はじめに
一見すると紛らわしい疾患名に精神疾患と神経疾患がある。しかし、これらの医学用語はそれぞれ異なる種類の疾患に使用される。
精神疾患は、主にその発症の由来が遺伝的体質的要因にある病気(=内因性の精神疾患)のことを指す。これは精神疾患が脳という臓器の病気(体の病気)であることを示している。主として「心の健康に関連する問題」であるため、感情、思考、行動に影響を及ぼし、日常生活や人間関係に問題を引き起こす可能性が高い疾患である。代表的な精神疾患としては、統合失調症、双極性障害(躁うつ病)やうつ病などが知られている。
一方、神経疾患は、その発症の由来が社会・心理的なストレス要因にある病気(=心因性の精神疾患)のことを指す。脳という臓器だけではなく、脊髄や末梢神経系を含めた中枢神経系・末梢神経系のすべてを対象にした疾患名である。代表的な神経疾患には、パーキンソン病、多発性硬化症、パニック障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、適応障害、解離性障害など実に多くの疾患が知られている。
てんかんは、脳の神経細胞が突然過剰に興奮し、興奮性のシグナルと抑制性のシグナルのバランスが崩れることが原因で発作(てんかん発作)をくりかえし起こすことを特徴の「脳の病気」である。したがって、てんかんは精神疾患ではなく、脳の神経の病気であるため神経疾患に分類されている。
てんかんは、比較的一般的な神経疾患である。日本では、てんかんの有病率は1000人あたり5~8人(全国で約60万~100万人)と言われており、神経疾患の中では頻度が高い病気の一つである。世界中で4000万~5000万人の人々が影響を受けているとされている。てんかんは、乳幼児から高齢者まで、どの年齢層でも発症する可能性があるので、決して無視することはできない。
てんかんとは
脳は数百億もの神経細胞によって成り立っており、神経細胞が電気的な興奮を引き起こすことでさまざまな情報が伝達されている。
てんかんは、この神経細胞の電気的な興奮が過剰に発生する部位に生じ、脳のはたらきに異常が引き起こされることによって発症する慢性的な脳の疾患、中枢神経疾患である。
てんかんを発症すると、脳が一時的に過剰に興奮することで、意識消失やけいれんなどのてんかん発作を繰り返し引き起こす。
原因
てんかんは、脳内の神経細胞の過剰な電気的興奮に伴って、意識障害やけいれんなどを発作的に起こす中枢神経疾患であるが、過剰な電気的興奮が生じる原因はさまざまである。
てんかんには症状の現れ方や原因によってさまざまなタイプがあり、乳幼児から高齢者まで全ての年代で発症する可能性がある。
タイプは、画像検査などではっきり原因が分からないタイプと画像上で異常を示すタイプとに大別される。
画像上で異常を示すタイプは、外傷による脳へのダメージ、脳卒中・脳腫瘍・アルツハイマー型認知症などの脳の疾病によって引き起こされる場合が多い。高齢者には病気や外傷によるタイプが多いことが特徴的である。
一方、乳幼児や小児は原因が分からないタイプが多い。成人発症てんかんの約4割は今なお原因不明であるが、近年の遺伝子診断の進歩によって、素因性てんかんは遺伝子との関連が指摘されている。
症状
てんかんを発症すると、意識消失やけいれんなどのてんかん発作が繰り返し引き起こされるようになる。てんかんの症状は人によって大きく異なるが、多くは適切な治療を行うことで発作を抑制し、問題なく社会生活を送ることができる。
一方で、頻繁に発作を繰り返して徐々に脳の機能自体が低下していくケースでは、症状に応じて適切な社会的支援を受ける必要がある。
発作症状の現れ方は非常に幅が広く、神経細胞の異常興奮が生じる部位や強さによっても大きく異なる。
てんかん発作の主な分類
全般発作 |
脳全体が同時に巻き込まれる。神経細胞の異常興奮が脳全体に広がっていく。意識消失や全身のけいれんといった症状が現れる。発作自体は通常数十秒から数分で自然に収まる。発作終了後もしばらく意識が朦朧としている。患者自身は発作中の記憶はないため、車の運転中に発症すると事故に繋がる。 |
焦点性発作 |
脳の一部から発作が生じる。発症部位がつかさどる機能に何らかの異常が現れるようになる。手や足の運動をつかさどる部位に発症した場合は、手足のけいれんが生じる。視覚をつかさどる後頭葉に発症した場合は、視覚や視野の異常などの症状が現れる。側頭葉に波及した場合は、開眼したまま意識を失い動作が停止する。手足や口を少し動かすなど見た目では分かりにくい意識消失発作が現れる。 |
てんかんと認知症の違い
てんかんと認知症の違いは、認知症が普段から物忘れや行動の症状が常時みられるのに対し、てんかんは発作を起こしていないときはまったく正常であることである。
普段しっかりされているにもかかわらず、記憶がまったく欠落していることがある、または意識を失っている場面を何度か目撃されている人は速やかにてんかん外来を受診し、診察を受けることが推奨される。
検査・診断
てんかんの検査方法には下記のようないくつかの方法が知られている。
- 病歴の確認
- てんかんの症状や発作の履歴を詳しく確認する
- 身体検査
- てんかんに関連する身体的異常を確認する
- 脳波検査(EEG)
- 脳波の異常を検出するために行う
- 発作時の脳波と非発作時の脳波を比較する
- 画像検査
- CTやMRIなどの画像検査を行う
- 脳の構造的な異常を確認する
- 血液検査
- 血液中の化学物質や電解質の異常を検出するために行う
- 心電図検査
- 心臓の機能を確認する
- てんかんと関連する心臓の問題を検出する
これらの検査結果を総合的に評価し、てんかんの診断を行い、治療計画を立てる。
治療
てんかんの治療は、基本的に神経細胞の異常興奮を抑える作用を持つ抗てんかん薬の服用である。抗てんかん薬の服用を続けることでてんかん発作を抑制することができ、多くは通常の社会生活を送ることができるようになる。
一方で、複数の抗てんかん薬の服用を続けても発作が難治に経過する場合があり、それに対してはてんかん外科治療が有効な場合がある。発作の起始が明確に同定された場合、異常興奮が生じている脳の一部を切除する手術(焦点切除術)が有効である。内側側頭葉てんかんに対する海馬扁桃体切除術や側頭葉切除術は高い確率で発作のコントロールが得られることが証明されている。
てんかん外科治療には、脳の手術以外に迷走神経刺激装置植え込み術もある。てんかん病巣の切除が困難な場合、頸部の迷走神経に電極をまき、ペースメーカーのような発動機を胸部の皮下に留置し常時刺激を行うことで、発作の頻度を減らしたり発作の程度を軽くしたりする効果がある。
そのほかにも、糖や炭水化物を制限して脂質の多い食事を取るケトン食療法、小児のウェスト症候群に対して副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を注射するACTH療法もてんかん発作を抑える作用があるとされており、薬物療法と併用して行われることがある。
予防
てんかん発作の予防策については、下記のような方法が知られている。
- 薬の飲み忘れないこと
- 抗てんかん薬は、てんかん発作を起こりにくくする
- 毎日同じ時刻に服用して有効血中濃度の範囲内に保つ
- 服用忘れは血中薬物濃度が下がるので発作が起きやすい
- 睡眠覚醒の生活リズムを守ること
- 睡眠不足は発作を引き起こす可能性がある
- 時間を忘れるほどものごとに集中してしまわない
- ある程度の予定を計画して生活するよう工夫が必要
- ストレスを溜めこまないようにする
- 緊張・不安・興奮が元になって睡眠不足になる
- 活動中は発作が起きにくい
- 緊張から解放されたときに発作が起きやすくなる
- バランスのとれた食事
- 栄養バランスのとれた食事を摂る
- 穀類や果物、野菜、タンパク質
- 乳製品や脂質をうまく組み合わせる
- 栄養バランスのとれた食事を摂る
あとがき
一般的に、大人のてんかんの完治は難しいとされている。特に、思春期や成人になってから発症したケースでは、薬物治療によって発作を抑えられることが多いが、服薬を終了すると再発しやすい傾向があるとされる。
完治が難しいなら、てんかんとうまくつきあっていくしかない。てんかんとうまくつきあっていくための助言として、下記のような方法が知られている。
- 発作の誘因を避けること
- ストレスを避ける
- 睡眠不足を避ける
- アルコール摂取(飲酒)避ける
- 発作の前兆を知ること
- 特定の感覚や症状(前兆)を理解する
- 発作の前兆が認識できれば、適切な対応がとれる
- 適切な治療を受けること
- てんかんの治療は、抗てんかん薬による治療が中心
- 適切な治療を受ければ、健常人と同じ生活が送れる
- 周囲の理解と協力を得ること
- てんかんは誤解されやすい疾患
- 周囲の人々にてんかんについて理解してもらう
- 周囲の人々の協力を得ることも重要である
【参考資料】
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
日本神経学会HP てんかん(神経内科の主な病気) |
てんかん対策|厚生労働省 (mhlw.go.jp) |