はじめに
ニトロソアミン類は、アミンと亜硝酸塩が反応して生成する化合物群で、発がん性があるとされている。ニトロソアミン類は、加工肉や燻製肉、チーズ、漬物、魚介干物などの食品に含まれることが知られている。特にタバコはニトロソアミン類を多く含んでいるため、喫煙者の摂取量は当然ながら多くなる。
そんなニトロソアミン類の混入が一部の医薬品にもあることが判明し、健康被害を防ぐための対策や取り組みが当局の指導下で、各医薬品企業で既に始まっている。
本稿は、私自身がこれからの新薬開発における検討課題の一つに加えられるであろう「ニトロソアミン類の混入リスク評価」について理解するために記載したものである。したがって、詳細について知りたい方は、PMDAの公開サイトで確認してほしい。
ニトロソアミン類の混入による医薬品回収例
ニトロソアミン類の混入が原因で自主回収された医薬品は、下表のような医薬品がある。
医薬品 | ニトロソアミン類 | 自主回収年 |
---|---|---|
バルサルタン ロサルタン イルベサルタン | NDMA NDEA | 2018~2019 |
ラニチジン | NDMA | 2019 |
ニザチジン | NDMA | 2019 |
メトホルミン | NDMA | 2020 |
シタグリプチン | NTTP | 2020 |
アモキサピン | N-NAP | 2020 |
ノルトリプチリン | N-NTP | 2021 |
NDEA:N-ニトロソジエチルアミン
NTTP:N-ニトロソテトラヒドロピリミジン
N-NAP:N-ニトロソアモキサピン
N-NTP:N-ニトロソノルトリプチリン
バルサルタン、ロサルタン、イルベサルタンなどのサルタン系医薬品は、高血圧や心不全の治療に用いられる医薬品で、N-ニトロソジメチルアミン(NDMA)やN-ニトロソジエチルアミン(NDEA)が検出されたため、一部の製品が自主回収された。
ラニチジンやニザチジンは、胃酸の分泌を抑えるので、胃潰瘍や逆流性食道炎の治療に使用される医薬品である。NDMAが検出されたため、一部の製品が自主回収された。
メトホルミンは、血糖値を下げる作用があり、糖尿病の治療に用いられる医薬品である。NDMAが検出されたため、一部の製品が自主回収された。
シタグリプチンは、インクレチンと呼ばれるホルモンの働きを増強する作用があり、糖尿病の治療に用いられる医薬品である。N-ニトロソテトラヒドロピリミジン (NTTP)が検出されたため、一部の製品が自主回収された。
アモキサピンやノルトリプチリンは、神経伝達物質の再取り込みを阻害する作用があり、うつ病の治療に用いられる医薬品である。それぞれN-ニトロソアモキサピン (N-NAP)やN-ニトロソノルトリプチリン(N-NTP)が検出されたため、一部の製品が自主回収された。
上記の医薬品におけるニトロソアミン類の混入リスクについては、厚生労働省から通知が出されており、詳細はこちらをご覧ください。
ニトロソアミン類が医薬品に混入する原因
ニトロソアミン類が医薬品に混入する原因として考えられるのは、医薬品の製造過程や保存条件によって、ニトロソアミン類が生成されたり、他の物質から汚染されたりすることである。
具体的には、下記のような原因が考えられる。
- 原薬の合成工程における生成
- 原薬製造における共用設備からの交叉汚染
- 原薬合成工程の回収溶媒や試薬中への混入
- 一部の包装資材の使用による混入
- 原薬や製剤の保存中における分解生成物
原薬の合成工程における生成のリスクとなるのは、ニトロソ化試薬やニトロソアミン類を含む試薬を使用する工程や、ニトロソアミン類の前駆体となる物質を含む原料や中間体を使用する工程である。これらの製造工程においてはニトロソアミン類が生成される可能性が高まる。
原薬製造における共用設備からの交叉汚染のリスクとは、ニトロソアミン類を含む医薬品や原料を製造した設備や器具を、他の医薬品や原料の製造にも使用する場合を指す。十分に洗浄されてしない場合には、ニトロソアミン類が残留して交叉汚染する可能性がある。
原薬合成工程の回収溶媒や試薬中への混入のリスクとは、ニトロソアミン類を含む医薬品や原料の製造に使用した溶媒や試薬を回収して再利用する場合、ニトロソアミン類が混入する可能性があることを指す。また、溶媒や試薬を製造工程で使用する際にもニトロソアミン類が混入する可能性があるかも知れない。
一部の包装資材の使用による混入とは、ニトロセルロースを含むブリスターパックなどの一部の包装資材を使用する場合、ニトロセルロースが分解してニトロソアミン類を生成する可能性があることを指す。
原薬や製剤の保存中における分解生成物とは、原薬や製剤(医薬品)の保存条件によっては、ニトロソアミン類の前駆体となる物質が反応して、ニトロソアミン類が生成する可能性がある。例えば、高温や光の影響で、ニトリトイオンやアミン類がニトロソアミン類に変化することが知られている。
当局からの指示による対応策
ニトロソアミン類は、発がん性物質であり、医薬品に混入すると健康被害を引き起こす可能性がある。そのため、医薬品におけるニトロソアミン類の混入リスクを低減させるためには、以下のような対応が必要であるとして、厚生労働省から通知が出された。
- 医薬品製造販売業者は、ニトロソアミン類の既知の混入原因を参考にして、自社の製品品目について混入リスクを評価すること。
- 混入リスクのある品目については、適切なロット数でニトロソアミン類の量を測定すること。もし限度値を超える場合が確認された際は、速やかに厚生労働省に報告すること。
- 限度値を超える品目については、規格値の設定、製造方法の変更等のリスク低減措置を講じること。必要な場合は、一部変更承認申請又は軽微変更届出を行うこと。
- 承認申請中又は承認申請前の品目についても、可能な限り、リスク評価を行うこと。混入リスクがある場合には、上記の対応を行うこと。
詳細についてはこちらをご参照ください。また、欧米の規制当局からもガイダンスが提供されており、こちらに日本語訳が掲載されているので、参考にしてください。
製造販売業者が行うべき自主点検
ニトロソアミン類の規制に関して、製造販売業者が行うべき自主点検とは、医薬品中のニトロソアミン類の混入を低減・管理するために、厚生労働省から通知された基準に従って、自社が製造販売する品目について、ニトロソアミン類の混入リスクを評価し、必要に応じて分析やリスク低減措置を行うことである。
自主点検は、令和3年(2021年)10月8日付けで都道府県に対して通知され、令和5年(2023年)4月30日までにリスク評価を行い、令和6年(2024年)10月31日までに分析やリスク低減措置を行うことが求められている。
自主点検の詳細な方法や基準は、厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページで確認できる。
ニトロソアミン類の規制基準値(日本)
日本での医薬品におけるニトロソアミン類の規制基準値は、下記のように設定されている。
- ニトロソアミン類の限度値は、基本的に、発がん性試験データや構造活性相関などに基づき、科学的に妥当な方法で設定することが求められている。
- 既知のニトロソアミン類が1種類確認された場合は、下表に示した許容摂取量を適用することが求められている。
ニトロソアミン類 | 許容摂取量(ng/day) |
---|---|
N-ニトロソジメチルアミン(NDMA) | 96.0 |
N-ニトロソジエチルアミン(NDEA) | 26.5 |
N-ニトロソ-N-メチル-4-アミノ酪酸(NMBA) | 96.0 |
N-ニトロソメチルフェニルアミン(NMPA) | 34.3 |
N-ニトロソイソプロピルエチルアミン(NIPEA) | 26.5 |
N-ニトロソジイソプロピルアミン(NDIPA) | 26.5 |
N-ニトロソ-N-メチルピペラジン(MeNP) | 26.5 |
N-ニトロソジブチルアミン(NDBA) | 26.5 |
N-ニトロソモルホリン(NMORi) | 127 |
あとがき
ニトロソアミン類は、食品や医薬品において発がん性があるとされる化合物群である。医薬品においては、ニトロソアミン類の混入リスクを低減・管理するために、原薬や製剤における限度値や管理指標を設定し、本稿に記載したように、製造販売業者に対して自主点検を依頼している。
一方、食品については、日本ではニトロソアミン類の含有量に関する国内の基準値は特に設定されていないようだ。おそらく医薬品とは異なり、一日の摂取量を規定することが容易でないからであろう。しかし、今後は、海外の動向を勘案しながら、食品についても何らかの規制があるかも知れない。