はじめに
パニックとは、個人または集団が突然の不安や恐怖(ストレス)によって混乱した心理状態、またそれに伴う錯乱した行動を指す用語である。パニックは、特定の危機的状況(例えば、地震や火災などの災害)に直面したときにしばしば発生する。
一方、パニック障害(PD)は、予期しない突然の強い恐怖や不快感の高まりが生じて、動悸、息苦しさ、吐き気、ふるえ、めまい、発汗などのパニック発作を繰り返す病気のことを指す。
日本でのパニック障害の推定有病率を約0.5%~0.8%とするいくつかの調査報告がある。この数値は、「約200人に1人」から「約125人に1人」の割合でパニック障害に苦しんでいる方がいるということである。結構、高い有病率と言えなくもない。但し、統計データが公表されているわけではないので、実際の数値は明確ではない。
パニック障害の発症は、女性の方が男性よりも2~3倍も多いらしい。また、女性では20~35歳くらいが、男性では25~30歳くらいが発症ピークであるとされているが、10代後半から60歳前後の人にもパニック障害が発症する場合が見られるという。
パニック障害(PD)とは
パニック障害(Panic Disorder; PD)は、パニック発作といわれる、急性の強い不安の発作を頻繁に引き起こす疾患で、不安障害の一つである。恐慌性障害ともいう。
思い当たる原因はないが、急に強い不安や恐怖にかられ、激しい動悸、息切れ、発汗、吐き気、めまい、口喝、胸苦しさなどを感じるのがパニックの症状である。
逃げられない場所にいるという広場恐怖を伴うことも多い。混雑した駅やデパート、電車、バス、エレベーターの中などで突然、極度の不安や恐怖にかられるのが広場恐怖である。
頻度は人によりまちまちで、1日に何度も起こることもあるので、広場恐怖を感じると不安のために一人で外出したり乗り物に乗ることが困難となる。
パニック障害は決してまれな疾患ではなく、患者は75〜100人に1人といわれる。12カ月有病率は、米国で2.7%、日本で0.5%、ドイツで1.8%であると報告されている。
また、性差も報告されており、女性の方が男性よりも罹患率が高いという特徴がある。不安・緊張・過労などを背景に、自律神経の過敏な人がなりやすいと考えられている。まじめで几帳面な性格の人に多いのかも知れない。20代、30代での発症が多くみられるが、40代、50代の人が発症することもある。
原因
脳の画像診断技術の進歩により、パニック障害の原因は神経系の機能異常であることが分かってきており、脳内ノルアドレナリン系の過敏・過活動、あるいはセロトニン系の機能不全など、脳機能異常説が有力となっている。
心理的、身体的なストレスが引き金となり、交感神経が興奮し、神経伝達物質ノルアドレナリンが過剰に分泌されて起こる、とみられている。
脳内の神経伝達物質の一つであるセロトニンがなんらかの原因で不足すると、不安や恐怖をコントロールしている部分のバランスが崩れて、パニック発作がおこると考えられている。また、セロトニン受容体が減少しているとの報告もある。
パニック障害の患者は、乳酸、炭酸ガス、カフェインなどに過敏で、発作が誘発されやすいことが分かっている。過労、睡眠不足、かぜなどの身体的な悪条件や、日常生活上のストレスなど、非特異的な要因も発症や発作を誘発することが知られている。
予期不安から外出を嫌うため、ときに怠け者と誤解されるが、心のもちようや怠け癖からパニック障害になるわけではない。
症状
パニック障害の症状の特徴は、パニック発作の繰り返し、予期不安、広場恐怖、二次的なうつ病の合併があげられる。パニック発作には多彩な身体症状が生じるにもかかわらず、各種検査で症状を説明できる異常が検出されないことが特徴的である。症状が軽く、一過性でおさまってしまう場合もあるが、よくなったり悪くなったりしながら慢性に移行する場合が多くみられる。
パニック発作には、胸が締めつけられるように痛む(胸苦しさ)、心臓がどきどきして脈が速くなっていく(突然の激しい動悸)、呼吸が苦しくなる(息苦しさ)、めまいがする、手足がしびれる、冷や汗がでるといった多様な症状があり、数分~10分間ほど持続する。
「このまま死んでしまうのではないか」と思えるほど強い苦痛と恐怖に襲われることもあるが、パニック発作で死ぬことはない。心臓発作などを疑って救急車で病院に運ばれることも多いが、ふつう病院に着いた頃には症状がおさまっている。検査でも特別な異常は認められず、そのまま帰される場合も多い。
パニック発作をおこすと、次にまた発作がおきるのではないかという予期不安や広場恐怖におびえ、以前発作をおこした場所や、満員電車やデパートのなかなど、すぐに病院に行けない場所を避けるようになる。発作を恐れて一人で外出できなくなったり、医師から何ともないといわれていても心臓を心配して運動をひかえたり、病院を転々として検査を繰り返したりするようになる。
このため、仕事や買い物に出掛けられず、社会生活にも支障をきたす。いつ発作が起こるかわからないため、フルタイムで働いている患者は半数に過ぎない。自然に治ることもあるが、発作をくり返したり、予期不安や広場恐怖のために日常生活に支障をきたす場合には治療が必要となる。
パニック障害の発症に伴い、脳卒中、心臓発作,高血圧などを発症するリスクが高くなり、患者の3分の2は重症なうつ病を抱えている。人混みに出るのが不安で、行動や生活が狭められる可能性があり、うつ症状が出やすい環境にあるためと考えられる。
検査・診断
パニック障害は、身体的な異常がなにもないのに、パニック発作と呼ばれる特徴的な発作を突然おこす疾病であるため、検査・診断は容易ではない。身体的検査をしても異常がないが、発作は繰り返され、予期不安に悩まされる。実に厄介な疾患である。
胸痛や胸部不快感などの胸部症状や、息苦しさなどの呼吸器症状を伴うことから、患者は最初に内科を受診することが多い。または、胸苦しさや突然の激しい動悸などの症状から、最初は心臓の病気を疑うが、検査では異常がなく、パニック障害と診断されるケースが多い。このように原因となる可能性のある身体疾患を除外することが必要であり、安易に診断を下すことはできない。パニック障害の診断には鑑別疾患としての知識が求められる。
パニック発作を経験したら、まず内科などで身体に異常がないかどうかを検査し、異常がないのに何度も発作を繰り返すようなら、パニック障害の疑いがあるということになる。内科では正しい診断がなされず、パニック障害が見過ごされている場合もあるかも知れない。パニック障害の疑いがある場合は、精神科か心療内科の専門医による診察を受けると良い。
突発性のパニック発作の繰り返しと予期不安があり、原因になるような身体疾患がないのが診断の主な条件となる。この身体疾患を除外するために、内科的なさまざまな検査が行われる。尿、血液、心電図、場合によっては脳波検査などが行われ、心血管系疾患、呼吸器疾患、甲状腺機能亢進症、低血糖、薬物中毒、てんかんなどが除外される。
治療
治療法には、薬物療法と認知行動療法がある。治療は薬物療法が中心だが、なかなか治らない場合には認知行動療法などの心理的治療も行われる。呼吸法や精神療法などで心身をリラックスさせる場合もある。
薬物療法
薬物療法で使用される薬剤は、主として抗不安薬と抗うつ薬である。
抗不安薬:ベンゾジアゼピン系抗不安薬(長時間作用型) |
アルプラゾラム(ソラナックス/コンスタン) ロフラゼプ酸エチル(メイラックス) ロラゼパム クロナゼパム |
抗うつ薬:セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)(第一選択薬) |
パロキセチン塩酸塩水和物(パキシル) フルボキサミンマレイン酸塩(デプロメール/ルボックス) セルトラリン(ジェイゾロフト) |
抗うつ薬:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI) (第一選択薬) |
ミルナシプラン塩酸塩(トレドミン) |
抗うつ薬:三環系抗うつ薬 |
アミトリプチリン塩酸塩(トリプタノール) |
認知行動療法
認知行動療法とは、患者が困っている問題を習慣的な行動ととらえ、生活しやすくする行動を学ぶ治療のことである。ちょっとした動悸を心臓発作の前触れではないかなどと破局的に解釈する考え方の癖を直していくなどを行う。予期不安や広場恐怖はその後も長く続くことが多く、これには認知行動療法を薬物療法と併用する必要があるとされている。
また、パニックになる原因にわざと暴露する、暴露療法も効果があるとされている。不安が軽くなってきたら、今まで避けていた外出や乗り物に少しずつ挑戦し、慣らしていく訓練を行う。その他、筋肉をリラックスさせたり呼吸を落ち着けたりする方法も効果があるようだ。
予後
薬物療法で50~70%で効果が認められるが、薬物療法終了後に、25~50%が6カ月以内に再発する。30%の患者のみ、寛解後数年間再発が認められない。そして、35%では著明な改善は認められるが、その後、増悪と改善を繰り返す。
予防
パニック障害の予防策としては、下記のような対策が知られているが、これらは症状を悪化させないためのものであり、完全に治療するものではない。
- 部屋やバス・電車では出口に近い位置にいる
- 何かあればすぐに逃げられるという意識ができる
- 不安が少しでも軽減される
- 飴を食べる
- 飴の味に意識を向けると、過呼吸を抑えることができる
- 54-3-2-1法
- 54-3-2-1法は、意識的に五感に意識を向ける方法
- 目に見えるものを5つ
- 耳に聞こえるものを4つ
- 肌に感じるものを3つ
- 味覚で感じるものを2つ
- 鼻で感じるものを1つ
- 54-3-2-1法は、意識的に五感に意識を向ける方法
- 深呼吸
- 意識的に深い呼吸をする
- パニック発作が徐々に落ち着いていく
あとがき
現代社会は、多様化した価値観や複雑な人間関係、職場環境などからくるストレスが増えている「ストレス社会」でもある。
パニック障害の発症にはストレスだけでなく、遺伝的要因や個々人の性格、生活習慣など複数の要素が複雑に絡み合っているとされている。しかしながら、ストレスがパニック障害の発症に強く影響を与えているのも確かである。
だからストレスが慢性化した「ストレス社会」ではパニック障害を発症する人が増えても不思議ではない。
【参考資料】
小牧 元, 久保千春、他編:心身症診断・治療ガイドライン(2006・ 協和企画) |
日本心身医学会教育研修会編:心身医学の新しい指針.心身医学,31: 537-573, 1991 |
法研「EBM 正しい治療がわかる本」 |
貝谷久宣、不安・抑うつ臨床研究会編『パニック障害』(1998・日本評論社) |
竹内竜雄著『パニック障害 追補改訂版』(2000・新興医学出版社) |
六訂版家庭医学大全科「パニック障害」の解説 |
小学館 日本大百科全書 |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |