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定量分析法バリデーションの頑健性試験設計と最適化

はじめに

定量分析法のバリデーションにおいて、頑健性(robustness)は予期せぬ条件変動下でも分析結果が安定するかを評価する重要な要素である。試験方法が現場で再現性を保つために、予め軽微な変動要因を取り込んだ試験設計と最適化が求められる。

つまり、頑健性は試験条件の微小変動が定量結果に与える影響を評価し、日常運用での信頼性を担保するための重要項目、例えばクロマトグラフィー法では温度や流速、pHなどのばらつきに対して安定した性能を示すかを検証することである。

本稿では、クロマトグラフィー法を例に取り上げ、因子設計から最適化手法までを各ステップごとに学んでいきたいと思う。

目次
はじめに
頑健性試験の概要
頑健性試験の設計ステップ
DOEを活用した効率的評価
データ解析と可視化
HPLC法の頑健性最適化の事例
実務上のポイント
あとがき

頑健性試験の概要

頑健性試験は、分析条件の許容範囲(±変動)を明確化して、QMS(品質管理システム)で想定外のリスクを低減するために実施する。ICH Q2(R1)、USP <1229>やJP 一般試験法などのガイドラインでも実施が推奨されている。

クロマトグラフィー法の場合の頑健性試験では、以下のような試験条件下でもピーク面積や保持時間が許容範囲に収まるかを評価(検証)することが多い。

  • 分析条件(温度やpHなど)を意図的に変動させた場合の定量結果
  • システム機器や試薬ロット差による影響
  • オペレータ間差によるバラツキ

頑健性試験の設計ステップ

  1. 影響因子の洗い出し試験因子の選定
    • 事前評価
      • 方法開発段階で感度の高いパラメータをリストアップ
    • 文献・規格照合
      • ICH Q2(R1)やUSP〈621〉を参考に必須因子を確認
    • 因子数の絞り込み
      • 実験数を抑えつつ主要影響因子をカバー
      • カラム温度、流速、溶出液pH、試料注入量など
  2. 変動範囲の設定
    • 日常運用許容値を基に±1~2%/±0.1–0.2 pHなどを選定
  3. 評価項目の決定
    • 定量結果(ピーク面積RSD)、分離度(Rs)、理論段数、峰対称性
  4. テストデザインの選択
    • OFAT(一因子変動法)またはDOE(多因子同時評価)

DOEを活用した効率的評価

実験計画法(Design of Experiments;DOE)を活用すると、少ない実験数で効率的に頑健性を評価できる。複数因子を同時に評価し、交互作用も把握できるDOEは頑健性試験の最適手法であると言えるかも知れない。

頑健性試験に利用できるDOEには次のようなものがある。

  • 2水準因子計画(フルファクトリアル設計)
    • 各因子を「高」「低」の2レベルに設定し、フルファクトリアルや分割法を適用
  • タグチ法(直交配列表)
    • 頑健性を重視した直交表で因子間の交互作用も簡易にチェックできる
  • 敏感度分析
    • 初期スクリーニング後に感度の大きい因子を特定
設計手法特徴実施例
フルファクトリアル設計全因子×全レベルを網羅因子3つ、各2レベル
→ 2³=8実験
直交配列表(Taguchi)設計点数を抑えつつ主要効果を評価L9(3因子×3レベル)
反復分散分析付部分因子設計高次交互作用を省きコスト削減因子4つ、各2レベル
→ 2⁴/2=8実験

データ解析と可視化

  • 回帰モデルで因子効果と交互作用を定量化
  • ANOVAで因子の有意性を評価
  • パレート図で寄与率を可視化
  • 等高線プロット/応答曲面法で最適領域を同定

最適化手法

頑健性を最適化するためには、以下の方法が効果的である。

  • 応答曲面法(RSM)
    • 回帰モデルで最適条件を数値的に探索
  • 中心複合計画(CCD)
    • フルファクトリアルに中心点や軸点を加え、非線形性を評価
  • 多目的最適化
    • 感度(LOQ、LOD)と再現性(RSD)のバランスを同時に最適化

HPLC法の頑健性最適化の事例

あるAPIのHPLC定量で、3つの因子をDOEで評価した。L8直交配列表で実験実施後、ピーク面積RSDとRsを評価した。

  • RSD〈1.0%、Rs〉2.0 をクリア
  • 最適条件:温度36.5℃、流速1.0 mL/min、pH3.1
因子レベル(低)レベル(高)影響指標
カラム温度(℃)3537保持時間の変動
流速(mL/min)0.91.1検出感度
溶離液pH3.03.2ピーク対称性

別の事例で、HPLC定量法で想定した因子とレベルを示す。

因子レベル(低)レベル(高)影響指標
カラム温度 (℃)2535保持時間の変動
溶離液pH2.83.2ピーク対称性
流量 (mL/min)0.81.2検出感度
  1. 2水準3因子のフルファクトリアル(8実験)を実施
  2. 各条件下で保持時間・ピーク面積RSDを算出
  3. タグチ法で最適因子組合せを絞り込み
  4. CCDを追加して温度とpHの最適領域を狙う

実務上のポイント

  • SST(システム適合性テスト)を組み込んで毎バッチ確認
  • SOPに変動範囲・試験フローを明記
  • トレンド分析で装置ドリフトを早期発見
  • 結果をバリデーションレポートに詳細記録

あとがき

頑健性試験は、定量分析法の信頼性を支える基盤である。因子の選定からDOEによる効率的評価、適切なデータ解析を通じて、予期せぬ運用変動下でも安定した定量性能を確保したい。

頑健性試験では、まず因子の選定とDOEで効率的に試験設計を行い、その後RSMやCCDで最適条件を数値的に追い込む。次のステップとしては、実測データに基づくモデル精度の検証やソフトウェア(設計支援ツール)を活用した高度な多目的最適化を検討すれば一層効果的である。

次稿では「定量分析法継続的モニタリングとトレンド管理の実践」を取り上げたいと思う。どうぞお楽しみに!