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ドラッグリポジショニング

糖尿病治療薬から全身ケアへ:DPP-4阻害薬の新航路

はじめに

DPP-4阻害薬といえば、2型糖尿病の治療薬として広く知られている。ところが、近年、この薬が持つ可能性は“血糖コントロール”だけにとどまらないことが、さまざまな研究から明らかになってきた。

本稿では、ドラッグ・リポジショニングの波に乗って、DPP-4阻害薬の“全身ケアへの新たな航路”を探ってみたいと思う。

目次
はじめに
DPP-4阻害薬とは?
なぜ「全身ケア」なのか?
1. 心血管保護作用
2. 腎保護作用
3. 抗炎症・免疫調整作用
4. 神経保護の可能性
リポジショニングの可能性と課題
あとがき

DPP-4阻害薬とは?

DPP-4(Dipeptidyl Peptidase 4;ジペプチジルペプチダーゼ-4)は、インクレチンホルモン(GLP-1など)を分解する酵素である。DPP-4阻害薬は、この酵素の働きを抑えることで、インスリン分泌を促進し、血糖値を下げる作用を持つ。

市販されている主たるDPP-4阻害薬を下表に示す。

一般名製品名開発企業
シタグリプチンジャヌビアメルク(Merck & Co.)
リナグリプチントラゼンタベーリンガーインゲルハイム
アログリプチンネシーナ武田薬品工業
サキサグリプチンオングリザアストラゼネカ
ビルダグリプチンガルバスノバルティス

ジャヌビア(シタグリプチン)は、依然として世界最大のDPP-4阻害薬ブランドで、特許切れ後も一部地域で高い売上を維持中である。トラゼンタ(リナグリプチン)は、腎機能低下患者への使用が可能な点が評価され、欧州や日本での処方が安定している。ネシーナ(アログリプチン)は、日本国内でのシェアが高く、アログリプチン配合剤(イニシンクなど)も売上に貢献している。

一部のDPP-4阻害薬は、SGLT2阻害薬との併用療法や、配合剤としての展開も進んでおり、売上にも影響を与えている。


なぜ「全身ケア」なのか?

DPP-4は、消化管だけでなく、免疫細胞、血管内皮、腎臓、中枢神経系など、全身に分布している。そのため、DPP-4阻害薬がもたらす影響は、血糖コントロールにとどまらず、下記のような多面的な作用が期待されている。


1. 心血管保護作用

一部のDPP-4阻害薬(アログリプチンなど)は、心血管イベントに対して中立的または軽度の保護効果を示すことが報告されている。特に高齢糖尿病患者において、心不全リスクの管理に注目が集まっている。

特に、アログリプチンは、日本発の薬剤でもあり、国内研究が活発化しているという。


2. 腎保護作用

DPP-4阻害薬はアルブミン尿の減少腎機能の維持に関与する可能性があり、SGLT2阻害薬との併用による相乗効果も研究されている。

特に、リナグリプチンは、腎排泄が少なく、高齢者への使用が多いことから、腎保護に注目されることが多いが、認知症や心血管疾患もリポジショニングの注目領域とされている。


3. 抗炎症・免疫調整作用

DPP-4は免疫細胞の表面にも存在し、慢性炎症の抑制免疫応答の調整に関与する可能性がある。これにより、動脈硬化自己免疫疾患への応用も模索されている。

特に、ビルダグリプチンは、DPP-8/9への選択性が高く、免疫系への影響が注目されている。そのため、炎症性疾患や免疫調整がリポジショニングの注目領域とされている。


4. 神経保護の可能性

アルツハイマー型認知症パーキンソン病など、神経変性疾患に対する保護効果を示唆する前臨床研究や小規模臨床試験も登場している。まだ初期段階であるが、中枢神経系への作用は今後の注目ポイントであるとされる。

特に、シタグリプチンについては、アルツハイマー型認知症モデルマウスでの神経保護作用や炎症性サイトカインの抑制効果などの前臨床研究や、観察研究が多数実施されている。

シタグリプチンについて、認知症、がん、心血管疾患、非アルコール性脂肪肝炎(NAFLD)など、多領域でのリポジショニング研究が進行中である理由としては、この薬剤が世界初のDPP-4阻害薬として2006年に登場し、長年にわたり最大の売上を誇ってきたため、研究資金や臨床データが豊富なことが大きく寄与していると推察される。長期使用データが豊富で、高齢者や腎機能低下患者にも比較的安全に使用可能とされていることは、リポジショニングおいては大きなアドバンテージとなる。


リポジショニングの可能性と課題

DPP-4阻害薬の「多機能性」は魅力的ではあるが、すべての作用が現時点では臨床的に確立されているわけではない。

期待される多くの効果は、観察研究や前臨床研究に基づくものであり、因果関係を明確に示すにはさらなるランダム化比較試験(randomized controlled trial;RCT)が必要である。

また、薬剤ごとに分子構造や組織親和性が異なるため、それぞれの適応症での薬理効果の強弱や臨床効果のばらつきにも注意が必要である。つまり、「クラス効果」として一括りにせず、薬剤ごとの特性を考慮する必要があるだろう。


あとがき

DPP-4阻害薬は、糖尿病治療薬としての役割を超えて、全身の健康を支える“多機能薬”としての可能性を秘めていると期待されている。 今後の研究によって、新たな適応症や併用療法の開発が進めば、私たちの医療の地図はさらに広がるかもしれない。

DPP-4阻害薬の未来への航路はどのように描かれるのだろうか?血糖値の波を超えて、全身ケアの海へ。 DPP-4阻害薬の新航路は、まだ始まったばかりである。今後の研究成果が待たれる。


【参考資料】

DPP4阻害薬による糖尿病治療
血糖降下薬による治療(インスリンを除く)
2 型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
糖尿病治療薬 ジペプチジルペプチターゼ4(DPP-4)阻害薬 – yakugaku lab
DPP-4阻害薬の特徴と使い分け|薬局業務NOTE
新規作用機序の糖尿病治療薬(DPP-4阻害剤及びGLP-1受容体作動薬)の安全対策について
DPP-4阻害薬による類天疱瘡への適切な処置について
糖尿病薬のDPP-4阻害薬は安全であることを確認 DPP-4阻害薬はもっとも利用されている薬 | ニュース | 糖尿病ネットワーク
経口薬~ダイアベティス(糖尿病)治療薬の種類と作用~|知りたい!糖尿病

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