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心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは?原因・症状・診断・治療は?

はじめに

日本でPTSD(心的外傷後ストレス障害)が注目を集めるようになったのは、1995年に起きた阪神淡路大震災(1995年1月17日)と地下鉄サリン事件(1995年3月20日)がきっかけであると言われている。

これらの大規模な災害や事件は、多くの人々に深い精神的衝撃を与え、その結果としてPTSDの症状を発症する人々の数が増えたという悲しい歴史的事実が存在する。同時に、PTSDという疾患が広く認知されるようになり、これらの出来事がPTSDの研究や治療法の進展に大きな影響を与えたのも事実である。


<目次>
はじめに
心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは
原因
症状
診断
治療
あとがき

心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは

心的外傷後ストレス障害posttraumatic stress disorder; PTSD)は、死を意識するような強い体験や忍耐の限界を超えたストレスによって心理的なトラウマ(心的外傷)が生じ、不安・うつ状態・パニック・フラッシュバックなどの特有の症状が生じる心身の障害である。

PTSDは、実際にまたは危うく死ぬ、深刻な怪我を負う、性的暴力など、精神的衝撃を受けるトラウマ(心的外傷)体験に晒されたことで生じる、特徴的なストレス症状群のことを指す。

症状が、少なくとも1カ月以上続き、かつ生活や仕事に大きな影響を与えているものをPTSDという。日本では、阪神・淡路大震災(1995年)の後に病名が広く知られるようになった。


原因

PTSDの原因となる可能性の高い出来事は、恐怖、無力感、戦慄の感情を引き起こす出来事だと言われている。PTSDの代表的な原因としては、戦闘、性的暴行、自然災害や人災がよく知られている。

死を意識するような強い体験や忍耐の限界を超えたストレスとは、事故、災害(地震や津波など)、戦争・戦闘・テロ、虐待、犯罪事件(暴力、強姦など)によって自分が死にかけたり、親しい人が死んだり、死にかけるのを目撃することである。

子どもの場合には、虐待や無視・放置、他者の被害の目撃が成人以上に外傷となり得る。単に、他人から悪口をいわれたとか、裏切られたなどの体験は含まない。


PTSDの発症が憂慮され、メンタルケアの重要性が指摘された災害や事件・事故を下記に示す。日本では圧倒的に地震が多いことを再認識させられる。

阪神・淡路大震災(1995年)
地下鉄サリン事件(1995年)
和歌山ヒ素中毒事件(1998年)
大阪府池田小学校事件(2001年)
新潟県中越地震(2004年)
能登半島地震(2007年)
新潟中越沖地震(2007年)
秋葉原連続殺人事件(2008年)
岩手・宮城内陸地震(2008年)
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震&大津波) (2011年)
福島第一原子力発電所事故(2011年)
平成26年8月豪雨(2014年)
御嶽山噴火(2014年)
熊本地震(2016年)
平成29年7月九州北部豪雨(2017年)
西日本豪雨(2018年)
大阪府北部地震(2018年)
胆振地方中東部地震(2018年)
平成30年7月豪雨(2018年)
胆振地方中東部地震(2019年)
山形県沖地震(2019年)
福島県沖地震(2019年)
令和元年台風19号(2019年)
石川県能登地方地震(2020年)
千葉県東方沖地震(2020年)
宮城県沖地震(2020年)
青森県東方沖地震(2020年)
令和2年7月豪雨(2020年)
令和3年8月の大雨(2020年)
熱海市伊豆山地区土砂災害(2021年)
福島県沖地震(2021年)
宮城県沖地震(2021年)
岩手県沖地震(2021年)
千葉県北西部地震(2021年)
紀伊水道地震(2021年)
日向灘地震(2022年)
福島県沖地震(2022年)
石川県能登地方地震(2022年)
茨城県南部地震(2022年)
石川県能登地方地震(2023年)
千葉県南部地震(2023年)
苫小牧沖地震(2023年)
能登半島地震(2024年)

症状の個々に対応するケアではなく、その人の全存在にかかわる問題に直面しているという理解に基づいてケアにあたる必要があるとされ、PTSDが国内で広く知られるきっかけにもなった。日本精神衛生学会は緊急電話相談を開設して、PTSD発症防止に寄与している。


症状

PTSDの主な症状として次のようなものが知られている。

  • つらい記憶が突然よみがえる(悪夢やフラッシュバック)
  • 常に神経が張りつめている(交感神経の亢進状態)
  • それに伴う不眠やイライラ感、集中困難
  • つらい記憶を呼び起こすような状況や場面を避ける
症状名および病状の形式
侵入症状(再体験、フラッシュバック)
体験の記憶が再生産されること
①誘因なく思い出される
(子どもでは心的外傷に関係した遊びの反復)
②悪夢にみる(子どもでは内容不明の悪夢)
③フラッシュバック、体験に関する錯覚幻覚
(子どもでは外傷に関する振る舞い)
④心的外傷に関連した刺激による主観的な苦痛
⑤同じく自律神経症状を示す
回避と麻痺
苦痛な体験が思い出させられることを避け、
記憶を意識から切り離すこと
①慢性的な無力感、無価値感が生じ、周囲の人とは違う世界に住んでいると感じる
②感情や関心が狭くなり、人を愛したり喜ぶことができない
③心的外傷記憶の部分的な健忘
④心的外傷に関連した刺激を避けようとする
過覚醒
常に危険が続いているかのような張りつめた状態
交感神経系が緊張し、些細な物音などにも反応し、パニックとなりやすくなる
①入眠困難
②いらだち
③集中力の低下
④張りつめた警戒心
⑤些細なことでの驚愕

診断

PTSDの診断は、主に問診を中心に行われる。診断は「PTSDによる症状が1ヶ月以上続くこと」が判断基準となっている。

心的外傷を受けるような災害や事故・事件に遭遇した後に、思いがけないときに不安が増大し、不眠が続き、ささいなことで反応を示すようになったり、記憶を反復して再体験(想起)したり、夢にみたりするほか、集中困難な状態になったり落ち着きがなくなったりするような症状を訴える場合にはPTSDを疑う必要がある。

フラッシュバック症状もPTSD特有の症状である。このような症状の持続状態が3か月以内のものを急性PTSDといい、3か月以上持続するものを慢性PTSDといっている。

これに対して急性ストレス障害(autism spectrum disorder; ASD)は、同様な危機的状況を体験したあと2、3日から最長4週間以内に発症・持続するものをいい、周囲に対する注意の減弱や現実喪失感のほか、離人感(自分が自分ではないように感じるなどの状態)も起こるとされている。


治療

PTSDの治療法としては、精神療法や抗うつ薬などの投与が知られている。しかし、実際の治療法は医師によって、患者の個々の症状や状況に応じて決定される。

治療法には、一般的なケアと専門的な治療がある。

一般的なケアとしては、安全、安心、安眠の確保に努め、二次的なトラウマを未然に防ぎ、自然の回復を促進する。症状が重い急性期には、あれこれと聞き出すことはよくない。患者の3分の2は半年以内に自然回復するので、生活の支援をしながら温かく見守ることである。

専門的な治療としては、抗うつ薬の一種であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などが有効である。

また、PTSDの治療のために開発された持続エクスポージャー療法は国際的にも広く認められているが、日本ではまだ十分に広まってはいない。持続エクスポージャー療法とは、恐しい体験の記憶に対するコントロール力を回復させて恐怖を軽減する治療法のことである。


あとがき

日本は自然災害が多い国であり、地震や洪水などの大規模な災害が頻繁に発生する。これらの災害は、被災者だけでなく、救援活動に関わった人々にも深い精神的ストレスを与え、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症が憂慮される。

例えば、東日本大震災では、被災者の中には少なくとも1割(4万7千人)以上がPTSDを発症したと言われている。

また、被災者だけでなく、救助者や支援者の中にもPTSDの症状が見られることが知られている。さらに、災害の映像をテレビで見た視聴者の中にも、PTSD症状が出現しやすいとの報告があることも知られている。これらの事例から、日本のような災害が多い国では、PTSDの発症リスクが高いと言える。

しかしながら、PTSDの発症は個々人の精神的・身体的状況、災害の規模や種類、そしてその後のサポート体制など、多くの要素によって影響を受けることが知られている。そのため、全ての災害被災者や救助者がPTSDを発症するわけではなく、またそうならないようなサポート体制の整備が求められている。


【参考資料】
小学館 日本大百科全書
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版