はじめに
フランス人医師のジョルジュ・チャールズ・ギランとジャン・アレクサンドル・バレーは、急性の運動麻痺を訴える2名の患者の症例を解明したという。その功績が認められて、1916年に、この症候群の病名として、ギラン・バレー症候群(GBS)と名付けられたという。
GBSは、急性で、通常は急速に進行するが自然治癒する炎症性多発神経障害で、筋力低下および軽度の遠位部感覚消失を特徴としている。細菌やウイルスの感染をきっかけに、免疫が自分の神経を攻撃してしまう病気(自己免疫性疾患)である。主に筋肉を動かす運動神経が障害され、四肢に力が入らなくなる病気である。手足のしびれ感を感じることもしばしばあるらしい。
GBSの日本での発症率は、年間10万人あたり1~2人(1.15人と推定)で、やや男性に多い傾向があると言われている。GBSは、厚生労働省によって指定難病に認定されている。
ギラン・バレー症候群(GBS)とは
人間の神経は中枢神経と末梢神経に分かれる。脳と脊髄が中枢神経で、そこから枝分かれし、体の各部分に分布している神経が末梢神経である。末梢神経は、体の動きを司る運動神経、感覚を伝える感覚神経、そして自律神経からなる。
ギラン・バレー症候群(Guillain-Barre Syndrome;GBS)は,急性で、通常は急速に進行するが自然治癒する炎症性多発神経障害であり、筋力低下および軽度の遠位部感覚消失を特徴とする。
末梢神経に障害が生じると、脱力、しびれ、痛みなどの症状が現れる。この状態を末梢神経障害(ニューロパチー)という。
GBSは、複数の末梢神経が障害される疾病(ポリニューロパチー)である。 約70%の GBS 患者は完全に回復するが、2~5%は慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーを発症する。
末梢神経は、軸索という電気を伝える中心部分が髄鞘という鞘で包まれている有髄神経と、髄鞘に包まれていない無髄神経とに分けられる。 GBSの病態は有髄神経の髄鞘がはがれてしまう「脱髄」が主体と考えられてきた。しかし、近年、脱髄が主体の GBSとは違い、軸索障害が主体の GBSがあることが分かってきた。そこで現在は、脱髄型も軸索障害型も含めて GBSという。
脱髄型 |
Acute inflammatory demyelinating polyradiculoneuropathy(AIDP) |
軸索障害型 |
Acute motor axonal neuropathy(AMAN)(運動神経の軸索が障害) Acute motor sensory axonal neuropathy(AMSAN)(感覚神経の軸索も障害) |
GBSの発症率は、人口10万人当たり年間1~2人であると推定されている。欧米では脱髄型、日本を含むアジアでは軸索障害型が多いといわれている。小児から高齢者まで、どの年齢層でもかかることがあるが、平均発症年齢は39歳である。男性の方がやや多いことが知られている。日本では指定難病(かつては特定疾患)に指定されている。
原因
原因は明確ではないが、自己免疫によるものと考えられている。ウイルス感染や細菌感染などがきっかけとなって、免疫システムが異常になり、自己の末梢神経を障害してしまう自己免疫である可能性が高いと考えられている。約60%の患者の血液中に、末梢神経の構成成分である糖脂質(特にガングリオシド)に対する抗体がみられることが根拠になっている。
GBSの発症の1~3週間前に風邪をひいたり下痢をしたりといった感染症の症状がある患者は、約3分の2に上る。感染の主な病原体は、カンピロバクター(Campylobacter jejuni)、腸管系ウイルス(enteric virus )、サイトメガロウイルス(Cyte megalovirus)やエプスタイン・バールウイルス(Epstein-Barre Virus)を含むヘルペスウイルス、マイコプラズマ属細菌などである。下痢があった場合、カンピロバクター感染の頻度が高く、主に軸索障害型の原因となることが知られている。
症状
典型的な症状としては、感染症状(咳・腹痛・下痢など)の数日から数週間後に手足の力が急に入らなくなってくる(弛緩性の筋力低下)。通常、下肢から始まり徐々に上肢に広がっていく。 90%の患者では、筋力低下は通常3~4週目に最大となる。通常、筋力低下は、様々な期間(典型的には数週間)にわたり同じ水準で持続し、その後軽快する。
重症患者の半数超では、顔面および中咽頭の筋力が低下する。 顔面の筋肉に力が入らない(顔面神経麻痺)、目を動かせなくなって物が二重に見える(外眼筋麻痺)、食事がうまく飲み込めない、ろれつが回らない(球麻痺)などの症状が出る患者もいる。
症状の程度は人それぞれで、麻痺が軽い患者からほとんど手足が動かせなくなる患者まで様々である。手足にしびれや痛みが出たりすることはあるが、一般に感覚障害は運動麻痺に比べて軽度である。自律神経が障害されると不整脈、起立性低血圧などがみられる。重症例では呼吸をするための筋肉が麻痺して、人工呼吸器の装着が必要になる。
症状は良くなったり悪くなったりはせず、ピークを過ぎれば改善する。症状の進行は急速で、通常4週間前後でピークに達し、以後回復傾向になり6~12ヶ月前後で症状が落ち着いて安定した状態になる。
しかし、重症例では回復までに長期間を要する。何らかの障害を残す患者が約2割程度いて、約5%の患者は死亡する。
手足の力は入るのに目が動かなくなる(外眼筋麻痺)、ふらついて歩けなくなる(運動失調)といった症状が出る特殊なタイプもあり、フィッシャー症候群と呼ばれる。
検査・診断
神経学的診察 |
神経内科医が神経の異常を詳しく診察。これで大体どういう病気の可能性があるか分かるで、その後に必要な検査をする。 GBSの場合、症状の経過を質問することもとても重要である。 |
筋電図検査 |
末梢神経が障害された結果、伝わる速度が遅くなったり、伝わらなくなってしまっている部分がないかをチェックする。 GBSの診断においては非常に重要な検査で、脱髄型なのか軸索障害型なのかの鑑別にも有用な検査である。 |
血液検査 |
発症早期に自己抗体である抗糖脂質抗体が検出されることがある。他の末梢神経障害を来す疾患の除外のためにも必要である。 |
腰椎穿刺検査 |
腰椎の間に穿刺針を刺して髄液を採取し、圧・外観・細胞数・糖・蛋白などを調べる検査。主に、髄膜炎、脳腫瘍、くも膜下出血などの際に実施されるが、 GBSの診断のためにも有用である。発症初期には異常がみられないことが多いが、1週間以降には細胞数の増加を伴わない、蛋白の上昇がみられるようになる。 |
治療
従来、 GBSは治療を行わなくても自然に症状が軽くなる、予後の良い疾病と考えられていたが、一部の患者では重症で、適切な治療がされないと後遺症を残す場合もある。
したがって、発症したら早期に治療を開始する必要がある。
血液浄化療法 |
血液浄化療法には、単純血漿交換療法、二重膜濾過法、免疫吸着療法がある。その中で単純血漿交換療法は大規模な試験により、ピーク時の症状が軽くなったり、症状の回復が早まることが確認され、 GBSの確固たる治療法として確立している。血液から血球を除いた血漿を遠心分離器・半透膜などを用いて分離し、血漿中の有害物質を取り除いてから体内に戻す治療法である。単純血漿交換療法では、分離した血漿を全て廃棄し、代わりにアルブミン溶液を補充する。回数は重症度に合わせて2~4回を1日おきに行う。 |
免疫グロブリン大量静注療法 |
ヒト免疫グロブリンを5日間連続して点滴する治療である。1回の点滴には4~6時間を要する。副腎皮質ステロイドとの併用でより高い効果が得られる可能性が指摘されている。 |
重症患者の治療 |
呼吸筋の麻痺や食事がうまく飲み込めない、ろれつが回らないなどの球麻痺や不整脈や血圧変動などの自律神経障害は致死的になることがある。このような重症患者の場合、集中治療室で厳重に全身管理を行う。呼吸筋の麻痺に対しては人工呼吸器を用いることもある。単純血漿交換療法と免疫グロブリン大量静注療法は同等の有効性と考えられており、それぞれの治療法の長所・短所をよく考えて、かつ患者の病状を勘案してより適切な治療法を選択する。一般には、特別の設備がなくても行うことができる後者が選択される頻度が高い。 |
予防
ギラン・バレー症候群(GBS)は、免疫系の異常によって引き起こされる疾患であるため、特定の予防策は確立されていない。つまりGBSの発症を完全に防ぐことは難しいが、下記のような対策はGBSの予防に役立つ可能性があるかも知れない。
- 感染症の予防
- GBSは感染症をきっかけに発症することが多い
- 基本的な感染予防対策
- 帰宅時の手洗いやうがいの実施
- 食材の衛生管理
- カンピロバクターという細菌は、GBSの一因とされる
- 生の鶏肉から感染するので調理器具の取り扱いに要注意
- 適切な洗浄や食材の十分な加熱
- 食材の衛生管理が予防につながる
- 健康管理
- 全般的な健康管理や免疫力の維持
- 栄養バランスの良い食事
- 適度な運動
- 十分な休息
- 適切なストレス管理
- ストレスを溜めない
- 趣味などで早めにストレスを解消
あとがき
ギラン・バレー症候群(GBS)は、先進国における急性四肢麻痺を呈する疾患の中で最も頻度が高いとされている。GBS患者の3分の2は、発症前に感染症を経験しているとされている。特に、カンピロバクターやサイトメガロウイルス(CMV)などの感染が引き金になることが多いと考えられている。
血漿浄化療法や免疫グロブリン静注療法(IVIg)は、現在、標準治療になっているが、死亡率は2~5%もあり、20%の患者は1年後に独立歩行ができないことが明らかとなっている。そのため、より有効性の高い治療の開発が求められている。
【参考資料】
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
神経疾患とは、脳、脊髄、末梢神経などに障害を引き起こす疾病の総称。神経変性疾患、免疫性神経疾患、末梢神経疾患、筋疾患など多岐にわたる。 神経変性疾患には、脳卒中、認知症、パーキンソン病、脊髄小脳変性症などがある。 免疫性神経疾患には、重症筋無力症や多発性硬化症などがある。 また、末梢神経疾患にはギランバレー症候群などがあり、筋疾患には筋ジストロフィーなどがある。 |