はじめに
精神統一という言葉がある。これは、何かをするときに、心を一点に集中することを指す言葉である。例えば、勉強やスポーツの時に、他のことには気を取られずに、自分の思考や感情をまとめ(コントロールし)、集中力をアップして、効率的に物事に取り組むことを指した言葉といえよう。
ここで用いた「精神」という用語は、人間の「心の働き」や「その知的な働き」を指す用語である。
現代の脳科学では、「精神(心の働き)」も、脳の活動によって生じるものであり、神経系におけるシナプスや神経伝達物質とされる物質の働きによって説明できるようになってきた。つまり、精神は非物質的なものではなく、物質として扱えるようになった。このことは、精神疾患の治療に光明をもたらす。
精神疾患とは、気分の落ち込みや幻覚・妄想など心身にさまざまな影響が出る疾患のことを指す。これらの疾患は脳内の神経伝達物質の乱れによって起こると考えられている。
例えば、うつ病、双極性障害(躁うつ病)、統合失調症などは、よく知られる精神疾患であるが、かつては「心の病」と言われ、よく分からないために本人や家族も戸惑うことが多かった。しかし、今日ではこれらの疾患に対する理解が進み、治療方法もほぼ確立し、社会復帰のためのプロセスや支援制度などが充実しつつある。現代社会では決して特別な疾患ではなくなりつつある。
尚、「精神疾患」という用語は、徐々に厳密に正しい意味を表している精神障害という用語に置き換えられつつある。
精神疾患とは
精神疾患とは、一般的健常人の平均や価値の基準から偏った精神状態のために、著しい苦痛や機能障害をもたらし得る多様な症状群を包括する上位概念である。
幻覚や妄想といった患者の主観的体験に基づいて医師によって診断される精神疾患は、ヒト(人類)に固有の問題であるといえよう。一方、精神疾患の背景にある中枢神経系の分子メカニズム・基本病態については、動物にも共通する変異が将来発見されるかもしれない。[1]
原因
原因不明なものが多い。しかしながら、脳の機能障害との関係が徐々に解明されてきている。
精神疾患(精神障害)の原因は、単純ではなく、下記のような要素が複雑に組み合わさっていることが多い。
- 遺伝的要因
- 特定の精神疾患は家族内で発症する傾向がある
- 遺伝的素因を示唆する精神障害も存在する
- 家族歴があっても、必ずしも精神障害を発症しない
- 脳の化学的性質と構造
- 脳内化学物質(神経伝達物質)の不均衡
- 脳の構造と機能の変化はメンタルヘルスの状態に寄与
- セロトニンやドーパミンの異常
- 環境要因
- 重大な人生のストレス要因
- トラウマ的な経験は、メンタルヘルスの問題を発症
- 虐待、ネグレクト、暴力など
- 妊娠中に毒素や物質にさらされる
- 胎児の脳の発達に影響を与える
- 身体的健康
- 慢性的な病状や神経障害は、メンタルヘルスに影響
- ホルモンバランスの乱れ
- 慢性的な痛み
- 神経系に影響を与える状態は、精神的健康に影響
これらの要因は、個々の精神障害の状況や特定の障害によって大きく異なる。
症状
精神疾患の症状は、疾病の種類によって異なる。認知、思考、感情、意欲、自我などの心の機能の障害が症状として現れるが、眠れない、気分の落ち込み、ひきこもり、不安、そら耳体験、ひどく疑い深くなる、物忘れなどの健常人にも起きるような症状が精神疾患の症状としても起こることがある。
精神疾患の分類
精神疾患をWHOのガイドライン「ICD-10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン」[2]で大別すると下表のようになる。大別とは言え、精神疾患として実に多種多様な疾患があることに率直に驚く。各疾患について勉強していきたいと思う。
症状性を含む器質性精神障害(F0 ) |
アルツハイマー型認知症(F00) 血管性認知症(F01 ) 他に分類されるその他の疾患の認知症(F02) (ピック病、クロイツフェルト・ヤコブ病、ハンチントン病、パーキンソン病、ヒト免疫不全ウイルス病などに伴う認知症) |
精神作用物質使用による精神及び行動の障害(F1) |
アルコール使用(飲酒)による精神及び行動の障害(F10) 大麻類使用による精神及び行動の障害(F12) 鎮静薬又は催眠薬使用による精神及び行動の障害(F13 ) カフェインを含むその他の精神刺激薬使用による精神及び行動の障害(F15 ) 幻覚薬使用による精神及び行動の障害(F16) タバコ使用(喫煙)による精神及び行動の障害(F17) 多剤使用及びその他の精神作用物質使用による精神及び行動の障害(F19) |
統合失調症、統合失調型障害及び妄想性障害(F2) |
統合失調症(F20) 分裂病型障害(F21) 持続性妄想性障害(F22) 特定不能の非器質性精神病(F29) |
気分(感情)障害(F3) |
躁病エピソード(F30) 双極性感情障害/躁うつ病(F31) うつ病エピソード(F32) 反復性うつ病性障害(F33) 持続性気分(感情)障害(F34) 他の気分(感情)障害(F38) 詳細不明の気分(感情)障害(F39) |
神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害(F4) |
恐怖性不安障害(広場恐怖、社会恐怖など)(F40) 他の神経症性障害(F48) |
生理的障害及び身体的要因に関連した行動症候群(F5) |
摂食障害(F50) 神経性無食欲症、神経性大食症 性機能不全、 器質性障害又は疾病によらないもの(F52) 生理的障害及び身体的要因に関連した詳細不明の行動症候群(F59) |
成人の人格及び行動の障害(F6) |
特定の人格障害(F60) 性同一性障害(F64) 性発達及び方向づけに関連する心理及び行動の障害(F66) |
知的障害(精神遅滞)(F7 ) |
軽度知的障害(精神遅滞)(F70) 中等度知的障害(精神遅滞)(F71) 重度知的障害(精神遅滞)(F72) その他の知的障害(精神遅滞)(F78) 詳細不明の知的障害(精神遅滞)(F79) |
心理的発達の障害(F8 ) |
会話及び言語の特異性発達障害(F80 ) 学習能力の特異的発達障害(F81) 広汎性発達障害(F84) 自閉症、レット症候群、その他の小児(児童)期崩壊性障害。知的障害(精神遅滞)と常同運動に関連した過動性障害、アスペルガー症候群など 詳細不明の心理的発達障害(F89) |
小児期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害(F9) |
多動性障害(F90) チック障害(F95) 小児(児童)期及び青年期に通常発症するその他の行動及び情緒の障害(F98) |
詳細不明の精神障害(F99) |
あとがき
私たちの脳(大脳・小脳・間脳・脳幹)は、私たちの身体の活動のほとんどを制御し、感覚器から受け取った情報の処理・統合・調整、体の各部位へどのような指令を送るかの決定などを行う。
大脳は、知的活動、運動や感覚の最上部を担当する。大脳皮質は、ヒトをヒトたらしめる部位であり、運動や感覚の最上部に位置している。小脳は、運動調節、平衡感覚を担当する。間脳は、自律神経や内分泌機能をコントロールし、情動の機能と関係している。脳幹は、中脳、橋、延髄から構成され、生命の維持に関わる機能を司る。これらの脳の部分は、全体として協調して働き、私たちが感じ、思考し、行動する能力を可能にしている。
脳は、精神(心)と密接に関連している。脳内の神経活動は、感情や意思決定に影響を与えるが、逆に心理的ストレスや疲れなどにより脳の機能が影響を受けることもある。
体の器官・臓器や活動は、すべて脳によってコントロール(統制)されており、脳と精神(心)は密接な相関関係にある。
精神疾患(精神障害)は、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れたり、神経細胞の働き方や神経細胞同士のつながり方に変化が生じたりすることで起こる。これらの変化は、精神(心)の状態、つまり思考、感情、行動に影響を及ぼす。
現代の脳科学では、精神(心の働き)も、脳の活動によって生じるものであり、神経系におけるシナプスや神経伝達物質とされる物質の働きによって説明できるようになってきた。
精神疾患(精神障害)について学ぶことは、脳の機能と役割を学ぶことでもあると思う。
【参考資料】
1 | 脳科学辞典(精神疾患;北村英明、染谷俊幸) |
2 | 世界保健機関 ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン |