口や鼻を塞ぐことでもOK
- ティッシュやハンカチがないときは、肘で口と鼻を覆う
- 使用したティッシュはすぐに捨てることが大切
- ソーシャルディスタンス
- 他人と少なくとも1mの距離を保つことが推奨
- 消毒
- 手指の消毒
- 頻繁に触れる物の表面をアルコールや消毒剤で拭く
環境の予防対策
- 適度な換気
- 部屋の換気をこまめに行う
- 換気によりウイルスが広がるリスクを減少させる
- 清掃
- ドアノブやテーブルなど頻繁に触れる場所を定期的に清掃
健康管理
- 健康チェック
- 定期的に体温を測り、体調の変化に気をつける
- ワクチン接種
- ワクチンで予防できる感染症対策に対して有効
- ワクチン接種で対象病原体に対しての免疫を獲得
- 推奨されるワクチンを適切に接種する
- 社会全体での感染症の予防が重要となる
これらの対策を日常生活に取り入れることで、感染症のリスクを大幅に減少させることができるとされる。
細菌性感染症の感染予防対策は厄介である。細菌やウイルスは私たちの肉眼では把握できないからである。そのため、上述したような感染予防対策が必要となる。これらの予防対策は、細菌だけでなくウイルスなど他の病原体による感染症の予防にも有効であるので、実践が推奨されている。
一方で、私たち自身の体調管理も重要である。体調が良くないと私たちの免疫力が低下するからである。免疫力を高めるために必要とされる体調管理のポイントは次のようなものである。
- 健康的な食事
- 十分な睡眠
- 適度な運動
あとがき
最近の話題は、新型コロナウイルス感染症や鳥インフルエンザに代表されるようにウイルス性の感染症対策についてのものが多くなってはきているが、病原性細菌による細菌性感染症と人類の攻防の歴史は、古代から現代まで続いている。
紀元前のエジプトのミイラから天然痘の痕跡が見つかっているという。細菌性感染症と人類の攻防は、すでに古代から始まっているが、人類は病原性細菌の存在をまだ理解できてはいなかった。
ペストの流行は、中世ヨーロッパで人口の少なくとも3分の1を死亡させたと言われている。ペストは黒死病(Black Death)として恐れられてたという。14世紀にヨーロッパ全域で猛威を振るったペストは、ペスト菌による感染症である。黒死病という名の由来は、症状が進行すると敗血症による皮膚の出血斑で体が黒ずんで見え、発病から2~3日で死亡してしまったためだと考えられている。このペストの大流行は、人類史上最も死亡者が多いパンデミックとして記録されている。
19世紀末から20世紀初頭に活躍した細菌学者のロベルト・コッホ博士は結核菌やコレラ菌などを発見し、「微生物学の父」とも呼ばれた。彼の考え方は、病気には原因があり、それを取り除くことで治療するという、近代医学の基本となるものであった。
20世紀に入ると、カビが産生する抗生物質が抗菌薬として利用されるようになり、多くの細菌性感染症を対象にした治療薬が開発され、臨床の場に提供されるようになった。やっと私たち人類が病原性細菌に対して「武器」を手に入れた時代と言える。
しかしながら、細菌は抗菌剤に対して耐性を持つようになり、抗菌剤の開発と細菌の薬剤耐性とは「イタチごっこ」の状況が現代においても続いている。さらに、結核やマラリアなど、一度は発生数がおさまったものが再興感染症として、世界でさまざまな被害をもたらしている。
これらの歴史を通じて思うことは、人類は感染症との闘いを通じて進化し、生き延びてきたということである。病原性細菌と共存できない以上、人類が将来も生き延びていくためには、この闘いから撤退はできない。医療技術の進歩が、この闘いを人類有利に導いてくれることを期待したい。
【参考資料】
国立感染症研究所HP 感染症疫学センター (niid.go.jp) |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |