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創薬のパラダイムシフト

創薬研究が変われば、製剤化研究はどう変わるのか?

はじめに

英語で、薬学は “Pharmaceutical Science” であり、薬剤師は “Pharmacist” と呼ばれる。製薬企業は “Pharmaceutical Company” であり、医薬研究所は “Pharmaceutical Research Institute” と訳されることが多い。そして製剤研究は “Pharmaceutical Research” である。

別に英語の勉強を始めたわけではない。”Pharmaceutical” や “Pharmaceutics” という単語が「くすり」や「製薬」と強い関係性をもつ用語であることを再認識しただけである。

医薬品(くすり)とは、患者に投与可能な製剤を示す用語であり、薬理活性を有する原薬や新規化合物を指す用語ではない。

医薬品は、ヒトでの有効性と安全性を臨床試験で確認し、当局から認められた製剤(剤形)が医薬品と呼ばれる。

創薬研究で見い出された新規化合物を最終的に医薬品するのは製剤研究部門の役割であり、製薬企業にあって医薬品を創りだせる根幹の部門としての責務と責任を果たさなければならない。

かつて、経口投与固形製剤の製剤開発において薬物体内動態を制御できるDDS(Drug Delivery System)の製剤技術を駆使することによって、有効活性成分の本来有するポテンシャルを引き出し、適正な薬物療法を提供することが製剤技術研究者の仕事であった時代があった。

製薬企業にとってもDDS技術の役割は、製品価値の最大化への貢献であった。ブロックバスターと呼ばれた有効活性成分の欠点をカバーすることにより、既存化合物の臨床効果の増強、副作用軽減、利便性向上を目的とした剤形追加は、上市によってマーケットの拡大および製品寿命の延長(ライフサイクルマネージメ
ント)にも役立った時代がかつて存在した。

このような利点にも関らず、DDS技術を必要とする製品開発の機会は必ずしも多かったわけではない。何故なら通常の製剤技術で十分に、比較的短期間にかつ低コストで製剤開発ができたからである。

科学の進歩に伴う高度な創薬活動が注目されてはいるが、新規化合物を医薬品にするためには製剤研究や製剤技術が必要であることには変わりはない。誇りと自信を持って製剤研究に打ち込んでもらいたいと思う。

しかしながら、21世紀に入ると抗体医薬をはじめバイオ医薬品が台頭し始め、近年では核酸医薬や細胞治療、遺伝子治療、エクソソームといった多様なモダリティが登場した。これらの新たな治療法や技術は、製剤化研究においても新たな課題や可能性を生み出す時代に入ったと言える。

創薬研究の手法に変革がもたらされた時代において、製剤化研究も変わらざるを得ない時代を迎えている。本稿では、製剤化研究がどう変わっていくべきかについて考えてみたいと思う。


<目次>
はじめに
時代背景
ニューモダリティへの対応
あとがき

時代背景

21世紀に入ると抗体医薬をはじめとするバイオ医薬品が台頭し始め、近年では細胞治療、遺伝子治療、エクソソームといった多様なモダリティが登場した。これらの新たな治療法や技術は、製剤化研究においても新たな課題や可能性を生み出す機会にもなっている。

創薬研究の変化により、これらのニーズや開発戦略も変化する可能性が高くなっている。例えば、創薬研究の変革によりバイオ医薬品が増えてきたため、製剤技術の中心技術は経口投与固形製剤の開発から注射剤の開発にシフトしている。バイオ医薬品は胃腸管から吸収されないので、経口投与ではなく、投与方法の殆どは皮下注射または静脈注射である。この変革に伴い、かつて製剤技術の中心技術であったもの、例えば、低分子化合物の難溶性薬物の可溶化技術のような製剤技術に代わり、注射剤の安定化や凍結乾燥技術が求められるようになっている。さらには抗体医薬の高濃度製剤の開発が求められるようにもなっている。これらは、製剤化研究における新たな課題となっている。

また、AIの進歩により創薬研究が効率化されているが、AIの進歩は製剤化研究にも影響を及ぼし、AIを活用した製剤化研究の効率化が期待されている。

このように、創薬研究の変化は製剤化研究にも大きな影響を与え、新たな課題や可能性を生み出している。その具体的な影響は、創薬研究の進歩や変化の内容によるので、それに対応する製剤化研究はまだ確立されている段階とは言えず、変革の過渡期にある。


ニューモダリティへの対応

ニューモダリティ(New modality)とは、従来の低分子化合物や通常の抗体以外の、中分子化合物、例えばペプチド、核酸、細胞、特殊抗体などを指す(下図参照)。

さらに、遺伝子編集ツール(CRISPR-Cas9等)なども含まれる。いずれにせよ、これらのニューモダリティは将来的には新たな医薬品開発の基盤技術となり、疾患の治療に革命的な変化をもたらす可能性が高い。

ニューモダリティは、従来の低分子医薬品では狙うことが困難だった創薬標的に対して作用できる分子として見出され、医薬品として利用されるようになった。

製剤化研究におけるニューモダリティへの対応は、ニューモダリティの理解と活用、製剤開発の難易度と不確実性の管理、そして製薬企業の質的変化という観点から考えていく必要がある。

  1. 新規モダリティの理解と活用
    • ニューモダリティを理解する
    • そして、適切に活用することが求められる
  2. 製剤開発の難易度と不確実性の管理
    • ニューモダリティによる医薬品開発
      • 医薬品開発の難易度と不確実性を高める
    • 技術的課題への挑戦を管理する
    • ニューモダリティを用いた医薬品の開発を成功させる
      • 戦略とプロセスが必要
  3. 製薬企業の質的変化
    • モダリティの多様化は、製薬企業に質的な変化を迫る
    • 多様なモダリティ中から革新的な医薬品を選択する力
    • スピード感をもって患者に届けるエコシステムを形成

あとがき

最近、製薬企業が直面している問題の一つは、新薬の研究開発費が急増しているのに対して許可されている医薬品数が減少していることである。

これに対して製剤技術研究者ができることは、大切な新規化合物をしっかりと医薬品に仕上げる製剤力を発揮することであると考える。確実に製剤設計できる基礎的な力に加え、新しい技術を開発し、実用化する力である。

現在は、製薬企業一社だけで開発することが難しくなり、今まで以上に外部との連携を必要とするケースも増えると思う。いくつかのオープンイノベーションを組み合わせて実用化することが今後、ますます重要となり、その機会が増えていくことだろう。

それをコーディネートできるのは、医薬品を創りだせる製剤技術研究者であってほしいと願うと共に期待したい。


【参考資料】
新薬における創薬モダリティのトレンド | ニューズレター 2022年3月号 No.208 | 日本製薬工業協会 (jpma.or.jp)
石原比呂之;ニューモダリティ創薬のための物性エコシステム
_pdf (jst.go.jp)