はじめに
食道アカラシアというあまり馴染みのない病名の疾患がある。病名はギリシャ語の「achalasia」に由来しているらしい。この用語は「動かない」ことを意味するらしい。食道アカラシアは、食道の蠕動運動と胃食道接合部の弛緩(開放)がうまく行われない病気であることから、その病態を表しているとされる。
食道アカラシアは、食道の運動機能障害で、食道の蠕動運動が失われ、胃と食道のつなぎ目にある下部食道括約筋(LES)が十分に緩まないことで、食べ物が円滑に食道から胃へと通過しなくなる病気である。
食道アカラシアでは、常にLESが収縮した(閉まった)状態にあり、物を飲み込んでもLESが緩まないため、食べた物がいつまでも食道にたまってしまう。その結果、患者は飲み込みにくいさやつかえた感じを経験する。吐いてしまうなどといった症状が現れる場合もあるという。
現時点では発症の原因は解明されていないが、食道やLESの神経細胞の変性・減少や、ウイルス感染などがその一因ではないかと考えられている。
食道アカラシアの患者では、食道がんに移行するリスクが高いことが分かっている。食道アカラシアは30~50歳代で発症するケースが多いとされているが、どの年齢層でも起こり得る嫌な疾患である。
食道アカラシアとは
食道アカラシア(esophageal achalasia)は、食道の蠕動障害と嚥下時の下部食道括約筋の弛緩不全を特徴とする神経原性食道運動障害である。
食道は、食べ物の通り道であり、筒の形状をしている。しかし、食道は単なる筒ではなく蠕動とよばれる動きによって食べ物や飲み物を胃に運ぶ。また、食道胃接合部(食道と胃のつなぎ目)は空腹時は閉じているが、食べ物や飲み物が喉を通ると筋肉が弛緩して、食べ物や飲み物を通す。食道アカラシアは食道の蠕動と胃食道接合部の弛緩の双方がうまくいかなくなる疾病である。食道アカラシアは食道がん(扁平上皮がん)の危険因子と考えられている。
原因
食道を始めとする消化管には神経が存在している。 食道アカラシアは、食道の筋層間神経叢の神経節細胞消失が原因であり、それによって食道筋の除神経がもたらされると考えられている。
除神経の病因は不明であるが、ウイルス性および自己免疫性の原因が疑われている。 遺伝的な要素が関係しているという報告もある。 また、特定の腫瘍は直接的な閉塞または腫瘍随伴症の過程としてアカラシアを引き起こすことがある。
症状
食道アカラシアは、全ての年齢で起こるが、通常は20~60歳の間に発生する。発症は潜行性で、数カ月または数年をかけて徐々に進行する。主症状は、食道胃接合部の通りが悪いことに伴う、固形物と液体両方の嚥下困難である。食後の胸のつかえ感で、ひどい場合は吐き気や嘔吐を伴うこともある。 未消化の食物の夜間逆流は、約33%の患者で起こり、咳嗽および誤嚥を引き起こすことがある。
胸痛はそれほど一般的ではないが、嚥下時または自発的に起こることがある。軽度から中等度の体重減少が起こるが、体重減少が著明な場合、特に嚥下困難の症状が急速に進行した高齢患者では、食道胃接合部の腫瘍に続発する食道アカラシアを考慮すべきである。
有病率は10万人に1人といわれているが、潜在的な有病率は更に高いのではないかと考えられている。
検査・診断
食道造影は、検査プロセスの最初の段階でしばしば施行される検査法であり、嚥下時の進行する蠕動収縮の消失を認めることがある。典型的には食道は拡張し、しばしば巨大化するが、下部食道括約筋(LES)の部分ではくちばし状に狭小化する。食道胃接合部の癌に起因するアカラシアは、胸部および腹部CTまたは超音波内視鏡検査と生検で診断が可能である。
食道鏡検査を施行すると、食道の拡張はあるが閉塞性病変は認められず、食道鏡が胃に侵入する際に古典的な「ポップ(急にぬける感触)」が感じられることが多い。まれに、その所見の原因が腫瘍である場合があり、癌を除外するために超音波内視鏡検査と生検を考慮することもある。
食道内圧検査は、食道アカラシアの望ましい診断検査法である。この検査では、積算弛緩圧の中央値が15mmHg以上のLES弛緩不全と100% failed peristalsis(完全な蠕動の消失)が認められる。
食道内圧測定は、食道内にカテーテルを挿入して食道の動きを調べる。高解像度食道内圧測定を用いた食道運動異常症の国際的診断基準としてシカゴ分類が提唱されている。シカゴ分類では食道アカラシアは3つのタイプに分類されている。食道が全く動かないタイプ(タイプ1)、食道の動きが少し保たれているが、機能的に有効な動きができないタイプ(タイプ2)、食道の動きが強すぎるタイプ(タイプ3)である(図1)。
前述の上部消化管内視鏡や食道造影の所見はタイプ1では得られやすいが、タイプ2やタイプ3では得られにくいため、高解像度食道内圧測定を行って、初めて診断が得られることもある。
アカラシアは遠位部の悪性狭窄および消化性狭窄と鑑別する必要があり、これらの患者では食道内圧検査で無蠕動も認められることがある。全身性強皮症は通常、レイノー現象の既往およびLES圧の低下または消失に起因する胃食道逆流症(GERD)の症状を伴う。
治療
蠕動を回復させる治療法はなく、食道アカラシアの治療では 下部食道括約筋(LES)圧の低下が目的となる。
薬物療法 |
食道胃接合部の筋肉を緩めて、通りを良くするために硝酸剤 (例:硝酸イソソルビド5~10mg、舌下投与、食前 )やカルシウム拮抗薬 (例:ニフェジピン10~30mg、経口投与、食前30~45分) といった薬剤を投与する。 これらの薬剤の有効性は限られているが、LES圧に十分な低下をもたらし拡張術の間隔が延長する可能性がある。 |
内視鏡的バルーン拡張術 |
消化管内視鏡を用いて場所を確認しながら、狭くなっている食道胃接合部(LES)にバルーン(風船)を留置し、狭くなっている部分を広げる(拡張)。 |
筋層切開術 |
薬物療法並びに 内視鏡的バルーン拡張術 の治療効果がなかった場合、筋肉に切れ目を入れる筋層切開術を行う。外科的治療として腹腔鏡下もしくは開腹手術で食道胃接合部の筋肉を切開するHeller筋層切開術と胃液逆流を予防するDor噴門形成術を行うHeller-Dor手術と呼ばれる手術が行う。また、内視鏡を用いて筋層切開術を行う経口内視鏡的筋層切開術(POEM:per‐oral endoscopic myotomy)も利用可能である。 LESのバルーン拡張術と外科的または経口内視鏡的筋層切開術は、同程度に効果的とみられている。 |
LES圧を低減させるとGERDの発生率が高まる可能性がある。発生率は行った治療の種類により異なる。術後にGERDが発生する患者の割合は、平均で約20%と推定されている。
予防
食道アカラシアの発症メカニズムはまだ完全には解明されていないため、確立した予防法は存在しない。しかし、下記のような点に注意することで、症状の発症リスクを減らすことができると考えられている。
- 食事の改善
- 食事をゆっくりと噛む
- 食道にかかる負担を減らす
- 食物の一度に摂取する量を少なくする
- 複数回に分けて摂取することも効果的
- 姿勢の改善
- 食事中に正しい姿勢を保つ
あとがき
1年間に新たに発症する食道アカラシアの罹患率は、日本では10万人あたり0.81~1.37人と算出されている。食道アカラシアと診断された時の患者の平均年齢は43.3±14.4歳で、男女比に差はないようである。これらの有病率は推定値であり、実際はこれらの数値よりも高い可能性があると言われている。
【参考資料】
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |