はじめに
「ファージ療法の研究に注目しよう!」という投稿に引き続き、今回は国内外でファージ療法研究の現状がどうであるのかを学んでいきたい。
新規病原性細菌と多剤耐性菌の脅威
新しい病原性細菌による新たな感染症の登場は、グローバル化の現代においてはその伝播のスピードは脅威的である。人類が未開地に生活圏を広げていくにつれ、人類にとって初めてとなる病原性細菌が登場してくる。それらの病原性細菌によって引き起こされる新たな感染症の予防および治療は世界共通の課題となる。
また、従来から知られている病原性細菌の中から多剤耐性菌と呼ばれる抗菌剤に対して耐性を有する細菌の登場は極めて重大な問題となる。この危機意識は各国の首脳にも理解され、共有されているようだ。平成28年(2016年)に開催された伊勢志摩サミット(G7)においても、多剤耐性菌対策が重要課題として取り上げられたことからもその重大性を窺い知ることができる。
一方で、従来型創薬技術の改良では抗菌薬の新薬開発は限界にきている。そのことは製薬会社による新規抗菌薬の上市スピードが低下していることからも窺い知ることができる。
ファージ療法への期待
細菌感染症の治療ニーズは、今後も新しく登場してくる様々な感染症と多剤耐性菌においてその重要性が認識されている。
それら治療ニーズに対応し得る、従来とは異なるコンセプトの抗菌治療が求められ、ファージ療法がその候補の一つとして注目されている。ファージは、長年、謎に包まれてきた感染性の非生命体であったが、次世代シークエンサーやゲノム編集技術などの技術革新によって、その詳細が明らかになりつつある。
ファージは、特定の種類の細菌に感染し、その細菌の体内で増殖する。増殖すると今度は溶菌酵素で細菌を溶解させ、娘ファージを放出する。その娘ファージが再度、同じ種類の細菌に感染するというサイクルで活動していることが分かったきた。
ファージは、感染細菌の指向性(感染宿主域)があり、あらゆる菌に感染するわけではない。あるファージは5~10%(場合により90%)の菌に感染する。この特性を用いて、 細菌の分類(タイピング)にファージが利用されることもあるらしい。ファージは、宿主細菌に対して抗体-抗原の親和性よりも強力な吸着分子を持っていると言われている。このファージの特性を利用して、検査試薬にしようとする研究があることからもファージと宿主細菌の親和性が強力であることが窺い知れる。
ファージが細菌に感染すると溶菌と溶原の二通り生活環で細菌に寄生する。溶菌環は、 感染した宿主細菌を殺す流れである。
ファージが細菌に感染すると、細菌の細胞内にファージのDNAが注入される。そして細菌の代謝系統をハイジャックして大量に増える。細胞1個あたり100~1,000個に増えるらしい。そして最後に溶菌酵素で溶菌して出ていくという流れである。ファージ療法では、この溶菌システムを抗菌治療に応用している。
ファージは、地球上に 1031個(100憶の3乗の10倍)も存在すると言われており、地球上で最も個体数の多い感染性の非生命体であると言われている。気の遠くなるような数であるのでその中からはどんな種類の細菌にも感染するファージを見つけ出せる可能性がある。もちろん感染性細菌に感染するファージもそれらの中から見つけ出せるはずである。さらに、ファージはヒトではなく細菌にしか感染しない点が治療薬や診断薬を開発する上で重要なポイントなり、ファージへの期待は安全性面からも大きい。
ファー ジ療法には、既存の抗菌薬よりも期待されるメリットがある。例えば、ファージは細菌特異的に感染し、ヒトなどの宿主に感染しないため、副作用は小さいと予想される。実際にこれまでの臨床研究ではファージによる副作用の報告は見られていないという。
さらに、特定の細菌にのみ作用することから、抗菌スペクトルの広い抗菌薬と比べて、常在細菌叢への影響は非常に小さいと考えられる。抗菌剤による腸内細菌叢へのダメージはしばしば問題になってきたので、これは朗報である。
ファージは培養すると大量にとれるため、製造コストの面でも優位となるだろう。
今後の研究次第であるが、ファージが搭載する遺伝子を操作することで、安定性、有効性などの向上が可能であると推察できる。あるファージへの耐性菌が登場しても、理論的には、そのファージの構造を自由自在に改変することで、耐性菌への対応可能が可能となる。このためには、今よりも精緻にファージの構造・性状を予測し、設計できる基盤技術が必要となってくるだろう。
日本国内でのファージ療法研究の現状
日本にもファージを研究している研究者はいる。ファージ研究会が2006年から隔年で 開催されているようだ。しかし、海外に比べれば研究者数は圧倒的に少ないという。若手研究者を中心する研究者層を拡大させるためには、国家によるファンディング(財政的支援)が必要であり、そのための政策立案が必要であるが、国会でファージ治療が取り上げられた形跡を私は知らない。
日本では、アステラス製薬が2020年に次世代ファージセラピー研究ユニットを立ち上げ、研究を進めていることが知られている。また、2020年8月には「日本ファージセラピー研究会」が発足し、2021年11月に第1回研究集会がオンラインで開催されている。
さらに、大阪公立大学は、特定の細菌だけに感染して破壊するバクテリオファージというウイルスを用いた国内初の臨床研究を、2024年3月から開始すると発表している。
ファージ研究者の数が日本では少ないのも残念ではあるが、ファージ療法の臨床研究が現在のところほとんどゼロに近い状況を何とか変えてもらいたいと思う。世界一とも言われている厚労省所有の薬剤耐性菌に関する情報(データベース)をファージ療法研究に活用してもらいたいと切に思う。
ファージ療法において、将来、日本が主導権を握るほどに頑張ってもらいたい。是非、国家が重点的に進めるべき研究開発テーマの一つとしてファージ療法を取り上げてほしいものだ。
海外でのファージ療法研究の現状
米国では2016年に、スーパーバグ(多剤耐性アシネトバクター菌)により昏睡状態にあったトム・パターソン氏にファージ療法が施され、奇跡的な回復を遂げたという。その後も、欧米を中心にファージ療法の臨床試験が進んでいる。
2019年には遺伝子組換えファージによる治療が報告され、2020年には人体に無害であるという特徴を利用したものが開発されたらしい。
そして、2021年、国立衛生研究所は米国内の12の機関に、ファージ療法研究に対して250万ドル(約35億円)の予算をつけたという。
さらに2022年に、衛生研究所では有益なウイルスの臨床試験に連邦から初めての資金を提供し、16の機関で、バラサの症状を引き起こしていた病原菌スードモナスに対するファージ治療の安全性確認と投与量テストが開始されたという。
このようにファージ療法研究は米国を中心に多くの学術研究所や民間企業でも治験が始まっており、米国ではおよそ20件の臨床試験が実施されているという。また、英国をはじめととするヨーロッパでも約30件の臨床試験が実施中となっているということである。
あとがき
ファージ療法研究は、現在のところ欧米の方がかなり進んでいるようだ。残念ながら日本におけるファージ療法研究は出遅れ感が大きい。私は、ファージ療法研究は「ファージ療法の研究に注目しよう!」でも述べたように、多剤耐性菌対策の切り札として注目しているので、是非とも日本の研究者にも頑張って貰いたいと思っている。そして日本の研究者が頑張れるよう国家予算も十分に計上して貰いたいと願っている。