はじめに
海外から輸入する医薬品は、長距離輸送中に温度、湿度、振動、衝撃など様々な環境ストレスにさらされるため、輸送経路での品質維持を確認する輸送シミレーション試験法が重要となる。
海外から医薬品を輸入する際の試験研究等については、具体的な手続きや要件が存在する。輸送シミレーション試験は、製品が輸送中に遭遇する可能性のある環境条件を模倣し、その製品のパフォーマンスを評価するためのものである。医薬品の場合、これは製品の品質が輸送中の温度変化などによって損なわれないことを確認するために重要である。
具体的な輸送シミレーション試験法については、製品の特性や輸送ルート、輸送手段などにより異なる。具体的な試験法を選択する際には、製品の特性、輸送ルートのリスク、輸送手段などを考慮する必要がある。
<目次> はじめに 輸送シミュレーション試験の目的 輸送リスクアセスメント 試験条件および使用される基準 ASTM D4169輸送シミレーション試験 ASTM D4169-16とは? ASTM D5276-98(2009)とは? ASTM D-999とは? ASTM D7386とは? ISO 4180とは? 課題と今後の展望 あとがき |
輸送シミュレーション試験の目的
輸送シミレーション試験は、実際の輸送条件を再現することで、以下のような目的で実施される。
- 製品および包装が輸送中の温度変動、湿度変動、機械的ストレス(振動、衝撃など)に耐えられるかを確認する
- 製品の安定性、効力、外観などの品質が維持できるかどうかを評価する
- 包装・梱包方法の適正さと必要な改善点を抽出する
輸送リスクアセスメント
医薬品を海外から輸入する場合、輸入に先立って一般的には輸送リスクアセスメントを実施する。
輸送リスクアセスメントのための輸送シミレーション試験法については、下記のような要素が考慮される。
- 製品の温度安定性データの確立
- 輸送と保管に関わる製品の要求事項の決定
- 温度コントロール可能なインフラの確保
- 配送リスクアセスメントの実施およびリスク軽減計画の策定
- 輸送および保管のクオリフィケーションの実施
- 温度コントロール・モニタリング方法の決定
- 輸送および保管中の温度モニタリングの実施
- 輸送および保管中に温度逸脱が発生した場合の処理
- 温度コントロールシステムの定期的レビュー
これらの要素は、製品の品質を維持し、輸送中や保管中のリスクを最小限に抑えるために重要である。
具体的な輸送シミレーション試験法については、製品の特性や輸送ルート、輸送手段などにより異なる。したがって、具体的な試験法を選択する際には、製品の特性、輸送ルートのリスク、輸送手段などを考慮する必要がある。
試験条件および使用される基準
温度・湿度試験
- 環境試験室(エコチェンバー)を用いた温度サイクル試験
- 製品が実際の輸送中に遭遇する温度変動(例えば、冷蔵状態から室温、さらには高温環境への移行)を再現する
- 湿度も同時に制御され、温度と湿度の組み合わせによる影響を評価する
振動・衝撃試験
- 振動試験
- 専用の振動台を用いて、製品パッケージを輸送車両、飛行機、船舶などで予想される振動プロファイルに曝露させる
- この振動試験により、包装材や製品自体の内部損傷が起きないかを評価する
- 衝撃試験(ドロップテスト)
- 製品パッケージを一定の高さから落下させ、落下時に発生する衝撃が品質に与える影響をシミュレートする
国際規格やガイドラインの活用
実施条件は、例えば以下の国際基準に沿って設定される場合が多い。
- ASTM D4169
- 輸送パッケージに対する各種ストレス(振動、衝撃、温湿度変動など)を体系的に評価するために用いられる規格
- ISO規格(例:ISO 4180など)に基づく試験方法
- 業界独自の基準
- 製品特性に合わせたカスタムプロファイルを設定
輸送シミレーション試験実施のプロセス
文書化とフィードバック
試験結果は詳細なレポートとして文書化され、包装設計や輸送方法の改善に反映される。また、規制当局への説明資料としても活用される。
試験条件の設定とシナリオ作成
輸送ルートや輸送手段(航空、海上、陸送など)の過程で発生する温度、湿度、振動、衝撃の条件を、実際の輸送データや歴史的実績に基づいてシナリオ化する。 例えば、航空輸送後、港での長時間保管、陸送での多重振動などをシミレーションする。
サンプルの準備
実際に医薬品が輸送される包装状態で試験サンプルを用意し、試験開始前後の品質(化学的安定性、外観、放出特性など)の測定計画を立てる。
シミュレーション試験の実施
温度・湿度試験
エコチェンバーにより設定されたサイクルで試験を実施する。
振動試験
振動台により実際に想定される振動プロファイルを与え、パッケージングの耐久性を評価する。
衝撃試験
決められた高さ・回数でのドロップテストを実施する。
データ収集と評価
試験中に温度、湿度、振動、衝撃などのデータをロガーで記録する。試験後に製品の品質が維持されているか、包装に損傷がないかを定量的かつ定性的に評価する。必要に応じて、微生物汚染の有無や化学的変化の検証も行う。
ASTM D4169輸送シミレーション試験
ASTM D4169輸送シミレーション試験は、米国で長期間にわたり参照されてきた輸送包装試験規格の1つである。輸送中の10種類のハザード要因が規定されており、実輸送環境に合わせて全体試験を構成している。
試験は、包装貨物の形状や重量・輸送手段別に18のDistribution Cycle(DC)分類されており、その中から選択の上、手順に従って試験を実施する。
保証レベル(試験厳しさ)が3段階あり、振動試験における強さ(Grms)や、落下試験における落下高さなどレベルによって試験条件が異なる。
ハザード要因別対応試験表

ASTM D4169-22年度版ではStacked Vibration (Schedule D)とVehicle Vibration (Schedule E)の中に含まれる航空機振動プロファイル(Air Profile)の変更がある。改定後の航空機振動プロファイルは3段階の保証レベルが無くなり、Low / Medium / High Levelの3プロファイルを規定の時間実施することになった。
改定前に比べて、低い周波数帯(4~6 Hz未満)の加速度レベルは高くなり、それ以上の周波数帯の加速度レベルは低くなった。具体的には、改定前の保証レベル(Ⅱ= 1.05 Grms)は改定後には下記のような加速度実効値(Grms)に変更された。
- Low Level=0.16 Grms
- Medium Level=0.22 Grms
- High Level=0.29 Grms
ASTM D4169-16とは?
ASTM D4169-16は、輸送用コンテナおよびシステムの性能試験の標準的な方法である。この方法は、出荷ユニットが流通環境に耐える能力を実験室で評価するための統一された基盤を提供する。
ASTM D5276-98(2009)とは?
ASTM D5276-98(2009)は、積載されたコンテナの自由落下による落下試験の標準試験方法である。この試験方法の目的は、自由落下による突然の衝撃に耐えるコンテナの能力を評価すること、または自由落下による突然の衝撃時に内容物を保護するコンテナとその内部パッキングの能力を評価することである。
ASTM D-999とは?
ASTM D-999は、輸送用コンテナの振動試験の標準試験方法である。輸送コンテナは、すべての輸送車両に存在する振動を受けると複雑な動的応力にさらされる。輸送中に経験する実際の損傷、または損傷の欠如を推測するには、コンテナと内容物を振動にさらす必要がある。
ASTM-D999パッケージテストの範囲は、充填された輸送コンテナの振動試験をカバーしている。これらのテストでは、コンテナーのパフォーマンスを評価できる。この規格のパッケージテストでは、内部パッケージングとクロージャー手段が考慮される。
ASTM D7386とは?
ASTM D7386は、単一小包配送システムのパッケージの性能試験の実施についての規格である。150ポンド21以下の輸送ユニット用に設計されている。この試験では、単一小包の配送システムで遭遇する危険に耐えるユニットの能力を評価できる。
ISO 4180とは?
ISO 4180は、完全に充填された輸送パッケージの機能試験のスケジュールを確立するのに使用される一般的な規格である。
この規則は、危険物に使用されるパッケージを除くすべての流通システム内での使用を目的とした、完全な充填輸送パッケージの機能試験の標準規格でもある。
課題と今後の展望
実際の輸送環境の再現性
輸送条件は多様で予測が難しいため、試験条件の妥当性やシナリオの正確性の確保が課題である。
デジタル技術の活用
IoTやデータロガー、デジタルツイン技術を用いることで、リアルタイムモニタリングと試験条件の精密な再現が可能となり、今後の改善が期待されている。
デジタルツイン技術とは、現実の物理システムやプロセスの状態、挙動、環境条件などをリアルタイムで収集したデータを基に、仮想空間上に精密な再現モデル(=ツイン)を構築する技術のことである。この仮想モデルは、物理的システムの将来の動作や挙動をシミュレーションできるため、運用の最適化、リスク評価、予知保全、さらには設計改善などに活用されている。
規格との整合性
国際規格やガイドラインは継続的に更新されるため、最新の基準に沿った試験実施と定期的な見直しが必要である。
あとがき
海外から輸入する医薬品の輸送シミレーション試験法は、実際の輸送における環境ストレスを再現することで、製品の品質・安全性を保証するための重要なプロセスである。
輸送シミレーション試験は、製品が輸送中に遭遇する可能性のある環境条件を模倣し、その製品のパフォーマンスを評価するためのものである。
実施に際しては、標準規格(例えば、ASTM D4169など)を参考にするとともに、製品特性や輸送経路に応じたカスタマイズが必要となる。
海外から輸入される医薬品の場合、航空機で輸送される場合が多い。航空機による輸送は船舶による貨物輸送よりも輸送時間が短いため、製品の品質が輸送中の温度変化などによって損なわれるリスクは小さいと言える。
しかしながら、データロガーなどを用いて、製品の品質が輸送中の温度や湿度の変化などによって変質されないことを確認するなどの事故回避の対策が重要となる。
「SPEAK UP」HOMEに戻るにはこちらから
「薬剤製造塾ブログ」HOMEへはこちらから
【参考資料】
医薬品の製造方法等に係る薬事審査等のあり方について001155992.pdf (mhlw.go.jp) |
ASTM D4169-22 輸送試験規格 (改定版) の概要 |
1_扉_資料No.1-1_通則~一般試験法 (mhlw.go.jp) |
【関連記事】
「SPEAK UP」HOMEに戻るにはこちらから
「薬剤製造塾ブログ」HOMEへはこちらから