はじめに
マクロファージは白血球の一種で、従来は一様と考えられていたが、臓器や疾患においてそれぞれ特徴的なマクロファージサブタイプが存在し、多種多様であることが明らかになってきている。
クッパー細胞(Kupffer cells)は、肝臓を構成する細胞であり、類洞に存在するマクロファージの一種(肝常在性マクロファージ)であり、周囲に突起を伸ばし、肝臓の類洞腔の内皮細胞に接着する。
クッパー細胞は、マクロファージの一種なので貪食能が盛んな細胞であり、その役割は多岐にわたる。例えば、肝動脈や門脈から流れてきた異物や毒素、老廃物などを細胞内に取込み、消化分解や再利用を行うばかりでなく、サイトカインを産生し免疫応答を制御する機能も有する。
クッパー細胞の役割
解毒作用(体内異物や老廃物の消化分解)と再利用
肝臓は消化管から送られてくる有害物質や異物を処理する臓器であり、肝臓でその解毒作用の任に当たる細胞はクッパ―細胞、単球由来マクロファージ、樹状細胞、肝細胞などである。
まず腸内細菌が産生するリポポリサッカライド(LPS)などの内毒素(エンドトキシン)は、類洞内のクッパ―細胞や樹状細胞によって取り込まれ処理される。
もし何かの原因でクッパ―細胞が少なかったり、消滅していたりとすると、内毒素が全身に回り、重篤な状態になる。内毒素が原因で肝臓に炎症がおこるが、炎症がおこると肝臓で単球由来マクロファージが増加し、解毒作用を助ける。古くなった赤血球もクッパ―細胞によって貪食され、そのヘモグロビンから胆汁色素が作られる(再利用)。
免疫応答の制御
クッパ―細胞は、組織内のマクロファージの約80%を占め、多くのサイトカインを産生して、免疫応答や炎症の成立に大きな役割を果たしている。クッパ―細胞には、貪食能や抗原提示能がある。クッパ―細胞は、単球由来のマクロファージよりも貪食能が強く、流入する異物(細菌及びその成分など)を貪食して生体防御の役割を果たす。
NASHにおける肝線維化への関与
小川佳宏教授(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子細胞代謝学分野・九州大学大学院医学研究院病態制御内科学分野)と菅波孝祥教授(名古屋大学環境医学研究所分子代謝医学分野)を中心とする研究グループは、短期間で非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を発症する誘導性モデル(マウス)を新たに開発し、この動物モデルを用いることによって、肝線維化を促進する疾患特異的マクロファージを同定することに成功している。このマクロファージサブタイプは、NASHに特異的なもので、同様のマクロファージサブタイプはヒトNASHにおいても認められている。
特徴的な微小環境(hCLS: hepatic crown-like structure;王冠様構造)をこの疾患特異的マクロファージが形成することにより、NASHの発症に至ることを明らかにしているが、実はこの微小環境(hCLS)は主に組織常在性マクロファージ(クッパー細胞)で構成されている。この研究成果により、クッパー細胞が炎症促進性の形質を獲得することにより、肝線維化に関与していることが明らかになったといえよう(下図参照)。
NASHの肝線維化にはクッパー細胞内への鉄蓄積が重要
NASHの病態メカニズムとしてmultiple parallel hits仮説が提唱されており、過剰な脂肪蓄積やインスリン抵抗性などの代謝異常に、炎症性サイトカイン、酸化ストレスなどの炎症刺激が加わることでNASH発症に至るとされている。この炎症刺激の1つとして鉄代謝異常の関与が指摘されており、実際、NASH症例における鉄過剰が報告されているが、肝線維化における作用機序や肝臓内の責任細胞については十分に分かっていなかった。
菅波孝祥 教授、田中都 講師、金森耀平 研究員(名古屋大学環境医学研究所/医学系研究科)を中心とする研究グループは、NASHにおいて、細胞内鉄含量の多いクッパ-細胞が肝線維化の進行に重要であることを明らかにした。これまでにもNASH 症例において鉄過剰が報告されていたが、肝線維化における作用機序や肝臓内の原因となる細胞については十分に分かっていなかった。同研究グループは、マウス NASH モデルの解析から、細胞内鉄含量の多いクッパー細胞が肝線維化の促進に働くこと、その機序として MiT/TFE 転写因子が関与することを見出した。
鉄を蓄積したクッパ―細胞は、肝細胞死に応答してCD11c陽性に形質転換し、炎症性サイトカインや線維化促進因子を産生して、脂肪肝からNASHに進展させる。すなわち、鉄はNASHにおける肝線維化の促進に働くことが明らかになった。そこで、正常肝、脂肪肝、NASH肝を呈するMC4RKOマウスの肝臓からクッパー細胞を調製し、磁力を利用して細胞内鉄含量の多い(Fe-hi)クッパー細胞、少ない(Fe-lo)クッパー細胞に分離すると、病態の進行と共に、Fe-hiクッパー細胞が炎症・線維化促進因子(CD11c、TNFα、CCL3、TIMP1等)を高発現してすることが分かった(下図参照)。
次に、クッパー細胞における鉄蓄積が、どのように形質転換をもたらすかを検討した。NASH肝より単離したCD11c陽性クッパー細胞と鉄を負荷した培養マクロファージを用いて、リソソーム機能調節に働くMiT/TFE転写因子に注目し、マイクロアレイ解析により遺伝子発現プロフィールを網羅的に解析したところ、クッパー細胞に鉄を負荷すると、リソソーム機能が障害され、MiT/TFE転写因子のTFE3が活性化することが分かった。
クッパー細胞においてTFE3は形質転換マーカーのCD11cや種々の炎症・線維化促進因子の遺伝子発現を誘導した。以上の結果から、NASHにおけるクッパー細胞の形質転換には、鉄蓄積によるMiT/TFE転写因子の活性化が関わっていると考えたわけである。尚、クッパー細胞におけるMiT/TFE転写因子の活性化が、NASHを発症したMC4R-KOマウスの肝臓においても認められることを確認されている。
同研究グループはこれまでにも、CD11c陽性に形質転換したクッパー細胞が死細胞(肝細胞)を取り囲むように配置する特徴的な微小環境(hCLS)を呈すること、ここを起点として炎症・線維化が進行することを報告している。MiT/TFE転写因子は、微小環境(hCLS)を形成するクッパー細胞で活性化していることを明らかにし、MC4R-KOマウス以外のNASHモデルやヒトNASHにおいても、同様の所見を確認している。
あとがき
クッパー細胞(Kupffer cells)は、要は肝臓に存在するマクロファージの一種である。主に肝臓の血管内皮に付着しているため、肝臓の免疫機能において重要な役割を果たしているようだ。
クッパー細胞の役割と機能を改めてまとめると次のようになる。
- 異物の除去
- 血液中に存在する異物や感染症の原因となる微生物を捕捉し、分解する役割を担っている
- 免疫応答の調整
- 肝臓の免疫応答を調整し、適切な免疫反応を引き起こす
- 肝臓の修復
- 肝臓の損傷や炎症が発生した際に、修復過程に関与し、炎症を抑える役割を果たす
クッパー細胞は、肝臓の健康維持において非常に重要な役割を果たしていることを学ぶことができた。
ちなみに、クッパー細胞の名称は、ドイツの解剖学者ヴィルヘルム・クッパー(Wilhelm Kupffer)に因んで名付けられたものである。彼は、1902年にこのクッパー細胞が肝臓に存在し、肝臓の健康を維持するために重要な役割を果たしていることを初めて公表している。今から120年以上も前のことである。
【参考資料】
小川 佳宏, 菅波 孝祥, CD11c-positive resident macrophages drive hepatocyte death-triggered liver fibrosis in a murine model of non-alcoholic steatohepatitis, JCI Insight (On-line), 2017 |
菅波孝祥 , 田中都, 金森耀平, iScience |
恩地森一, 肝臓における免疫応答と疾患, 日本消化器病学会雑誌, 101 (2004) 146 – 154 |