はじめに
現代社会では「うつ病」を発症する人が増えていて、誰もが知らないうちに「うつ病」を発症してもおかしくない。そういう時代に私たちは生きている。
現代社会は「ストレス社会」とも呼ばれ、気分が落ち込んだり意欲がなくなったりする「うつ病」になる人が多い。その理由の一つには、工業(二次産業)からサービス産業(三次産業)へという社会の変化、技術革新の持続、ビジネスのグローバル化、世界的な経済競争など多くの要因が「うつ病」の増加の背景となっているのは確かである。
新型コロナウイルスのパンデミック、いわゆる「コロナ禍」により、感染への不安や働く環境の変化が大きくなったことで引き起こされる「コロナうつ」が増加しているのも「うつ病」増加の原因であると指摘されている。
私たちの生活は、うつ病発症リスクと背中合わせであると言えるかも知れない。だから健康的で持続可能な人生を謳歌するためには、「うつ病」の発症リスクを低減できるような自分に合ったライフスタイルを構築すべきである。私はそのように考えているので、そもそも「うつ病」とは何か、その発症原因について学ぶことにした。原因が分かれば、予防策をとることもできるからだ。また、万一、うつ病になっても適切な治療法を知っておけば安心であるというものである。
うつ病とは
うつ病(depression)は、気分障害の一つに分類される精神疾患である。
気分障害には、うつ病の他に、うつ病との鑑別が必要な双極性障害(躁うつ病)があるが、うつ病ではうつ状態だけがみられる。
うつ病は、 精神症状とともに 身体症状が現れ、 日常生活に大きな支障が生じる。
精神症状 | 身体症状 |
---|---|
一日中気分が落ち込んでいる | 眠れない |
何をしても楽しめない | 食欲がない |
疲れやすい |
日本国内では、約6%の人が生涯のうちにうつ病を経験しているという調査結果がある。また、女性の方が男性よりも1.6倍くらい発症率が高いと言われている。
女性では、妊娠や出産などを機にうつ状態やうつ病を発症することがあるので注意が必要になる。また、うつ状態やうつ病は更年期とも関連が深いので、ライフステージに応じた注意が必要となる。
原因
うつ病を引き起こす原因はひとつではなく、非常につらい出来事が発症のきっかけになることが多い。
しかし、その出来事以前にいくつかのことが重なっていることも珍しくない。そのため原因というよりも要因として捉えた方が理解しやすいかも知れない。うつ病は、 生活の中で起こるさまざまな要因が複雑に結びついて発症するようだ。
うつ病を誘引する要因には下記のようなものがある。
要因の種類 | 具体例 |
---|---|
環境要因 | 大切な人(家族や親しい人)との死別や離別 大切なものを失う(仕事や財産、健康なども含む) 人間関係のトラブル 家庭内のトラブル 職場や家庭での役割の変化 (昇格、降格、結婚、妊娠など) |
性格傾向 | 義務感が強く、仕事熱心、完璧主義、几帳面、凝り性、 常に他人への配慮を重視し関係を保とうとする性格 |
遺伝的要因 | |
慢性的な 身体疾患 | 消化器疾患 、心疾患 、腎疾患 、肝疾患 、糖尿病など |
脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンの機能が低下し、情報伝達がうまくいかなくなり、うつ病の状態が起きていると考えられている。
症状
うつ病の症状には下記のようなものが知られている。
分類 | 具体的症状 |
---|---|
精神症状 | 一日中気分が落ち込んでいる 何をしても楽しめない 物事の捉え方が否定的になる 自分がダメな人間だと感じてしまう 普段なら乗り越えられる問題も実際よりもつらく感じる イライラしたり、焦る気持ちも出てくる 死んでしまいたいほどの辛い気持ちが現れる(重症) |
身体症状 | 食欲がない 性欲がない 眠れない、過度に寝てしまう 体がだるい、疲れやすい 頭痛や肩こり 動悸 胃の不快感 便秘や下痢 めまい 口が渇く |
うつ病サイン | 表情が暗い 自分を責めてばかりいる 涙もろくなった 反応が遅い 落ち着かない 飲酒量が増える |
検査・診断
診療科として、精神科、心療内科、「メンタルクリニック」、「こころのクリニック」などで受診できる。
うつ病の診断基準には次の 2つが用いられている。
- DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル(アメリカ精神医学会)
- ICD-10疾病及び関連保険問題の国際統計分類第10版(WHO)
DSM-5によれば、うつ病は抑うつ障害群の一つに分類されており、大うつ病性障害とも呼ばれている。
下記の9つの症状のうち1または2を含む5つ以上の症状があり、それが2週間以上続いている場合にうつ病と診断される。
1 | ほとんど毎日、1日中ずっと気分が落ち込んでいる |
2 | ほとんど毎日、1日中何に対する興味もなく、喜びも感じない |
3 | ほとんど毎日、食欲が低下/増加し、体重の減少/増加が著しい |
4 | ほとんど毎日、眠れない、もしくは寝すぎている |
5 | ほとんど毎日、話し方や動作が鈍くなったり、イライラしたり、落ち着きがなくなったりする |
6 | ほとんど毎日、疲れやすかったり、やる気が出なかったりする |
7 | ほとんど毎日、自分に価値がないと感じたり、自分を責めるような気持ちになる |
8 | ほとんど毎日、考えがまとまらず集中力が低下して、決断できない |
9 | 自分を傷つけたり、死ぬことを考えたり、その計画を立てる |
うつ病以外の疾病や治療薬の副作用でもうつ状態が引き起こされることが知られており、そのような疾病や薬剤には下記のようなものが知られている。
双極性障害 (精神疾患) |
気分変調症(精神疾患) |
適応障害(精神疾患) |
不安障害(精神疾患) |
統合失調症(精神疾患) |
脳血管障害 |
認知症(アルツハイマー型認知症、血管性認知症) |
甲状腺機能障害 |
全身性エリテマトーデス |
消化器疾患 |
心疾患 |
腎疾患 |
肝疾患 |
糖尿病 |
インターフェロンの副作用 |
ステロイド剤の副作用 |
治療
うつ病の治療には、 休養、薬物療法および精神療法・カウンセリングがある。
治療の期間は、急性期、回復期、再発予防期と大きく3つの期間に分かれると考えられおり、急性期に重視すべきなのが休養であり、回復期は薬物療法、再発予防期は精神療法・カウンセリングとなる。
休養 (急性期)
うつ病の治療には、まずしっかりと休養をとることが必要である。
心身の休養がしっかりとれるように環境を整えるため、職場や学校から離れ、自宅で過ごしたり、入院したりする必要がある。このようにして休養をとることによって大きく症状が軽減することもある。精神的ストレスや身体的ストレスから離れた環境で過ごすことは、その後の再発予防にも重要である。 散歩などの軽い有酸素運動 (運動療法) も有効とされている。
薬物療法(回復期)
使用する治療薬は抗うつ薬である。抗うつ薬は、継続して服用する必要があり、服用を開始してもすぐに効果が現れない。自分の判断で用量を増減せず、または中断したりせずに焦らずに主治医の指示に従って服薬を継続する必要がある。副作用を最小限にするためにも、主治医との良いコミュニケーションが大事となる。
MoA別の分類 | 一般名/成分名 | 製品名 |
---|---|---|
SSRI | フルボキサミン | デプロメール ルボックス |
SSRI | パロキセチン | パキシル |
SSRI | セルトラリン | ジェイゾロフト |
SSRI | エスシタロプラム | レクサプロ |
SNRI | ミルナシプラン | トレドミン |
SNRI | デュロキセチン | サインバルタ |
SNRI | ベンラファキシン | イフェクサー |
NaSSA | ミルタザピン | リフレックス レメロン |
三環系抗うつ薬(第一世代) | イミプラミン | イミドール トフラニール |
三環系抗うつ薬(第一世代) | クロミプラミン | アナフラニール |
三環系抗うつ薬(第一世代) | アミトリプチン | トリプタノール |
三環系抗うつ薬(第一世代) | ノルトリプチリン | ノリトレン |
三環系抗うつ薬(第一世代) | トリミプラミン | スルモンチール |
三環系抗うつ薬(第二世代) | ロフェプラミン | アンプリット |
三環系抗うつ薬(第二世代) | アモキサピン | アモキサン |
三環系抗うつ薬(第二世代) | ドスレピン | プロチアデン |
四環系抗うつ薬 | マプロチリン | ルジオミール |
四環系抗うつ薬 | ミアンセリン | テトラミド |
四環系抗うつ薬 | セチプチリン | テシプール |
トリアゾロピリジン系抗うつ薬 | トラゾドン | デジレル レスリン |
SNRI: セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用
NaSSA: α2自己受容体遮断、α2ヘテロ受容体遮断によるノルアドレナリン、セロトニン遊離の増加、5-HT2及び5-HT3受容体の阻害作用による5-HT1受容体の活性化
三環系抗うつ薬:セロトニン、ノルアドレナリンの再取り込み阻害作用
四環系抗うつ薬: α2受容体阻害作用とノルアドレナリンの再取り込み阻害作用
トラゾドン: セロトニンの再取り込み阻害作用と5-HT2受容体の遮断作用
薬物療法の 途中で寛解の 状態を迎える場合があってもその時に自己判断で服薬を止めてしまってはいけない。何故ならせっかく寛解まで来たのに再発してしまうことが多いからである。薬の減量のタイミングは担当医とよく相談して決定すべきである。
また、うつ病では様々な身体の症状も現れるので、その症状に応じた治療薬を併用することもある。例えば、多くのうつ病患者は不眠を伴っており、不安感や恐怖感などで苦しんでいるので、これらの症状には睡眠導入剤や抗不安薬(精神安定剤)などが併用される場合が少なくない。これらの薬剤は抗うつ薬と違って即効性があるので、服用後から効果が現れる。
精神療法 ・カウンセリング (再発予防期)
精神療法には、支持的精神療法と呼ばれる基本的な治療法に加えて、認知行動療法や対人関係療法などのより専門的な治療法がある。これらの精神療法に共通している点は、患者自身の中にある生きる力を見出す点である。重要なことは、精神療法・カウンセリングは専門医が一方的に行うのではなく、患者が専門医と一緒に考えていくという自主性が必須となる。
予後
うつ病は、治療を始めればすぐに治療が終わるというものではない。治癒していく過程にはある程度の期間が必要となる。治療経過も、良くなったり、悪くなったりという小さな波をもちながら、階段をゆっくりと1段ずつ上るように改善していく。うつ病の約8割は寛解できると言われている。
うつ病を引き起こす原因は一つではないので、うつ病患者が 寛解できるまでに要する期間は人によって異なる。一般的な目安としては、急性期が1か月~3か月、回復期が4か月~6か月、再発予防期が1年以上というのが典型的なうつ病の場合であるとされている。うつ病は、根気よく治療する必要がある。
予防
うつ病予防のために、下記のような予防策が知られている。
- バランスの取れたライフスタイルへの見直しをする
- 自分の考え方を見直し、完璧主義に注意する
- 食生活のバランスを心がける
- 日光浴を積極的に行う
- 適切な睡眠を心がける
- 適度な運動を心がける
- 自分にあった方法でストレスを発散させる
- リラックスタイムを設ける
うつ病は、遺伝的要因や毎日のライフスタイルの外的・内的要因などで発症する疾患である。だからストレスを抱え込まない、バランスの取れたライフスタイルに近づくことが大切である。
うつ病は、責任感が強い人や完璧主義の人に多いとよく言われている。ときには自分の考え方を客観的に分析して、必要に応じて自分の考え方を見直すことも重要である。
うつ病の原因として、脳内の神経伝達物質「セロトニン」の欠乏が考えられている。セロトニンを生成するためには、肉類、乳製品、大豆製品などのトリプトファンが多い食品を摂取することが大切であるので、食生活のバランスを心がけるようにする。
日光浴は、セロトニンの分泌を促進し、心身のリラックスに役立つと言われている。
睡眠はストレスに対して有効で、回復効果がある。睡眠不足になると、自律神経のバランスが崩れ、セロトニンの分泌量が少なくなり、うつ病発症しやすくなると言われている。
適度な運動は、ストレスを軽減し、心身の健康を維持するのに役立つ。
ストレスを溜め込まないことが重要で、自分に合った適切なストレス発散の手法を身に付けることが大切である。
定期的にリラックスタイムを設けて、心と体の緊張をほぐしてあげる。
これらの予防策は、うつ病の発症リスクを減らすのに役立つとされている。しかし、具体的な症状や心配事がある場合は、早めに医師に相談すると良い。
あとがき
一般的にうつ病の発症は自分自身では気づきにくいと言われている。それにはいくつかの理由が指摘されている。
うつ病の症状は、気分の落ち込みや興味喪失など、非常に主観的で漠然としたものであるため、自己診断が難しいのだという。確かに風邪や頭痛のような症状があるわけではないので、自己判断は容易ではないことは理解できる。
また、うつ病の症状は自分の感情や行動に影響を及ぼすため、自己認識が困難になることがあるという。普通の人は、自分自身が「うつ病」だと容易に受け入れることができないため、うつ病の自覚症状が無くなる(気付かない)のもよく理解できる。
うつ病では「心の症状」が目立たず、「体の症状」ばかりが目立つ場合も多い。だから、うつ病であることに気づかず、内科などを受診するが、当然ながら原因を特定して貰えないことが多いのではないかと推察する。
これらの要素が組み合わさることで、うつ病の発症は自分自身では気づきにくい疾病とされているのだと思う。
そこで、うつ病に関しては周囲の人の役割が必要になる。現実的に自分自身では「うつ病」とは気づくことができずに、家族や友人など周囲の人から指摘されてはじめて「うつ病かもしれない」と分かるケースが大半かも知れない。
また、自分自身で気付けているうちは重症化していないのかも知れないので、うつ病に気付いたら早めに治療を開始しよう。
尤もうつ病にならないよう自衛することが優先されるべきであると私は思う。そのためには、うつ病発症の潜在的要因を特定し、それを取り除くか、あるいはうまく対処するための自分に合った方法を見つけるよう心がけることが大切であると思う。
【参考資料】
DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル(アメリカ精神医学会) The Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th edition |
ICD-10 疾病及び関連保険問題の国際統計分類第10版(WHO) International Statistical Classification of Disease and Related Problems, 10th edition |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
革新的医薬品審査のポイント(成川衛編著、日経BP社) |
うつ病の予防方法とは|うつ病ナビ (utu-yobo.com) |