はじめに
医療用大麻は、特定の病気や症状の治療を目的として利用されるもので、通常、医師の処方に基づいて提供される。例えば、難治性てんかんやがん治療中の副作用の軽減、筋肉のけいれんや慢性の痛みの緩和などに役立つとされている。しかしながら、日本では、医療用大麻の使用はまだ法的に認められていない。
この医療用大麻の解禁を訴え、政治活動に参加した経験がある元人気女優の高樹沙耶さんが、2016年に大麻取締法違反の容疑で逮捕されたというニュースによって、医療用大麻の存在を知った人も多いのではないだろうか。実は、私もその一人である。
医療用大麻の主な有効成分は、大麻草(Cannabis sativa)に含まれるカンナビノイド(Cannabinoid)の一種であるテトラヒドロカンナビノール(tetrahydrocannabinol;THC)とカンナビジオール(cannabidiol;CBD)である。ちなみに、カンナビノイドは天然化合物であり、104種類も知られている。
THCは、強い向精神作用(精神活性作用)のある化学物質で、マリファナの主成分とされる。マリファナを吸うと「ハイ」になる高揚感や、幻覚などを引き起こすのは、このTHCの薬理作用であると言われている。また、THCは精神作用を持つため、痛みの緩和や吐き気の軽減に効果があるとされている。
マリファナは、ヨーロッパやアメリカの一部の地域では合法となって使用されているケースもあるが、日本では違法薬物に指定されている。
大麻取締法を改正する法案が2023年12月6日に国会で成立し、2024年12月12日から施行された。この法改正を受けて、改正後の法律では「大麻草(その種子及び成熟した茎を除く。)及びその製品(大麻草としての形状を有しないものを除く。)」を大麻として扱うことになった。そして、大麻草由来のテトラヒドロカンナビノール(THC)は、「麻薬及び向精神薬取締法」という法律で取り扱われる「麻薬」として規制するように変更された。
一方、大麻草を加工して得られる化合物は「大麻草としての形状を有しないもの」に該当し、かつ、THCが許容限度値以下である場合には、カンナビジオール(CBD)も含む、大麻草由来の化学物質(カンナビノイド)のすべてが大麻には該当しないことになった。
つまり、大麻草のどの部分を原料として作られたものでも、THCを除去してCBDだけを含む製品であれば、この大麻取締法の規制対象外として使用可能になるということである。この法改正によりCBD関連の医薬品が開発しやすくなると思われる。
その一方で、THCが混入した製品を無断で使用した場合は、「麻薬及び向精神薬取締法」違反となり、これまでよりも重い処罰が科せられることになる。
多発性硬化症に伴う筋肉の痙攣や慢性疼痛、炎症性疾患の補助療法として、CBDを含む複合製剤(CBDとTHCの配合剤)の研究が進んでいる。 例えば、サティベックス®(Sativex®)も一部の国で使用されている。Sativex®が医薬品として日本で承認されるためにはどのようにすれば良いのだろうか?
麻薬又は抗精神病薬に分類される医薬品は、「麻薬及び向精神薬取締法」などの厳格な法規制の対象となるため、申請プロセスでも他の医薬品とは異なる注意点がある。
基準や法的要件を十分に満たせば、日本国内でも麻薬や向精神薬に分類される医薬品のNDA申請は可能であるが、関連法規に基づく追加措置と厳格な審査が伴う点を留意する必要がある。
<目次> はじめに 麻薬及び向精神薬取締法 麻薬に分類される医薬品の取り扱い テトラヒドロカンナビノール(THC)製剤 Sativex®の海外での承認事例 Sativex®の審査プロセス 厳格な安全管理と供給体制の証明 追加の審査や提出書類 あとがき |
麻薬及び向精神薬取締法
麻薬及び向精神薬取締法とは、麻薬や向精神薬の製造、輸入、所持、販売、使用などの取り扱いを厳しく管理し、乱用や不正取引を防止することで国民の健康と社会の安全を守るための法律である。
この法律は、医療目的での使用にも一定の基準と管理体制を求めるなど、医療現場と社会全体のバランスを考慮して運用されている。
麻薬に分類される医薬品の取り扱い
麻薬及び向精神薬取締法では、麻薬や向精神薬に分類される医薬品は非常に厳格に管理されている。具体的には、以下のような取り扱いが求められている。
- 厳しい許可と登録制度
- 製造、輸入、販売、所持、使用などの各段階において、国の認可や登録が必須である
- これにより、医薬品が適正に管理され、不正流通や乱用のリスクが防がれている
- 医療目的に限定された使用
- 麻薬や向精神薬は、医療上の正当な必要性に基づき、医療機関や薬局など認可された施設でのみ取り扱われる
- 医師の適切な処方のもと、患者への使用が限定され、厳格な使用基準が設けられている
- 徹底した記録管理と在庫管理
- 取り扱い全般にわたって、詳細な記録(製造ロット、出荷、処方、在庫状況など)の保存が義務付けられる
- これにより追跡可能な体制が整えられている
このような規制により、麻薬や向精神薬は臨床上必要な場合にのみ使用され、乱用や不正使用の防止が図られている。
テトラヒドロカンナビノール(THC)製剤
大麻由来成分であるカンナビノイドを高純度で精製した品質で標準化した大麻草抽出物、すなわち有効成分としてTHC(テトラヒドロカンナビノール)とCBD(カンナビジオール)をほぼ1:1の割合で配合している製剤が海外では市販されているという。その製剤名は、Sativex®と言い、英国のGWファーマシューティカルズ者(現ジャズ・ファーマシューティカルズ社)が開発した製剤である。その製剤の剤形は口腔粘膜用スプレー剤である。
主要有効成分であるTHCとCBDをほぼ1:1の割合で配合している理由は、この配合比により、THCの持つ鎮痛・筋弛緩効果と、CBDの抗不安や副作用抑制効果が相乗的に働くと考えられている。
さらに、治療効果を最大化するとともに、THC特有の精神作用を軽減するための工夫にもなっているという。
このSativex®製剤は、一般的な経口投与製剤とは異なり、口腔粘膜から直接吸収されるため、初回通過効果(肝臓での代謝)を回避できる。このため、迅速な効果発現と血中濃度の予測可能性が向上し、臨床現場での用量調整がしやすくなっているとされる。
さらに、患者ごとに必要な用量へと微調整できる柔軟性があり、各スプレーごとに規定量のTHCおよびCBDが投与できる定量投与システムが採用されているという。
Sativex®製剤は、大麻草由来の抽出物でありながら、GMP準拠の厳格な製造プロセスに基づき、成分の均一性やバッチ間の一貫性が確保されているという。製剤には、溶媒(例えば、無水エタノールなど)および適切な賦形剤が含まれており、これらが成分を安定的に保持し、長期間にわたる化学的・物理的安定性が保証されている。
口腔粘膜用スプレー剤という剤形は、自己投与が可能であり、かつ吸収が速いため、症状の急激な変化に対して迅速に対応できる点が評価されているようである。
Sativex®の海外での承認事例
Sativex®は、カンナビノイドのTHCとCBDの二成分を含む医薬品として、複数の国・地域で承認され、医療現場における矯正治療や症状緩和の一翼を担っている。主な海外での承認事例をまとめると以下のようになる。
- カナダでの初承認(2005年頃)
- カナダでは、多発性硬化症に伴う痙縮を緩和する目的で使用できる医薬品として、2005年頃に初めて承認された
- 臨床試験で示された安全性と有効性が評価され、医療用大麻に対する先駆的な取り組みが評価された事例となる
- 英国における承認(2010年頃)
- 英国ではMHRAの審査を経て、2010年頃に承認された
- 英国での承認は、カンナビノイド医薬品としての規格整備の先駆けとなり、その後の欧州における取り組みに影響を与えた
- その他の欧州諸国
- スペインやドイツなどの欧州各国でも、複数の臨床試験データに基づき、多発性硬化症による痙縮やその他の症状に対する治療薬として承認されている
- オーストラリアやニュージーランド
- 欧州各国と同様のエビデンスを基に医療用として承認され、臨床現場に導入されている
これらの承認事例は、各国の医薬品規制当局がSativex®の安全性や有効性を慎重に評価した結果であり、カンナビノイド系医薬品としての国際的な信頼性向上に寄与していると言えよう。
各国での承認に際し、厳密な臨床試験データやリスク管理プランが求められるなど、規制上のハードルをクリアするための独自の戦略やプロセスが存在している。例えば、英国では臨床試験の成果と実使用データを積み上げることでMHRAによる承認に至り、カナダでは早期の導入実績を背景に、医療用大麻の効果が広く認知される契機となった。
このように、Sativex®の海外での承認事例は、各国ごとの規制の厳しさや医療制度の違いを反映しながらも、安全性と有効性が認められることで承認に至っている。
Sativex®の審査プロセス
Sativex®の審査プロセスは、他の新薬と同様に多段階の厳格な評価を経て決定される。一般的なプロセスの流れは以下の通りである。
- 事前相談・戦略策定
- 製薬企業は、規制当局(日本ではPMDA及び厚生労働省)と事前相談を行い、必要なデータや試験計画、特にTHCという規制対象成分を含む医薬品に対する特有の要求事項について確認する
- 早期の規制当局との対話により、後の臨床試験や申請書類の構成を最適化することが求められる
- 非臨床試験
- 動物実験やin vitro試験などを通して安全性や薬理効果や薬物動態の基礎データを取得する
- これらのデータは申請書類(CTD)の「非臨床」セクションの基礎資料となる
- 製造プロセスの整備
- 原料の抽出方法、製造工程のGMP準拠状況、製品の品質保証に関するデータも厳密に整備される
- これらのデータは申請書類(CTD)の「品質」セクションの基礎資料となる
- 臨床試験の実施
- 第I相試験
- 少数の健常者(または対象に近い被験者)を対象に、安全性や適正な用量、薬物動態の確認が行われる
- 第II相試験
- 患者を対象に効果の有無や副作用のプロファイル、最適な投与量について検証される
- 第III相試験
- 大規模な多施設共同試験で、効果・安全性を最終的に確認し、統計的に有意なエビデンスを積み上げる
- いずれもICH-GCPに準拠して計画・実施され、得られたデータが品質の高い科学的根拠となる
- 第I相試験
- 新薬承認申請(NDA)の提出
- 非臨床および臨床試験の結果、製造工程の管理状況、安定性試験データやリスク管理計画などを統合した詳細な申請書類を作成する
- 特に、Sativex®のようなカンナビノイド由来医薬品では成分の標準化や安全性に関する追加資料が求められる場合が多い
- 審査プロセス(レビュー段階)
- 提出されたCTDは、受理後、品質、安全性、臨床有効性の各観点から詳しく審査される
- 必要に応じて、専門委員会(分科会)による意見聴取や追加資料の提出、補足説明が求められることもある
- この審査プロセスは、一般の医薬品審査と同じく、リスクとベネフィットのバランスを十分検討した上で承認の判断がなされる
- 承認後のフォローアップ
- 承認された後は、治療効果や副作用のリアルワールドデータを収集するためのポストマーケティング・サーベイランス(薬害監視)が実施される
- 定期報告や追加安全性情報の提出義務を通じて、治療環境下での長期的安全性と有効性が継続的に評価される
このように、Sativex®は事前の規制当局との連携から始まり、非臨床試験、段階的な臨床試験、製造管理の徹底、そして厳密な審査・評価を経て承認が下される。
各ステップで求められるデータやリスク管理の内容は、製品特有の成分(THCおよびCBD)の性質も考慮された内容となっているはずである。また、国際標準(例えば、ICHガイドライン)に沿った検証が行われることになっている。
海外での承認事例(カナダ、英国など)も同様のプロセスを踏んでおり、各国の規制当局と密な協議を重ねながら、製品の安全性と有効性が担保された上で承認が実現されている。この点も注目しながら、日本での臨床開発やNDA申請を円滑に進め、日本の医療現場でも適切な運用と、患者の利益を保護する体制が構築されることを期待したい。
厳格な安全管理と供給体制の証明
新薬の申請者は、製品の新規性や有効性・安全性に加え、法令に則った厳重な管理体制(保管、流通、使用の管理など)をしっかりと示す必要がある。
合成麻薬に分類される医薬品
日本の臨床で使用される合成麻薬には、以下のような医薬品が知られている。
- ペチジン
- 鎮痛薬として使用されることがあり、特に術後や急性痛の管理に役立つ
- フェンタニル
- 強力な鎮痛作用を持つ薬で、がん性疼痛の緩和に広く使用されている
- メサドン
- 主に慢性疼痛や薬物依存症の治療に使用される
これらの薬剤は、厳格な管理のもとで医療現場で使用されており、適切な使用が求められている。
追加の審査や提出書類
一般の医薬品に比べ、合成麻薬の場合は、乱用防止対策や副作用リスクに関してより詳細な資料や管理計画の提出が求められるため、申請手続きが複雑になることが予想される。
あとがき
Sativex®は、GWファーマシューティカルズ者(現ジャズ・ファーマシューティカルズ社)が開発・販売しているカンナビノイド製剤である。Sativex®のような大麻由来成分を含む製剤に関しては、GWファーマシューティカルズ社のような専門的製薬会社が開発や販売に関わっているようである。
Sativex®は、多発性硬化症の痙縮や神経痛に対する治療で採用されており、患者は症状に合わせてスプレー回数を調整できるため、効果的かつ個々人のニーズに合わせた治療が実現可能であるとされる。
この製剤設計上の工夫は、従来の内服薬や注射剤とは一線を画しており、カンナビノイドの有効性と安全性を最大限に引き出すために開発されたものと言われている。
麻薬として規制対象となっているTHCを比較的多量に含有するSativex®製剤を、日本国内で多発性硬化症治療のために患者が合法的に入手できる日は何年後であろうか?