はじめに
臨床試験を円滑に実施するためには、使用する治験薬の供給計画と品質管理体制を構築し、効果的に管理することが重要な要素となる。治験薬の供給と品質を確保することで、臨床試験の信頼性が高まる。そのため、治験薬の供給計画と品質管理体制は、臨床試験の成功に不可欠と言えるかも知れない。
治験薬の供給計画は、需要予測、製造・試験、物流管理、及びリスク管理の各要素が連携し、治験が円滑に実施できるように設計される。
一方、品質管理体制は、製造から臨床試験施設での取り扱いに至る全プロセスを指し、厳格な管理・監査体制・是正措置が講じられている。
これらの管理体制によって治験薬の安全性と有効性が保たれている。そして、これらの管理体制が整っていることで、治験参加者の安全確保と信頼性の高いデータ収集が実現できる。
このように臨床試験に使用する治験薬の供給計画と品質管理体制は、試験の信頼性と被験者の安全性を確保するための中核的な要素であるので、本稿で一緒に学んでいきたいと思う。
<目次> はじめに 治験薬の定義 治験薬の供給計画 需要予測 供給チェーンの構築 スケジューリング 在庫管理 治験薬の調達と管理 品質管理体制 GMPや規制ガイドラインの遵守 品質管理計画の作成 品質試験 品質管理記録の保管 安定性試験 文書管理 定期監査 保存条件と使用期間 治験薬の管理 治験薬の廃棄 あとがき |
治験薬の定義
本稿で「治験薬」という用語を用いる場合は、臨床試験(治験)に使用する「治験使用薬」と同義である。
治験使用薬とは下記のような薬剤をすべて含んだ用語である。
- 被験薬
- 治験の対象とされる薬物を含む製剤
- 当該治験の試験成績をもって当該薬物の製造販売承認申請を目的とするものを指す
- 主たる被験薬とは、治験計画届出時に被験薬が1つの場合にはその被験薬を指し、複数の被験薬がある場合には、治験依頼者が選択した1つの被験薬を指す
- 被験薬以外の治験使用薬
- 治験実施計画書において被験薬の有効性及び安全性の評価に使用することを規定された次のような薬剤を指す
- 対照薬(プラセボを含む)
- 併用薬
- レスキュー薬
- 前投与薬
- 被験薬以外の治験使用薬は、その有効成分の国内外での承認の有無は問わない
- 治験実施計画書において被験薬の有効性及び安全性の評価に使用することを規定された次のような薬剤を指す
治験薬の供給計画
治験薬の供給計画は、治験薬が適切な時期に適切な場所で利用可能であることを確保するための計画を指す。供給計画は、既知の事項と未知の事項、リスクと予算、治験のニーズと患者のニーズのバランスを取ることが必要である。そのため、臨床開発部門、医療機関、第三者機関との調整と協働が必要である。
この計画は、治験の規模、期間、参加者の数、治験地点の数など、治験の特性によって異なり、治験薬の製造、包装、ラベリング(表示)、配送など、供給チェーン全体をカバーする必要がある。
臨床試験に使用する治験薬を十分に確保することが必要である。治験薬の供給量や供給期間を確認し、必要な場合は追加の供給を確保できるようにする。
需要予測
試験の全期間にわたる治験薬の必要量を予測しなければならない。これには患者登録のペースやドロップアウト率などを考慮して算出する。
治験に参加する被験者数、試験期間、及び各試験施設における使用量を正確に見積もった上で、必要な治験薬の数量を計算する。予想外の患者登録数の変動や製造ロットの不均一性に備え、余分な在庫(バックアップ在庫)を確保するとともに、ロットごとの製品を明確に管理する仕組みが不可欠となる。
このように治験薬の供給戦略は、治験薬の需要予測、予測管理、シミュレーションツールを使用して、被験者の需要と治験薬の供給を一致させることを目指すべきである。・・・と、口では簡単に言えるが、担当者にとっては結構、厄介な仕事であることには違いない。
供給チェーンの構築
治験薬の供給チェーンを管理し、適切な保管条件を確保しておく必要がある。これには、供給元の選定、輸送手段の確保、適切な保管施設の確保が含まれる。
質の高い治験薬を提供するには信頼できる供給元を選定しておく必要がある。それには供給元の評価や過去の実績を確認する。
また、供給の遅延や中断を防ぐための対策を講じておくと良い。つまり、配送中のトラブルや保管条件の逸脱が発生した場合の早期警告システムと対策マニュアルを整備し、万が一の不具合に対しては迅速な対応が可能な体制を敷いておくことが求められる。
スケジューリング
供給タイミングと頻度を計画し、供給遅延を防ぐためのバックアッププランを設定する。
在庫管理
各治験施設での在庫を監視し、適切なタイミングで補充する必要がある。各治験施設では、受領、保管、分配、使用後の回収(場合によっては廃棄)まで、治験薬のライフサイクル全体にわたる追跡可能性を維持しておきたい。
治験薬の調達と管理
治験薬の調達と管理は、治験の成功にとって重要な要素である。これには、治験薬の製造、品質管理、包装、ラベリング(表示)、保管、流通などが含まれる。
治験薬を製造する際には、適切な製造管理と品質管理の方法を遵守する必要がある。治験薬の製造は、Good Manufacturing Practice(GMP)の基準に則って実施され、各工程で厳格な品質チェック(品質試験)が行われる。
製造後は、出荷前のリリース試験を実施し、試験薬が規定通りの品質を保っていることを確認する必要がある。
また、予め治験薬の製造前(製剤開発の段階で)、安定性試験を実施して治験薬の安定性および使用期間についての情報(データ)を取得しておくことが重要である。
そして、治験薬の輸送時には、温度や湿度の管理など保管条件を厳守できるよう専用の物流システムや温度管理コンテナを使用して、各試験施設への配送も追跡可能な形で管理される。
このように製造から出荷・配送までの一貫管理が治験薬の供給においても求められている。
品質管理体制
治験薬の品質管理は、治験薬が一貫して予定された品質基準を満たすことを確保するためのプロセスを指す。これには、治験薬の製造プロセスの監視、治験薬の品質試験、治験薬の保管と取り扱いの手順、そして不適合品の管理が含まれる。
万が一、製造工程や保管・輸送中に逸脱や問題が発生した場合、原因究明とともに迅速な是正措置を講じる仕組みを整備しておくことも重要である。
さらに、同様の問題が再発しないよう、予防措置の評価と実施を行えば、全体的な品質管理体制の継続的な改善へと繋がる。
GMPや規制ガイドラインの遵守
治験薬はGMP(Good Manufacturing Practice)に従って製造され、品質が保証される。治験薬の製造においてはGMPの基準を遵守することが重要である。このGMP遵守により、治験薬の品質を確保し、安全性を保障することができる。
また、GMPだけでなく、国内外の規制当局(PMDA、FDA、EMAなど)による規制ガイドライン(ICHガイドラインなど)の要求に基づいて、治験薬の供給計画および品質管理体制は設計・運用される。これにより、治験の実施過程での信頼性と透明性を維持し、規制監査にも耐え得る体制が構築されると言える。
品質管理計画の作成
品質管理計画を作成し、治験薬の品質を継続的に監視・評価する。品質管理計画には、検査項目や検査頻度、品質基準などが含まれる。
品質試験
原材料の受け入れから製造、最終製品の品質試験まで、一貫した品質管理が行われる。
治験薬の品質管理は、原材料の受け入れから始まり、製造工程全般(例えば、錠剤であれば、秤量・混合・造粒・打錠・コーティング・一次包装・ラベリング・二次包装など)に至るまで全ての工程で実施される。
各ロットごとの品質試験(確認試験・定量・純度試験・溶出試験・微生物限度試験など)を実施し、予め設定した規格に適合していることを確認してから出荷される。
品質管理記録の保管
品質管理に関するすべての記録を適切に保管し、必要に応じてアクセスできるようにする。これにより、品質管理の透明性と追跡性(トレーサビリティ)が担保できる。
治験薬の製造記録や品質試験結果(測定データ)は厳重に管理され、内部または第三者による監査も定期的に行われる。
安定性試験
治験薬の安定性を長期間にわたって確認し、保管条件を最適化する。治験薬と同一処方の試験サンプルの加速試験データと長期安定性試験データにより治験薬の使用期間が設定できる。
文書管理
製造プロセスや品質試験の記録を詳細に保管し、トレーサビリティを確保する。
定期監査
内部監査や外部監査を通じて、品質管理体制の有効性を確認する。
保存条件と使用期間
治験薬の許容される保存条件、使用期限、溶解液及び溶解方法並びに注入器具等取扱い方法を説明した文書を作成し、これを治験責任医師、治験分担医師、治験協力者、治験薬管理者等に交付することが求められる。
治験薬の管理
治験薬は、市販医薬品とは区別し、原則、医療機関の薬剤部で保管する。また、治験薬の出納記録を作成し、手順書に従って保管庫の温度管理などを行い、記録を作成する。
治験薬が各施設に到着すると、治験薬管理責任者が受領時の状態確認した上で、保管条件(温度・湿度など)の維持、分配時の記録管理を徹底することになっている。
各治験施設では、薬剤管理台帳やロット管理システムを用いて、使用状況や有効期限、保管環境のモニタリングを行い、異常が生じた場合は直ちに上位管理部門へ報告し、適切な対応をする仕組みが構築されている。
そして、そのような管理体制が整備されている治験施設で治験を実施する責任が治験依頼者にはある。
治験薬の廃棄
治験薬の廃棄は、治験依頼者から提供される「治験薬の取扱い手順書」に従って行われる。
あとがき
治験薬の供給計画と品質管理体制をしっかりと構築することは、臨床試験を円滑に進めるための必要条件となる。では、臨床試験を円滑に開始するための十分条件に相当する要素は何であろうか?
その問いの回答になるのは、下記のようなアクション(順不同)ではないだろうか。これらが全て揃ってはじめて臨床試験が開始できるようになる。
- 倫理審査
- 臨床試験の開始には倫理委員会の審査と承認が必要
- 倫理委員会では試験の安全性と倫理性が確認される
- 試験プロトコル
- 試験の目的、方法、評価基準を明確に定義した試験プロトコルを作成する必要がある
- 患者募集
- 試験に参加する患者を適切に募集しなければならない
- インフォームド・コンセントを取得するプロセスが必要
- 試験施設の準備
- 試験を実施する試験施設の準備が不可欠
- 試験を実施する病院やクリニックのスタッフの訓練
- データ管理
- 試験データの正確な収集と管理も重要な要素である
- データの一貫性と信頼性を確保するためのシステムを導入
治験薬の供給計画と品質管理体制に加え、上記の要素が整備されれば、臨床試験をより円滑に開始し、運営することができるはずである。このように考えると、臨床試験を開始するには大小はあるにせよ、多くのハードルがあることが理解できる。