デジタルヘルスの定義
デジタルヘルスとは、人工知能(AI)やチャットボット、IoT(Internet of Things;モノのインターネット)、ウェアラブルデバイス(wearable device)、ビッグデータ解析、仮想現実(VR)など最新のデジタル技術を活用して、医療やヘルスケアの効果を向上させることを意味している。
米国FDAの定義によると、「デジタルヘルスはスマートフォン、SNSやインターネットアプリケーションなどの技術によって、患者や消費者が健康や健康関連の活動をより管理・追跡しやすくするものであり、人・情報・技術およびコネクティビティが融合することで、医療と健康成果を向上させるもの」とされている。
デジタル技術の医療への活用
医療は、人の命や機能の維持に関わる重要な分野である。今日までの医療分野では、電子カルテに代表されるようにICTが活用される領域は、診療記録に関するシステムであるEHR(Electronic Health Record)に限られてきたように思う。
しかしながら、ヘルスケアでは日常の活動記録が重要である。さらに、再発予防には個人が生涯にわたり、自分自身に関する健康・医療情報を個人の同意のもとに、ネットワークを通じて参照・共有・活用等を行うシステムのPHR(Personal Health Record)が重要となる。そのためにEHRとPHRとの連携が推進されつつある。
さらには臨床研究においても、デジタル技術の活用による新たな価値の提供が期待されている。
デジタルヘルスの時代的背景
元気に暮らせる老後を実現し、医療費増大を抑制するためには、医療・ヘルスケアのイノベーションが不可欠であるとされる。ICT(Information and Communication Technology;情報通信技術)を効果的に活用することで、病気の発症と重篤化の防止、効果的で効率的な診断・治療、適切できめ細かなフォロー・介護が期待される。
当然のことながら、病気にならなければ医療費はかからない。また、早期に対処して重篤化させなければ、患者本人の苦痛も少なく、一般に医療費も軽減できる。つまり、病気にならない体を維持する適切なヘルスケアと、病気の兆しや軽微な症状の早期発見が重要になる。
これまでは症状が出た後に病院に行き、そこでの検査、または定期検診で病気が見つかる例がほとんどであった。そのため見つかった時には、既に症状が進行している場合も多くあった。
一方、例えば、がん検診は、早期発見に役立つことが統計資料からも明らかである。しかし、検診の検査方法(胃透視の限界)や検診間隔が長いなどの理由で残念ながら早期発見できない例もある。
病気を予防するため、さらには軽微な状態で早期発見するためには、日常生活の中で自分の体の状態をどれだけ正確かつ継続的に把握できるかが重要になってきている。
デジタルヘルス時代へのプロローグ
近年では、ウェアラブル端末とそこから得た生体情報を解析するクラウドサービスが、病気の発症や重篤化の防止に活用できるようになってきた。
ウェアラブル端末などを使って自身の生活習慣を把握できるようになり、日常生活の中で収集した生体情報から病気の兆しを察知するAIなども開発されている。
AIやチャットボット(Chatbot; 自動的に会話を行うプログラム)を使って、ちょっとした異変を気軽に相談できるようにもなった。
そして、ICTを活用して、治療後のフォローやリハビリテーション、介護の効果を高める取り組みが進んでいるという。
IoTやウエラブル端末を活用して日々の生体情報を収集し、それを基にAI技術がリハビリ計画の立案や患者の回復度の予測などを行って、効率的で質の高い介護サービスを提供する試みも行われている。
医療機関でのデジタルヘルスの取り組み
ある医療機関の取り組みでは、より効果的なリハビリ計画の作成にAI技術を活用している。特に脳卒中の患者は後遺症の種類や程度が皆、異なるため、予後予測が難しく、リハビリの計画策定は理学療法士などのセラピスト個人の能力や経験に依存しがちである。しかも、リハビリの保険適用範囲は年々減り続けており、リハビリを継続して受けるためには費用の自己負担が必要になってくる。AI技術を活用することで、費用対効果の高いリハビリを実践できる仕組みを整えられる可能性が出てきた。
また、AI技術を活用して、例えば、電子カルテのデータから、患者の食事、記憶、問題解決、階段、歩行・車椅子、排便コントロール、トイレ動作など18項目からなる生活動作の自立度について予後予測をし、現状の患者の自立度と予測した自立度を合わせて「見える化」が可能である。これにより、リハビリの進行が順調なのか、計画見直しが必要なのかを把握する助けになる。また、現状の患者の回復度が把握しやすくなるため、病院スタッフが適切な介助を提供しやすくなることが期待される。
ほかにも近い将来実現するデジタルヘルスの取り組みが進められている。それはロボットを使った遠隔手術である。医師不足に悩む地域もたくさんある。また、特定の医師しか対処できないような稀有な病状の疾病もある。
既に、「da Vinci Surgical System」といった手術ロボットが実用化され、最小限の開腹部で精密な手術ができるようになった。そして、da Vinciの特許の多くが2019年に満了になり、現在、多くの手術支援ロボットの開発が進んでいる。例えば、ロボットアームで触れた患部の感触を医師が触感として感じることができる手術ロボットなどが開発されている。さらに、5Gの実用化によって通信遅延が解消され、オンライン手術が実現する環境も整いつつある。
VRを使った手術のシミュレーションでは、難しい手術や医療行為を行う際、医師が事前にVRを使ってトレーニングできるようにする取り組みが進んでいる。医療データに基づいた症状をシステムで再現することで、より実践的な準備を整え、効果的で失敗のない対処を目指すものである。外科医の腕は、経験に比例して向上していく。これからはVRを活用することによって、経験豊富な多数の医師を短時間で育成できることも期待される。
デジタルヘルスの将来展望
医療やヘルスケアの分野でのDXは、大きく発展する分野であると言える。近年、医療でのICT活用の可能性が広く知られるようになり、政府もデジタル・ヘルスケアの利用を後押しするようになった。
ウェアラブル機器から得られる生体情報など、これまで一般の病院での医療行為にあまり利用されてこなかった情報が比較的容易に利用できるようになっていくことだろう。
近未来の医療・ヘルスケアは革命的な進化を遂げ、人生100年時代の到来に向けての医療面での準備はデジタルヘルス抜きでは語れなくなった。