はじめに
解離性障害(dissociative disorder)は、通常は統合されている意識、記憶、自己同一性などが混乱し、連続性がなくなったり、失われたりする精神疾患である。強いストレスや心的外傷が原因で発症すると考えられている。
強い葛藤に直面して圧倒されたり、それを認めることが困難な場合に、その体験に関する意識の統合が失われ、知覚や記憶、自分が誰であり、どこにいるのかという認識などが意識から切り離されてしまう。
解離性遁走と呼ばれる精神障害も解離性障害の一つに数えられている。この病名は、身体的症状から転換した特徴的な症状を表現したもののようである。
解離性遁走とは
解離性遁走は、解離性障害の一つで、意識や記憶などに関する感覚をまとめる能力が一時的に失われた状態を指す。
予期していない時に突然、家庭や職場などの日常的な場所を離れて放浪し、本人にその間の記憶がないものをいう。飲酒や身体疾患による意識障害、認知症などでは説明できないものを指す。放浪は、時に数百キロを越えることもあり、遁走の間は、自分が誰であるか理解できず、遁走の以前はもとより、その最中に起こった出来事の記憶も失われていることがある。
原因
解離性遁走の原因は、各種の精神疾患によって発生するもので、うつ病やてんかん、重度のアルコール中毒といったような各種の精神状態の悪化によっても病状が引き起こされる可能性があるとされる。
また、解離性遁走は、心理的に外傷的な体験やストレスに満ちた体験に耐えたり、目撃したりすること(例:身体的または性的虐待、レイプ、戦闘、集団殺害、自然災害、愛する人の死、深刻な経済的問題)、または大きな内的葛藤(例:罪悪感を伴う衝動による混乱または行動、明らかに解決不能な対人関係の問題、犯罪行動)により引き起こされると考えられている。
症状
解離性遁走の症状は、家庭や職場など普段の生活の場から突然、周囲の人が予期できない形で放浪してしまうというものである。
遁走(放浪)のタイプは、次の3つに大別される。
- 放浪が終わると元の自分に戻るが、放浪中の記憶はない
- 放浪中は別名を名乗り、別人を装う
- 放浪前の自分の生活上の記憶を一部失ってしまう
解離性遁走はまれな現象であるが、ときに解離性健忘において突然で予想外の意図的な家出や狼狽した状態での徘徊が伴うことがある。
突然で予想外の意図的な家出 |
患者は普段の同一性を失い、自身の家庭や仕事を離れてしまう。遁走の期間は数時間から数カ月にわたり、ときには長期化することもある。遁走の期間が短い場合は、単に職場に遅刻したり、帰宅が遅くなったりしただけのように見えることもある。遁走が数日以上続く場合には、自宅から遠く離れた土地に行き、自分の生活の変化に気づくことなく、新たな名前と同一性を得て、新たな仕事を始めることもある。 多くの遁走は隠れた願望の充足、あるいは(特に揺るぎない良心を有する人にとっては)重度の苦痛や困惑から逃れるために唯一許容される手段を反映していると考えられる。例えば、財政的に困窮している経営者が多忙な生活から離れ、田舎で農夫として暮らす。 |
狼狽した状態での徘徊 |
遁走中の患者は、外見および行動は正常に見える場合や、軽度の混乱しかみられない場合もある。しかしながら,遁走が終わると、患者は自分が新しい状況に置かれていることに突然気づき、自分がどのようにしてその状況に至ったのか、自分が何をしていたのかについて記憶がないことを報告する。患者はしばしば恥、不快感、悲嘆、および/または抑うつを感じる。恐怖を覚える患者もおり、特に遁走中に起こったことを思い出せない場合にその傾向がみられる。このような臨床像から、患者が医療従事者や法的機関の目にとまる場合もある。大半の患者は最終的に過去の同一性と生活を思い出すが、その過程には長い時間を要する場合もあり、ごく少数の患者は自身の過去について全くまたはほぼ全く想起できない。 |
検査・診断
解離性遁走の検査方法としては、精神科や心療内科において、飲酒や身体の異常による意識障害や認知症などの症状があるかを調べることがある。
遁走状態は、患者が突然遁走前の自分に戻り、見慣れない環境にいることに気づいて苦悩するまで、それと診断されないことが多い。
診断は通常、家出前の状況、家出そのもの、および別の生活の構築を実証することに基づいて後ろ向きになされる。
心理検査は、解離体験の性質をより詳細に明らかにするのに役立つ可能性がある。
治療
治療法としては、薬物療法と催眠療法が行われるが、遁走中の記憶回復は困難と言われている。
患者に解離性遁走がみられた場合は、記憶を回復させるために精神療法を、ときに催眠法または薬剤を使用する面接法と併用する治療法が用いられるが、このような試みは必ずしも成功するわけではない。
それでも精神科医は、遁走の要因となった状況、葛藤、および感情に患者が対処する方法を見つけ出す手助けをする。
その理由は、そのような出来事に対するより適切な対処法を考案できると共に、遁走の再発予防を支援することが可能となるからである。
予防
再発防止には、遁走を誘発する要因に対する対応法を意識させることが有用とされている。また、安心感を与え、心理的に安らげるようにすることが大切であると言われている。
あとがき
日本における解離性遁走の有病率については、具体的なデータが存在しないため、確かな数値は明らかになっていない。しかし、海外の研究における有病率調査の疫学を概観した杉下・岡村・柴山らの研究報告(2009)では、一般人口における有病率は1~5%と推定されている。想像していたよりも、結構、高い数字であることに率直に驚く。
【参考資料】
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
柴山雅俊著『解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病』(2017) 講談社 |
『DSM-5 精神障害の診断と統計マニュアル』 アメリカ精神医学会(2015)医学書院 |