はじめに
定量分析法の開発では、得られたデータの信頼性を担保するためにシステム適合性テスト(System Suitability Test:SST)が欠かせない。SSTは、分析装置と試験法が要求性能を満たしているかを確認するための機能を果たし、その後に続く検証・運用フェーズの基盤を築くものである。
SSTは、試験を開始する前に分析装置・試薬・カラム・検出系などが所定の性能を発揮できる状態にあるかを確認する検査群である。だからSSTは単なる「精度検証」以上に、分離能や感度、ピーク形状など多面的にシステムの健全性を担保するものである。
NDA申請後、当局によるCTDのレヴューで照会事項となる頻度が多いのはシステム適合性の妥当性に関するものであるように感じている。「感じている」というのは、私の限られた経験上の感想であって、正確に統計をとっているわけではないからである。
本稿では、分析法開発者にとっては常識とも言える、今さら聞けない定量分析法の開発におけるシステム適合性の位置づけについて取り上げたい。
システム適合性の定義と目的
- システム適合性試験(SST)とは、品質試験手法を分析に用いる際、その手法が目的に適う性能を維持しているかを確認する一連の試験項目を指す
- 分析装置と試験条件が一貫した性能を発揮できるか確認する
- クロマトグラフィーやキャピラリー電気泳動などの手法で、定量的な指標(精度・分離能など)を満たす
- 日常分析前のチェックポイントとして、不具合検出やトラブルシューティングを容易にする
- ICH Q2(R1)では、特に定量的クロマトグラフィー法に対して必須要件として規定される
- 分離能力(ピーク分離)
- 再現性(保持時間・面積のRSD)
- 検出限界・定量限界
- 線形性 など
定量分析法開発プロセスにおける位置づけ
- 事前評価フェーズ
- 装置選定、カラム/カートリッジ選択、検出器設定検討
- システム適合性テスト設計
- SSTパラメータと受入基準を分析法開発計画書(DPM)に反映
- 条件探索・最適化
- SST結果をもとに溶離条件や勾配プログラムを調整
- バリデーション前最終確認
- SSTが安定して通過する条件を確定
- ロット間再現性をチェック
システム適合性テストの主要パラメータ
システム適合性テスト(SST)の主要パラメータとしては、以下のようなものがある。
理論段数(Theoretical Plates)とは、クロマトグラフィーなどの分離技術で用いられる指標で、カラムの効率や性能を評価するための数値である。この値が高いほど、溶出成分が固定相(カラム)と移動相(溶媒)の間で均衡(分配平衡)を繰り返し、多くの分離が可能になる。理論段数の計算には保持時間とピーク幅が使われる。シャープなピーク(狭い幅)や長い保持時間ほど理論段数が増え、結果的に高い分離効率が示される。
峰対称性(Tail Factor)は、クロマトグラフィーのピーク形状を評価するための指標で、ピークの非対称性を示す。理想的なピークは左右対称であるが、実際の測定では後方にピークが尾を引くテーリング(Tail)が起き、このテーリングを数値化したものが峰対称性である。テーリングファクター (Tailing Factor) が1.0に近ければ対称性が高く、2.0やそれ以上になると尾引きが強いピークと判定される。テーリングが多いと分離効率が低下し、定量精度に影響を与える可能性があるので、品質管理の重要な指標となる。つまり、Tailing Factorはピーク形状の歪みを測り、定量精度に影響しないかを確認するのに役立つ。
分離度(Resolution, Rs)とは、クロマトグラフィーの隣接するピークがどれくらい明確に分離されているかを数値化したものである。ピークの保持時間の差を、それぞれのピーク幅で平均化した値で計算する。数値が1.5以上であれば、ピークが完全に分離されているとされる。分離度が高いほど、分析物質が明確に特定できるので、信頼性の高い結果が得られる。
再現性(RSD of Area)とは、同じ試料を何度も測定した際の結果のばらつきを表す指標である。つまり、同一試料を複数回注入した際のピーク面積の変動を表す。RSDは、Relative Standard Deviation(相対標準偏差)の略で、測定値の平均値に対する標準偏差の割合で、数値が小さいほど測定の一貫性が高い(再現性が良い)ことを意味する。再現性は信頼性のある定量結果を得るために重要であり、通常はRSD ≤ 2%が許容基準とされる。
S/N 比とは、分析データの「信号」と「ノイズ」のバランスを指す用語である。信号は測定対象の重要なデータ、ノイズは外部の不要な影響を表す。S/N比が高いと測定結果の信頼性が高く、ノイズに邪魔されない状態を意味する。
検出限界(LOD;Limit of Detection)とは、分析対象が検出可能な最小量または最小濃度を指す。シグナルがノイズと区別できるレベルを指し、一般的にはノイズの3倍以上のシグナルで定義される。この限界値以下では物質の存在が検出されないか、検出信頼性が低下する。
定量限界(LOQ;Limit of Quantitation)とは、信頼性を持って定量可能な最小量または最小濃度を指す。LODに比べて数値が大きく、シグナルの精度と再現性が担保されるレベルが必要である。一般的に、ノイズの10倍以上のシグナルを基準に定められることが多い。
つまり、LODは「検出できるかどうか」、LOQは「正確に測れるかどうか」という違いがある。
パラメータ | 定義・指標 | 受入基準例 |
---|---|---|
理論段数 | ピークの鋭さを評価し、分離能の指標に | ≥2000 plates |
峰対称性 | ピークの歪みを定量、定量精度に影響 | 0.9~1.5 |
分離度 | 近接ピークの分離度を評価 | ≥1.5 |
再現性 | 試料注入を繰り返した際の面積変動 | ≤2.0 % |
S/N 比 | 検出信号とバックグラウンドノイズの比率 | LOD:3 LOQ:10 |
LOD/LOQ | S/N比から算出 | LOQ以下でCV ≤2.0 % |
規制・ガイドラインでの要求
ICH Q2(R1)ガイドラインにおけるシステム適合性テスト(SST)は、主に定量的・クロマトグラフィー法向けに規定されている。そのため、定性試験や確認試験などには原則としてSSTを組み込む必要はない。
ガイドライン | システム適合性の規定内容 |
---|---|
ICH Q2(R1) | 定量クロマト法でのSST項目を必須化 バリデーションレポートに記載が必要 |
USP <621> | 分析開始前のSSTを義務化 理論段数・尾部因子・分離度などを評価 |
JP一般試験法 | JPでは同等の試験要件を定めている 薬局方試験法にもSST項目が明記されている |
実務上の留意点
- SST用標準試料の調整
- 濃度・溶媒組成を確認し、ロット間変動を小さくする
- 日常モニタリング
- 毎バッチ分析前にSSTを実施し、トレンド管理で装置ドリフトを把握
- ドキュメンテーション
- SST結果と判定基準をSOPに明示し、監査対応やCAPAに備える
- トラブルシューティング
- SST失敗時はカラム劣化、ポンプヘッドシール漏れ、層流チャンバーの清掃で対処
HPLCによるAPI定量の事例
あるAPIのHPLC法開発で実施したSSTの事例を以下に示す。
- 理論段数:2500 plates(受入基準:≥2000)
- 峰対称性:1.1(0.9–1.5)
- 分離度:1.8(隣接不純物との分離度≥1.5)
- 注入再現性:RSD 1.2 %(基準≤2.0 %)
これらを満たす条件下でバリデーションを実施し、安定した定量結果を達成した。
あとがき
システム適合性テストは定量分析法開発の初期・最終段階において信頼性を担保する不可欠なプロセスである。適切なパラメータ選定とSOP化、日常モニタリングを徹底することで、高精度・高再現性の定量データを得られるようになる。
次稿では定量分析法バリデーションの頑健性試験設計と最適化を取り上げたいと思う。お楽しみに!
「SPEAK UP」HOMEに戻るにはこちらから
「薬剤製造塾ブログ」HOMEへはこちらから
【参考資料】
【関連記事】
「SPEAK UP」HOMEに戻るにはこちらから
「薬剤製造塾ブログ」HOMEへはこちらから