はじめに
日本では20歳未満の飲酒が法律で禁止されている。大正11年(1922年)3月30日に制定された一般に「未成年者飲酒禁止法」と呼ばれる法律(「二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律」)によって禁止されているわけである。
この法律でいう未成年者とは「満20歳未満」の男女を指す。この法律が制定された背景には、未成年者は心身共に成長段階にあり、飲酒によって脳細胞や臓器の機能が抑制されるなど体に悪い影響を受けやすいからという理由が知られている。アルコールの分解に関わる酵素を充分に分泌できないことも理由の一つになっているかも知れない。
興味深いのは、未成年者に対しては、飲酒よりも喫煙の方が先に禁止されている点である。明治33年(1900年)には「未成年者喫煙禁止法」という法律によって未成年者の喫煙が禁止されている。その理由は、喫煙は成長期の未成年者の心と身体に影響があるからだとされている。 確かに喫煙は、体を酸素欠乏状態にするため、 動脈硬化や心臓病を 起こしやすくする。 未成年者だけでなく成人の体にとっても害しかない。だから飲酒よりも喫煙の方がより有害であるから、先に禁止されたのであろう。
何故、人は飲酒をするのかと考えた場合、いくつかの理由が既に語られている。それを下記に紹介してみよう。
一つ目の理由は、快感であるという。脳内にはドーパミンと呼ばれる快楽物質を放出する細胞があるが、アルコールが脳内に増えるにつれて、この細胞が興奮状態になり、歯止めなくドーパミンを放出のだという。ドーパミン分泌により、快楽や喜びを感じやすくなるので、さらに過剰に飲酒をしてしまう。そうすると快楽が暴走し、飲みたい気持ちを止められなくなるのだという。
飲酒が習慣化すればするほどドーパミンが分泌される頻度も増えて、快楽や喜びを感じる機会が増える。しかし、ドーパミンは有限なものであり、これが枯渇すると、それまでの強烈な快楽が得られなくなる。そのため、さらに飲酒行動が促進されるが、むしろ焦りや不安、退屈感といった不快体験が増えていく。これは既に悪循環に陥っている状態である。
飲酒の二つ目の理由に、ストレスへの対処というのがある。これは、仕事や人間関係のストレスを解消するために飲酒を選ぶ場合である。ドーパミンが分泌され、快感が得られるので、ストレスが解消されたように錯覚してしまっている。
飲酒の三つ目の理由に、現実逃避というのがある。これは、自分の思い通りにならないことを忘れさせてくれたり、他の病気の苦しさを忘れさせてくれたりするというものである。確かにドーパミンの分泌のおかげで、一時的には(飲酒時だけ)嫌なことを忘れることができるだろう。
飲酒の四つ目の理由に、コンプレックス解消・自信というのがある。これは、普段は自己表現がうまくできないが、飲酒するとドーパミンの分泌のおかげで、気が大きくなり、本人的には対人関係がスムーズになるような気がしたりする。しかし、周囲は迷惑に感じることの方が多いという現実が無視されている。
飲酒の五つ目の理由に、つながり・居場所というのがある。これは、宴席の賑わいで「自分は一人じゃない」と感じられたり、人間関係が円滑になると感じられたりすることを指す。私より上の世代のビジネスパーソンには、宴会好きの人が多かったように思う。しかし、今の若者たちは就業時間後に「おっさん」と飲酒を一緒にしたいとは全く思っていないようだ。
飲酒の六つ目の理由に、リラックス・気分転換というのがある。これは、飲酒が緊張を緩和させてくれると感じ、飲酒が習慣化してしまいやすい。帰宅後の晩酌がその例である。この晩酌が適量であったり、「休肝日」が設けられている場合は支障はないのかも知れない。
上記の飲酒習慣が度を超すようになると、アルコール依存症になるきっかけの一つになってしまう危険性を伴っている。
アルコール依存症とは
アルコール依存症は、長期の飲酒により脳内の報酬系(欲求が満たされたときや満たされると分かったときに活性化して快感をもたらす神経系)の神経機能に変化が生じ、脳機能の障害を引き起こす病態を指す。
アルコール依存症は、WHOの策定した国際疾病分類第10版では、精神および行動の障害の中に分類されており、ただ単に個人の性格や意志の問題ではなく、精神疾患と考えられている。但し、治療は本人の同意と意志に基づいて行なうのが原則である。
原因
アルコール依存症の原因は一つではなく、下記のような要素が関与していると考えられている。
- 遺伝と家庭環境
- 親がアルコール依存症であると、その子供もアルコール依存症になるリスクが高まる
- 飲酒の開始年齢が早いこと
- 若い頃からの飲酒はアルコール依存症のリスクを高める
- 大量飲酒
- 長期間、依存性薬物(エチルアルコール)を過剰摂取
- 大量の摂取を続けると脳の仕組みが変化
- 猛烈にアルコールを欲するようになる
- 精神疾患
- 精神疾患の合併はアルコール依存症のリスクを高める
- うつ病
- 不安障害
- 注意欠陥多動性障害(ADHD)
- 精神疾患の合併はアルコール依存症のリスクを高める
- 社会的・文化的要素
- 周囲の人や社会が飲酒に対して寛容な価値観を持つ
- 飲酒が増えるとアルコール依存症のリスクを高める
これらの要素が絡み合ってアルコール依存症が発症する可能性がある。しかしながら、必ずしもアルコール依存症を引き起こすわけではない。つまり個々の状況や体質によるということである。
そして、アルコール依存症は意志の弱さや特定の性格傾向が原因ではないことを理解することが必要であるとされる。
症状
アルコール依存症には下記のような症状がみられるという。
- 飲酒への渇望
- 単なる欲求ではない
- 渇望と表現されるほどの強い欲求
- 飲酒行動のコントロールが困難
- 大事な仕事等があり準備する必要があるのに大量に飲酒するなど
- 離脱症状
- 起床時の軽い寝汗の程度
- 食欲の低下や四肢の震え
- 激しい場合には幻覚や妄想
- 軽度の意識障害を伴うせん妄
- 耐性の証拠
- 酔うための量が増えていく
- 飲酒以外の楽しみや興味を次第に無視するようになる
- 飲むことが中心の生活
- 飲酒による有害な結果が起きているのに飲酒する
- 健康診断で異常があっても飲み続ける
- 酔い方が異常なのにやめられないなど
検査・診断
アルコール依存症の診断には、専門医による診察が必要である。一般的な診断プロセスは下記のとおりである。
- 問診
- チェック方法としてCAGEやAUDITなどの質問表を使用
- 下記のような質問が含まれる
- Cut down;飲酒量を減らすべきと感じたことがあるか
- Annoyed by criticism;周りの人に飲酒を非難され、イライラしたりうるさいと感じたことがあるか
- Guilty feelings;飲酒に後ろめたさを感じたか
- Eye opener;飲酒の翌日に迎え酒をしたことがあるか
- どれくらいお酒を飲むか(1回で飲む量、頻度)
- お酒を朝から飲んでしまうことがあるか
- 飲酒を優先し、生活・仕事・健康に支障はないか
- 以前よりも多くお酒を飲まないと酔わなくなったか
- お酒のことを考えない時間があるか
- 不安、不眠、幻覚などの精神的な症状があるか
- 身体診察
- 医師が身体を見たり触れたりして、全身の状態を調べる
- アルコールの離脱症状がみつかる兆候
- 意識レベル
- 手の震えの有無
- 歩き方
- 血液検査
- 長年の飲酒によって全身の臓器が障害を受ける
- 特に、肝臓と膵臓が障害を受ける
- 多少ダメージを受けても自覚症状がほとんど出ない
- 血液検査で早期発見を!
- 長年の飲酒によって全身の臓器が障害を受ける
- 画像検査
- 腹部超音波検査
- 頭部CT
- MRI検査
- 飲酒による肝臓・膵臓・脳などへのダメージを検出
WHO(世界保健機関)では、下記のような診断基準を定めている。もし、過去1年間に次の6項目中、3項目以上に当てはまる場合に、アルコール依存症と診断される。
- お酒を飲めない状況でも強い飲酒欲求を感じたことがある
- 自分の意思に反して、お酒を飲み始め、予定より長い時間飲み続けたことがある。あるいは予定よりたくさん飲んでしまったことがある
- お酒の飲む量を減らしたり、やめたりするとき、手が震える、汗をかく、眠れない、不安になるなどの症状がでたことがある
- 飲酒を続けることで、お酒に強くなった、あるいは、高揚感を得るのに必要なお酒の量が増えた
- 飲酒のために仕事、付き合い、趣味、スポーツなどの大切なことをあきらめたり、大幅に減らしたりした
- お酒の飲みすぎによる身体や心の病気がありながら、また、それがお酒の飲みすぎのせいだと知りながら、それでもお酒を飲み続けた
アルコール依存症が疑われる場合には、早めに医師に相談することが推奨される。
治療
アルコール依存症の治療法には、効果的な治療法が多く知られている。しかし、個人にとって最良の治療アプローチは、特定のニーズと状況によって異なる。
下記のような一般的な治療法をいくつか紹介する。
- 解毒
- アルコールから安全に離脱するプロセス
- 離脱症状を管理し、合併症を防ぐ
- 医師の監督下でデトックスする
- 薬物療法
- アルコール依存症の治療に使用できる治療薬を使用
- 渇望を軽減し、再発を防ぎ、メンタルヘルスを改善
- 抗酒薬
- ジスルフィラム
- シアナミド
- 断酒維持のための薬剤
- アカンプロサート
- 飲酒量低減のための薬剤
- ナルメフェン
- セラピー
- サポートネットワークを構築するのに役立つ
- 人々が自分の依存症を理解
- 対処スキルを身につける
- アルコール依存症に有効な治療法
- 認知行動療法(CBT)
- 動機づけ面接
- サポートネットワークを構築するのに役立つ
アルコール依存症の治療は、一般的にはいくつかの治療ステップ(導入期、解毒期、リハビリテーション前期・後期)に分けられる。それぞれのステップで、病気としての理解、治療への動機づけを行ったり、離脱症状に対処したり、断酒に向けての本格的な取り組みを開始したりする。
治療の最終ゴールは、飲酒をやめること(禁酒)であり、本人と家族が協力して治療をする必要がある。具体的には、精神療法や心理教育、集団活動プログラム、認知行動療法、薬物療法などが行われる。
予防
アルコール依存症の予防策としては下記のような対策が知られている。これらの予防策は、アルコール依存症の発症を防ぐための一般的なガイドラインであり、個々の状況により適切な対策は異なる。
- 正しい知識を持つ
- アルコール依存症の恐ろしさ
- なぜアルコール依存症になってしまうのか
- 適量の飲酒
- 深酒しない
- 適量の飲酒を心がける
- 休肝日を作る
- 週に2日以上の休肝日を設ける
- 休肝日を作ることでアルコール依存度を測れる
- 教育の振興
- 学校や職場でアルコール依存症の知識を啓蒙
- 健康診断及び保健指導
- 飲酒による健康障害
- 飲酒についての指導
- 相談支援
- アルコール依存症患者及びその家族への相談支援
あとがき
「酒は百薬の長」という言葉があり、「適量の飲酒であればどんな良薬よりも効果がある」と飲酒を賛美しているが、このような発言をするのはたいていは飲酒愛好家(酒飲み)であることが多い。つまり酒飲みの言い訳であって、最近の研究では飲酒も喫煙と同様に体に良いことは一つもないらしい。私たちがストレス解消やリラックスに役立つと感じるのはドーパミン分泌による脳の錯覚であるという。
しかしながら、美味しい料理に美味しい酒は私たち人間の欲求を満たしてくれるものであり、なかなか拒絶しがたい。ビール、ワイン、ウイスキー、日本酒などのお酒とは適度な関係を保ちつつ、末永く「友だち」でいたいものである。人生を楽しく生きるには、たまには脳に錯覚してもらっても良いではないか。