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神経疾患 遺伝子治療

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーとは? 原因・症状・診断・治療

はじめに

筋ジストロフィーとは、正常な筋肉の構造と機能のために必要な遺伝子の1つ以上に異常があるために、様々な重症度の筋力低下を引き起こす遺伝性筋疾患総称である。

最も多くみられる病型の筋ジストロフィーは、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーである。


<目次>
はじめに
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーとは
原因
症状
検査・診断
治療
あとがき

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーとは

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは、最も多くみられる病型の筋ジストロフィーである。顔面と肩の筋肉に異常が生じる。

顔面と肩甲骨周囲の筋の障害が著明で、ゆっくりと進行する。通常、7~20歳で徐々に現れ始める。発症すると表情が乏しいなどの顔面の筋力低下、腕が上がりにくい、といったことをきっかけとして、受診して診断されることが多い疾患である。

常染色体優性遺伝をとり、顔面筋、肩甲、上腕近位部の筋が主に障害をうけ、緩徐進行性を示す疾患である。


原因

筋ジストロフィーは、筋肉の機能に関与している遺伝子の異常によって発生し、小児期や青年期に筋力低下を引き起こす。男児に発生する場合がほとんどである。

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHMD)は筋ジストロフィーで最も頻度の高いタイプであり、1000人当たり7人に発症すると言われる。

常染色体優性遺伝疾患であり、約98%の患者において、FSHMDは4番染色体長腕の4q35座の欠失が原因とされている。約10~33%の患者では、突然変異は遺伝性ではなくde novo(散発性)であると考えられている。

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは、 常染色体優性遺伝の遺伝子によって遺伝するので、異常遺伝子が1つあるだけでこの病気を引き起こす。この病気は男性にも女性にも生じる。筋ジストロフィーの中で最も多くみられる病型である。

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの発症メカニズムは複雑で、まだ未解明なところが多いが、4番染色体長腕の端(4q35)にある、成人では通常発現していないDUX4遺伝子が発現するようになることが本症の本質的な原因と考えられている。

4番染色体長腕の端には、3.3kbの長さの繰り返し配列D4Z4があり、通常では繰り返し回数は11~100回程度の範囲にある。

このD4Z4にはDUX4遺伝子の一部(エクソン1, 2)が存在する。D4Z4繰り返し配列のさらに端の遺伝子配列には、幾つかのパターン(ハプロタイプ)が存在する。

このうち4qAタイプにのみDUX4遺伝子のエクソン3がある。このため、4qAタイプでは、完全なDUX4遺伝子(エクソン1,2,3の全て)が存在するが、それ以外の方には完全なDUX4遺伝子はない(エクソン3がない)ため、完全長のDUX4遺伝子が発現することはない。

つまり、完全なDUX4遺伝子が存在すること、4qAハプロタイプであることが発症の前提条件となるということだ。

出典元:顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー | MD Clinical Station

すべての細胞の核にあるDNAには、その生物が持つ全ての遺伝情報が存在する。しかし、個々の細胞において、ある時点で発現している遺伝子は、その一部に過ぎない。

DNAはヒストンと呼ばれる糸巻きのようなものに巻き付いている。遺伝情報を使わない部分は糸巻き同士が固まっている(遺伝子発現抑制状態)が、遺伝子が発現する部分は糸巻きがほぐれ、DNAの遺伝情報が読み取れる状態になる。

DNAのメチル化は遺伝子発現調節機構の一つで、メチル化が強いとDNAの糸巻きは固まって発現しない(糸の情報が読み取れない)状態になるが、メチル化が弱くなると糸巻きがほぐれて発現する(糸の情報が読み取れる)ようになる。

出典元:顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー | MD Clinical Station

顔面肩甲上腕型ジストロフィーに関連する領域(D4Z4の存在する部分)は、通常強くメチル化されていてDUX4が発現しないようになっている。

つまり、D4Z4の存在する部分のメチル化低下が遺伝子発現抑制機構の解除に繋がっているというらしい。

メチル化が低下する要因には、
(i)D4Z4の繰り返しが1~10回に減少する、
(ii)メチル化を制御する遺伝子に変異が生じる、
の2種類がある。

約90%以上の患者は前者でI型(FSHD1)、後者をII型(FSHD2)と呼んでいる。

II型の原因となる遺伝子は2012年にSMCHD1が最初に発見され、その後DNMT3BLRIF1など複数の遺伝子が報告されている。

この2つの要素は互いに影響する場合があり、D4Z4が8~10回程度の方においては、メチル化制御因子の変化(メチル化の強さ)が重症度に影響しているとの報告もある。

出典元:顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー | MD Clinical Station

症状

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの症状は、幼児期に発生することがあり、通常は青年期(7~20歳)に著明になる(95%の症例が20歳までに発症する)。

最初の症状は緩徐に進行し、口笛、閉眼、腕挙上(肩甲骨固定筋の筋力低下が原因)の困難などがある。最終的には患者が表情の変化に気づく。

経過は様々である。患者の多くでは機能障害を来さず、期待余命は正常である。成人期に車椅子で生活する患者もいる。

乳児型は、顔面、肩関節、および骨盤帯の筋力低下を特徴とし、急速進行性で障害は常に重度である。

しばしばみられる合併する筋以外の症状としては、感音難聴や網膜血管異常などがある。

顔面と肩の筋肉には必ず異常が現れるため、この病気の小児は、口笛を吹く、眼をしっかり閉じる、腕を上げるといった動作が困難になる。下垂足(足がだらんと垂れる)が生じる患者もいる。さらに、難聴と眼の問題もよくみられる。

筋力低下が重度になることはまれで、多くの患者では身体障害がなく余命は正常である。症状の進行は緩徐であるが、進行とともに下肢帯、下肢にも障害は及び、成人になって車椅子生活になる場合も多い。

発症年齢や重症度には大きな幅があり、同じ家系の患者でもバラツキが見られることが多い。

病名の通り、顔面肩甲帯上腕筋力低下筋萎縮が特徴である。進行すると全身の筋力低下が見られるようになる。

  • 閉眼困難(目を強く閉じても睫毛が隠れず、白眼が見える)
  • 口とがらせ不良(「ウ」が作りにくい、口笛が吹けない、口から物がこぼれる)
  • 表情の乏しさ、横笑い(笑ったときに口角が上がらない)
  • 下唇の肥大
  • 上肢挙上困難(バンザイができない)
  • 翼状肩甲(上肢を前方に挙上すると肩甲骨が背中から飛び出て見える)
  • ポパイの腕(肩から上腕上部の筋が痩せて、上腕下部から前腕の筋は保たれる)
  • 手指の力は保たれることが多い
  • 漏斗胸(前胸部が凹む)も多く見られます

軽症例では顔の症状が乏しいことが多く、見過ごされやすい点に注意が必要である。

筋力・筋萎縮の程度に左右差が見られること、発症前の運動機能は正常な方が多いことなども特徴的であるという。


検査・診断

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの診断は、特徴的な症状、発症年齢(症状が最初に現れた時点での患者の年齢)、家族歴、ならびに遺伝子検査(DNA検査)の結果に基づいて判断される。

顔面肩甲上腕型の診断は、下記によってなされる。

  • 臨床症状
  • 遺伝学的検索(遺伝子検査)で、4番染色体長腕のD4Z4短縮またはメチル化制御遺伝子の変異、および4qAハプロタイプを確認

本症によく似た症状を呈する別の疾患があること、骨格筋に炎症所見が見られることがあること、などから臨床症状や筋生検だけで診断を確定することは困難である。

一方、遺伝子の変化と発症・重症度の関係には、まだ不明な点が多く残されており、同じ家系内で同じ変異を持つ方でも発症年齢や重症度に違いが見られる。遺伝子の変化がある方が必ず発症するわけでもない。

遺伝学的検査の前には十分な遺伝カウンセリングを受け、納得して検査を受けることが大切である。


治療

筋力低下に対する治療法はないが、理学療法が機能の維持に有用となることがある。失明の予防のために網膜血管異常に対するモニタリングが不可欠である。

筋力低下に対する治療法はないが、 理学療法が筋肉の機能維持に役立つことがある。

根本的治療法は現在までのところ見いだされていない。必要に応じて、リハビリテーション、呼吸障害や側弯に対する治療が行われる。

療養上の留意点

顔面肩甲上腕型の患者は、病状の変化が比較的緩やかで、心肺不全など深刻な合併症が少ないと考えられていたため、未診断例や診断されても医療機関の受診を中断している方が多く見られる。

しかし、一定の割合で呼吸障害や不整脈など生命に関わる問題が見られることから、定期的な評価と適切な時期からの治療が重要となる。

また、筋肉の障害にバラツキや左右差があるのも特徴であるため、弱っている筋肉に無理を掛けず、生活を維持するためには検査やリハビリテーション、適切な装具の利用なども考慮すべきである。


治療開発の現状

発症メカニズムにDUX4が関連することが明らかになったことから、DUX4を抑制する治療法が複数開発されている。

また、炎症や酸化ストレスなども影響していることが判ったため、炎症を抑える薬や抗酸化療法なども研究されている。


あとがき

顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)は、筋ジストロフィーの一種で、顔面筋、肩甲帯、上腕の筋力低下を特徴とする。

FSHDの発症メカニズムは、複雑で、まだ未解明な部分があるが、4番染色体長腕の端(4q35)にある、成人では通常発現していないDUX4遺伝子が発現するようになることが本症の本質的な原因と考えられるようになった。

FSHDは、顔面筋および肩甲帯の筋力低下を特徴とし、症状は幼児期に発生することがあり、通常は青年期に著明となる。また、筋肉の障害にバラツキや左右差があるのも特徴である。

FSHDの治療法については、現在も研究が進められており、理学療法や呼吸リハビリテーション、非侵襲的換気療法(鼻マスク人工呼吸)などの対症療法が進歩している。これらの治療法は、主に症状の管理と進行の遅延を目指している。残念ながら、FSHDの根治療法はまだ確立されていない。


【参考情報】
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー | 病型と治療 | MD Clinical Station
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