はじめに
「この薬、実は別の病気にも効くらしい」——そんな話を耳にしたことはありませんか? 近年、医薬品の世界ではドラッグリポジショニング(Drug Repositioning;DR)というアプローチが注目を集めている。
DRとは、すでに承認されている既存薬を、別の疾患に応用する研究手法のことである。新薬開発に比べてコストや時間を大幅に削減できるだけでなく、既存薬の安全性データがすでに蓄積されているため、臨床応用へのスピードも速いのが特徴である。
本稿では、現在リポジショニング研究が特に活発な既存薬と、その期待される新たな適応症について取り上げてみたい。
| <目次> はじめに メトホルミン——糖尿病薬から“抗老化”薬へ? ラパマイシン——免疫抑制薬から老化・がん治療へ ナルトレキソン(低用量)——依存症治療薬から慢性疾患の救世主へ? プロプラノロール——β遮断薬ががんにも? ミノサイクリン——抗菌薬から神経保護薬へ あとがき |
メトホルミン
糖尿病薬から“抗老化”薬へ?
メトホルミンは、2型糖尿病治療薬である。
- 本来の適応:2型糖尿病
- 新知見:ミトコンドリア機能の調整、AMPK活性化による細胞老化の抑制、免疫調整作用などが報告される
- 注目の新領域:がん予防、アルツハイマー型認知症、心血管疾患、老化制御(TAME試験)、老化関連疾患全般
- 最新の注目点:TAME試験をはじめ、抗老化・がん予防・認知症予防など多方面で研究が進行中
メトホルミンは、血糖降下薬として長年使用されてきた安全性の高い薬である。近年では、ミトコンドリア機能やAMPK経路への作用を通じて、老化関連疾患の進行を遅らせる可能性が示唆されている。
特に注目されているのが、TAME試験(Targeting Aging with Metformin)である。この試験では、メトホルミンが加齢に伴う疾患(心血管疾患、がん、認知症など)の発症を遅らせるかどうかを検証している。
(詳しくは、「メトホルミンのリポジショニング:糖尿病治療薬から多機能治療薬への可能性」をご参照下さい。)
ラパマイシン
免疫抑制薬から老化・がん治療へ
ラパマイシン(別名:シロリムス)は、免疫抑制薬である。
- 本来の適応:臓器移植後の免疫抑制
- 新知見:皮膚老化、免疫老化、心血管老化の抑制に関する前臨床データが急増中
- 注目の新領域:老化制御、がん、神経変性疾患、自己免疫疾患
- 最新の注目点:mTOR経路の制御による寿命延長効果がマウスで確認され、老化研究の中心に
ラパマイシンは、mTOR経路を阻害することで細胞の成長や老化を制御する薬である。動物実験では、寿命延長や加齢性疾患の予防効果が報告されており、老化研究の最前線に立つ存在となっている。 ただし、免疫抑制作用が強いため、臨床応用には慎重な評価が必要である。
(詳しくは、「ラパマイシンは“長寿の鍵”となるか?大注目を集めるアンチエイジング研究」をご参照下さい。)
ナルトレキソン(低用量)
依存症治療薬から慢性疾患の救世主へ?
ナルトレキソン(低用量)は、オピオイド拮抗薬である。
- 本来の適応:オピオイド依存症、アルコール依存症
- 新知見:線維筋痛症、クローン病、多発性硬化症(MS)などでの症状改善報告が増加
- 注目の新領域:線維筋痛症、クローン病、多発性硬化症(MS)、うつ病、慢性疼痛、自己免疫疾患、がん性疲労など
- 最新の注目点:低用量(Low Dose Naltrexone:LDN)による免疫調整・抗炎症作用が注目
近年注目されているのが、低用量ナルトレキソン(Low Dose Naltrexone:LDN)である。免疫系に作用し、慢性炎症や神経免疫のバランスを整える可能性があるとされ、自己免疫疾患や慢性疼痛の治療薬として研究が進んでいる。
プロプラノロール
β遮断薬ががんにも?
プロプラノロールは、β遮断薬である。
- 本来の適応:高血圧、不整脈、狭心症
- 新知見:交感神経系の抑制による腫瘍の血管新生抑制や転移抑制の可能性
- 注目の新領域:乳がん、血管腫、PTSD、舞台恐怖症
- 最新の注目点:がん(特に血管腫や乳がん)に対する抗腫瘍効果が注目
交感神経を抑制するプロプラノロールは、がんの転移抑制や血管新生の抑制に関する研究が進行中である。特に、乳がんや血管腫に対する効果が注目されており、がん免疫療法との併用も模索されている。
ミノサイクリン
抗菌薬から神経保護薬へ
ミノサイクリンは、抗菌薬である。
- 本来の適応:感染症(テトラサイクリン系抗菌薬)
- 新知見:ミクログリア活性の抑制、神経細胞死の抑制に関する前臨床データ
- 注目の新領域:筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、うつ病、脳卒中後の炎症、神経変性疾患、関節リウマチ
- 最新の注目点:神経保護作用・抗炎症作用により、ALSやパーキンソン病などで研究進行中
ミノサイクリンは、抗炎症作用やミクログリア活性の抑制を通じて、神経変性疾患や精神疾患への応用が期待されている。前臨床研究や小規模臨床試験では、神経細胞の保護作用が報告されている。
あとがき
未来の医療を変える“再発見”の力
ドラッグリポジショニングは、医療の可能性を広げる“知の再活用”ともいえるアプローチである。 既存薬の新たな使い道が見つかれば、治療選択肢の拡大や医療コストの削減にもつながる。
現在、研究が活発化している既存薬は、未来の医療地図を塗り替える可能性を秘めている。その研究開発の先には、より多くの患者さんの希望が広がっていると言える。
なかでも、今、最も波が来ているのは、メトホルミンとラパマイシンであろうか。これらの薬剤は、老化・がん・神経疾患といった横断的な疾患領域での応用が期待され、リポジショニングの最前線を走っている。適応拡大に繋がる研究成果が期待される。