はじめに
免疫機能の異常によって起こる病気として多発性硬化症が知られている。多発性硬化症(Multiple Sclerosis:MS)は、中枢神経系(脳や脊髄)が障害を受ける疾患で、視力障害、感覚障害、運動麻痺などさまざまな神経症状の再発と寛解を繰り返す特徴がある難病(指定難病)である。現在の治療は対症療法のみで、根治療法はまだ確立していない。
多発性硬化症とは
多発性硬化症(Multiple Sclerosis: MS)は、中枢神経系(脳・脊髄・視神経)に「空間的・時間的」に多発する脱髄疾患で、20~30代の若い年代で発症しやすいことが知られている。
「空間的・時間的」というのは「中枢神経系内で場所を変えて再発する」、「1ヶ月以上の間隔をあけて再発する」という意味であり、多発性硬化症の特徴となっている。
平成27年(2015年)の疫学調査では、日本国内の推定患者数は19,000人を超えており、10万人あたり16人程度と推定されている。発症年齢は15~60歳で、特に発症しやすい年齢は20~30代であるとされる。また、女性に多い傾向が見られるという。
多発性硬化症は、厚生労働省によって「指定難病」に認定されてもいる難病の1つである。現在の治療は対症療法のみで、根治療法はまだ確立していない。
原因
発症の原因の解明は、まだ明らかになっていないが、中枢神経系の構成成分の1つである髄鞘に対する自己免疫反応が関与していると考えられている。
神経線維は電線の構造と似ていて、軸索といわれる芯の周りを髄鞘が絶縁体のように被っている。この髄鞘が炎症により壊れて中の電線がむき出しになった状態を脱髄というが、多発性硬化症では髄鞘に炎症が生じ、脱髄を引き起こす。
局所的な脱髄が生じ、脱髄 の内部や周囲において、乏突起膠細胞の破壊、血管周囲の炎症、ならびにミエリンの脂質およびタンパク質成分の化学変化が生じる。軸索損傷は一般的であり、神経細胞体が損傷されている可能性もある。
多発性硬化症には免疫機序が関与しているとも考えられており、原因として1つ仮定されているのは、潜伏性のウイルス(おそらくエプスタイン-バーウイルスなどのヒトヘルペスウイルス)による感染で、これが活性化されることで二次的な自己免疫応答を惹起するというものである。
特定の家系内およびヒト白血球抗原(HLA)アロタイプ(HLA-DR2)の保有者において発生率が高いことから、遺伝的感受性が示唆される。 多発性硬化症は、生後最初の15年間を熱帯地域で過ごした人々(1/10,000)よりも温帯地域で過ごした人々(1/2000)に多くみられる。1つの説明としては、ビタミンDの低値が 多発性硬化症のリスク上昇と関連しており、ビタミンD値は日光曝露の程度と相関しているが、温帯気候ではその程度が少ないというものがある。
症状
病変は中枢神経系である脳・脊髄・視神経のどこにでも起こりえるため、様々な症状が出現する。また症状の程度は患者によって違う。症状としては下記のようなものがある。
視神経の症状 |
視力の低下、視野の異常、目を動かすと眼球が痛くなるなど。これらの症状は両眼または片眼に生じ、急速に進行したり再発を繰り返したりすることがある。 |
脊髄の症状 |
手足に運動麻痺やしびれ、感覚低下が生じる |
排尿・排便障害 |
自律神経の障害によって起こる |
レルミッテ徴候 |
頭を前に曲げると痛みが生じ、背中から足に向け下降する。発作的に起こる。 |
有痛性強直性けいれん |
持続性の短い痛みを伴い手足が強直する |
脳の症状 |
物が二つに見える、呂律障害、顔のしびれ、運動失調、精神症状、けいれんなど |
検査・診断
多発性硬化症と診断するには下記のような検査を行う。
脳脊髄液検査 |
脳や脊髄の周りにある脳脊髄液の性状から中枢神経系の炎症の有無を間接的に評価する検査。髄液中の細胞数、タンパク質の量や内容、免疫グロブリンの産生状態を調べる。 |
MRI |
多発性硬化症の特徴である空間的多発性を評価。活動性が高いときは造影剤(ガドリニウム)を用いると病変部が染まるため、通常は造影剤を注射して行う。MRI所見も多岐にわたり、また撮り方によって病変の見え方や意味合いが異なる。T2強調画像やFLAIR(フレア)画像で白いプラークと呼ばれる脱髄巣が確認され、T1強調画像では脱髄病変に不可逆性の変化がおこると黒く写り、T1ブラックホールと呼ばれる。 |
誘発電位 |
脱髄による神経の伝導の異常を検出する検査。視神経では視神経誘発電位(VEP)を、脳幹病変では聴性脳幹反応(ABR)を、感覚神経では体性感覚誘発電位(SEP)を測定。神経が障害されていると自覚症状がなくても異常が見つかることがある。 |
治療
多発性硬化症の治療では、病気が悪くなった時(再発期)と症状が落ち着いている時(寛解期)とで治療法が変わる。再発期では炎症を押さえ込むための治療が中心となる。
ステロイドパルス療法 |
再発時の基本となる副腎皮質ホルモン(ステロイド)の大量点滴静注療法のこと。通常1日 メチルプレドニゾロン 1,000mgを3日間点滴投与する。症状の改善が乏しい場合は繰り返し行う場合もある。 |
血漿交換療法 |
寛解期:再発の予防と様々な神経症状に対して対症療法として実施する。 ステロイドパルス療法を繰り返しても重篤な麻痺やその他の症状が残存する場合は、発症から3か月以内であれば有効である場合がある(1日おきに7回まで)。 |
インターフェロンβ; IFN-β1a(アボネックス® )とIFN-β1b(ベタフェロン® ) |
再発予防にはインターフェロンβ(IFN-β)が有効であり、自覚症状のある再発が減少する(30%程度)。アボネックス® は、筋肉注射を週1回行い、 ベタフェロン®は隔日に皮下注射を行う。いずれも導入時には十分な指導を受けてもらい、患者に自己注射をしてもらう。入院せずに導入することも可能である。 |
グラチラマー酢酸塩(コパキソン® ) |
欧米では古くから使用されてきたが、国内では比較的最近認可された薬剤である。再発予防効果はIFN-βと同等と考えられる。毎日1回皮下注射を行う。IFNβ同様に、導入時には十分な指導を受けてもらい、患者自身で自己注射をしてもらう。 |
フィンゴリモド(ジレニア® ・イセムラ® ) |
経口薬で、1日1カプセル内服。再発は50%程度減少し、また長期的には脳萎縮を抑える効果がある。多発性硬化症の活動性を抑える効果はインターフェロンβよりも強いと考えられているが、副作用もあることから、個々の患者の病状に併せて適否が判断される。飲み始めの数日間は脈が減少する副作用が生じるため、心電図を監視するため、数日間の入院が必要である。 |
ナタリズマブ(タイサブリ® ) |
点滴製剤で、4週間に1回、1時間程度の点滴を行う。再発は60%程度減少し、その効果は他剤に勝ると考えられているが、多くの患者では長期使用により重篤な副作用を呈することが知られているため、第二選択薬剤となっている。 |
フマル酸ジメチル (テクフィデラ® ) |
経口薬で、1日2回朝夕食後にカプセルを服用。複数のプラセボ対照ランダム化臨床試験で再発予防効果が確認されており、その効果はグラチラマー酢酸塩に勝ると考えられている。副作用として、発赤や胃腸症状が報告されている。 |
その他 |
免疫抑制剤を使用することもある。さらにリハビリテーション療法も併用し、よい状態を保つようにすることが重要 |
予防
多発性硬化症の原因は、まだ完全には解明されていない。そのため、確立した多発性硬化症の予防策はあるわけではない。しかしながら、多発性硬化症の予防策として、下記のような方法が知られている。これらの対策は、多発性硬化症の発症や進行を抑制する可能性があるとして、実践が推奨されている。
- 体を疲労させない
- 適度な休息と睡眠をとることで、体の疲労を軽減
- ストレスを溜めこまない
- ストレス管理
- リラクゼーション法
- 趣味などを見つける
- ストレス管理
- 熱いお風呂に入らない
- 体温が上がると、一時的に症状が悪化する
- 感染症の予防
- 感染予防のための手洗いやうがい
- 部屋の温度管理や湿度管理
- マスクの着用
- インフルエンザワクチンの接種
あとがき
多発性硬化症は、現在の医療技術では完全に治すことは難しいとされている。現在、多発性硬化症の主な治療法は、症状を一時的に止める薬(対症療法)として自己免疫能力を低下させるステロイドの投与が挙げられるが、これは症状を管理するものであり、根本的な原因を解消するもの(根治療法)ではない。
しかしながら、近年では、健康な人のiPS細胞から脳神経細胞を作り出し、それを患者に補うことで、多発性硬化症の根治治療を目指した研究が進められているという。このような新しい治療法はまだ研究段階ではあるが、将来的には多発性硬化症を完治できる時代が到来するかも知れない。根治療法の確立は、患者にとって福音となるに違いない。
【参考資料】
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病13) – 難病情報センター |
神経疾患とは、脳、脊髄、末梢神経などに障害を引き起こす疾病の総称である。神経変性疾患、免疫性神経疾患、末梢神経疾患、筋疾患など多岐にわたる。 神経変性疾患には、脳卒中、認知症、パーキンソン病、脊髄小脳変性症などがある。 免疫性神経疾患には、重症筋無力症や多発性硬化症などがある。 また、末梢神経疾患にはギランバレー症候群などがあり、筋疾患には筋ジストロフィーなどがある。 |