はじめに
原薬(Active Pharmaceutical Ingredient;API)の製造プロセスを設計する際、まず判断しなければならないのが「何を出発物質(Starting Material;SM)とし、何を中間体(Intermediate)と呼ぶか?」ということである。
その理由は、最適な出発物質や中間体を選ぶことはコスト、品質、スケールアップ、環境負荷など、すべてに大きな影響を与えるからである。少しの選択ミスが、リードタイム延長、コスト増、品質リスクを招きかねない。
本稿では、グローバルに求められる品質・安全性・コスト・サプライチェーンを総合的に勘案した判断基準を、規制ガイドラインも交えながら整理してみたいと思う。特に、ICH-Q11は、「どの段階を出発物質とみなすのか」「なぜその物質が最適か」を評価し、立証する上で、判りやすいガイドラインになっている。
<目次> はじめに ICH-Q11が「出発物質」に求める要件 出発物質及び中間体の選択の重要性 判断基準の全体像 規制要件 品質管理 コスト・調達 製造技術 環境・安全性 リスク管理 知的財産・特許 判断基準に沿った評価フレームワーク あとがき |
ICH-Q11が「出発物質」に求める要件
ICH-Q11で「出発物質」を選定・妥当化する際に求められる主な要件をまとめると以下のようになる。
出発物質の定義(Section 5.1.1)
- 最初の化学変換ステップ開始時点での、化学構造が明確に定義された物質であること
- 以降の製造条件や物理化学的変更が最終的な原薬品質に与える影響が小さい位置づけであること
科学的妥当性の説明
- 出発物質から医薬品原薬までの化学変換ステップ数(一般的に5ステップ以下が目安)や、不純物生成・除去過程が管理可能であることを論理的に示すこと
- 物理化学的性状や反応機構を踏まえ、工程中に生じうる不純物挙動を評価し、低リスクと判断できる根拠を提示すること
CTD提出情報(モジュール 3.2.S)
- 3.2.S.2.2「製造工程及び工程管理の記載」
- 出発物質選定のタイミング
- 各ステップ概要
- 主要パラメータ など
- 3.2.S.2.3「原料(出発物質)に関する試験及び規格」
- 同一性
- 含量
- 純度(不純物限度含む)
- 供給者情報 など
- 3.2.S.2.4「中間体の管理(該当時)」
- 必要に応じて出発物質の次段階中間体を追加管理
- 3.2.S.4「医薬品原薬の最終試験及び規格」
- 最終品質保証への一貫性確保
品質管理戦略の構築
- 出発物質由来不純物の生成動態(工程中の発生源、除去・検出可否)を評価し、リスクに応じた管理策(規格設定、工程コントロール、試験追加など)を策定すること
重要構造要素の特定(Section 6)
- 出発物質中に含まれる医薬品分子の「重要構造部分(クリティカルフラグメント)」を明示し、その品質が最終製品に与える影響を制御可能であることを示すこと。
これらの要件を満たし、出発物質選定の科学的根拠と管理戦略をCTDで一貫して示すことで、ICH-Q11に適合した原薬製造プロセスと品質保証を構築できる。
出発物質及び中間体の選択の重要性
- 反応ステップ数の増減
- プロセスコストと収率に直結
- 不純物プロファイルの質
- 安全性および規制対応負荷
- 原料調達の安定性
- サプライチェーンリスクの軽減
- グリーンケミストリー視点
- 企業のサステナビリティ戦略
これらは単独ではなく、互いにトレードオフ関係にあるため、総合的なバランス判断が求められる。
判断基準の全体像
低分子医薬の原薬製造方法における出発物質及び中間体を選択する際の選定判断は、一般的には次の6つの観点から多角的に評価することになっている。
- 規制要件
- 品質管理
- コスト・調達
- 製造技術
- 環境・安全性
- リスク管理
そのためCross-Functional Team(開発、製造、品質保証、購買、安全衛生などの部門からの代表メンバーで構成)で評価することが望ましい。
また、知的財産・特許の観点からも評価が必要になる場合があるかも知れない。
規制要件
規制要件(Regulatory)は、ICH-Q7やICH-Q11などのガイドラインを参考にしながら各国の規制にも対応しなければならない。
- ICH Q7「原薬のGMP」
- 出発物質は「適切に定義され、かつ管理される化学物質」と位置づけられる
- 製造所や管理基準を満たす必要がある
- 既存のEDQMやJPモノグラフに記載のある化合物を選ぶと承認申請がスムーズである
- ICH Q11「原薬の出発物質選定」
- 合成ステップ数ができるだけ少なく、各ステップで生成物や副生成物の構造が明らかであること
- 出発物質及び中間体の商用流通実績(ISO認証やDMF保有)があること
- 出発物質からAPIまでの反応収率、残留溶媒や重金属、不純物リスクの管理計画
- REACH/RoHS
- 欧米の化学物質規制に適合するか
- 製造国の登録要件
- 原料のSDS、GMP要件
品質管理
品質管理(Quality)では、出発物質や中間体の純度や不純物プロファイルが最終APIの品質(純度や不純物プロファイル)にどの程度影響するかが判断基準となる。
- 純度・均一性
- 出発物質の純度が高く(≥98%)、不純物プロファイルが明確であるほど、最終APIの品質リスクが低減
- 最終APIの要求純度に対し、どの原料段階でどの不純物が入り込むかを評価(不純物リスク評価)
- ICH Q3A/B/C(原薬及び製剤の不純物)に基づくリスク評価を実施
- 分析手法
- HPLC、GC、NMR、MSなどの定性定量法が確立済みで、規格に適合しやすいものを選ぶ
- トレーサビリティ
- ロットから最終製品までの欠測がないサプライチェーン管理が可能かが判断基準となる
コスト・調達
コスト・調達(Economics & Supply)では、原料の調達コストや調達の容易さや安定供給が評価項目となる。
- 原料コスト
- 商用生産規模で使用する場合、1kgあたりの単価変動リスクをシミュレーション
- 原料単価 vs. 変換効率
- 高価原料でも反応効率が良ければトータルコストが下がる場合もある
- 長期契約・キャパシティ確保が鍵となる
- 入手(調達)性
- 供給業者の多様性
- 商社やCRO経由で複数サプライヤーから安定調達可能か
- 単一サプライヤー依存を避ける
- 地政学リスク(輸出規制、関税)
- 製造拠点や物流経路の安全性
- 供給業者の多様性
- 流通在庫
- 安全在庫(SAFETY STOCK)ポリシー
- MOQ(最小発注量)の把握
製造技術
製造技術(Process Technology)では、反応収率の高さやスケールアップの実績などが評価項目となる。
- 反応収率・選択性
- 高収率かつ高純度を実現しやすい出発物質ほどプロセスが短縮化できる
- 反応条件の工業適性
- 高圧・低温反応など特殊装置要件
- プロセス質量強度(PMI)
- 廃棄物量を最小化できるか
- 原料―溶媒―生成物の質量バランス
- E-factor
- 廃液や副生成物量/最終製品量の比率
- スケールアップ性
- 実験室(g~kg)→パイロット(10~100kg)→商業生産(数トン)の各段階で、熱移動や撹拌挙動が大きく変わらないこと
環境・安全性
環境・安全性(Sustainability & Safety)では、環境への配慮や作業者の安全性などの観点から評価する。
- グリーンケミストリー原則
- 有害溶媒や重金属触媒の使用を最小化
- バッチから連続流へ移行可能なら尚良し
- 溶媒選択
- 毒性、リサイクル性、溶媒置換の可能性
- 発がん性中間体
- 芳香族ニトロ化合物やアゾ化合物を避ける
- 作業者曝露
- 揮発性・揮発性有毒物質(VOC)をできるだけ使わない合成ルートを設計
- MSDS/GHS分類
- 出発物質や中間体の毒性、皮膚感作性、揮発性を確認し、作業所リスク評価をクリアできるか
リスク管理
リスク管理(Risk Management)では、品質管理・安全性・サプライチェーン(調達)など他の評価基準をリスク管理の観点から評価する。
- 不純物プロファイル
- 不純物の発生源(出発物質由来、反応副生成物、加水分解など)を特定し、コントロール戦略を構築
- 不純物発生源としては、芳香族ニトロ、ハロゲン化合物、重金属残留などが知られる
- 安全性リスク
- 発熱反応や毒性ハザード(遷移金属残留、アジレン中間体など)を定量的に評価
- 毒性・発がん性・作業者曝露(MSDS、GHS分類)
- サプライチェーンの柔軟性
- 単一サプライヤー依存を避け、複数ソースによる調達オプションを整備
- 供給リスクとしては、単一サプライヤー依存以外には、地政学的リスクや為替リスクなどがある
- 供給リスクの定量化
- サプライヤー財務状況、過去トラブル実績をスコア化
- 製造技術リスク
- 反応の工業化適性(高圧・極低温反応、特殊触媒)
- 環境リスク
- E-factor、VOC排出量、有害廃棄物量
知的財産・特許
- ライセンス費用
- 既存特許技術を使う場合の費用対効果
- 特許権回避ルート
- 自社独自の中間体または新規置換パターン
判断基準に沿った評価フレームワーク
判断基準項目 | 評価項目(例) | 物質A | 物質B |
---|---|---|---|
規制要件 | ICH Q11(出発物質の選定) ICH Q7(原薬のGMP) GMP認証 | 〇 | X |
品質管理 | 純度・均一性 分析手法 トレーサビリティ | ||
コスト・調達 | 原料コスト 入手性 流通在庫 | ||
製造技術 | 反応収率・選択性 プロセス質量強度(PMI)/E‐factor スケールアップ性 | ||
環境・安全性 | グリーンケミストリー原則 MSDS/GHS分類 安全性(爆発限界) | ||
リスク管理 | 不純物プロファイル 安全性リスク サプライチェーンの柔軟性 スケールアップ実績 |
結論(例):長期的な品質安定・GMP認証可否を重視し、物質Aを出発物質として選択。コスト増はプロセス効率化とバッチサイズ拡大で回収。
あとがき
出発物質および中間体の選定は、「規制」「品質」「コスト」「技術」「リスク」「環境」の6面体評価が必須である。
ICH Q11(出発物質ガイダンス)やICH Q9(品質リスクマネジメント)と連携して、文書化/監査トレイルを整備することも忘れてはならない。
現在は、ICH-Q7やICH-Q11の要件を押さえつつ、グリーンケミストリーやQMRA(品質リスク評価)を融合したプロセス設計がトレンドとなっている。
今後は連続流リアクターやバイオ触媒を取り入れた「ハイブリッド合成」が、出発物質を含む原料選択領域を根本から変えていくかも知れない。
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【参考資料】
ICH-Q11 原薬の開発と製造 |
ICH Q11 原薬の開発と製造(化学薬品及びバイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品) |
FDA/EMAのDMF(Drug Master File)公開リポジトリ |
Green Chemistry Metrics(E‐factor、PMI、Atom Economy) |
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