はじめに
定量的クロマトグラフィー分析に使用するクロマトグラフィー装置は長時間運転や環境変動により、測定機器にドリフト(偏り)が生じる。ドリフトを放置すると、保持時間やピーク面積のずれを招き、それらが定量精度を低下させる原因となり、再現性も損なわれる。
本稿では、機器ドリフトを事前に予測し、補正するためのモデルの構築手順と実装ポイントについて取り上げたいと思う。
ドリフトの種類と影響
下記のようなドリフトが重なると、定量バリデーション時の頑健性も低下する。
- 保持時間ドリフト
- 環境温度やカラム劣化で出現
- ピークの保持時間が徐々にずれる
- ピーク同定にずれが生じる
- 検出器感度ドリフト
- ランプ劣化やランプ温度変動で出現
- ピーク面積応答が変動する
- 定量結果に影響する
- ベースラインドリフト
- 溶媒組成やキャリーオーバーの変動で出現
- ベースラインレベルが上下する
- ノイズレベルが上下
データ収集と前処理
- 連続測定データの取得
- 標準試料の定期的に測定したデータ(保持時間とピーク面積)を連続取得しログとして保存(蓄積)する
- 特徴量の作成
- 運転条件や環境センサー値を特徴量として収集する
- 時刻・運転時間
- カラム使用回数
- バッチ番号
- 室温・湿度など
- 運転条件や環境センサー値を特徴量として収集する
- 欠損・外れ値処理
- ログの欠損値は線形補間、外れ値はIQR法で検出後に除外またはマスク処理する
モデル選択と学習
アルゴリズム比較
モデル | 長所 | 短所 |
---|---|---|
線形回帰 | 学習速度が速く、解釈性が高い | 非線形ドリフトに対応困難 |
ランダムフォレスト | 非線形ドリフトをモデル化しやすく、ドリフト要因の重要度解析が可能 | 大規模データで学習コスト増大 |
ARIMA | 時系列トレンドや季節性変動をモデル化するのに強い | 多変量時系列には多変量拡張が必要 |
LSTM(RNN) | 長期依存性をモデル化し、高度な非線形・高次元時系列の予測が可能 | 学習に大量データと時間が必要 |
モデル構築の流れ
- データ分割
- 学習:検証:テスト=6:2:2の比率
- 時系列を保持して分割
- 特徴量エンジニアリング
- 特徴量(運転時間、カラム使用回数、環境センサー値など)を組み合わせる
- ハイパーパラメータ最適化
- ランダムサーチやベイズ最適化で最適な設定を探索
- モデル評価指標
- 下記のモデル評価指数を定量評価する
- 平均絶対誤差(MAE)
- 平均二乗誤差(MSE)
- R²スコア
- 下記のモデル評価指数を定量評価する
- 時系列クロスバリデーション
- 時系列CV(時系列を壊さないスライディングウィンドウ法)で過学習を防止し、信頼性を確認する
HPLC保持時間ドリフト予測事例
- 標準試料データ(100ラン)から時系列データを抽出
- 特徴量に「運転時間」「室温」「カラム使用回数」を選択
- ランダムフォレストモデルで学習
- テストデータでMAE=0.05分、R²=0.95を達成
モデル適用で、リアルタイムに保持時間を補正し、ピーク同定の誤差を60%削減できたという事例がある。
実装と運用ポイント
- 自動パイプライン化
- データ取得から予測・補正までをスクリプト化
- CIツール(例えば、JenkinsやAirflow)で定期実行
- モニタリング
- 毎回の予測誤差を監視(継続的に追跡)
- 閾値超過時(性能低下時)にアラートを発報
- モデル再学習
- カラム交換や検出器メンテ後に自動で再学習をトリガーに設定
あとがき
機器ドリフト予測モデルは、定量分析の精度向上とメンテナンスの最適化に寄与する。応用として、多検出器系やグラジエント条件への拡張、ディープラーニングによる高度な異常検知モデルとの統合を検討するとさらに効果的であるとされる。
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