はじめに
近年、mRNAワクチンやアンチセンス核酸・siRNA製剤など、核酸医薬品(Oligonucleotide Therapeutics)が医療の最前線で注目を集めている。従来の低分子医薬品や抗体医薬とは異なる特性を持つ核酸医薬品は、その製造方法や品質管理などのCMC関連事項においても独自のアプローチが求められる。
本稿では、核酸医薬品の開発におけるCMCの基本要件と、製造方法・製造工程確立のために重要な評価項目について、実務的な視点から取り上げてみたいと思う。
| <目次> はじめに 核酸医薬品とは? CMC要件の基本構造 核酸医薬特有のCMC関連課題 製造工程毎の工夫と課題 製造プロセス確立のための主な評価項目 CMC評価項目チェックリスト 規制動向とGLのチェックポイント あとがき |
核酸医薬品とは?
核酸医薬品は、DNAやRNAといった核酸をを有効成分とする医薬品であり、遺伝子の発現を制御することで、疾患の原因に直接アプローチする治療法である。代表的な種類には以下のようなものがある:
- アンチセンス核酸(ASO):
- 標的mRNAに結合して翻訳を阻害
- siRNA(small interfering RNA):
- 標的mRNAを分解して遺伝子発現を抑制
- mRNAワクチン:
- 体内で抗原タンパク質を発現させて免疫応答を誘導
- アプタマー
これらの核酸医薬は、がん、遺伝性疾患、感染症など、幅広い分野で臨床応用が進んでいる。また、これらの核酸医薬は、従来の低分子医薬品や抗体医薬とは異なる構造・作用機序・製造プロセスを持つため、CMCの観点でも独自の対応が求められる。
CMC要件の基本構造
核酸医薬品のCMCでは、以下の3つの柱が重要である:
- 原薬(Drug Substance)の特性評価
- 製剤(Drug Product)の設計と安定性
- 製造工程の確立と管理戦略
これらを通じて、一貫した品質・安全性・有効性を保証することが求められる。
核酸医薬特有のCMC関連課題
核酸医薬品のCMCでは、製品の品質、安全性、有効性を一貫して確保するための管理体制が求められる。主なポイントは以下の通りである:
1. 原材料の品質管理
- 合成に使用するヌクレオチドや酵素の純度と由来を明確化
- 微量不純物の影響が大きいため、厳格な管理基準による受入試験が必要
2. 製造プロセスの再現性
- 化学合成又は酵素合成によるプロセスの一貫性が求められる
- 合成から精製、製剤化までの工程設計とバリデーション
- スケールアップ時の工程変動リスクの最小化
3. 製品の安定性と保存性
- 核酸は分解されやすいため、安定化処方の工夫が不可欠
- キャリア(脂質ナノ粒子など)との複合化が一般的
- 異なる保存条件に対する安定性試験が不可欠
- 保存温度、pH、光・酸素への感受性などを考慮
製造工程毎の工夫と課題
核酸医薬品の製造は、以下のようなステップで構成される。それぞれに特有の技術的課題と工夫が求められる。
1. 合成・転写
- アンチセンス核酸やsiRNA:
- 固相合成法による化学合成が一般的
- mRNA:
- 酵素的転写反応(IVT)の利用
- 鋳型DNAからの酵素的転写(IVT)
- 酵素的転写反応(IVT)の利用
2. 精製
- 高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)や限外ろ過、キャピラリー電気泳動などを用いて高純度化
- 残留酵素や二本鎖RNAなどの不純物除去が重要
3. 製剤化
- 脂質ナノ粒子(LNP)などのドラッグデリバリーシステム(DDS)との複合化
- 投与経路に応じた粒径や表面電荷の最適化
4. 無菌充填・包装
- RNA製剤はRNase汚染対策が重要かつ不可欠
- 無菌環境での最終製品化と封入が求められる
製造プロセス確立のための主な評価項目
製造方法及び製造プロセスの確立のための主な評価項目をまとめると下表になる。
| 評価項目 | 説明 |
|---|---|
| 合成・精製プロセスの再現性 | 固相合成や精製(HPLCなど)の条件最適化とスケールアップの検証 |
| 不純物プロファイルの明確化 | 鎖長異常、脱保護残基、残留溶媒などの特定と管理 |
| 安定性試験 | 温度・湿度・光などに対する核酸の安定性評価(ICH Q1A準拠) |
| 製剤設計と送達系 | LNP(脂質ナノ粒子)やポリマー担体などの選定と評価 |
| 無菌性・エンドトキシン管理 | 注射剤の場合は特に重要。製造環境の清浄度も要確認 |
| スケールアップと技術移管 | ラボスケールからGMP製造への移行時の工程変動リスク評価 |
CMC評価項目チェックリスト
下表のチェックリストは、各工程における具体的な評価項目を理解するのに役立つだけでなく、核酸医薬の開発初期〜商用スケール移行までの品質設計とリスク評価に活用できるはずである。
| 評価項目 | チェックポイント |
|---|---|
| 合成・精製プロセスの再現性 | ・固相合成条件の最適化が完了しているか ・精製法(HPLCなど)のスケーラビリティが確認されているか ・バッチ間の一貫性が確保されているか |
| 不純物プロファイルの明確化 | ・鎖長異常、脱保護残基、残留溶媒などの特定が完了しているか ・不純物の許容範囲が設定されているか ・定量法のバリデーションが済んでいるか |
| 安定性試験 | ・ICH Q1Aに準拠した長期・加速・ストレス試験が実施されているか ・分解パターンと主な劣化物が特定されているか ・製品の有効期限が科学的根拠に基づいて設定されているか |
| 製剤設計と送達系 | ・ LNPやポリマー担体の選定理由が明確か ・粒径・分散性・封入効率などの物性評価が完了しているか ・送達効率や毒性に関するin vitro/in vivoデータがあるか |
| 無菌性・エンドトキシン管理 | ・滅菌工程または無菌製造の妥当性が確認されているか ・エンドトキシン試験の方法と基準が設定されているか ・製造環境の清浄度管理がGMP基準を満たしているか |
| スケールアップと技術移管 | ・ラボスケールからGMP製造への移行時の工程変動が評価されているか ・製造手順書(SOP)やバッチ記録が整備されているか ・技術移管先での再現性確認が完了しているか |
規制動向とGLのチェックポイント
核酸医薬品(ASO、siRNA、mRNAなど)は、従来の低分子・抗体医薬とは異なる構造・作用機序・製造方法を持つため、新たな評価基準の整備が必要とされてきた。特にmRNAワクチンの実用化を契機に、品質・非臨床・臨床の各段階での評価指針の明確化が求められている。
しかしながら、核酸医薬品はまだ新しい分野であるから、FDAやEMAのガイダンスも進化の途中である。 だからこそ、最新のドラフトや反映ペーパーを定期的にチェックすることが重要であると言える。つまり、日本も含めて各国での規制整備は進行中であり、最新のガイドラインや当局の見解を常に注視することが重要となる。
- ICHガイドライン
- 核酸医薬品の評価にも応用されているガイドラインが存在
- ICH Q5A:バイオ医薬品のウイルス安全性
- ICH Q11:原薬の開発と製造に関するガイドライン
- 核酸医薬品の評価にも応用されているガイドラインが存在
- FDAによる核酸医薬品に関するドラフトガイダンス
- CMC Information for Human Gene Therapy Investigational New Drug Applications (INDs)
- 核酸医薬単体のガイダンスではないが、mRNAやsiRNAなどを含む遺伝子治療製品に適用される内容を含む
- 特にmRNA製剤においては、キャップ構造・ポリA鎖長・封入効率などの品質属性が注目されている
- 原薬(DS)と製剤(DP)の明確な定義と区別
- 合成・精製・精製後の不純物管理
- 例:短鎖・長鎖異常、残留溶媒、酵素残渣
- 製造工程の記述と工程管理の詳細化
- 安定性試験の設計と保存条件の妥当性評価
- DDS(例:LNP)の特性評価と一貫性の確保
- GMP準拠の製造施設とバリデーション要件
- CMC Information for Human Gene Therapy Investigational New Drug Applications (INDs)
- EMAによる核酸医薬品に関するドラフトガイダンス
- Reflection Paperという形で、規制の方向性を示す文書を先行的に発信しているのが特徴的である
- Reflection Paper on the Quality, Non-clinical and Clinical Issues Related to the Development of RNA-based Vaccines(2021年)
- Guideline on the Quality, Non-clinical and Clinical Aspects of Gene Therapy Medicinal Products
- RNA医薬品(mRNA、siRNAなど)に特化した品質評価の枠組み
- 製造工程の一貫性とスケーラビリティの確保
- 不純物の同定と許容限度の設定
- 送達系(LNPなど)の構成成分の特性評価と安全性
- 非臨床試験における免疫応答・毒性評価の重要性
- 臨床試験設計における用量設定とバイオマーカーの活用
- PMDAによる核酸関連項目の整備状況
- 日本薬局方(JP)における核酸関連項目の追加・改訂
- 第18改正追補(2023年)以降、核酸医薬品に関連する試験法や定義の整備が進行中
- 「オリゴヌクレオチド製剤」の定義と試験法
- 核酸の純度試験(HPLC、キャピラリー電気泳動)
- 残留溶媒、ピロゲン、エンドトキシン試験の適用範囲の明確化
- 第18改正追補(2023年)以降、核酸医薬品に関連する試験法や定義の整備が進行中
- PMDAによる相談制度の活用
- 核酸医薬品に特化した事前相談や対面助言が可能
- 特にCMCに関しては、製造工程の一貫性、送達系(LNPなど)の評価、不純物管理などが重点的に議論される
- PMDAは、個別製品ごとの科学的根拠に基づく柔軟な対応を重視!
- 日本薬局方(JP)における核酸関連項目の追加・改訂
あとがき
CMCは、核酸医薬品の信頼性を支える“設計図”とも言える存在である。核酸医薬品は革新的な治療法であり、その可能性は広がる一方であるが、製造と品質管理の難易度が高い分野である。
CMC要件を正しく理解し、製造方法を最適化することが、CMC要件を的確に理解し、製造工程を最適化することが、臨床開発の成功と製品化の加速につながる。つまり、開発のスピードと成功率を左右する重要な要素である。
したがって、CMCの整備と製造工程の確立は開発成功のカギを握っていると言える。 複雑な構造と製造プロセスをいかに標準化し、品質を担保するか―― それこそが、今まさに業界全体で問われている課題である。
今後、より多くの核酸医薬品が実用化される中で、CMC戦略の構築と製造技術の進化が、医薬品開発の競争力を左右する時代がやってきていると言えるでしょう。