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はたらく細胞

肝類洞内皮細胞の役割と機能

概要

肝臓の類洞は特殊な内皮細胞で隔てられ、この内皮と肝細胞との間にはデイッセ腔と呼ばれる間隙がある。類洞内皮には径 約100 nmの小さな孔が無数に開いており、この小孔を通して血液の液性成分やカイロミクロンのような小粒子は自由にディッセ腔へ流入し、肝実質細胞の細胞膜に接触する。血中へ放出されたヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、変性コラーゲンなどの巨大分子でも受容体を介して特異的に取り込み、処理できる。

肝類洞内皮細胞(hepatic sinusoidal endothelial cells:HSEC)は、類洞内腔を限界する1層の有窓性内皮細胞であるが,毛細血管の有窓内皮とは異なり基底膜がなく,小孔 fenestrae に隔壁 diaphragma を欠く。小孔が集合してつくる内皮の薄い部分を篩板 sieveplate と呼ぶ。血液中の粒子はその大きさによってふるい分けられ,血液の液性成分や小さいキロミクロンは小孔を自由に通過して類洞外側のDisse 腔へ流入し,肝実質細胞の表面膜を洗う。小孔の径はヒトでは 107 ±1.5 nm で,ラット(Sprague Dawley rat , 161±2.7nm),マウス(C57BL/6,141 ± 5.4 nm)と比較してかなり小さい。この違いが,ヒトではアデノウイルスベクターを用いる肝実質細胞標的の遺伝子治療が動物実験ほど有効ではない理由とされている。肝線維化が進行すると,類洞内皮に基底膜が発達し小孔も減少・消失する。この変化は毛細血管化 capillarization と呼ばれる。小孔には小葉内部域差がみられ、中心静脈域に比較して門脈周囲域では小孔の径は大きいが,数は少なく 、篩板の総面積は小さい。

HSECの内腔側細胞膜には多数の被覆小胞が観察される。類洞内皮に取り込まれる物体の大きさは通常 0.1 μmといわれているが,Krebs–Riger 液灌流下でラテックス粒子は 0.8μm の大きさまで取り込む。ただし,その取り込み機構は貪食によるものではなく,広いグラスリン被覆膜による。その被覆膜の広さは 2 μm2 に及び,通常の被覆小胞の 20 個分に相当する。HSECの類洞腔側細胞膜直下にはきわめて広い範囲にわたってクラスミン網が広がっている。この所見は,HSECが受容体介在性エンドサイトーシスを行う旺盛な細胞であることを示している。

HSECは、サイトカイン等の生理活性物質の産生、レセプターによる糖蛋白やLDLの 取り込みと分解、接着分子の発現などを介して肝臓の病態生理にも関与している。肝移植に関しては、この細胞の障害が重要となる。


役割

エンドサイトーシス(endocytosis)

HSECは,細胞質に多数の小孔集合(篩板構造)を有し,基底膜を欠くなど他の血管内皮細胞と異なる特徴的な形態を有する細胞である。このような構造から肝類洞は穴だらけの内皮細胞からなる血管であり、このことが血液成分と肝細胞の活発な物質交換を容易にしていると考えられている。

肝臓での毛細血 管にあたる類 洞を構成するHSECでは基底膜を欠いている。さらに、HSECには径100 mmの小孔が多数見られ、これらの小孔が集籏してsieve plateを形成している。このためHSECの小孔を介して類洞内腔からDisse腔への物質の移動、すなわち血液―肝細胞間の物質交換を制御している。この小孔はアクチン―ミオシン系により調節され、肝病態とも関連している。

HSEC は機能的にも門脈など肝内の他の血管内皮細胞とは異なり、血液内のさまざまな物質を取り込む活発なスカベンジャー機能を有している。HSECは、基底膜や第8因子関連抗原を欠く点では毛細血管内皮に比べ構造的に不完全であるようにみえるが、逆にヒアルロン酸や生体色素(カルミンなど)の取り込みは旺盛 で、スカベンジャー機能を果たす。特に臓器傷害と再生など組織構築に重要な基質成分であるヒアルロン酸はほとんどがHSEC により取り込まれ、血中ヒアルロン酸レベルの恒常性が保たれている。

HSECは、220kDのscavenger receptorのみならず、糖蛋白、リポ蛋白(acetyl LDL)、ムコ多糖体に対するレセプター(hyaluronan receptor、 mannose receptor等)を有し、これらの代謝及び分解に関与している。

HSECは、肝類洞スカベンジャー内皮細胞(liver sinusoidal scavenger endothelial cell;LS–SEC)とも呼ばれ,その受容体には次のものがある。

受容体
(レセプター)
受容体を介して取り込まれる物質
スカベンジャー受容体(SR)ヒアルロン酸,コンドロイチン硫酸,酸化 LDL,プロコラーゲン I, III など
マンノース受容体(MR)流出したリソゾーム酵素,コラーゲンα鎖(I, II, III, IV, V, XI)など
Fc-γ受容体(Fc-γR)可溶性 IgG 免疫複合体

免疫応答

肝臓は腸管からの門脈血を受け入れているため食物に由来する外来性抗原やエンドトキシンを含む腸管細菌成分などに常に暴露されている状態にあり、肝臓は自然免疫を司る主要な臓器である。門脈血中の抗原は肝臓の抗原提示細胞であるクッパ―細胞(Kupffer cells)や肝樹状細胞により処理され,CD4+,CD8+ T 細胞を活性化し免疫反応を誘導すると考えられているが,これらの抗原提示細胞に加え,HSECも MHC クラス I,II,CD40などを発現しており免疫応答に関与することが明らかになっている。

HSECは、自然免疫に関与し、TLR4と TLR 9が同定されている。TLR–9 は微生物の DNA を認識するので,生体染色に用いられたリチウム・カルミンを認識する可能性がある。獲得免疫では,HSECは樹状細胞と同様にMHC class I、 II や CD40、CD80、CD86 の分子を発現するが、native CD4+T 細胞から Th1 細胞へ分化させることができず、逆に Th0 を刺激して免疫寛容へ誘導するといわれる。

HSEC の免疫作用は、生理的状態では抗原に対する免疫反応を惹起するよりも免疫寛容を誘導する方向に働くことが示されている。このような特殊な免疫反応は、多彩な食物抗原、細菌抗原が血液を介して流入してくる肝臓において必要以上の免疫反応を抑制する仕組みと考えられている。HSEC はまた機能に応じた特異なマーカー分子を発現する。血中ヒアルロン酸の受容体として働く分子としてリンパ管内皮細胞に発現する stabilin-2やLYVE-1がHSEC に発現している。さらに,リンパ管内皮細胞で発現する血管内皮増殖因子受容体3(vascular endothelialgrowth factor receptor3:VEGFR3)も発現することから、HSEC はリンパ管内皮細胞と共通の形質を有する特異なスカベンジャー血管内皮細胞であると理解したほうが良い。


抗凝固因子の産生

類洞の血流に接しているHSECは、一 般の毛細血管内皮と同様に抗凝固因子を産生しているが、トロンボモジ ュリンの発現は低くその抗凝固活性は低いことが特徴でもある。このため、一 般 の毛 細血 管内皮に較べて凝 固 などが起こりやすい。また、HSECと門脈や中心静 脈 の血管内皮細胞との連続的移行が境界領域で認められているが、このHSECと血管内皮細 胞との分化の差異に関しては明らかではない。


プロスタグランディンの生成

HSECは 、プロスタグランディンD2、E2などのアラキドン酸代 謝産物を産生しているが、そ の量は少な い。


サイトカインの産生

HSECは、IL-1、TGF-bなどのサイトカインを産生するが、その量はKupffer細胞に較べて少ない。この細胞でもこれらサイトカインの産生には転写因子であるNF-χ BやAP-1の関与が証明されている。


接着分子

HSECは、接着因子であるICAM-1が常に表出している。炎症に伴いICAM-2、LFA-3、VAP-1などの他の接着因子の発現も認められ、炎症性浸潤細胞と内皮細胞の接着に関与している。また、Kupffer細胞と内皮細胞との接着にもこれら接着 因子が寄与している。ことにIL-1によ り肝類洞内皮細胞の接着因子が亢進して腫瘍細胞の内皮細胞への接着が亢進し、これが転 移成立の一 つの機構と推察されている。


エンドセリンの産生

血管内皮細胞 と同様、HSECもエンドセリンを産生している。このエンドセリンは類洞内皮 細胞に対しautocrineに作用はせず、むしろ肝星細胞に対しparacrineに働きその細胞を収縮し類洞血流の調節を行なっている。


肝細胞増殖因子の産生

肝切除の際 に肝細胞増殖 因子を産生が認められているが、その量はKupffer細胞より少ない。


活性酸素(Nitric oxide)の産生

HSECは、他の血管内皮細胞と同様に活性酸素(NO)を産生する。


増 殖

HSECは、VEGFのレセプターであるflt-1、KDR/flt-1を表出しており、VEGFの刺激により増殖することが知られている。これが、肝切除後の再生期の内皮細胞増殖と肝癌における腫瘍血管の形成に関与すると推察されている。また、HSECは Thrombopoietinのreceptorであるc-mlPを有しており、Thrombopoietinが増殖因子として働いている可能性が指摘されている。


【参考資料】

榎本克彦, 山 本 洋 平,吉 岡 年 明, 大森泰文,西 川 祐 司;肝再生と類洞内皮細胞;生化学84 (2012) 642 – 648
白鳥 康史;肝類 洞壁 細 胞 一研 究 の進 歩 と将来 をみ す えて―;肝 臓40 (1999) 271 – 287
金田研司;肝類洞細胞の微細形態と機能;電子顕微鏡 34 (1999) 156 – 161