はじめに
日本で最も多い慢性疾患は高血圧症である。男性では、高血圧症、糖尿病、歯の病気が上位にある。一方、女性では、高血圧症、脂質異常症、目の病気が上位になっている。このように男女共に高血圧症が最多疾患第一位であることに間違いはない。
高血圧症は、生活習慣病にも数えられており、食生活や運動習慣などの生活習慣が大きく関与している。
高血圧については、食塩の摂取制限や運動不足の改善などの生活習慣の改善が基本的な治療となっている。また、多くの降圧薬が開発されており、診療においても容易に使用可能で、選択肢も多い状況である。しかしながら、日本の血圧コントロール率はわずか30%程度にすぎず、降圧が不十分であることが問題となっている。
そのため高血圧治療のための新規薬剤や腎デナベーションなどの最新の治療戦略が進行中で、ウェアラブルデバイス開発やアプリを用いた高血圧デジタルセラピューティクスも研究されている。
レニン阻害薬の開発は一時期停滞していたが、現在は再び活発化しているようだ。さらには、高血圧のワクチンの臨床試験も行われているという。
<目次> はじめに 降圧薬の種類 Ca拮抗薬(CCB) アンジオテンシンIIタイプ1受容体拮抗薬(ARB) アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬) 利尿薬 α遮断薬 β遮断薬 α2受容体刺激薬 直接的レニン阻害剤(DRI) 降圧ガイドライン あとがき |
降圧薬の種類
高血圧症治療薬は、一般に「降圧薬」または「降圧剤」と呼ばれ、下記のような種類が知られている。
- Ca拮抗薬(CCB)
- アンジオテンシンIIタイプ1受容体拮抗薬(ARB)
- アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)
- 利尿薬
- α遮断薬
- β遮断薬
- α2受容体刺激薬
- 直接的レニン阻害剤(DRI)
Ca拮抗薬(CCB)
カルシウム拮抗薬(CCB)の作用機序としては、下記のようなものが知られている。
- カルシウムチャネルの阻害
- CCBは、細胞膜上のカルシウムチャネルに結合し、細胞内へのカルシウムイオンの流入を阻害する
- これにより血管の収縮が阻害され、血管が拡張し、血圧が下がる
- 血管平滑筋の弛緩
- カルシウムイオンが細胞内に入ると血管が収縮する
- CCBは、このカルシウムイオンの流入を阻害することで、血管平滑筋を弛緩させ、末梢血管抵抗を減じることにより降圧作用を発揮する
- L型カルシウムチャネルの阻害
- 現在市販されているCCBは主にL型カルシウムチャネルを介したカルシウム流入の阻止を行うことでその薬理活性を得ている
- ジヒドロピリジン系CCBの作用
- ジヒドロピリジン系CCBは、L型カルシウムチャネルのN部位に結合する
- これにより、血管拡張作用、降圧作用が強く、心筋への作用がほとんどないとされている
CCBの市販医薬品(日本)
一般名 | 製品名 |
---|---|
アムロジピン | アムロジン®︎ ノルバスク®︎ |
ニフェジピン | アダラート®︎CR |
アゼルニジピン | カルブロック®︎ |
ベニジピン | コニール®︎ |
シルニジピン | アテレック®︎ |
ニカルジピン | ペルジピン®︎ |
ベラパミル | ワソラン®︎ |
ジルチアゼム | ヘルベッサー®︎ |
アンジオテンシンIIタイプ1受容体拮抗薬(ARB)
アンジオテンシンIIタイプ1受容体拮抗薬(ARB)の作用機序としては、下記のようなものが知られている。
- アンジオテンシンIIの阻害
- ARBは、体内の血圧上昇や心筋の肥大化などに関わるアンジオテンシンIIという物質の働きを抑えることで、降圧作用などを発揮する
- AT1受容体の阻害
- ARBは、アンジオテンシンIIが結合する受容体の一つであるAT1受容体を選択的に阻害する
- これにより、アンジオテンシンIIの血管収縮作用などが阻害され、血圧が下がる
- 心臓や腎臓の保護
- ARBは、アンジオテンシンIIの心臓肥大化や腎臓線維化などを阻害することから、降圧作用のほか、心臓や腎臓の保護作用なども期待できるとされている
ARBの市販医薬品(日本)
一般名 | 製品名 |
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アジルサルタン | アジルバ®︎ |
イルベサルタン | アバプロ®︎ イルベタン®︎ |
オルメサルタン | オルメテック®︎ |
カンデサルタン | ブロプレス®︎ |
テルミサルタン | ミカルディス®︎ |
バルサルタン | ディオバン®︎ |
ロサルタン | ニューロタン®︎ |
アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)
アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)の作用機序としては、下記のようなものが知られている。
- アンジオテンシンIIの生成阻害
- ACE阻害薬は、アンジオテンシンIからアンジオテンシンIIへの変換を阻害する
- アンジオテンシンIIは血圧を上昇させる物質であり、その生成を抑えることで血圧上昇を抑制する
- ブラジキニンの不活性化阻害
- ACE阻害薬は、ブラジキニンという物質の不活性化(分解)を阻害する
- ブラジキニンは血管を拡張し、血圧を下げる作用がある
- 心臓や腎臓の保護
- アンジオテンシンIIは心臓の肥大化や腎臓の線維化(腎臓の炎症などで腎機能が低下する状態)を促進する
- ACE阻害薬はこれらの作用を抑えることで、心臓や腎臓などを保護する効果も期待できる
ACE阻害薬の市販医薬品(日本)
一般名 | 製品名 |
---|---|
カプトプリル | カプトリル®︎ |
エナラプリル | レニベース®︎ |
イミダプリル | タナトリル®︎ |
リシノプリル | ロンゲス®︎ ゼストリル®︎ |
ペリンドプリル | アテレック®︎ |
利尿薬
利尿薬の降圧作用の作用機序としては、下記のようなものが知られている。
- 尿量の増加による血圧の低下
- 利尿薬は、腎臓の尿細管や集合管に作用し、体内のナトリウムと水分の排泄(利尿)を促進する
- 体内の水分量が減少し、血液量が減少すると、血管を流れる血液の全体量が減る
- 末梢血管の抵抗も減少するので、血圧が下がる
- ナトリウムの排泄による血圧の低下
- ナトリウムには水を引きつける性質がある
- ナトリウムが尿中に排泄されると、血液中の過剰な水分も一緒に排泄される
- 体内の水分量が減少し、血液量も減少すると、血管を流れる血液の全体量が減る
- 末梢血管の抵抗も減少するので、血圧が下がる
降圧利尿薬の市販医薬品(日本)
一般名 | 製品名 |
---|---|
フロセミド | ラシックス®︎ |
アゾセミド | ダイアート®︎ |
トリクロルメチアジド | フルイトラン®︎ |
メフルシド | バイカロン®︎ |
スピロノラクトン | アルダクトン®︎A |
トリアムテレン | トリテレン®︎ |
α遮断薬
α遮断薬の作用機序としては、下記のものが知られている。
- α1受容体の阻害
- α遮断薬は、体内の交感神経に関わるα1受容体を阻害する
- α1受容体は、主に血管に分布しており、交感神経の興奮によりノルアドレナリンが分泌され、α1受容体に結合すると末梢血管が収縮する。すると末梢血管抵抗が増加して血流が減少する
- α遮断薬は、α1受容体を遮断することにより、交感神経刺激が末梢血管に伝わるのを抑制し、血管を広げて血圧を下げる
α遮断薬の市販医薬品(日本)
一般名 | 製品名 |
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ウラピジル | エブランチル®︎ |
テラゾシン | ハイトラシン®︎ バソメット®︎ |
アロチノロール | アロチノロール塩酸塩 |
β遮断薬
β遮断薬の作用機序としては、下記のようなものが知られている。
- β1受容体の阻害
- β遮断薬は、心臓のβ1受容体に作用し、交感神経のはたらきを抑えることで、心臓の拍動を抑え、血圧を下げる
- 心機能の抑制
- β1受容体を遮断(阻害)すると心機能が抑えられ、心臓の仕事量が減少する
- これにより、血液を送り出す量が減り、血管における血液量の減少による血圧低下が起こる
- 心拍数の低下
- 心機能を抑えることで心拍数を低下させる
- 症状の改善
- β遮断薬は、心機能を抑え心臓の仕事量を抑えることで血圧を下げたり、狭心症や頻脈性不整脈の諸症状を改善する作用を発揮する
β遮断薬の市販医薬品(日本)
一般名 | 製品名 |
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アテノロール | テノーミン®︎ |
ビソプロロール | メインテート®︎ |
メトプロロール | セロケン®︎ |
カルテオロール | ミケラン®︎ |
プロプラノロール | インデラル®︎ |
ピンドロール | カルビスケン®︎ |
カルベジロール | アーチスト®︎ |
α2受容体刺激薬
α2受容体刺激薬の作用機序としては、下記のようなものが知られている。
- 中枢の交感神経α2受容体の刺激
- α2受容体刺激薬は、中枢(脳など)にある交感神経α2受容体を刺激する
- これにより、末梢における交感神経の活動が抑制される
- 末梢における交感神経の活動が抑制されると、血管が広がり、血圧が下がる
α2受容体刺激薬の市販医薬品(日本)
一般名 | 製品名 |
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グアナベンズ | ワイテンス®︎ |
メチルドパ | アルドメット®︎ |
クロニジン | カタプレス®︎ |
直接的レニン阻害剤(DRI)
直接的レニン阻害剤(DRI)の作用機序としては、下記のようなものが知られている。
- レニンの阻害
- DRIは、体内でアンジオテンシンIの産生を触媒するレニンの活性を阻害する
- これにより、アンジオテンシンIの産生が抑制され、結果としてアンジオテンシンIIの産生も抑制される
- アンジオテンシンIIは、アンジオテンシンIIの受容体に作用して血管収縮作用や副腎皮質からアルドステロンという物質を分泌させる作用などをあらわす
- アルドステロンは腎臓に働き、ナトリウムイオン(Na+)の再吸収に関わることで循環血液量の増加がおき、心拍出量や末梢血管抵抗が増加する。これらの作用により血圧の上昇が起こる
- DRIは、これらのアンジオテンシンIIによる血管収縮などを抑えることで血圧低下作用をあらわす
DRIの市販医薬品(日本)
一般名 | 製品名 |
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アリスキレンフマル酸塩 | ラジレス®︎ |
この薬剤は、高血圧症を引き起こすRAA系(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系)の起点に位置する酵素であるレニンを直接的に阻害する、新しい作用機序を持つ薬剤である。
レニンを直接的に阻害することで、血漿レニン活性(Plasma renin activity:PRA)を抑制し、アンジオテンシンI以降のすべてのアンジオテンシンペプチドの産生を抑制するという。
多くの医薬品が、アンジオテンシンまたはアルドステロンを阻害する事で血圧を低下させる。しかし、薬剤を使い続けるとレニンの産生量が上がり、血圧は高くなってくる。そのため、レニンを直接阻害する医薬品が求められていた。アリスキレンはその最初の薬物である。そのため、既存の降圧薬が効かなくなった高血圧症患者の血圧コントロールに役立つ薬剤であるとされている。
降圧ガイドライン
最新の「降圧ガイドライン」では、降圧目標は「140/90mmHg未満」が原則であり、「高齢者目標」は消失している。高齢者目標というのは、改訂前のガイドラインにあったもので、高齢者向けの降圧目標(「150-140/90mmHg」)が記されていた。
この背景にあるのは、「年齢」ではなく個々の身体状況を評価し、可能であれば(忍容性、フレイルなどを考慮)、できるだけ低値を目指すという姿勢である。
この基準に従い降圧薬治療を開始した場合、3カ月以内の降圧目標達成を目指している。
降圧薬治療に関しては、併用療法での治療開始が、単剤と同じ「クラス I」に格上げされた。また併用療法における組み合わせは、高血圧のタイプに合わせてそれぞれ、第一選択を推奨する形となった。
合併症のない高血圧の第一選択
合併症のない高血圧に対する第一選択は下記薬剤の併用である。
- レニン・アンジオテンシン系阻害薬(RAS-i)
- Ca拮抗薬(CCB)または利尿薬
糖尿病と慢性腎臓病(CKD)合併高血圧の第一選択
糖尿病と慢性腎臓病(CKD)合併高血圧に対する第一選択は下記薬剤の併用である。
- レニン・アンジオテンシン系阻害薬(RAS-i)
- Ca拮抗薬(CCB)または利尿薬
冠動脈疾患合併高血圧の第一選択
冠動脈疾患合併高血圧に対する第一選択は下記薬剤の併用である。
- RAS-i+β遮断薬、またはCCB
- CCB+利尿薬、またはβ遮断薬
- β遮断薬+利尿薬
治療開始時から単剤ではなく併用療法が推奨された背景には、現実問題として、単剤治療開始例の多くは降圧目標を達成できず、にもかかわらず、単剤療法にとどまっているケースがあまりにも多いという認識がある。
さらに併用療法では配合剤(Single Pill Combination:SPC)が、「クラス I」で推奨されている。2剤併用よりも服薬アドヒアランスが向上すると考えられるためである。以上より、降圧薬治療開始の原則はSPCを用いた複数降圧薬の併用であり、単独降圧薬での開始は例外的であると、解説したBryan Williams氏(共同執筆責任者。ESC)は強調した。なお新ガイドラインでは、服薬アドヒアランス評価・対策についても、詳細な推奨が書き込まれている。
あとがき
高血圧症は、日本ではあまりにもポピュラーになってしまい、私自身もあまり気にしなくなっていたが、一時期、血圧が正常値を超えることが続き、降圧薬を医師から勧められたことがきっかけとなって、生活習慣を改善することに努めた。そのおかげもあって、現在では正常値内に収まっている。しかしながら、生活習慣が乱れてくると、高血圧になるリスクと常に隣り合わせである。
高血圧であるだけなら何ら怖くはないが、高血圧が進行して、より重篤な脳梗塞や脳出血、あるいは腎臓病などに罹患することだけは避けたい。そのために血圧管理をしっかりして、高血圧の状態が続かないように生活習慣に気をつけたいと思う。