はじめに
デジタル医療は、AI、IoT、ウェアラブルデバイス、遠隔診療、電子カルテシステムなど、さまざまな最新技術が医療現場に導入され、従来の医療モデルを大きく変えつつある。
これにより、診断の迅速化、治療の個別化、患者の利便性の向上だけでなく、医療リソースの最適化などが進展しており、多くの専門家はこの変革期を「デジタル医療の黎明期」と呼ぶ傾向にある。
実際には既に多くのデジタル技術は医療現場で利用されているものの、この変革の本格的な定着とシステム全体への統合はまだ始まったばかりである。例えば、遠隔診療は新型コロナウイルス感染症の拡大以降、一気に普及したが、まだ規制の整備、データの安全性や相互運用性の課題、技術の標準化など解決すべき問題が多く残っている。
つまり、医療システム全体がこれらの進歩を完全に活用するには、まだ成長途上の側面が大きい。そのため、現在はデジタル医療の黎明期に該当し、今後さらなる技術革新と社会的・制度的整備が進むことで、次のステージへ移行していくと期待される。
デジタル医療の定義
デジタル医療とは、VR(virtual reality;仮想現実)やスマホアプリ等のデジタル技術を医療に活用することで治療を効率化・症状の改善を図るヘルスケア領域のビジネスのことを指す。治療薬の投与による医療ではないため、「デジタル薬」又は「デジタル治療」とも呼ばれることがある。
デジタル医療の時代的背景
近年、医薬品開発と医療の様々な面の ICT 化が急激に進んでいる。この潮流は、医薬品や医療提供の在り方にも大きな変革をもたらしつつあるという。
欧米各国では、2010年代に入り、ソ フトウェアの法整備が大きく進展した結果、治療アプリとも呼ぶべきソフトウェアの臨床試験が次々と開始され、有効性が確認された治療アプリ製品が次々と登場し始めている。
一方、法規制の観点から、日本ではソフトウェアは長らく医療機器などに付属するものと位置付けられ、 医療機器の性能を最大限発揮するためのソフトウェア開発が行われてきたが、2014年の薬機法改正を契機にして、ソフトウェアが単体で医療機器として日本でも認められるようになった。
この薬機法改正により治療アプリの開発を加速させる法整備がある程度整ったと言える。認可されればスマホアプリでも医療現場で治療手段として利用できるようになる。
外部環境の変化に伴う精神状態の変化が、自律神経を介して免疫系へ影響を与え、それが全身の様々な臓器に働きかけて疾患を発症、或いは重症化させている可能性があると言われている。そこで治療アプリによる適切な外部刺激が、その疾患の原因となる免疫状態を改善することで、疾患治療が実現する可能性があり、その目的を達成するための治療アプリが開発されつつあるという。
治療アプリ開発のベンチャーが、国内外の製薬大手各社と提携して開発する取り組みも増加し、着実に存在感を高めている。治療アプリの開発開始は、米国の取り組みが早かったものの、世界各国がほぼ同じ土俵で国内外の研究開発競争がスタートした状況にあると言えるのではなかろうか。
デジタル医療業界の中長期的な世界地図は、黎明期に当たるこの数年の間で、戦略的な取り組みの如何によって、大きく変わってくると思われる。
中長期的には、様々な疾患の治療薬(低分子医薬、高分子医薬など)を補完する役割を担う可能性もあると期待できる。認知機能障害や生活習慣病向けの新しい治療法が、国内外企業との共同開発や産学連携により促進されているという。
治療アプリの国内市場はまだ途に就いたばかりであり、現在の市場規模は決して大きくはない。しかしながら、今後は高血圧症や糖尿病などの生活習慣病を中心に治療アプリの採用が進むと予想される。これらの疾病は、治療が長期にわたる慢性疾患に相当し、デジタル医療は、治療薬の投与に比べ費用が安いこと、映像や言語による治療であるため副作用が低いというメリットを打ち出しやすい対象となるからである。
生活習慣病以外では、不眠症や小児ADHDなどの疾患も対象になり、治療アプリの採用が増えていくと推測する。
予想と期待であるが、遠くない未来に上述したような時代が到来するとも限らない。今からそれを前提とした基礎研究や開発研究を国家として推進することは意義深いことではないかと思う。
あとがき
デジタル医療の黎明期は、単なる新技術の導入に留まらず、医療体制全体が根底から再編される大変革の過渡期と位置づけられると思う。その理由を以下に説明したい。
- 急速なテクノロジーの進化
- AI、IoT、ビッグデータ解析、ウェアラブルデバイス、遠隔診療など、最新のデジタル技術が医療現場に導入されることで、従来の対面中心の診療や紙媒体での患者記録に代わり、リアルタイムなデータ収集と解析が可能になる
- これにより診断、治療、患者管理といったプロセスがより効率的かつ精度の高いものへと変わる基盤が築かれる
- 医療情報のデジタル化とデータ連携の進展
- 電子カルテやクラウドベースの医療情報システムの普及は、医療機関間の情報共有を促進し、患者の治療履歴や検査結果を迅速に利用できる環境を整えていく
- これにより、医療現場全体で統合的かつ個別化された診療が実現し、今までの断絶的なシステムから、連携のとれた新たな医療体制への転換が推進される
- 個別化医療と早期介入の推進
- ゲノム解析やビッグデータの活用により、患者一人ひとりの病態やリスクが詳細に把握され、従来の一律治療から個々に合わせた治療法(精密医療)へのシフトが加速していく
- これは、デジタル技術が医療体制そのものを根本から再構築する要因となっている
- 新たな医療提供モデルの誕生
- 遠隔診療やオンライン診察、モバイルヘルスアプリの普及により、従来の病院中心の医療から患者が自宅や地域で受けられる医療サービスへの移行が進む
- これにより、医療アクセスの向上や地域医療の再設計が促され、体制全体がより柔軟かつ効率的なものへと変革していく
- 制度整備と安全性の課題への対応
- 技術の急速な進展と並行して、データプライバシー、セキュリティ、相互運用性の確保といった課題も浮上している
- これらの問題に対する法規制や標準化、インフラ整備の取り組みが進むことで、医療全体のデジタルトランスフォーメーションがより確固たるものとなる過程にある
以上のように、デジタル医療の黎明期は、新技術の採用によって医療現場の運用方式や情報管理、診療の個別化といった側面が劇的に変化している段階である。このことは、これまでの医療体制から次世代の医療モデルへとシフトする、大変革の過渡期であると言えるだろう。
【参考資料】
デジタルヘルス時代における大企業とスタートアップの関係性 : 富士通総研 |
医療現場におけるデジタルヘルスの可能性(# (dbj.jp)、# (dbj.jp) 出所:日本政策投資銀行 |
次世代ヘルスケア|成長戦略ポータルサイト |
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