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ヘリコバクター・ピロリによるピロリ菌感染症とは?症状と治療法は?

はじめに

ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)は、胃の粘膜に生息しているらせん形をした細菌である。ピロリ菌は、胃の中にある尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解し、アンモニアで酸を中和することにより、自分の身の周りの酸を和らげて胃内で生きることができる唯一無二の細菌である。

ピロリ菌は、それ自体が症状をひき起こすわけではないが、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、場合によっては胃がんのリスクにもなる細菌であるとされている。

ピロリ菌に感染するのは、大半の場合、免疫機構が十分に発達していない乳幼児、特に4歳以下のときであると言われている。ピロリ菌の感染経路はまだ明確には判明していないが、水や食べ物と一緒に口から入るという説が有力である。

ピロリ菌の発見は、西オーストラリア大学のロビン・ウォーレン名誉教授とバリー・マーシャル教授による功績が大きい。この発見はピロリ菌を除去する、いわゆる除菌治療へと繋がり、胃がんや再発を繰り返す胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療に革命をもたらした。両教授は、この功績によって2005年のノーベル医学生理学賞を受賞している。

日本では60歳代以上の80%が感染していると言われている。私もその例に漏れずに、「感染者」に該当している。まだ除菌はしていない。医師に除菌を勧められているが、私なりの理由があって躊躇しているところである。


<目次>
はじめに
ヘリコバクター・ピロリとは
ピロリ菌感染症とは
病態生理
症状
検査・診断
治療
あとがき

ヘリコバクター・ピロリとは

ヘリコバクター・ピロリ (H. pyloriは、酸性環境での増殖に順応した、べん毛を持つらせん状のグラム陰性微好気性細菌である。

ヘリコバクター・ピロリ (H. pylori) のイメージ図

胃の内面には、胃から分泌される強酸性の胃液にさらされないように保護する粘液層があり、H. pyloriはこの保護粘液の中で増殖する。

H. pyloriは自らアンモニアを作り出し、そのアンモニアによって自らを胃液から保護している。さらに、アンモニアはH. pylori が粘液層を破壊して貫通させるのを可能にしている。


ピロリ菌感染症とは

ピロリ菌感染症は、 ヘリコバクター・ピロリHelicobacter pylori )という胃に生息できる細菌によって引き起こされる、 胃炎、消化性潰瘍、ある種の胃がんに繋がる細菌感染のことである。

H. pyloriは、人から人へと広がる可能性があり、特にこの細菌に感染している人が排便後にしっかり手を洗わないと感染しやすくなる。キスなどの濃厚な接触によって細菌が広がることもあるため、家族内や介護施設などの管理施設に生活している人の間で集団感染する傾向がある。


ヘリコバクター・ピロリ感染の影響

H. pyloriに感染している人の胃では、胃炎がみられ、胃炎は胃全体に広がっていることもあれば、胃の下部(胃前庭部)だけの場合もある。 H. pylori感染は、ときにびらん性胃炎の原因になり、胃潰瘍も引き起こす可能性がある。

H. pyloriは、胃酸の分泌を増やし、胃酸に対する正常な胃の防御機能を損ない、毒素を産生することで、胃潰瘍が形成される一因になるためである。H. pylori感染が長期に及ぶと胃がんのリスクが高まると言われている。

H. pylori感染は、通常小児期に起こるが 年齢とともに増加する。米国では、小児の感染はそれほど多くないが、年齢とともに増加し、60歳までに約50%が感染すると言われている。

人種別の感染率は黒人、ヒスパニック系、およびアジア人が最も高い。感染は家族内および介護施設の入居者で群発する傾向にある。適切に消毒されていない内視鏡を介して細菌が伝播することがかつて報告されていた。

最近の研究では若年者におけるH. pylori感染者が減少しつつあることが示されている。

H. pylori感染は、胃炎や消化性潰瘍の原因として世界で最もよくみられるものである。H. pyloriの感染は、胃・十二指腸潰瘍、萎縮性胃炎、胃MALTリンパ腫、胃がん、胃過形成性ポリープなどの上部消化管疾患だけではなく、特発性減少性紫斑病や慢性蕁麻疹、鉄欠乏性貧血などの消化管外疾患にも関連すると言われている。

特に胃がんは、ほとんどの場合にピロリ菌感染に伴う慢性萎縮性胃炎が存在し、プロトンポンプ阻害薬と2種類の抗菌薬の併用による除菌治療によって胃がん発症リスクを減らすことができる。

尚、我が国では、2013年に、「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」に対する除菌療法が保険適用となり、ほとんど全ての患者さんに健康保険で除菌することが可能になった。


病態生理

H. pylori感染症の影響は、胃内の感染部位によって異なる。

胃前庭部の感染
ソマトスタチン分泌が局所的に障害されることで、ガストリン産生が亢進する。その結果もたらされる胃酸過剰分泌は、幽門前部および十二指腸潰瘍の原因となる。
胃体部の感染
胃粘膜萎縮と胃酸分泌の低下が起こるが、これは局所でのインターロイキン-1β産生の亢進が原因である可能性がある。胃体部優位の感染を呈する患者は、胃潰瘍 や胃腺癌を発症しやすい傾向がある。
H. pyloriが産生するアンモニアが胃粘液バリアを侵食
H. pylori が産生する細胞毒および粘液溶解酵素(細菌プロテアーゼ、リパーゼ)は、粘膜損傷とそれに続く潰瘍発生に関与している。

H. pylori 感染者は、胃がんを発症する可能性が3~6倍高い。

H. pylori 感染症には、胃体部および前庭部の腸型腺癌との関連が認められるが、胃噴門部のがんとは関連がない。

その他に関連のある悪性腫瘍として、胃リンパ腫や粘膜関連リンパ組織(MALT)リンパ腫(単クローン性のB細胞腫瘍)などがある。


症状

一般的にH. pylori感染による慢性萎縮性胃炎の場合、ほとんどの患者で無症状である。早期の胃がん、胃MALTリンパ腫でもほとんどが無症状である。 H. pylori感染による症状がみられる場合は、消化不良、上腹部の痛みや不快感など、胃炎の典型的な症状が起こる。

H. pylori感染による胃炎のうち、症状や合併症(胃や十二指腸の消化性潰瘍など)が生じるのは20%にすぎない。H. pylori感染による胃潰瘍がある場合は、上腹部の痛みなど、他の原因による胃潰瘍と同様の症状が起きる。


検査・診断

H. pylori 感染は、ほとんどの場合、無症状であるので、健康診断や人間ドックでまず上部消化管内視鏡検査や胃透視の所見から感染の有無を推定する。

また、最近ではABC検診という血液による検診でピロリ菌感染を指摘される場合もある。

内視鏡検査で、胃・十二指腸潰瘍、早期胃がん内視鏡治療後、胃MALTリンパ腫、胃炎を認める場合は、必ずピロリ菌感染のチェックをする。

無症状の患者に対するスクリーニングは必要ない。検査は消化性潰瘍および胃炎の評価時に行う。治療後検査は,典型的には除菌を確認するために行われる。

診断は多くの場合、呼気試験と内視鏡で胃を調べる検査の結果に基づく。

内視鏡による生検組織を必要とする検査法
(1) 迅速ウレアーゼ試験 (2) 鏡検法 (3) 培養法
内視鏡による生検組織を必要としない検査法
(1) 尿素呼気試験 (2) 血中、尿中抗体測定 (3) 便中抗原測定

13C尿素呼気試験

13C尿素呼気試験は、H. pyloriの感染診断に行われる検査で、H. pyloriが高いウレアーゼ活性をもつことを利用した検査法である。 13C標識尿素を経口投与すると、感染患者では、H. pyloriにより尿素が代謝され、標識CO2が発生する。それが呼気中に排出され、尿素摂取から20~30分後に採取した呼気検体で測定できる。感度および特異度は95%を上回る。

ウレアーゼ反応

ウレアーゼ反応

13C尿素呼気試験 (ヘリコバクター・ピロリ感染診断検査) | 看護roo![カンゴルー]

検査の原理

安定同位元素13Cで標識された尿素(NH2213COは、胃内にH. pyloriが存在していると、H. pyloriのウレアーゼ活性によって二酸化炭素13CO2とアンモニアNH3に分解され、13CO2は血中に移行したあと呼気中に排出される。したがって、(NH2213COを経口投与して、排出された呼気中の13CO2濃度の変化を測定することにより、間接的にH. pyloriの存在を検出することができる。


治療

H. pylori除菌には、多剤併用療法を行う必要があり、典型的には抗菌薬胃酸分泌抑制薬を併用する。

プロトンポンプ阻害薬(PPI)はH. pyloriを抑制するほか、その使用に伴う胃液pH上昇によって抗菌薬の組織中濃度および効力が高まる可能性があり、H. pyloriにとって苛酷な環境が形成される。


H. pylori 除菌のための処方例

3剤併用療法 (1週間又は 10~14日間の経口投与)

処方プロトンポンプ阻害薬(PPI)抗菌薬
1ボノプラザンアモキシシリン 、
クラリスロマイシン
2ボノプラザンアモキシシリン 、
メトロニダゾール
3ランソプラゾール、
オメプラゾール、
パントプラゾール、
ラベプラゾール、
エソメプラゾール
のうち1つを選択
アモキシシリン、
クラリスロマイシン、
メトロニダゾール、
テトラサイクリン
のうち2つを選択

世界の多くの地域でクラリスロマイシン耐性菌の頻度が高まってきており、3剤併用療法が失敗に終わる可能性がますます高まってきている。 クラリスロマイシン耐性率が15%を上回る地域では、4剤併用療法が初期治療であり、発展途上国の多くの地域がこれに該当する。4剤併用療法では、以下の経口薬を14日間投与する。


4剤併用療法 (14日間の経口投与)

処方プロトンポンプ阻害薬(PPI)抗菌薬
1ランソプラゾールメトロニダゾール 、
テトラサイクリン、
次サリチル酸ビスマス
2オメプラゾールメトロニダゾール 、
テトラサイクリン、
次サリチル酸ビスマス
3パントプラゾールメトロニダゾール 、
テトラサイクリン、
次サリチル酸ビスマス
4ラベプラゾールメトロニダゾール 、
テトラサイクリン、
次サリチル酸ビスマス
5エソメプラゾールメトロニダゾール 、
テトラサイクリン、
次サリチル酸ビスマス
  

十二指腸潰瘍または胃潰瘍を呈する感染患者には、胃酸分泌抑制薬を少なくとも4週間継続する必要がある。治療完了から4週間以上経過後に尿素呼気試験、便抗原検査、または上部消化管内視鏡検査を施行することで、除菌を確認することができる。

治療した全ての患者で除菌を確認するのが妥当であるが、H. pylori感染症の重篤な症状(潰瘍出血)がある患者は必須である。

除菌されない場合には、出血性潰瘍が再発する可能性が高くなる。H. pyloriの除菌が不成功に終わった場合は、再び治療を行う。


あとがき

胃がんは、胃の粘膜層ががん細胞となり、増殖していく病気で、ピロリ菌感染が胃がんの主なリスク因子とされている。

一方、胃潰瘍は、胃酸によって胃の粘膜や壁が傷つく病気で、ピロリ菌感染が胃潰瘍の主な原因とされている。しかし、胃潰瘍が直接的に胃がんに進行することはまずないと考えられている。

そして、十二指腸潰瘍は、胃酸によって十二指腸の粘膜や壁が傷つく病気である。やはり、ピロリ菌感染が十二指腸潰瘍の主な原因とされている。一方で、十二指腸潰瘍の患者は胃がんになりにくいことが医学的に知られている。これは、同じピロリ菌に感染していても、胃がんになりやすい人と十二指腸潰瘍になりやすい人が存在し、十二指腸潰瘍患者は一般的に胃がんになりにくい傾向があるということらしい。

以上をまとめると、ピロリ菌感染は、胃がんをはじめ、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発生に深く関わっているが、胃潰瘍や十二指腸潰瘍が直接的に胃がんに進行することはないと考えられている。つまり、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の患者が必ずしも胃がんになるわけではない。

胃潰瘍・十二指腸潰瘍と胃がんの共通の背景因子としてピロリ菌の感染があるため、胃潰瘍・十二指腸潰瘍を発症した患者にはピロリ菌が感染している可能性が高く、ピロリ菌が胃がんのリスク因子となるため注意が必要であるという理解である。

ここまでの話なら、ピロリ菌を除菌した方が良さそうである。ピロリ菌感染者の私は、医師の助言に素直に従い、ピロリ菌の除菌を決断すべきかも知れない。

しかしながら、ピロリ菌の除菌によって胃がんの発生リスクは低下しても、リスクがゼロになるわけではない。感染者がピロリ菌を除去したとしても、胃がん発生のリスクは約3分の1に減少するだけで、胃がんになるリスクは依然残っている。

ピロリ菌の除菌治療は、胃がんや胃潰瘍・十二指腸潰瘍の予防に役立つ一方で、以下のような弊害も報告されている。

  1. 胃酸過多
    ピロリ菌を除菌すると胃液の酸度が元に戻るため、胃酸による症状が一時的に悪化することがある。胃酸が増えることで胸焼けや胃酸が逆流することによって一時的な逆流性食道炎になる場合もある。
  2. 副作用
    除菌治療の主な副作用として、軟便、下痢、味覚障害などが報告されている。ほとんどは軽症で、除菌治療が終了すれば改善する。
  3. 逆流性食道炎
    ピロリ菌を除菌した後、逆流性食道炎の症状が20%程度の頻度で出現することがある。

このように、ピロリ菌感染のために抑えられていた胃酸分泌が、除菌により復活すると、逆流性食道炎が起こりやすくなるとされている点が私には懸念点となる。私はただでさえ「逆流」しやすいのだから。

逆流性食道炎は、胃酸が食道に逆流し、食道が炎症を起こす状態を指す。この状態が長期化すると、食道がんのリスクが高まる可能性が指摘されている。

そのため、「胃がんのリスク」と「食道がんのリスク」を天秤にかけ、ピロリ菌の除菌治療を受けるかどうかを判断することが重要となる。

一部の研究では、ピロリ菌が引き起こす炎症反応を抑制する治療法が開発されており、これによりピロリ菌との「共存」が可能になる可能性が示唆されている。この治療法は、除菌とは全く異なるコンセプトであり、ピロリ菌が宿主に悪さをしない、つまり胃がんや胃潰瘍・十二指腸潰瘍を発症させないことを目指しているという。

ピロリ菌の除菌に伴う抗菌剤による腸内細菌叢の破壊、その結果、免疫機能が低下する懸念がある。ピロリ菌と共に腸内細菌叢をも破壊させてしまう除菌治療よりも、腸内細菌叢には被害を与えない、ピロリ菌と「共存」の方を選択したいものである。その治療法の早期の臨床応用を期待したい。


【参考資料】

KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版
看護roo! HP
【医師監修】ピロリ菌の除去が逆流性食道炎の原因?除菌はしない方がいいの? | 医師が作る医療情報メディア【medicommi】
ピロリ菌代謝産物が誘導する胃炎発症機構 | 大阪大学×SDGs (osaka-u.ac.jp)