はじめに
医薬品の開発においては臨床試験(治験)の実施は必須であるが、この治験を実施するためには治験薬が必要である。治験薬が国内製造である場合は問題ないが、海外で製造された治験薬を治験で使用しなければならない場合もある。そのような場合、治験薬をどのように輸入するかということがしばしば問題となる。
本稿は、最近の商慣習のディフォルトスタンダードとなっているインコタームズ(Incoterms)について学んだものをまとめたものである。
<目次> はじめに 貿易取引における商慣習の変遷 インコタームズ (Incoterms) とは インコタームズ2020 費用負担と危険負担 インコタームズ2020の全11条件 インコタームズ2010からの変更 お勧めの貿易取引条件 あとがき |
貿易取引における商慣習の変遷
貿易取引において、価格の決定のために決めておかなければならない条件は、使用通貨とその取引における費用計算の基準であるとされる。
費用計算の基準とは、業務・責任の売り手と買い手の間での分担のことで、具体的には、輸送料、輸送保険料、通関費用、関税などの費用の分担を指す。
各々の取引でその都度、双方合意の上で決めてもよいが、多くの場合においてはいくつかの「典型的な(定型の)基準」のどれかに当てはまるものである。
その定型の基準は、インコタームズで初めて決められたわけでは無く、インコタームズ以前にも類型化された基準があった。しかしながら、それらは事実上の業界標準(定型の基準)として一定の役割を果たしてきたが、それらは完全な統一条件として確立したものではなく、当事者間の理解が常に全く同じかどうかはわからないままであった。
そこで各定型条件を明確に定義し、当事者間の紛争を回避するために、1936年にインコタームズが発表された。
その後、商慣習の変化を反映して、1953年、1967年、1976年に改訂が行われている。1980年の改訂では、3文字の略号が決められた。これは自動データ処理での利便性を考慮したためであった。さらに、1990年の改訂では、4類型(E、F、C、Dのグループ)に分類され、それにあわせて条件の呼称や略号も変更された。電子データで書類がやり取りされることも想定した規定になった。
2000年の改訂では、特に大きな変更は無かったが、2010年の改訂では4類型は廃止され、バラ積み船用の規則とそれ以外の規則の2類型に分け直されると共に仕向地での受渡し条件が整理された。
インコタームズ (Incoterms) とは
インコタームズ (Incoterms) とは、国際商業会議所 (ICC)が策定した貿易条件の定義である。尚、ICCは、International Chamber of Commerceの略号であり、”Incoterms“の名称は Internationalの ‘In’、Commerce の ‘co’、それに ‘Terms’ を組み合わせた略称である。
インコタームズは、貿易取引における運賃、保険料、リスク(損失責任)負担等の条件に関する売主と買主の合意内容について、国によって用語の解釈に不一致があると貿易が円滑に行われないため、国際的に統一的な定義を取り決めたものである。
任意規則であるため、強制力はなく、貿易取引の契約書に「本契約で使用されている貿易条件は、インコタームズ2020によって解釈する」というような条項を入れることが一般的である。
インコタームズ2020
インコタームズ2020は、国際商業会議所(ICC)が制定し、2020年1月1日に発効された貿易取引条件とその解釈に関する国際規則である。売り手と買い手の「費用負担」と「危険負担」を決める世界共通のルールで、異なる国や地域の企業と共通認識のもとで取引ができる。
インコタームズ2020では、インコタームズ2010との違いとして責任分界、費用分担、付保範囲等の7項目が前書きに列挙されている。
インコタームズ2020は、全11条件を、全ての輸送モード(海上、航空、陸路)と海上輸送モードのみで使用できるものに大別される。
全ての輸送モード(海上、航空、陸路)に適した規則として、下表の7条件が示されている。
海上輸送モードのみ(内陸水路運送を含む)のための規則として、下表の4条件が示されている。
費用負担と危険負担
商品の輸送経路は、下記のようにように区分され、各区分での責任や負担を売主(輸出者)と買主(輸入者)のどちらが負うかを示した条件がアルファベット3文字で表されている。
- 売主(輸出者)の出荷から船積みまで
- 船積みから輸入国の港まで
- 陸揚げから買主(輸入者)の受け取りまで
インコタームズ2020の全11条件
- EXW(Ex Works)
- 出荷工場渡し条件
- 売主は、売主の敷地(工場)で買主に商品を移転する
- それ以降の運賃、保険料、リスクの一切は買主が負担
- FCA(Free Carrier)
- 運送人渡し条件
- 売主は、指定された場所(積み地のコンテナ・ヤード等)で商品を運送人に渡すまでの一切の費用とリスクを負担
- 買主は、それ以降の運賃、保険料、リスクを負担
- CPT(Carriage Paid To)
- 輸送費込み条件
- 売主は、指定された場所(積み地のコンテナ・ヤード等)で商品を運送人に渡すまでのリスクと海上運賃を負担
- 買主は、それ以降のコストとリスクを負担
- CPT条件は保険をどちらが付保するのか決めていないが、通常はそのリスクを買主が負担する
- CIP(Carriage and Insurance Paid To)
- 輸送費込み条件
- 売主は、指定された場所で商品を運送人に渡すまでのリスクと海上運賃、保険料を負担する
- 買主は、荷揚げ地からのコストとリスクを負担する
- DPU(Delivered at Place Unloaded)
- 荷卸込持込渡し
- 売主は、指定された目的地までのコストとリスクを負担。荷降しして貨物を引き渡す
- 買主は、当該仕向地での輸入通関手続き及び関税を負担
- DAP(Delivered At Place)
- 仕向地持込渡し
- DATとほぼ同様であるが、引渡しはターミナル以外の任意の場所における車上・船上であり、荷降しは買主が行う
- DDP(Delivered Duty Paid)
- 仕向地持ち込み渡し・関税込み条件
- 売主は、指定された目的地まで商品を送り届けるまでのすべてのコスト(輸入関税を含む)とリスクを負担
- FAS(Free Alongside Ship)
- 船側渡し条件
- 売主は、積み地の港で本船の横に荷物を着けるまでの費用を負担。船にまで積み込む必要はない
- 買主は、それ以降の費用及びリスクを負担
- FOB(Free On Board)
- 本船甲板渡し条件
- 売主は、積み地の港で本船に荷物を積み込むまでの費用を負担
- 買主は、それ以降の費用及びリスクを負担
- CFR(C&F Cost and Freight)
- 運賃込み条件
- 売主は、積み地の港で本船に荷物を積み込むまでの費用及び海上運賃を負担
- 買主は、それ以降の保険料及びリスクを負担
- 1990年のインコタームズ改正まではC&Fと呼ばれた
- 現在でもC&Fと呼ばれることがある
- C&FからCFRへと名称が変更された理由は、コンピューターの普及に伴い、Shiftのキー操作を必要とする「&」を名称の中に使用することを避けたためである
- CIF(Cost, Insurance and Freight)
- 運賃・保険料込み条件
- 売主は、積み地の港で本船に荷物を積み込むまでの費用、海上運賃及び保険料を負担
- 買主は、それ以降のリスクを負担
インコタームズ2010からの変更
DATからDPUへの変更
インコタームズ2020ではDAT(Delivered at Terminal = ターミナル持込渡し)が廃止され、DPU(Delivered at Place Unloaded = 荷卸込持込渡し)が新設された。
2010 の DATは、それまでの DEQ (Delivered Ex Quay = 仕向港埠頭渡し) を置き換えて新設された規則であった。これらの規則は DPU Tokyo のように仕向地(または仕向港)を付記して使用する。
CIF及びCIPにおける保険の補償範囲の違い
インコタームズ2010ではCIF(船舶輸送の運賃保険料込)とCIP(輸送費保険料込)で同じ補償範囲が適用されていたが、インコタームズ2020ではCIP条件のみ変更になっている。
お勧めの貿易取引条件
貿易取引条件を言い表す場合に、「FOB Tokyo」などというように、指定場所、仕向地などを付記して使われる。FOB Tokyo であれば、東京(東京港)にある本船に積み込まれた時点で費用負担の義務とリスクが買主に移転される(インコタームズ2010の場合)という意味になる。
従来、貿易実務上FOB、CFR(C&F)、CIFがよく用いられてきた。これらはバラ積み貨物の海上輸送に対する条件である。
現在主流となっている海上コンテナ貨物の場合は、コンテナヤードまたはコンテナフレートステーションにおいて運送人に引き渡した時点を費用とリスクの移転の基準とするFCA、CPT、CIPを用いることが適当である。コンテナの中身の個々の貨物について本船に積み込む時点で仕切るのは実際的でないからである。
しかし、長年の貿易業界の慣行から、コンテナ取引でも依然としてFOB、CFR、CIFと記載されることがある。この場合、これらの条件はそもそもインコタームズでは解釈できない場合も多く、また、コンテナ諸掛をどちらか負担するかなどの点は別途契約書で取り決めておく必要がある。航空貨物輸送に用いることも同様にインコタームズが想定しているケースではない。
インコタームズの諸条件の規定に基づいて輸送総費用を計算する(価格を建てる)ことから、貿易諸条件を建値ともいう。ただし、建値といった場合には、必ずしもインコタームズが規定する条件ばかりとは限らない。
インコタームズ以外の貿易条件の定義としては、「1941年改正米国貿易定義」 (Revised American Foreign Trade Definitions of 1941) があるが、同じ言葉でもインコタームズと定義が異なる場合があり、注意が必要である。例えば、インコタームズでは、FOBは「本船渡し」を意味するが、改正米国貿易定義では船に限らず、指定された場所で渡すことを意味するからである。
あとがき
インコタームズは、国際商業会議所によって定められた貿易条件に関する各国共通の了解事項や合意事項であり、貿易取引でのリスクと費用を誰がどこまで負担するかを示した規則である。
インコタームズでは、全11条件が設定されていていて、医薬品や治験薬の輸入においても、これらのインコタームズが適用されることは多い。具体的な条件として、契約書などでよく目にするのは、下記のような4条件である。
- EXW(Ex Works、工場渡)
- 売主が所有する工場などで買主へ商品引渡しを行い、その後のリスク及び費用は買主の負担となる。売主有利の条件である。
- FCA(Free Carrier、運送人渡)
- 売主が指定した場所で買主が指定した運送業者に商品の引き渡しを行われ、同時にリスク及び費用負担も移転する。
- CPT(Carriage Paid To、輸送費込)
- 売主は、輸出国側のヤード等で運送人に引き渡すまで(輸出通関)の責任を負う。FCAとの違いは、売主が輸入国までの運賃を負担する点である。
- CIP(Carriage And Insurance Paid To、輸送費保険料込)
- 売主は、輸出国側のヤード等で運送人に引き渡すまでの責任(輸出通関)を負う+輸入国までの 運賃+海上保険 も負担する。買主有利の条件である。
これらの条件は、貿易を行う者が必ず理解しておかなければいけないものである。また、インコタームズは法律や条約ではないため強制力は持っていないが、貿易におけるトラブルを未然に防止するために、国際的な商慣習として全世界で幅広く活用されている。
医薬品や治験薬を円滑に輸入するためには、しっかりと理解した上で、契約書などに明記し、輸入の段階でトラブルが生じないようにすべきである。