はじめに
機能性ディスペプシアは、耳慣れない病名であるが、検査では明らかな異常がないにもかかわらず、慢性的なみぞおち辺りの痛みや胃もたれなどの上腹部症状を現わす病気を指す「厄介な病気」である。
原因は、まだはっきりと分かっていないが、胃・十二指腸の運動異常や知覚過敏、胃酸分泌、心理的なストレスなどが原因の1つと考えられている。
また、最近ではサルモネラ感染などによる感染性胃腸炎が治った後に、機能性ディスペプシアを発症する例も報告されている。治療は、症状に応じて行われ、胃酸の分泌を抑える薬や胃のはたらきをよくする薬などが使用されている。
機能性ディスペプシアの有病率は、比較的高いと言える。日本人の有病率は、健診受診者で約11~17%、病院受診者では約44~53%と報告されている。
機能性ディスペプシアとは
機能性ディスペプシア(Functional dyspepsia: FD)とは、上部消化管内視鏡などの検査で潰瘍やがんといった器質的な疾患を認めないにも関わらず、胃や十二指腸由来と思われる上腹部症状がある疾患である。
機能性ディスペプシアの罹患率は15%という報告もあり、罹患率が高い疾患である。生命に影響しない疾患だが、QOLに影響するので適切な治療を必要とする。
原因
機能性ディスペプシアの原因は明らかにはなっていないが、精神的なストレスや消化管運動異常、知覚過敏等が原因の一つと考えられている。
この疾患は、腸管と脳の相互作用による疾患であると考えられ、そのような患者は、内臓過敏症(他の人は苦痛と感じない感覚、例えば、消化管内腔拡張、蠕動によって不快感がもたらされる痛覚障害)を有することが一部のエビデンスから示唆されている。
機能性疾患は、内臓過敏症だけでなく、運動障害、微生物叢の変化、粘膜および免疫機能、ならびに中枢神経系での情報処理に関連した症状によって分類されている。
症状
上部消化管症状のみがみられる場合、下部消化管症状のみがみられる場合、これら両方がみられる場合がある。
国際的な診断基準であるRomeⅣ基準(表1参照)によれば、機能性ディスペプシアは症状の原因となりそうな器質的な疾患ではないにも関わらず、胃・十二指腸領域由来と考えられる4つの症状、心窩部痛(みぞおち辺りの痛み)、心窩部灼熱感(みぞおち辺りの焼ける感じ)、食後の胃もたれ、早期飽満感(食事開始後すぐに胃が充満した感じとなり、食事を最後まで摂取できない状態)のうち、1つ以上の症状があること、これらの症状は辛いと感じるものであること、すなわち、生活に影響するものであること。更にその症状は6か月以上前から出現し、週に数回程度、症状があることが3ヶ月は持続する状態と定義されている。
加えて、心窩部痛・心窩部灼熱感のいずれかが存在する病型を心窩部痛症候群(Epigastric Pain Syndrome: EPS)、辛いと感じる食後の胃もたれ・早期飽満感のいずれかが存在する場合を食後愁訴症候群(Postprandial Distress Syndrome: PDS)として2つの病型に分類されている。なお、この2つの病型が重複することもある。
検査・ 診断
機能性ディスペプシア(機能性消化不良)の検査・診断には、いくつかの方法が知られている。主な検査方法を下記に示す。
- 身体検査
- 医師が腹部を触診し、腫れや痛みがないか確認する
- 質問票(自己評価アンケート)
- 患者が自分の症状を評価するための質問表
- これにより、症状の頻度や重症度を把握する
- 消化管内視鏡検査(内視鏡検査)
- 消化管の内部を直接観察するための検査
- 炎症や異常がないか確認する
- バリウム検査
- X線を使って消化管の形状や機能を確認する
- 血液検査
- 消化不良に関連する炎症や栄養不良を確認する
- 食物アレルギー検査
- 特定の食品に対するアレルギーの有無を確認する
これらの検査を適宜組み合わせて、機能性ディスペプシアの診断が専門医によって行われる。
治療
機能性ディスペプシアの治療においてプロトンポンプ阻害薬(PPI)に代表される酸分泌抑制薬(胃酸を抑える薬)や消化管運動改善薬(胃の動きをよくする薬)が用いられることが多い。
漢方薬の六君子湯は、機能性ディスペプシア症状の改善効果があると報告されてる。
世界で初めて機能性ディスペプシアへの適応をもつ薬剤として、日本で開発されたアコチアミド(Acotiamide; 商品名:アコファイド)がある。アコチアミドは機能性ディスペプシアの中でも食後愁訴症候群の患者の食後の胃もたれや早期飽満感、更には胃のあたりが張る症状に有効である。
ピロリ菌に感染している場合はピロリ菌関連ディスペプシアの可能性を考え、ピロリ菌の除菌療法を行う。
予防
機能性ディスペプシアの発症を完全に防ぐことは難しいとされている。そのため機能性ディスペプシアの予防策は確立されていないが、予防に役立つ可能性があるとして下記のような生活習慣の改善が提案されている。
- 健康的な食事
- 過度なアルコール摂取はしない
- 過食はしない
- 早食いはしない
- 食事を摂らないといった悪習慣を改善する
- 禁煙
- 喫煙は胃腸の健康に悪影響を及ぼす
- 適度な睡眠
- 適度な睡眠時間(6~8時間ほど)を確保する
- ストレス管理
- ストレスは全般的な健康に影響を及ぼす
- 特に、ストレスは消化器系に影響を及ぼす
あとがき
機能性ディスペプシアの発症にはストレスが関与すると考えられている。その原因として、下記のような要素が考えられている。
- 胃の運動障害
- 食べ物が消化管へ入ってくると、普通は筋組織の収縮によって次の消化管に運ぶ蠕動運動が起きる
- 胃の蠕動運動が弱くなると、胃の上部がうまく広がらず食物の流れが停滞した症状を引き起こす
- 胃・十二指腸の知覚過敏
- 食道・胃の粘膜が敏感になっている状態では、少しの刺激でも痛みや胃もたれ・吐き気などの症状を感じやすくなる
- 過度なストレス・トラウマ
- 日常生活におけるストレスなどの心理的・社会的要因は、機能性ディスペプシアと密接な関係がある
- 生活習慣
- 栄養バランスの偏った食事
- 脂質の摂りすぎ
- 暴飲暴食
- 嗜好品の過剰摂取
- コーヒー
- アルコール
- タバコ
- 睡眠不足や疲労などの不規則な生活
- 機能性ディスペプシアの症状が出やすい
- 栄養バランスの偏った食事
以上の要素が相互に関連しあって機能性ディスペプシアの病態が形成され、症状が起こると考えられている。したがって、治療や予防には、ストレス管理と生活習慣の改善が重要となるようだ。
【参考資料】
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |