はじめに
解離性障害(dissociative disorder)は、通常は統合されている意識、記憶、自己同一性などが混乱し、連続性がなくなったり、失われたりする精神疾患(精神障害)である。強いストレスや心的外傷が原因で発症すると考えられている。
強い葛藤に直面して圧倒されたり、それを認めることが困難な場合に、その体験に関する意識の統合が失われ、知覚や記憶、自分が誰であり、どこにいるのかという認識などが意識から切り離されてしまう。
離人症性障害と呼ばれる精神障害も解離性障害の一つに数えられている。この病名は、身体的症状から転換した特徴的な症状を表現したもののようである。
離人症性障害とは
離人症性障害は、自分を外から見ているような離人感や現実感消失感があり、それが持続的あるいは反復的に現わるために社会的・職業的に支障を来す精神障害である。
精神が体から離脱して自分を傍観者であるかのように感じる精神障害とは一体どういうものであろうか。
自分の意識が自分自身から離れ、遠ざかっていると感じる状態が慢性的に続く。自分が夢のなかにいるように感じ、現実の出来事に現実感がなく、映画を見ているように感じるのだという。
自分が今、ここにいるという意識がなくなり、自分の体も自分のものではないかのように感じる。現実感がない抽象的な感覚から、自分が自分の体から離れて自分を見ているような体験まで幅があるとされる。
原因
離人症性障害の原因は、認知機能の障害によって起きるものと考えられている。本人が先天的に持っている要因や、あるいは周囲の環境が作用することによって、この病状を発症するとされている。例えば、脳神経の疾患や薬物の乱用、また、疲労やストレスによる発病、あるいは、統合失調症などの精神障害が引き金となって引き起こされる事があるとされる。
離人症性障害の患者は、しばしば下記のような重度のストレスを経験している。
- 小児期に情緒的虐待またはネグレクトを受けている(特に頻度の高い原因)
- 身体的虐待を受けている
- ドメスティックバイオレンスを目撃している
- 親が重度の身体または精神障害患者である
- 家族や親しい友人が不意に亡くなる経験
症状
離人症性障害においては、自分の精神が、自分の身体から離れてしまっているような感覚に陥るという。「自分が外界から隔てられているように思える」など、外界への意識が変化する。あるいは「感情が無くなったように思える」など、内面への意識が変化するらしい。
離人症性障害の症状は、通常、間欠的にみられ、その強さは増強と減弱を繰り返す。症状の発現期間は、わずか数時間ないし数日の場合もあれば、数週間や数カ月、ときには数年続く場合もある。しかし、症状が数年または数十年にわたって一定の強さで常にみられる患者もいる。
具体的症状として下表のようなものが知られている。
自身の身体、精神、感情、および/または感覚から離脱しているように感じる |
患者は自分の生活を外部から傍観しているように感じる。多くの患者は、非現実的な感覚がする、または自分がロボットであるような感覚や自動制御されているような感覚がするとも訴える。感情の動きが少なくなり、感情的および身体的に麻痺したように感じたり、精神が体から離脱しているように感じたりすることがある。自身の感情を認識・説明することができない患者もいる。しばしば自分の記憶から切り離されたように感じ、記憶を明瞭に思い出すことができない。 |
外界から切り離されたように感じ、外界が現実ではないように感じられる |
患者は自分が夢や霧の中にいるかのように感じたり、ガラスの壁やベールによって周囲から隔てられているかのように感じたりする。世界が生き生きとした感じがなく、色がなく、または人工的に感じられる。世界についての主観的な歪みがよくみられる。物がかすんで見えたり、異常に明瞭に見えたりする。物が実際より平坦に見えたり、小さく見えたり、大きく見えたりする。音が実際により大きく聞こえたり、小さく聞こえたりする。時間の経過が遅すぎると感じたり、速すぎると感じたりする。 |
症状は、ほぼ常に苦痛をもたらし、重度の場合は非常に耐えがたくなる。不安と抑うつもよくみられる。回復不能な脳障害が起きているのではないか、あるいは気が狂っていっているのではないかと恐れる患者もいる。自分が現実に存在しているのかどうかを思い悩んだり、自分の知覚が現実のものかどうかを判断しようと繰り返し確認する患者もいる。しかしながら、患者は常に、自らの非現実的体験が現実の体験ではなく、ただ自分がそう感じているだけであることを認識している。この認識により、離人症性障害はこのような病識が常に欠如する精神病性障害と鑑別される。
検査・診断
離人症性障害の明確な原因・発症メカニズムは、現在でも医学的に解明されていない。しかしながら、主に認知機能の障害が発症に大きく関わっていると考えられている。
検査には、身体的原因を除外するためにMRIおよび脳波検査を施行する。尿の中毒性物質の検査も適応となる場合がある。心理学的検査、特別な構造化面接および質問票が役立つ。
離人症性障害の診断は、DSM-5の次の基準に基づいて臨床的に行う。
離人感、現実感消失、またはその両方について持続性または反復性のエピソードが認められる |
自らの非現実的体験が現実の体験ではないことを患者が認識している(すなわち、患者の現実検討能力は損なわれていない) |
症状によって、著しい苦痛が生じているか、社会的または職業的機能が著しく損なわれている |
治療
治療には、心理療法、行動療法、催眠療法等による治療法が採用されることが多いが、適切な治療が施されなくても、ごく自然的に症状がおさまる場合もあるという。
離人症性障害の治療では、本疾患の発症に関連した全てのストレスと、晩発性の離人感および/または現実感消失の素因となった可能性のある、より早期のストレス(例:小児期の虐待またはネグレクト)に対処することが必要である。一部の患者には各種の精神療法(例:精神力動的精神療法、認知行動療法)が有効であるとされる。
認知療法の技法 |
非現実的な状態をめぐる強迫的思考を阻止するのに役立つ |
行動療法の技法 |
課題に取り組ませることで離人感および現実感消失から患者の気をそらすのに役立つ |
グラウンディングの技法 |
五感を活用する(例:大きな音で音楽をかける、手に氷のかけらを置く)ことで、自己および世界とより強くつながっていると感じ、その瞬間に現実感をより強く感じられるように患者を支援する |
精神力動的精神療法 |
特定の感情を患者にとって耐えがたいものとし、それにより解離を引き起こしている否定的感情、根底にある葛藤、または体験に患者が対処する助けとなる |
感情および解離を追跡し,ラベル付けする |
治療期間中は感情および解離をそのときに追跡し、ラベル付けすることが、一部の患者で非常に有効である |
予防
離人症性障害の根本的な原因が解明されていないため、適切な予防法は未だ確立されていない。
唯一できる予防策といえば、疲労やストレスを軽減させ、日々の生活にゆとりを持つことであろうか。
あとがき
離人症性障害の有病率については、統計データがほとんどなく、確かな数値は明らかになっていない。しかし、一部の報告では、離人症性障害の有病率は0.05%とされており、発症年齢の平均は30代であるが、10代から20代に多く見られるという。全体的には女性に多いとされている。
有病率は0.05%ということは、10,000人に5人ということである。この数字を多いとみるか、少ないとみるべきか。
【参考資料】
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
<疾患>解離性障害(DD) (light-clinic.com) |