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遺伝子治療

日本でのCAR-T細胞療法の現状と研究課題について

はじめに

免疫細胞、特にT細胞はウイルスや細菌だけでなく、がん細胞を体内から排除するのに極めて重要な細胞である。がん患者からT細胞を分離し、がん細胞を攻撃できるように遺伝子を導入したT細胞(CAR-T)を、再び患者体内に戻すCAR-T療法が次世代のがん免疫療法として注目されている。

化学療法は、現在、がんの治療方法として広く用いられている。一方、CAR-T細胞療法はがんの治療方法に近年加わった比較的新しい治療法である。両者にはそのアプローチと作用機序に大きな違いがある。

化学療法は、がん細胞の成長や分裂を阻害する薬物を用いる治療法である。これらの薬物は、がん細胞だけでなく、正常な細胞にも影響を及ぼす可能性があるため、化学療法はしばしば副作用を引き起こす。

一方、CAR-T細胞療法は、患者自身の免疫細胞(T細胞)から作ったCAR-T細胞を用いる治療法である。CAR-T細胞は遺伝子導入によって特定の抗原(例えばCD19)を認識するように改変されており、この抗原が発現するがん細胞を選択的に攻撃することができる。CAR-T細胞療法は、従来の化学療法や造血幹細胞移植では効果を示さない血液がんに対して用いられている。

これらの治療法は、それぞれ異なる種類のがんや病期に対して有効であり、しばしば組み合わせて使用される。CAR-T細胞療法は、特に下記の種類のがんに対して有効性が示されている。

  • B細胞性急性リンパ芽球性白血病
  • B細胞リンパ腫
  • 多発性骨髄腫

また、固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法の有効性についても研究が進められており、乳がんや子宮がん、骨肉腫などに対する臨床試験が行われている。これらの研究結果により、CAR-T細胞療法が適用できるがんの種類は今後さらに増えることが期待されている。ただし、CAR-T細胞療法は個々の患者の状況により、その効果が異なることが知られている。

目次
はじめに
CAR-T細胞療法の現状
CAR-T細胞療法の研究課題
標的抗原の消失
固形腫瘍への適用
副反応の発生
効率的なCAR-T細胞の製造
あとがき

CAR-T細胞療法の現状

CAR-T細胞療法は、通常の免疫機能だけでは完全に死滅させることが難しい難治性がんに対する治療法として開発された。

患者自身のT細胞を取り出し、遺伝子医療の技術を用いてCAR(キメラ抗原受容体)と呼ばれる特殊なたんぱく質を作り出すことができるよう、T細胞を改変する。

CARは、がん細胞などの表面に発現する特定の抗原を認識し、攻撃するように設計されており、CARを作り出すことができるようになったT細胞をCAR-T細胞と呼ぶ。CAR-T療法は、がん患者の末梢血由来T細胞に体外でがんを認識する遺伝子CARを導入して増やし、がん細胞を攻撃できるようにしたCAR-T細胞を再び患者の体内へ戻す治療法である。

CAR-T細胞療法の適応症は、現在のところBリンパ球性白血病Bリンパ球性リンパ腫などの難治性がんと呼ばれる血液がんのみである。

固形がんではCAR-T細胞の疲弊が起こり易く、CAR-T療法による治療がより難しいと考えられている。

そのため固形がんの治療のための課題として挙げられているのは次のようなものである。
(1)CAR-T細胞の疲弊克服、または
(2)新規ターゲット分子の探索


CAR-T細胞療法の研究課題

CAR-T細胞療法は、がん治療の新たなアプローチとして注目されているが、いくつかの重要な研究課題が存在する。具体的には下記のような研究課題が指摘されている。

  • 標的抗原の消失
    • CAR-T細胞療法は特定の抗原を標的としているが、がん細胞はこれらの抗原を消失させる能力を持つため、治療の効果が減少する可能性がある。
  • 固形腫瘍への適用
    • CAR-T細胞療法は血液がんに対してのみ有効性が示されており、固形腫瘍への適用は大きな課題となっている。
  • 副反応の発生
    • CAR-T細胞療法はサイトカイン放出症候群や中枢神経障害などの重篤な副反応を引き起こす可能性がある。
  • 効率的なCAR-T細胞の製造
    • CAR-T細胞療法の製造プロセスは複雑であり、効率的な製造法の開発が求められている。

現在、これらの課題を解決するための研究が世界中で進められている。その研究の進展により、CAR-T細胞療法の効果性と安全性がさらに向上することが期待されている。


標的抗原の消失

CAR-T細胞療法では、患者のT細胞(免疫細胞の一種)を取り出し、特定のがん細胞を認識するように遺伝子改変を行う。この遺伝子改変により、T細胞はキメラ抗原受容体(CAR)と呼ばれる特殊な受容体を発現するようになる。CARは、がん細胞の表面に存在する特定の抗原(タンパク質)を認識し、攻撃するように設計されている。

標的抗原の消失」とは、このがん細胞の表面に存在する特定の抗原が消失(減少または完全になくなる)する現象を指す。

これは、CAR-T細胞療法によりがん細胞が攻撃を受けると、がん細胞は生存するために抗原を表面から取り除くという進化的な戦略をとることがある。その結果、CAR-T細胞は抗原を認識できなくなり、がん細胞を攻撃する能力を失う可能性が高くなる。この現象は、CAR-T細胞療法の有効性を低下させる主要な要因の一つとされ、CAR-T細胞療法の弱点として重要視されている。

治療効果を維持するためには、標的抗原の消失を検出し、適切な対策を講じることが重要となる。具体的な対策としては、複数の抗原を同時に標的とするCAR-T細胞の開発や、抗原陰性のがん細胞を攻撃する新たな治療戦略の開発などが進められている。


固形腫瘍への適用

現在、CAR-T療法の適応は血液がんのみであり、固形がんへの応用は難しいと考えられている。その理由は、CAR-T細胞の疲弊が起こり易くCAR-T療法による治療がより難しいからである。

T細胞は体内や試験管内で何度も刺激を受けることによって疲弊状態へと陥ってしまい、増殖しにくくなり、腫瘍細胞を殺傷する機能も低下する。

CARの構造上の問題によってはしばしば疲弊が起こり易いCAR-T細胞が生じることが指摘されている。CAR-Tの作製自体でもT細胞を長期間体外で増幅するために疲弊化は避けられない。このような疲弊してしまったCAR-T細胞を患者体内に戻しても十分な治療効果は得られない。疲弊CAR-T細胞は短命で増殖や活性化が起こりにくいため、抗腫瘍効果は期待できず、治療効果も小さい。

一方、ステムセルメモリーの性質を持ったCAR-T細胞は自己を複製する能力や増殖能力に優れており、長期にわたって治療効果を維持できることが明らかとなっている。このステムセルメモリーCAR-T細胞は生体内で長期にわたって生存することができ、がん細胞と反応して素早く増殖、活性化できるため、強い抗腫瘍効果を有し、治療効果も大きい。

そこで、CAR-T細胞をOP9-hDLL1細胞と呼ばれるフィーダー細胞と一緒に培養することによってがん細胞と戦うことができる状態へと若返らせる方法が知られている。この細胞はステムセルメモリーT細胞に似た性質を示すことから「ステムセルメモリー様CAR-T細胞CAR-iTSCM)」と命名された。

しかしながら、このCAR-iTSCM誘導方法はフィーダー細胞としてマウス由来の細胞を用いるため、マウス由来成分の混入リスクや培養のスキルを要することから必ずしも臨床での応用には適していないという問題を抱えていた。

そのため、臨床での応用を見据えてフィーダー細胞に依存しない方法(フィーダーフリー法)で、疲弊CAR-T細胞をより抗腫瘍効果の強いCAR-T細胞へと若返らせる方法の開発が進められている。CAR-iTSCM誘導にはフィーダー細胞が重要な役割を果たしていると考え、フィーダー細胞であるストローマ細胞が発現する因子についてスクリーニングを行った結果、IL-7、IGF-I、CXCL12、NOTCHリガンドの4因子の存在下で培養することによってCAR-iTSCM誘導のフィーダーフリー化に成功し、ステムセルメモリー様のCAR-T細胞(CAR-iTSCM)を作製することに成功しているという。

フィーダーフリー誘導のCAR-iTSCMの性質を細胞表面分子の発現や遺伝子プロファイル、代謝状態を確認したところ、フィーダーフリー法で誘導したCAR-iTSCM細胞は疲弊が消失しており、ステムセルメモリー様の性質を示すことが明らかになったと報告されている。また、がん細胞と反応して急速に増殖し、従来のCAR-T細胞よりも強力な抗腫瘍効果が認められたという。

移入なし群やCAR-T群と比べて、フィーダー細胞で誘導したCAR-iTSCMとフィーダーフリー法で誘導したCAR-iTSCM群では長期にわたる末梢血中の白血病細胞数の減少と生存の延長効果が認められたという。

開発されたフィーダーフリー培養法は、疲弊したCAR-T細胞の若返りを可能とし、より抗腫瘍効果の強いステムセルメモリー様CAR-T細胞へと若返らせることに成功している。この研究成果は、より効果的なCAR-T療法として早期に臨床応用できることが期待されている。

開発されたCAR-iTSCM誘導法は、CARの性質を問わない汎用性が期待できるため、固形がんに対しても治療効果が期待できる。

またCAR-iTSCM誘導の分子メカニズムを解明することで、体外ではなく、がん患者の体内においても疲弊T細胞をTSCMに転換する方法を見出すことで、これまでにない新たな免疫療法の開発につながることが期待される。


副反応の発生

CAR-T細胞療法は、がんの治療に非常に有効な方法として注目されているが、その一方で副反応が発生する可能性もある。CAR-T細胞療法の副反応は、治療薬や治療の進行状況により異なるが、下記のようなものが報告されている。

  • サイトカイン放出症候群(CRS)
    • CAR-T細胞が活性化し、大量のサイトカインが放出されると、全身のさまざまな部位で炎症反応が起こることがある
    • 微熱、疲れやすさ
    • 食欲不振、高熱、悪寒
    • 筋肉痛、関節痛
    • 悪心、嘔吐、下痢
    • 多汗症、発疹
    • 頭痛、低血圧
    • 呼吸困難や息切れ
    • 出血が止まりにくい
  • 神経系事象
    • 神経系の副反応も報告されている
    • 意識障害や運動障害などが含まれる
  • 感染症
    • 治療後の免疫力低下に伴い、感染症を発症する
  • 貧血や血小板減少(出血)
    • 血液の成分に影響を及ぼす
    • 貧血や血小板減少を引き起こす
  • 腫瘍崩壊症候群
    • がん細胞が急速に死滅すると、腫瘍崩壊症候群が発生

これらの副反応は、一部の患者さんに重篤な状態を引き起こす可能性があるので、適切な副作用の管理が必要とされている。具体的な症状や副反応の程度については、治療を受ける患者の体調や病状、使用するCAR-T細胞療法の種類などにより異なるという。


効率的なCAR-T細胞の製造

現在、研究開発が進められている細胞医療は、患者由来のT細胞を用いるものが多く、コストと質の面から問題が大きい。そこで、他家移植が可能な、ユニバーサルなT細胞製剤の開発が進められている。例えば、CAR-Tへの応用で、Tリンパ球のTCRをゲノム編集で破壊し移植片宿主反応を防ぎ、同種Tリンパ球を用いることを可能にした方法(ユニバーサルCAR-T)の臨床試験が始まっている。

この臨床試験では、投与細胞の拒絶を防ぐためにCD52抗体の投与で患者の免疫系細胞を殺傷し、投与細胞は殺傷されないようにCD52遺伝子を破壊しておくという方法がとられている。

また、腫瘍抗原特異的TCR遺伝子をT細胞に導入する際に、内在性TCR及びPD-1に対するCRISPR/Cas9ゲノム編集を付加した他人のT細胞を多発性骨髄腫や脂肪肉腫の患者へ輸注する第1相臨床試験の結果を最近報告している。

ゲノム編集のCAR-T細胞への応用も報告されている。現段階では患者から採取した細胞を改変して患者自身の体内に戻すが、T細胞が採取できない患者もいる。

CAR-T細胞を誰にでも使えるようにするために、TALENでT細胞受容体のTCRを破壊することで、他人のT細胞を治療に用いることが可能となった。現在、臨床試験でその効果を確認中である。

ゲノム編集における懸念事項であるオフターゲット編集や染色体転座は一部の細胞に認められているが、そのことによる腫瘍化などの明らかな毒性は報告されていない。

TCRをタカラバイオ社が開発したsiRNA技術で抑制し、導入したTCRだけを発現させる技術を用い、さらにHLAをゲノム編集で欠失させるという方法を組み合わせる事により、他家T細胞を用いたT細胞療法の臨床試験に向けた準備が進められている。

NY-ESO1抗原特異的TCRを用い、成人T細胞性白血病を対象疾患としている臨床試験も始まったばかりである。


あとがき

CAR-T療法は、がん患者の末梢血由来T細胞に体外でがんを認識する遺伝子CARを導入して増やし、がん細胞を攻撃できるようにしてから患者へ再び戻す治療法である。

CAR-T療法などのT細胞療法は極めて有用ながん治療法として注目されているが、体外で増幅させたり、体内でがん細胞と戦ううちに消耗し攻撃力が落ちる「疲弊」と呼ばれる現象によって治療効果が落ちる問題がある。

疲弊したT細胞が多いCAR-T細胞は、患者体内で維持されにくく、十分な治療効果を得ることが出来ない。そのため、疲弊化したT細胞を「若返らせる」さまざまな取り組みがなされてきた。

その若いT細胞はステムセルメモリーT細胞と呼ばれており、盛んに分裂してがん細胞を攻撃できる細胞を数多く生み出すことができる。しかし、疲弊T細胞をステムセルメモリーT細胞に変換させる方法はこれまで知られていなかった。

しかし、作製されたCAR-T細胞をIL-7、CXCL12、IGF-I、NOTCHリガンドの4つの因子(たんぱく質)を組み合わせて培養することで、疲弊した状態からステムセルメモリー様の「若い」T細胞へと転換できることが見出された。

このステムセルメモリー様CAR-T細胞は、がん細胞と反応して素早く増殖し、寿命が長く、強い抗腫瘍効果を発揮することが確認された。この培養方法は、従来のCAR-T細胞に比べてより強力で長期生存可能なCAR-T細胞を作製できることから、早期にがん治療への応用が期待される。この研究成果は2021年10月19日(米国時間)に米癌学会の専門誌『Cancer Research Communications』で公開されている。

また、CAR-T細胞療法は現時点では主に「キラーT細胞にCARを導入してがん細胞を殺傷する」というコンセプトで進められている。一方、制御性T細胞にCARを導入し、免疫を抑制しようとする研究も始まっている。例えば、マウスにヒトの皮膚を移植するモデルで、HLA抗体を用いたCARを発現させた制御性T細胞が拒絶を抑制するという結果が示されている。

今後、臓器移植、GVHD、自己免疫疾患などへの応用が期待されており、大きな領域に発展すると考えられる。また、腫瘍細胞に高発現しているサイトカイン受容体・増殖因子受容体を標的とする新型CAR-T(piggyBac利用)として、GM-CSF受容体(CD116/CD131複合体)を標的とするリガンド型CAR(GMR CAR)などの開発が進められている。

抗原結合領域として、一本鎖抗体(scFV)ではなく、標的受容体に相補的なリガンドを用いるリガンド型CARとすることで、設計が容易、抗原親和性が適度、完全ヒト化が可能などの利点がある。リガンド型CARでは、正常リガンドを介した標的受容体や標的外受容体へのシグナル伝達の可能性が懸念されるため、カニクイザルなどを用いた非臨床安全性試験による評価が進められている。

また、PD1を破壊することで、より抗腫瘍効果を高めるような試みもなされている。


【参考資料】
赤塚 美樹、CAR-T 細胞療法の基礎と今後の臨床展開Japanese Journal of Transfusion and Cell Therapy, Vol. 65. No. 6 65(6):851―857, 2019 日本輸血細胞治療学会誌第65巻第6号 (jst.go.jp)
豊嶋 崇徳、遺伝子治療・細胞治療の将来 2)遺伝子改変T細胞(CAR-T)療法 日本内科学会雑誌第110巻第3号 (jst.go.jp)
大西康、CAR-T細胞療法の基礎知識(総説)ja (jst.go.jp)
CAR-T細胞療法について | メディカルノート (medicalnote.jp)
特に注意すべき副作用 | キムリア®の治療を受けられる方とそのご家族へ | ノバルティス ファーマ株式会社 (novartis.co.jp)

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