はじめに
一般的に、歳をとれば耳が遠くなると言われる。これは、加齢に伴って進行的に聴力が低下し、特に高音が聞きにくくなる現象で、加齢性難聴と呼ばれる状態を指している。
加齢性難聴の主な原因は、内耳の感覚細胞(耳の中にある音を察知する毛;有毛細胞)が、加齢により少なくなることであるとされる。この結果、音が脳にうまく伝わらなくなり、聞こえにくくなるという。
加齢性難聴の症状の特徴は、両側性の高音域(高いピッチの音として自覚されるような音)の聴力が年齢の進行と共に緩やかに進行してくることであるとされる。つまり、高い音を聞き取りづらくなったり、言葉の聞き分けが難しくなったり、雑音の中から聞きたい音を聞き取れなくなることがある。このため、特に初期においては症状として自覚されにくいこともある。
加齢性難聴は、早い人では40代からその症状が出始め、60代からは進行のスピードが速くなるらしい。しかしながら、加齢性難聴には根本的な治療法がなく、日常生活に支障がある場合は補聴器を使うことになる。
また、加齢性難聴を進行させる要因としては、遺伝的要因の他、後天的な要因として、糖尿病、循環器疾患、腎障害といった疾患、騒音暴露が挙げられている。
聴覚障害(難聴)とは
聴覚障害(難聴)とは、耳の聴こえが低下している状態を指す。耳の聴こえには、外耳、中耳、内耳、脳といった各部位が連係して適切に働くことが必要であり、何らかの原因で各部位に異常が起こると聴覚障害が生じる。
聴覚障害は、障害されている部位によって、次の3つの種類に分かれる。
聴覚障害の種類 | 原因と症状 |
---|---|
伝音難聴 | 外耳が閉塞したり、中耳にある鼓膜が破れたり、音を伝える耳小骨が骨折などして障害されることによって音が伝わりにくくなる状態 |
感音難聴 | 内耳の蝸牛にある音を感じる有毛細胞が変性・脱落したり、聴神経に腫瘍ができることで音を感じにくくなったりする状態 |
混合性難聴 | 伝音難聴と感音難聴が合わさった状態 |
原因
聴覚障害の原因は、大きく分けて先天的なものと後天的なものがある。
先天的な原因としては、妊娠期間中の感染症(例えば風疹ウイルス)や内耳の蝸牛奇形を挙げることができる。
後天的な原因として頻度が高いのは、加齢による聴力機能の衰えである。そのほかにも、突発性難聴や脳腫瘍、薬による影響などで内耳や脳の聴覚野の機能が低下し、発症に至ることもある。また、大きな騒音により聴覚障害が生じる可能性がある。そのほかにも、中耳炎や耳垢などが原因となることもある。
症状
聴覚障害が起こると、耳の聴こえに支障が生じる。聴覚障害の具体的症状には下記のようなものがある。
- 音は聞こえているが、何を話しているか分からない
- 話し声が明瞭に聞き取れず、こもったような音として認識
- 大勢の人の中や雑音がする環境での会話は難しい
- 時計のアラームなど高い音が聞き取りにくい
- 音がまったく聴こえなくなってしまう
上記のような症状によって会話がうまく成り立たず、コミュニケーションに支障をきたしたり、自分の気持ちがうまく伝わらないという思いから、心理的なストレスを感じたりすることもある。
また、先天性の聴覚障害の場合、発語に必要な言葉を音として認識することができないため、発語にも支障をきたすことがある。
聴覚障害の種類による症状の違い
聴覚障害の症状は、種類によって違いが見られる。伝音難聴は軽度から中等度であるが、感音難聴と混合性難聴は軽度から重度までさまざまである。聴力レベルは程度によって下記の4つに分類される。
程度 | 具体的な症状 |
---|---|
軽度 | 小さな声や騒音下での会話が聞き取りづらい |
中等度 | 普通の声の大きさの会話が聞き取りづらい |
高度 | 非常に大きい声か補聴器を使用しないと会話が聞こえない |
重度 | 補聴器を使用しても聞き取れないことが多い |
検査・診断
聴覚障害では、身体診察によって聴こえ方に障害をきたす変化がないかを確認する。具体的には、外耳道の耳垢がたまっていないか、中耳炎により中耳に膿や滲出液がたまっていないか、鼓膜に穴があいていないかなどを確認する。
また、外耳道や中耳など耳の伝わりに障害があるのか、あるいは内耳や脳神経などに障害があるのかを判断するために、純音聴力検査や鼓膜の動きを測定するティンパノグラムという検査を行うことがある。
純音聴力検査では高い音から低い音まで、どの程度の大きさの音が聴こえるかを測定する。さらに、内耳や頭蓋内の病変がないかを判断するため、CTやMRIといった画像検査も検討される。
治療
聴覚障害では、原因や障害の程度に応じて治療方法や対処方法が異なる。
耳垢が問題となっている場合 |
耳垢を清掃 |
先天的に外耳道が閉鎖している場合 |
手術的な治療を検討 |
鼓膜に穴があいている場合 |
手術的な治療を検討 |
耳小骨に奇形がある場合 |
手術的な治療を検討 |
外傷により耳小骨が骨折した場合 |
手術的な治療を検討 |
聴神経や脳の聴覚野の腫瘍などが確認される場合 |
手術的な治療を検討 |
中耳炎を繰り返す場合 |
抗生物質の投与や鼓膜にチューブを挿入して滲出液がたまらないようにする |
難聴が軽度から高度の場合 |
補聴器の使用 |
補聴器では効果が不十分な高度から重度の場合 |
人工内耳を埋め込む手術 |
治療では改善できない場合 |
手話の習得など |
予防
難聴の予防策としては、下記のような対策が知られている。これらの予防策を実践することで、難聴のリスクが軽減できるとして、その実践が推奨される。
- 大音量の環境を避ける
- 大音量の音楽や騒音は耳にダメージを与える
- コンサートや花火大会
- 電車通勤
- 騒音暴露に注意する
- パチンコ店内
- 大音量の音楽や騒音は耳にダメージを与える
- 適切なイヤホンやヘッドホンを使用する
- フィット感に優れたイヤホンを使用
- ノイズキャンセリング機能付きのヘッドホンを使用
- 音量を適切なレベルに保ち、耳への負担を軽減できる
- 耳栓を使用する
- 騒がしい環境や大きな音がする環境では耳栓を装着
- 耳栓の使用で環境音のレベルを大幅に下げることが可能
- 騒音暴露に注意する
- 適度な休憩を取る
- 耳にダメージが蓄積するのを避ける
- 長時間にわたり音楽を聴くのは避ける
- 長時間の騒音に耳がさらされることを避ける
- 適度な休憩を取る
- 耳への負担を軽減できる
- 耳にダメージが蓄積するのを避ける
- 健康的な生活習慣を維持する
- 栄養バランスの良い食事
- 適度な運動、有酸素運動
- 十分な睡眠、睡眠管理
- ストレスの管理
- 禁煙する
- 喫煙中のニコチンは血管を収縮させる
- 喫煙により内耳が血行不良に陥りやすくなる
- 食生活の改善
- カフェインの過剰摂取を避ける
- 過度の飲酒を避ける
- カロリー制限をして、適正体重を管理する
あとがき
人間の五感とは、私たちが外界を感知するための感覚機能のうち、古来からの分類による5種類の感覚を指す。
- 視覚(目を使って光や色、形、動きなどを感じ取る)
- 聴覚(耳を使って音や振動を感じ取る)
- 触覚(皮膚に触れて、形状、温度、質感などを感じ取る)
- 味覚(舌を使って食べ物や飲み物の味を感じ取る)
- 嗅覚(鼻を使って香りや臭いを感じ取る)
これらの五感は、私たちが周囲の環境を理解し、適応するための重要な手段であり、そのため五感は非常に重要とされている。
そして、五感の中で聴覚は非常に重要な役割を果たしている。その理由としては次のようなことが挙げられている。
- 情報の取得
- 全情報のうち約11%を聴覚によって捉えている
- 聴覚情報は周囲の環境を理解し、適応するための手段
- コミュニケーション
- 会話は、社会生活において欠かせない要素
- 他人の言葉を理解し、意思疎通を図るために必要
- 安全確保
- 危険な状況や警告音を早期に察知できるのは聴覚である
- 車のクラクション
- 火災報知器の音
- 聴覚によって私たちの安全が確保されている
- 危険な状況や警告音を早期に察知できるのは聴覚である
- 感情の理解
- 人の感情や意図を読み取ることができる
- 人の声のトーンや強弱、速さなど
- より深いコミュニケーションが可能となる
- 人の感情や意図を読み取ることができる
- 最後まで残る感覚
- 脳血流が保たれていれば、五感で最後まで残るのが聴覚
- 聴覚は随意的な運動機能をほぼ用いていない
- 聴覚は機械的に容易に完遂される感覚機能である
以上のように、聴覚は私たちが世界を理解し、情報を取得し、コミュニケーションを行うための重要な手段であり、そのため聴覚は非常に重要とされている。
その聴覚を得るための「聴力」が聴覚障害(難聴)で阻害されるということは非常に問題である。しかも加齢にとって聴覚障害(難聴)を発症するリスクが年々高まっている。
私たちが必要な全情報の約91%を視覚と聴覚によって捉えているとなると、如何にして白内障と聴覚障害(難聴)の発症を回避するかは私たちシニア世代にとっては重要課題となる。
【参考資料】
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |