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アンメット・メディカル・ニーズ(UMNs)に対する治療薬(新薬)の開発状況

はじめに

アンメット・メディカル・ニーズUnmet Medical Needs; UMNs)とは、「未だ満たされていない医療ニーズ」を意味する用語で、つまり現在までに有効な治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズのことを指す。製薬企業で開発に携わる者にとってはなじみのある用語ではあるが、一般的にはあまり知られていないのかも知れない。

具体的には、有効な治療法がない疾患に対する医療従事者や患者の要望を示す用語としてよく使われる。例えば、がん、アルツハイマー症、希少疾患などが代表的なUMNsの例として挙げられている。これらの疾患に対しては、新たな治療薬の開発を待っている医療従事者や患者が世界中にたくさんいると言われている。したがって、製薬企業もこのUMNsに対する医薬品の開発に注力するようになってきている。

日本においても、がん・自己免疫疾患・希少疾病・バイオ医薬品などを中心とした新しい医薬品の開発が進められており、これらのUMNsに応えるための取り組みが国家戦略の一つとして行われている。


<目次>
はじめに
アンメット・メディカル・ニーズ(UMNs)とは
UMNsの新薬開発が進められている疾患
  • アルツハイマー型認知症
  • 血管性認知症
  • 多発性硬化症
  • 膵がん
  • 繊維筋痛症
あとがき

アンメット・メディカル・ニーズとは

アンメット・メディカル・ニーズUnmet Medical Needs; UMNs)とは、現在の医療技術では十分に治療できない疾患や、治療薬が存在しない疾患を指す用語である。

したがって、医薬品の開発や承認状況により、UMNsの充足度は変化していく。例えば、かつては治療薬がほとんど存在しなかった肺がんの治療に関しては、新薬の開発が進み、治療満足度が向上している。しかし、肺がんに対する治療法はまだ完全ではなく、さらなる医療技術の進歩が求められている。

かつては治療法がなく、難病扱いされていたが治療薬(新薬)の開発でUMNsが充足されつつある疾病と言えば、関節リウマチ血友病クローン病潰瘍性大腸炎慢性便秘症あたりであろうか?

現在、UMNsを充足させるために積極的に新薬の開発が進められている疾患の一部としては、アルツハイマー型認知症血管性認知症多発性硬化症膵がん繊維筋痛症などが挙げられる。逆説的に言えば、これらの疾患が現時点では「UMNsが最も満たされていない疾患」であるとも言える(下図参照)。


UMNsの新薬開発が進められている疾患

アンメット・メディカル・ニーズ(UMNs)が高い代表的な疾病としては、がん、アルツハイマー病、希少疾患などの疾患が挙げられている。確かに、これらの疾患は、新たな治療薬を待つ医療従事者や患者さんが世界中にたくさんおられる。

特に、下記の疾患については新薬の登場が強く求められている病気の一例として挙げられいる。

これらの疾患に対する新薬の開発を世界中の製薬企業が進めている。治療薬の開発は、医療の進歩とともに進められており、既にいくつかの新薬が登場している疾患もある。しかしながら、解決すべき課題が多く存在しているのも事実である。そのため、これらの疾患に対する新たな治療法の開発は、医療の未来にとっても重要な課題となっている。


アルツハイマー型認知症

現在使用されているアルツハイマー型認知症の治療薬は、コリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬のみで、これらの治療薬は病気の進行を遅らせること目的である。根治療法となる根本治療薬となる病態修飾薬の臨床試験がまだ行われている状況である。

アルツハイマー型認知症の治療法の開発は、現在も進行中で、特にアミロイドβを標的とした治療薬の開発が注目されている。その一つに「ドナネマブ」という抗体医薬の新薬があり、世界的な臨床試験で病気の進行を遅らせることが確認されたようだ。

ドナネマブは、抗体を使って、アルツハイマー型認知症患者の脳に蓄積されるアミロイドβと呼ばれるたんぱく質を除去することで、この病気の初期症状に働きかけるという。しかし、ドナネマブには大きな副作用があり、患者は治療のリスクを把握する必要があるらしい。

ドナネマブ以外にもレカネマブという抗体医薬があり、こちらの方は既に「レケンビ点滴静注」として日本でも市販されている。レカネマブもアミロイドβを標的とする抗体医薬であり、有効性を上げつつ、副作用やコストを抑えるような改良が望まれている。これらの新薬の開発は、アルツハイマー型認知症の治療法の進歩を示しているが、まだ完全な治療法は存在しない。

そのために、少ない投与量で、効率よく脳内のアミロイドβを取り除くことができる新たな抗体医薬や、抗体医薬を脳の中に効率よく届ける技術の開発が進められている。

アルツハイマー型認知症の進行を遅らせる新薬やさらには改善が期待される新薬が開発され、痴呆症の介護に要する労力や費用が軽減される時代が早く訪れることが期待される。


血管性認知症

血管性認知症の治療にもアルツハイマー型認知症の治療に使用される薬剤(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチン)が使用され、一部の患者で症状の緩和などの効果が認められているが、病状の根本的な改善には至っていない。

アルツハイマー型認知症に対する新薬「ドナネマブ」や「レカネマブ」といった抗体医薬の開発が進行しているが、これらの新薬はアミロイドβと呼ばれるたんぱく質を除去することで、アルツハイマー病の初期症状に働きかけるものである。したがって、これらの抗体医薬は脳血管性認知症には効果がないとされている。

このように血管性認知症の治療については、現在も有効な治療法が限られており、血管性認知症に対する新薬の開発は、依然としてUnmet Medical Needs(UMNs)として存在する。

これらのUMNsに応えるためには、これまで以上の研究開発活動が必要不可欠であり、革新的な新薬創出に挑み続けることが求められている。


多発性硬化症

多発性硬化症は、若年成人を侵す神経難病で、中枢神経髄鞘を標的とする自己免疫疾患と考えられている。その治療法の開発は進行中で、新たな治療戦略の開発が求められていることが分かる。

多発性硬化症の治療薬として今から約30年前に登場したのがインターフェロンβである。この薬剤は、多発性硬化症の原因はウイルス感染ではないかとする仮説に基づき、抗ウイルス効果のあるインターフェロンβが試され、初の病態修飾薬(DMD)として開発されたものである。

その後も実験的自己免疫性脳脊髄炎の研究を通じて新たに複数のDMDが登場したが、現在でも障害の慢性的な進行を抑制できると証明されたDMDは開発されておらず、大きな課題として残されたままである。

医療技術の進歩によって多発性硬化症の患者にとって良い治療法が提供されるようになることを期待している。多発性硬化症はまさしくUMNsの対象疾患と言える。


膵がん

膵がんは依然として予後不良の難治がんであり、新薬開発が最も難しいがんとしても知られている。最近の膵がん治療薬の開発状況を列挙してみると下記のようになる。

  • 3種の抗がん剤と増強剤を組み合わせた併用療法で有効性が確認されたとの報告がある
    • ゲムシタビン+ナブパクリタキセル+フォルフィリノックスなど
  • イリノテカンナノリポソーム化製剤の「オニバイド」が国内でも発売された
  • BRCA変異型に対するリムパーザの維持療法が欧米で承認された
  • 新潟大学とエーザイが協働し、次世代抗膵がん薬(抗膵がんPDC;ペプチドと抗がん剤のコンジュゲート)の創成と膵がん先進医療の確立を目指している。

これらの治療法の開発は、膵がんの治療における大きな進歩を示しているが、現時点では膵がんは依然として予後不良の難治がんであり、さらなる治療法の開発が求められている。UMNsを充足するための研究開発が進むことで、膵がんの患者にとって最適な治療法が提供される日が早く訪れることを期待したい。


繊維筋痛症

繊維筋痛症は慢性的な疾患であり、痛みを伝える神経が敏感になることで起こると考えられているが、詳しいメカニズムは分かっていない。実は発症原因にしてもよくは分かっていないという。

痛みの他に頭痛、しびれ、めまい、抑うつ、動悸、呼吸困難感など様々な症状を伴うため、症状の管理と改善には、さまざまなアプローチが必要とされている。

繊維筋痛症の治療法は、現在の医療技術では対症療法に留まっており、根治療法はまだ存在しない。

したがって、繊維筋痛症はUMNsの対象疾患と間違いなく言えるであろう。繊維筋痛症の新たな治療法の開発は、医療の未来にとって重要な研究課題となっているはずだ。


あとがき

創薬研究における価値とは、UMNsの大きさと、それをどのように充足させるかの方法であると言われている。治療薬が存在しない疾患、治療法があっても十分な効果が期待できない、あるいは多額の費用がかかる、効果の発現まで時間がかかるといった疾患は、UMNsが大きいとされる。これらの疾患に対する新薬の開発は、医療の進歩だけでなく、社会全体の福祉向上にも寄与すると考えられる。

創薬研究の価値における主な課題には、どのような疾患領域に注力するのか、ターゲットに対して選択肢としてどのようなモダリティを活用するべきか、目指すべき革新性(治療の効果の程度)などが含まれるとされる。

そしてこれらの課題を解決するための方法としては、新規モダリティの選択やオープンイノベーションの推進といった活動が含まれるはずである。

このように創薬研究における価値とは創薬戦略そのものであり、製薬企業という会社組織の理想と方針に基づいて行われる創薬活動であるとも言える。特にモダリティの多様化の時代では、新たな領域への選択と集中が必要であり、適切なテクノロジーへの投資と事業機会の創出が求められている。

このような取り組みは、医療の進歩だけでなく、社会全体の福祉向上にも寄与するはずである。このような視点からも創薬研究の価値は非常に大きいと言えるだろう。

こうした製薬企業の努力がUMNsの充足へと繋がり、治療法がなくて困っている患者への福音となることを切に願っている。


【参考資料】
アンメット・メディカル・ニーズに対する医薬品の開発状況 | 政策研ニュース | 医薬産業政策研究所 (jpma.or.jp)
アンメット・メディカル・ニーズへの取り組み|新しいくすりで、世界に笑顔を増やしたい。 すすめ、新薬キャンペーン|日本製薬工業協会 (jpma.or.jp)
アルツハイマー病の新しい治療薬について |厚生労働省 (mhlw.go.jp)
アルツハイマー病新薬「ドナネマブ」、世界的な臨床試験で効果確認 – BBCニュース
アルツハイマー病の新しい治療薬(前編)レカネマブについて | 国立長寿医療研究センター (ncgg.go.jp)
アルツハイマー病の新しい治療薬(後編)今後の課題と展望 | 国立長寿医療研究センター (ncgg.go.jp)
血管性認知症の症状や診断と治療について | 再生医療|脳梗塞脊髄損傷の後遺症を幹細胞で改善|ニューロテックメディカル (neurotech.jp)
吉良 潤一;最新の多発性硬化症治療
日本内科学会雑誌第105巻第5号 (jst.go.jp)
中原 仁;多発性硬化症の診断と治療
日本内科学会雑誌第110巻第9号 (jst.go.jp)
中原 仁;臨床神経学/62 巻 (2022) 7 号
多発性硬化症の治療史と将来展望 (jst.go.jp)
第19回 難治がんである膵がんの薬物療法の進歩・失われた組織を創造する!マイクロサージャリーを用いたがん切除後の再建手術 | 国立がん研究センター 東病院 (ncc.go.jp)
膵臓がんに抗がん剤は効くのか?最新の研究結果と新しい治療法への期待 – いしゃまち (ishamachi.com)
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