はじめに
日本でNDA申請するためには、CTD(Common Technical Document)の品質情報(Module 3)、特に「分析試験法及び規格」の項目をまとめる際には、PMDAの承認審査に耐えうる正確かつ分かりやすい試験法及び規格の記載方法が求められており、その一つが日本薬局方(JP)のモノグラフスタイルをベースにした書き方である。
私のように「JPスタイル」に不慣れな者にとっては戸惑うことも多いが、専門家にとっては直感的に理解できる文書構成と表現が実現しているのだという。
本稿では、JPスタイルの要点を押さえながら、「分析試験法と規格」の書き方を取り上げたいと思う。
<目次> はじめに JPとICHガイドラインの規格作成の違い JPスタイルでの規格作成のポイント 規格書全体の構成イメージ 一般事項の書き方 確認試験の書き方 純度試験の書き方 含量試験の書き方 含量均一性の書き方 水分含量の書き方 溶媒残存の書き方 保存条件の書き方 あとがき |
JPとICHガイドラインの規格作成の違い
日本薬局方(JP)とICHガイドラインでの規格作成には、文書構成や記載レベル、品質管理のアプローチなどにいくつかの相違点がある。主要なポイントを整理し、以下に両者の違いを比較したいと思う。
文書構成と見出しのルール
ICH | JP |
---|---|
CTDモジュール3のフォーマットに従う(例:3.2.S.4:品質仕様書) | モノグラフ形式に則る(一般事項→試験→含量等、順序固定) |
見出し番号はモジュール/セクション単位で付与(例:3.2.S.4.3) | 算用数字による階層(1.、1.1、1.1.1)で厳格に管理 |
用語・文体の違い
ICH | JP |
---|---|
ICH用語集(Q7, Q8)を参考に国際的用語を使用 | 日本薬局方用語を厳守 |
文体は主体を明確化しつつ受動態も許容 | 文体は命令形で簡潔記述 |
単位はSIで半角スペース | 範囲表示「~」、単位はSIで半角スペース |
試験法の詳細レベル
ICH | JP |
---|---|
必要最小限のパラメータ記載(バリデーション報告書を別添) | 測定条件(温度・濃度・装置型式)を網羅的に記載 |
詳細は「Analytical Procedure Development Report」で補完 | ステップごとに番号付けし、オペレーター間の再現性を重視 |
受入基準の設定
ICH | JP |
---|---|
Q3A/Bに基づく不純物限度の算出根拠を記載 | 各不純物、総不純物、含量範囲を明示的に列挙 |
リスクベースで合格基準を設定し、Justificationを添付 | 数値範囲/許容値の表示方法はモノグラフに従う |
リファレンスとクロスリファレンス
ICH | JP |
---|---|
ICHガイドライン番号(Q2(R1), Q3A(R2)など)を併記 | 「日本薬局方202x年版モノグラフ」などの発行年を明示 |
パラグラフや図表番号を用いた詳細なクロスリファレンス | 引用文献はモノグラフナンバーで簡潔に記載 |
電子データ要件
ICH | JP |
---|---|
eCTDメタデータ(生命周期、翻訳ステータス等)を詳細に管理 | eCTD提出用PDFに限定し、文書プロパティを簡潔に設定 |
XMLバックボーン構造とリンク階層を厳格に整備 |
品質リスク管理の組み込み
ICH | JP |
---|---|
Q9で定めるリスク評価・緩和策を規格設定に統合 | 明示的なリスクマネジメント記載は少ない(別途ICH Q9参照) |
リスクアセスメントの結果を試験法や基準値に反映 |
比較表(まとめ)
項目 | ICH | JP |
---|---|---|
文書構成 | CTDモジュール単位の柔軟構成 | モノグラフ固定順序 |
用語・文体 | ICH用語・受動態許容 | モノグラフ準拠・命令形 |
試験法詳細レベル | 最小限記載・別報告書参照 | 網羅的・ステップ詳細 |
受入基準設定 | リスクベース・根拠記載 | 数値範囲を明示 |
クロスリファレンス | ガイドライン番号・詳細リンク | モノグラフ番号 |
電子データ要件 | XML構造・メタデータ管理 | PDF文書プロパティ |
品質リスク管理 | Q9ベースのアセスメント結果統合 | 別規範参照 |
ICHガイドラインは、国際共通フォーマットとリスクベースアプローチを押し出している。一方、JPスタイルは一貫性と再現性を重視し、詳細な試験法記載が特徴である。企業のグローバル戦略や日本でのNDA申請に応じて、両者の利点を取り入れたハイブリッドな文書構築が現在のグローバル企業(製薬会社)のデフォルトスタンダードになっていると言ってよいかも知れない。
JPスタイルでの規格作成のポイント
日本薬局方(JP)スタイルでの「試験法及び規格」作成時に留意すべきポイントを以下にまとめてみた。
- 見出し・番号付けのルール
- 大見出し
- 算用数字+句点:「1.」
- 例)「1. 一般事項」
- 中見出し
- 小数点付き番号+スペース:「2.1」
- 例)「2.1 確認試験」
- 小見出し
- さらに小数第2位までの番号+スペース:「2.1.1」
- 例)「2.1.1 赤外吸収スペクトル法」
- 見出し間には必ず空行を入れ、レベルの“跳び”を防ぐ
- 見出し・試験法・受入基準のラベルを揃える
- 箇条書きのインデントはスペース2〜4字
- 大見出し
- 文体・用語
- 用語は日本薬局方モノグラフに準拠
- 試験法は命令形で簡潔に記述し、受動態は避ける
- 単位・数値表記
- 単位はSI単位系に統一
- 数値と単位の間に半角スペースを入れる
- 範囲表示は「~」を用いる(例:95.0~105.0%)
- 試験法記載の詳細
- 試薬名、濃度、装置、条件(温度・時間)を漏れなく明記
- 試料調製や操作手順はステップ番号を付与し、再現性を担保する
- 受入基準の明確化
- 各不純物および総不純物の基準を区別して記載
- 試験法と受入基準を対で示し、参照しやすくする
- 参照文献・モノグラフ番号
- 日本薬局方モノグラフ番号、発行年を記載する
- ICHガイドライン等の関連規格を明記しクロスリファレンスを設定
- 表・図の扱い
- 表はマークダウン形式のテーブルを用いる
- 図は番号とキャプションを統一し、本文中で参照可能にする
- 校閲と一貫性
- 用語・表現の統一を辞書ツールなどで確認
- 相互参照リンクや数字の整合性を最終チェックする
- 電子ファイル要件
- eCTD要件に沿ったPDFを生成し、文書プロパティ(タイトル、版数、作成日)を埋める
- メタデータやブックマークを整備してナビゲーション性を高める。
- 保管・包材条件の記載
- 温度・湿度、光条件を具体的な数値で示す
- 包材材質、封緘方法を明示し安定性に言及する
以上のポイントを押さえることで、JPスタイルの規格作成が一貫性と可読性を兼ね備えたものになるので、日本でのNDA用申請資料作成に役立てることができる。
規格書全体の構成イメージ
下記の順序で章立てし、見出しレベルや数字表記を日本薬局方(JP)に準拠させる。
- 一般事項
- 試験
- 確認試験
- 純度試験
- 定量試験
- その他試験
- 含量
- 含量均一性
- 水分
- 残分揮発性溶媒
- 保管条件
一般事項の書き方
解熱鎮痛剤アセトアミノフェン(Paracetamol)を例にとって、日本薬局方(JP)スタイルに則った規格例を記載してみよう。各セクションはCTD Module 3の品質情報としてそのまま応用できるはずである。
1. 一般事項
1.1 名称
アセトアミノフェン
1.2 化学名
N-アセチル-p-アミノフェノール
1.3 分子式及び分子量
C₈H₉NO₂,151.16
1.4 構造式

確認試験の書き方
2.1 確認試験
2.1.1 赤外吸収スペクトル法
試験法
標準品及び試験品のKBrペレットを用い、4000~400 cm⁻¹の範囲で測定する.
受入基準
主要吸収波数(cm⁻¹) – 3,350(強、-OH伸縮) – 1,650(中、C=O伸縮) – 1,500(中、C–N伸縮)
標準品を指示された条件で赤外吸収スペクトルを測定し、主要吸収波数が試験品と一致することを確認する.
2.1.2 吸光度比(UV)法
試験法
試料溶液(0.01 mg/mL, 水)を200~400 nmで測定し、U₁/U₂を算出する.
受入基準
U₁/U₂ = 1.00~1.05(U₁:245 nm, U₂:257 nm)
2.1.3 融点試験
試験法
降下融点装置を用い、試験品の融点を測定する.
受入基準
168.0~172.0 °C
純度試験の書き方
2.2 純度試験
2.2.1 HPLC法
試験法
移動相:0.1 % ホスホン酸水溶液/アセトニトリル=85∶15
カラム:C18(150 × 4.6 mm, 5 µm)
流速:1.0 mL/min
検出波長:254 nm
試料溶液:標準品および試験品を濃度0.01 mg/mLに調製
受入基準
不純物ピーク面積比(試験品中のピーク面積に対する%)
個々の不純物:≤0.5 %
総不純物:≤1.0 %
2.2.2 重金属試験(試験法D)
受入基準
重金属(Pbとして):≤ 10 µg/g
含量試験の書き方
3 含量試験
3.1 HPLC定量法
試験法
上記純度試験と同一条件で標準曲線を作成し、含量を算出する.
受入基準
含量:98.0~102.0%
含量均一性の書き方
4 含量均一性
試験法
20包装以上を無作為に抽出し、個別に含量試験を実施する.
受入基準
個々の結果が90.0~110.0%の範囲内に50%以上、75.0~125.0%の範囲内に100%存在すること.
水分含量の書き方
5 水分(カールフィッシャー法)
試験法
試料1.000 gを用い、カールフィッシャー滴定法で水分を測定する.
受入基準
水分:≤0.5%
溶媒残存の書き方
6 残分揮発性溶媒
試験法
GC法(モノグラフ参照)
受入基準
総揮発性溶媒:≤0.03 %
保存条件の書き方
7 保存条件
室温(1 ℃~30 ℃)暗所に密栓して保存する.
あとがき
日本薬局方モノグラフの文体と構成ルールを踏襲することで、CTD Module 3の品質情報は一貫性と可読性に富んだものになることが理解できた。このJPスタイルの書き方のポイントを参考にして、実際の申請用資料、特に「試験法と規格」のセクションをブラッシュアップする際の参考にしてみたいと思う。
「SPEAK UP」HOMEに戻るにはこちらから
「薬剤製造塾ブログ」HOMEへはこちらから
【参考資料】
【関連記事】
「SPEAK UP」HOMEに戻るにはこちらから
「薬剤製造塾ブログ」HOMEへはこちらから