はじめに
低分子医薬品の原薬(API;Active Pharmaceutical Ingredient)の品質を確保するためには分析法の開発は欠かせない。そして、分析法開発の中核を担う標準物質は、試験結果の信頼性を左右する重要な要素である。
特に低分子医薬品の原薬分析では、原薬標準物質(Reference Standard)と類縁物質標準品(Impurity Standard)の規格を的確に設定することが、分析法の妥当性・再現性・トレーサビリティを担保する鍵となる。
本稿では、規制要件を踏まえつつ、実務レベルでの規格設定の手順とポイント、さらには試験項目や受入基準の決め方について整理してみた。
<目次> はじめに 標準物質の分類と役割 規制・ガイドラインの要点 規格設定の主要パラメータ 規格設定の一般的手順 原薬標準物質の設定手順 類縁物質標準品の設定手順 規格項目と試験条件(例) 標準品のライフサイクル管理 あとがき |
標準物質の分類と役割
標準物質が重要な理由としては、以下のような点が挙げられる。
- トレーサビリティ
- 標準物質は純度や含量が確定された物質で、分析結果の信頼性を担保する
- 定量・定性の基準
- HPLCやLC-MSで「どのピークが主成分か」「不純物の定量値は正しいか」を判定する尺度となる
- 規制対応
- ICHガイドラインや各国薬局方で適切な標準物質の使用が義務付けられている
原薬標準物質と類縁物質標準品の定義と役割を下表にまとめてみた。
種類 | 定義 | 役割 |
---|---|---|
原薬標準物質 | 承認用原薬バッチから分離・精製し、構造と純度を確認した物質 | 分析法の校正点(キャリブレーター)として用い、含量試験の基準 |
類縁物質標準品 | 原薬と構造的に近い不純物・関連物質 | 不純物ピークの同定・定量およびクロマトグラム上の分離度確認 |
規制・ガイドラインの要点
分析法バリデーションと並行して、標準物質の規格設定を行うことで、分析法の特異性や感度を保証できる。
- ICH Q3A/B
- 不純物に関する規制・ガイドライン
- 不純物管理のための同定限界・定量限界の設定
- コントロールレベル・トレンド監視
- ICH Q6A
- 医薬品規格論—同定、純度、含量試験の要件
- ICH Q2(R1)
- 分析法バリデーションのガイドライン
- 分析法バリデーションの評価項目
- Specificity
- Accuracy
- Precision
- Linearity
- LOD/LOQ など
- 分析法バリデーションの受容基準
- 各国薬局方
- 標準物質の製造・検証手順
- 証明書(CoA)の要求項目
- 標準物質の記載要件
- 再試験期限
規格設定の主要パラメータ
- 同定(Identity)
- 構造確認
- NMR(¹H/¹³C)、MS、IRスペクトル
- 保持時間/典型ピーク純度
- HPLC-フォトダイオードアレイ
- 構造確認
- 純度(Purity)
- HPLC/GC不純物プロファイル
- 主要不純物及び未知ピークの合計 ≤ 規定値(0.2%)
- 水分(Karl Fischer):≤ 0.5% w/w
- 灰分:≤ 0.1% w/w
- HPLC/GC不純物プロファイル
- 含量(Assay)
- 実測含量:98.0–102.0%(乾燥基準)
- 含量試験の滴定法/HPLC法による二重評価
- 内部標準の活用
- LC-MS定量でイオン化効率を補正
- 物理化学特性(Physicochemical properties)
- 融点:±2℃以内
- 比旋光度:±0.1°(該当する場合)
- 粒度分布(固体の場合):D10、D50、D90
- 安定性(Stability)
- 長期保存試験および加速保存試験
- CoA記載有効期限内に同定・純度・含量の逸脱なし
- 保存条件:25℃/65%RH、遮光、乾燥剤併用など
- 高温高湿、光照射試験で標準物質の安定性を確認
- 長期保存試験および加速保存試験
規格設定の一般的手順
- サンプル調製と一次分析
- 承認バッチからAPIを精製し、一次スペクトルで同定
- 水分・灰分・残留溶媒のスクリーニング
- 精密分析によるプロファイリング
- 多次元NMR/高分解能MSで不純物ピークを構造同定
- HPLCメソッド最適化:保持時間、分離度、システム適合性
- データ統計処理と受容基準決定
- 各パラメーターの測定結果をn回繰り返し、平均値±2σで受容範囲を設定
- 比較参照として、市販・文献値との整合性を確認
- CoA(Certificate of Analysis)作成
- 記載項目
- ロット番号
- 調製日
- 有効期限
- 測定条件
- 機器情報など
- 不適合時の再試験/承認フローを明記
- 記載項目
原薬標準物質の設定手順
- 入手先の選定
- 製薬企業内のマスターリファレンスから、又は
- 認証を受けた外部供給者から
- 全面的なキャラクタリゼーション
- 質量分析(MS)
- NMRによる同定
- 熱分析(DSC・TGA)による融点測定
- 熱的安定性評価
- 水分測定(KF法)
- 残留溶媒(GC)
- 含量確定
- メタノールやアセトニトリル溶媒中での重量法
- 楕円直線法など
- トレーサビリティ文書の作成と一元管理
- バッチ番号
- 製造ロット
- 純度試験成績書
- 保管条件
類縁物質標準品の設定手順
- 選定のポイント
- 合成中間体や分解生成物など製剤中で実際に現れる可能性が高い不純物をカバーすること
- 個別品位試験
- 各インピュリティを単離・精製し、構造同定(MS/NMR)と純度を評価する
- 含量校正
- 不純物の標準品は純度が低い場合もあるため、内部標準法や相対感度補正を用意する
- 受入基準
- 純度90%以上、残留溶媒量の確認など、主標準物質と同様に厳格にする
規格項目と試験条件(例)
項目 | 試験法(例) | 受入基準(例) |
---|---|---|
同定 | IR/UV/MS | スペクトルのマッチング |
含量 | HPLC-UV | 定量結果:98.0~102.0% |
純度(不純物) | HPLC(ピーク面積法) | 合計不純物:≤2.0% |
水分 | Karl Fischer | ≤0.5% |
残留溶媒 | GC | 各溶媒:JP限度以下 |
外観 | 肉眼/顕微鏡 | 無色結晶/粒子形状均一 |
標準品のライフサイクル管理
- 再確認/再標準化
- 保管期間中の3年毎にCoAパラメーターを再測定
- 定期的な再試験
- 保管期間中の純度変動をモニター
- 使用量管理
- 純度劣化を防ぐため、小分けアリコートを作成
- マスターリファレンスの分割管理
- 開封ごとに劣化リスクを低減
- 廃棄基準
- 含量98%未満、純度低下、外観変化(変色・異臭)で廃棄
- 代替品検討
- 長期欠品時は特許切れの市販標準品を評価し置換
あとがき
低分子医薬の原薬標準物質及び類縁物質標準品の適切な規格設定は、単なる書類作成ではなく、分析法の精度・再現性を担保し、規制対応及び製品品質保証の基盤となるものである。言わば、製剤の品質保証の根幹を支えている。したがって、適切な選定と厳格な試験・バリデーションを通じて、信頼性の高い分析法を確立する必要がある。
そして、いったん策定した規格は、ライフサイクル全体で見直し・更新を継続することも大切である。
次世代の原薬標準物質及び類縁物質標準品の規格設定に関するキーワードには以下のようなものが指摘されている。それらは一体どうゆうものであろうか? 次の機会に学習することにしよう。
- デジタル標準物質管理
- オンサイト合成型標準品
- 生体関連マトリックスを想定した標準品評価
そして、これらを踏まえ、「バイオ医薬品における標準物質規格設定の特殊性」についても一緒に学んでいこう!
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