はじめに
最近の傾向として、日本における性行為感染症(STD)の有病率が増加傾向にあるという気になる報告を耳にした。特に、下記のようなSTDが増加傾向にあるという。
- 性器クラミジア感染症
- 性器ヘルペスウイルス感染症
- 尖圭コンジローマ
- 淋菌感染症
- 梅毒
日本においてSTDが増加傾向にある理由については、次のような要因が指摘されている。
- 性行動の活発化
- 若者の間で性行動が活発化している可能性が高い
- 感染予防の認識不足
- 性行為における感染予防の認識が不十分
- 早期発見・早期治療の難しさ
- STDの症状は多様で気づきにくいとされる
- 早期発見が難しく、治療開始が遅れがち
これらの要因が絡み合って、STDの増加傾向にあると一般的には考えられている。
日本では、性教育は「保健」科目の一部として授業が行われ、思春期の体の変化や受精について、そして性感染症の防止法などを学ぶのが主目的になっているという。
一方、欧米では性教育がより包括的に行われ、性的行動だけでなく、人との関係性、ジェンダーや権利のことなど、もっと幅広い内容が扱われているらしい。
どちらがより良い方法なのか私には分からないが、無知によるSTD感染の増大だけは避けてもらいたいと思う。無知は罪だということを肝に銘じてほしい。
性行為感染症とは
性行為感染症(sexually transmitted diseases; STD)は、性交渉によって感染する疾病のことをいう。
STDには下記のような疾病が含まれる。実に種類が多い。
- 梅毒
- 淋菌感染症
- HIV感染症
- 性器クラミジア感染症
- 性器ヘルペス
- 尖圭コンジローマ
- 腟トリコモナス症
- 性器カンジダ症
- 性器伝染性軟属腫
- ケジラミ症
- 軟性下疳など
STDは、いくつかの病原性微生物によって引き起こされ、それぞれの病原体は大きさ、生活環境、引き起こす症状、治療法に対する感受性が大きく異なる。
衛生状態の改善や抗生物質の開発などの治療薬の進歩により、軟性下疳、鼠径リンパ肉芽種症などは少なくなってきたが、梅毒の患者は今でも時々みられる。
性風俗、性交渉開始時期の若年齢化、複数のセックスパートナーの存在などにより、クラミジア感染症、HIV感染症は増加の一歩をたどっている。
また同性間性交渉、オーラルセックスなど性交渉の形態が多様化してきており、性器だけでなく、咽頭や直腸などにも症状がみられたり、無症状のSTDの患者による感染が増加している。
STDの多くが生命に関わらないことや、治療可能であることが多いことから、一般的に深刻に考えない人が多いことが問題となっている。
原因
梅毒 |
スピロヘータの一種である梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)の感染によって引き起こされる疾患である。 |
淋菌感染症 |
淋菌(Neisseria gonorrhoeae)によって引き起こされる。淋菌はヒトのみに感染するグラム陰性双球菌で,常に性的接触により伝播される。 典型的には、尿道および子宮頸部に感染する。口腔または肛門性交の後に咽頭の上皮または直腸にも感染症が発生する可能性がある。また眼の汚染後に結膜炎が生じることもある。 |
尖圭コンジローマ |
性器へのヒト乳頭腫ウイルス感染症で、大部分が性交あるいはその類似行為によって感染する性行為感染症の一つである。皮膚や粘膜に感染し、良性腫瘍であるウイルス性疣贅を作る。 |
性器ヘルペス |
単純ヘルペスウイルス(HSV)による性行為感染症である。HSV-1は歯肉口内炎、口唇ヘルペスおよびヘルペス角膜炎を引き起こすが、HSV-2は通常、性器病変を引き起こす。初回感染後、HSVは神経節に潜伏し、そこから周期的に出現して症状を引き起こす。女性は性器クラミジア感染症に次いで第2位の感染状況である。男性の場合には、性器クラミジア感染症、淋菌感染症に次いで第3位となっている。 |
性器クラミジア感染症 |
主としてクラミジア・トラコマチス(Chlamydia trachomatis)による感染が原因である。性器クラミジア感染症の原因菌は クラミジア・トラコマチスのうちのD – K型であり、A – C型とL型は別の疾患を引き起こす。 |
腟トリコモナス症 |
腟トリコモナス(Trichomonas vaginalis)による腟または男性性器の感染症。腟トリコモナスは、鞭毛をもつ原虫であり、男性より女性(妊娠可能年齢の女性の約20%)により頻繁に感染する。 |
性器伝染性軟属腫 |
ポックスウイルス科の伝染性軟属腫ウイルスにより引き起こされる。一般的には直接接触(性的接触、レスリングなど)、媒介物および浴槽の湯によって拡大する。 |
ケジラミ症 |
ケジラミ (crabs) はヒトに寄生する。 寄生部位は,陰毛および肛門周囲の毛髪が最も多いが、大腿部、体幹および顔面の毛髪(顎髭、口髭、睫毛)にも拡大することがある。 ケジラミは、青年・成人では性行為により感染が起きるが、濃厚接触により親から子に感染することもある。タオル、寝具、衣服を介して感染することもある。 |
軟性下疳 |
グラム陰性桿菌のHaemophilus ducreyiによって引き起こされる性器の皮膚または粘膜の感染症である。 |
HIV感染症 |
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症状
皮膚にみられる症状は多彩であり、ぶつぶつや硬いしこり、水疱、潰瘍などがある。
痛みや痒みを伴うこともあるが、梅毒では発疹に症状がないことが特徴である。
性器に発疹を生じるSTDには、梅毒、尖圭コンジローマ、性器ヘルペス、性器カンジダ症、性器伝染性軟属腫、ケジラミ症、軟性下疳、ボーエン様丘疹症、疥癬、鼠径リンパ肉芽腫症がある。
気づきやすい症状としては、尿道の違和感、痒み、排尿痛、尿がにごる、性器の痛みや水疱、女性ではほかに帯下の異常、性交痛、下腹部違和感などである。
感染しても症状が出ないSTDもある。また、自分に症状がなくても、セックスパートナーに症状があるときには受診をすべきである。
梅毒 |
臨床的に3つの病期に区別され、それらの間には無症状の潜伏期がみられることを特徴とする。一般的な臨床像としては、陰部潰瘍、皮膚病変、髄膜炎、大動脈疾患、神経症候群などがある。 梅毒に感染した場合は、その約3週間後に、性器、肛門、口などの感染した部分に、小豆大くらいの痛みのない赤いシコリができる。潰瘍にもなるが、その後4~6週間で自然に軽快する。女性ではこの症状に気づかない場合がほとんどで、この時期を第1期という。 治療しないと第2期に入り、全身の皮膚に紅斑、丘疹や脱毛がみられる。2~6週間で自然に消えてしまう。この後、数週間から数年間にわたり無症状の潜伏期に入る。この時期は血液検査のみが梅毒を発見できる方法となる。第3期になると、皮膚や内臓に腫瘍を生じ、心臓、血管、脳などに障害が出る。 |
淋菌感染症 |
感染女性の約10~20%は無症状であるが、無症状の感染男性はほとんどいない。約25%の男性では最小限の症状しかみられないが、通常、刺激感、疼痛および膿性分泌物を生じさせる。皮膚のただれ、発熱、および移動性の多関節炎または少関節型の化膿性関節炎を引き起こす場合もある。 |
尖圭コンジローマ |
感染してから眼で観察できるまでに3週間~8ヶ月かかるといわれている。男性では陰茎、尿道口、陰嚢、女性では大陰唇、会陰部、男女の肛門周囲に多く発症する。集簇して多発する傾向がある。 |
性器ヘルペス |
女性の場合には外陰部、膣を中心として潰瘍や赤い水ぶくれを生じ、特に初感染の場合には激しい疼痛を伴う。妊婦が感染した場合には、胎児への影響もあるので注意が必要である。疲労やストレスなどでほかの病気と合併して発症することが多く、ウイルスは症状がなくなっても神経節に潜伏し、再発する場合がある。 |
性器クラミジア感染症 |
尿道炎、子宮頸管炎、直腸炎および咽頭炎を発症させる。また、卵管炎、精巣上体炎、肝周囲炎、新生児結膜炎および乳児肺炎も引き起こすことがある。 男性は7~28日間の潜伏期後に症候性の尿道炎を発症し、通常軽度の排尿困難、尿道不快感および透明ないし粘液膿性の分泌物により始まる。女性では通常は無症状に経過するが、帯下、排尿困難、頻尿および切迫尿意、骨盤痛、性交痛ならびに尿道炎の症状が起こりうる。 |
腟トリコモナス症 |
無症候性のこともあれば、尿道炎、腟炎、ときには膀胱炎、精巣上体炎、または前立腺炎を引き起こすこともある。 男女ともに無症状のことがあるが、男性では無症状であるのが標準である。男性では、この病原体は症状を引き起こすことなく長期にわたり泌尿生殖器に持続感染することがあり、意図せずにセックスパートナーを感染させる可能性がある。 |
性器伝染性軟属腫 |
表面平滑で蝋様または真珠様の光沢を呈する、中心臍窩を伴うピンク色で直径2~5mmのドーム状丘疹の集簇を特徴とする疾患である。 |
ケジラミ症 |
そう痒を引き起こす。身体的な徴候はほとんどないが、一部の患者では表皮剥離、所属リンパ節腫脹および/またはリンパ節炎が認められる。 |
軟性下疳 |
丘疹、有痛性潰瘍および化膿を来す鼠径リンパ節の腫大を特徴とする。 3~7日間の潜伏期の後、小さく有痛性の丘疹が現れ、急速に破れて浅く軟らかい有痛性潰瘍となる。潰瘍は、辺縁がでこぼこに穿掘されて境界部分が赤くなっている。潰瘍の大きさは様々で、しばしば融合する。より深いびらんはときに著しい組織破壊を招く。 |
HIV感染症 |
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検査・診断
問診、視診、触診、血液・尿検査の結果から総合的に診断する。STDを疑う場合に特に重要なのが問診である。
梅毒 |
梅毒の血清学的検査には、スクリーニング(レアギン,非トレポネーマ)検査、確定(トレポネーマ)検査、および暗視野顕微鏡下鏡検の3種類がある。 |
淋菌感染症 |
鏡検、培養、または核酸増幅検査による。 性器分泌物、血液、または関節液(穿刺吸引により採取)のグラム染色による鏡検、培養、核酸検査によって淋菌が検出されれば、淋菌感染症と診断される。 |
尖圭コンジローマ |
典型的な尖形コンジロームは乳頭状、鶏冠状の特徴的な形態を持つため視診で十分診断がつく。 |
性器ヘルペス |
診断は臨床的に行うが、培養、PCR検査、直接蛍光抗体法または血清学的検査により確定診断が可能である。 |
性器クラミジア感染症 |
培養、抗原の免疫測定法、または核酸検査による。子宮頸部、尿道、咽頭または直腸滲出液もしくは尿の核酸検査で診断する。 |
腟トリコモナス症 |
直接鏡検、試験紙検査もしくは腟分泌物の核酸増幅検査、または尿もしくは尿道培養で診断する。 |
性器伝染性軟属腫 |
臨床的な外観に基づいて診断する。 |
ケジラミ症 |
注意深い視診(ウッド灯を使用)または顕微鏡観察によってシラミの虫卵、虫体またはその両方を証明することによる。感染を裏付ける徴候として、皮膚または下着に散在する暗褐色のしみ(シラミの排泄物)がある。 |
軟性下疳 |
病原体の培養が困難であるため、診断は通常、臨床的に行う。 |
HIV感染症 |
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治療
治療法は、疾病の種類によって異なる。
梅毒 |
第1選択薬は、ペニシリンである。眼梅毒および神経梅毒には最初にベンジルペニシリンを静注するのを除き、ベンジルペニシリンベンザチン(Bicillin L-A)で治療する。 梅毒の原因であるトレポネーマは、抗生物質が効きやすいものの、治療が遅れるほど治癒しにくくなる。 |
淋菌感染症 |
合併症がない場合には,セフトリアキソン + アジスロマイシンを単回投与する。いくつかの経口または注射用抗菌薬が使用できるが、薬剤耐性が増加しつつある。 |
尖圭コンジローマ |
局所療法としては、液体窒素による凍結療法、電気焼灼法、炭酸ガスレーザー法などがある。外用療法としては、5-FU軟膏やブレオマイシンなどがあるが、再発もみられている。免疫を調整する薬剤であるイミキモド 5%クリーム(ベセルナクリーム®)が承認された。 |
性器ヘルペス |
治療は対症療法である。抗ウイルス療法は、重症感染に役立ち、早期に開始すれば、再発時または初感染時ともに役立つ。抗ウイルス剤には、ビダラビン(アラセナ-A®)とアクシロビル(ゾビラックス®)、バラシクロビル(バルトレックス®)などがある。いずれもウイルスの増殖を抑制し、症状の持続期間を短縮させる。さらに現在では、再発を少なくするために、毎日の治療で症状が現れる前にウイルスの増殖を抑える「再発抑制療法」という治療を行えるようになった。ウイルス再活性化の原因は、紫外線、疲労、ストレス、また女性は生理との関連性も指摘されており、再発を繰り返す症例では誘因を明確にし、生活面で可能な限り意識することが必要である。 |
性器クラミジア感染症 |
アジスロマイシンを単回投与する。またはオフロキサシン、レボフロキサシン、エリスロマイシンもしくはテトラサイクリン系薬剤を1週間投与する。 |
腟トリコモナス症 |
メトロニダゾールまたはチニダゾールを経口投与する。 |
性器伝染性軟属腫 |
主に切除を行う。 治療の目的は拡大の予防か、整容的に許容できない病変を除去することにあり、機械的方法(摘除、凍結療法)が用いられる。 |
ケジラミ症 |
外用薬(ピレスロイド系)または内服薬イベルメクチンにより治療する。 剃毛または市販されている0.4%フェノトリン(スミスリン®)パウダーやシャンプーで治療。 |
軟性下疳 |
マクロライド系薬剤(アジスロマイシンもしくはエリスロマイシン)、セフトリアキソンまたはシプロフロキサシンを投与する。 |
HIV感染症 |
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予防
性行為感染症(STD)の感染予防対策としては、下記のような方法が知られている。これらの予防策を講じることで、STDの感染リスクを大幅に減らすことができると言われている。
- コンドームの使用
- 性行為の際には必ずコンドームを使用
- STDの感染予防に最も効果的な方法
- パートナーの限定
- 不特定多数の相手との性行為は避ける
- パートナーを限定することが望ましい
- 定期的な検査
- 自身やパートナーがSTDに感染していないことを確認
- 定期的に検査を受けることが重要
- ワクチン接種
- ワクチン接種により予防できるSTDも存在する
- HPV感染症(尖圭コンジローマ)
- ワクチン接種により予防できるSTDも存在する
あとがき
性行為感染症(STD)の流行は、江戸時代の遊郭や戦後(1946~1958年まで)の「赤線」(日本における売春を目的とした特殊飲食店街の俗称)の話だけだと勝手に思い込んでいたが、現代でも世界中で問題となっているらしい。
STDは、一昔前までは「性病」または「性感染症」と呼ばれ、一般人には無関係な「風俗街の病気」というようなイメージでとらえられていた。私の理解もそれとあまり違わないものであった。
しかしながら、今日では、STDはごく普通のカップルの間でも広がっているらしい。また、近年は性経験の低年齢化に伴い、高校生の間でもSTDが広がりつつあるという気になる報告もある。
「性教育=性交のこと」と思い込んでいる教員や大人も多いと聞くが、本来、性教育は科学的な身体の知識を身に付けるだけではなく、ジェンダー教育や人権教育でもあると思う。避妊についてだけでなく、STDの感染予防や他者との関係性、ジェンダーや人権のことなど、もっと包括的な幅広い内容が性教育として扱われることが必要な時代を現代の日本社会も迎えているように思う。
【参考資料】
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |