はじめに
性同一性障害(Gender Identity Disorder;GID)は、自己の性別認識(Gender Identity)が生物学的な性別と一致しない状態を指す。つまり、次のような特徴がある:
- 反対の性に対する同一感
- 自分の存在そのものを、自らの「ジェンダー」と同一化したいと願い、反対の性別になりたいと強く望む
- 自分の性に対する不快感
- 自分の性器がふさわしくないと考えたり、また、2次性徴期において、男らしい、あるいは女らしい体つきになることに対する嫌悪感や忌避の気持ちが強くなる
性同一性障害は、「アイデンティティ」の障害であり、自己の存在意識への不安定さを生じさせる。また、「ジェンダー」の悩みに加え、偏見に基づくいじめ、友人関係、家庭内での孤立、自己嫌悪感、自己肯定感の低下なども重なり、精神的に継続したケアが必要とされる。
現代社会は、性の多様性に対する理解が進んできている一方で、まだ多くの課題が残っていると言わざるを得ない。性同一性障害者が直面する困難や挑戦は、社会的な理解や受け入れの欠如からしばしば生じる。
例えば、教育や職場環境、医療、公的サービスなどの分野で、性同一性障害者が差別的な扱いを受けたり、適切なサービスを受けられないといった問題が存在する。また、一般人の性同一性障害者が自身の性自認を公にすることに対する社会的な理解や受け入れがまだ十分ではないという問題もある。
したがって、現代社会が性同一性障害者にとって生きやすい時代であるとは現時点では決して言えない状況である。社会全体の性に対する理解や受け入れがもっと進展しなければ、彼らをサポートしていることにはならないと思う。
性同一性障害とは
性同一性障害(Gender Identity Disorder; GID)は、「生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信をもち、かつ、自己を身体的および社会的に別の性別に適合させようとする」障害を指す。つまり、肉体上の性別と自分の意識する性別(心理的・社会的な性)が一致しない状態(性別違和)のことをいう。
人間には生物学的な性(sex)と、心理的・社会的な性(gender)があり、個人のなかで両者の性に対する自己意識が一致しない、生物学的には完全に男女どちらかの性に属し、本人もそれをはっきりと認知していながら、人格的には自分が〈別の性に属している〉と確信している状態を性同一性障害と呼ぶらしいが、性同一性障害と診断された人達以外にも自らの性別に違和感を抱いている人々がおり、広く性別違和症候群と呼ばれている。
生物学的な性別(sex)と、心理的・社会的な性別(gender)が一致しないため、自らの性別に対して持続的な嫌悪感を持ち、反対の性別に同一感を抱いて服装、身のこなしなどで表現しようとする。近年、男女の社会的役割は大きく変わってきており、旧来の男性と女性という単純な二分法では通用しない社会になってきている。多様性を認める社会に少しずつではあるが移行しつつあるのは歓迎すべきである。
日本精神神経学会は、1997年5月に「性同一性障害に関する答申と提言」を発表し、診断と治療のガイドラインを設け、精神療法やホルモン投与でもうまくいかない場合には、正当な医療行為として手術療法を承認した。そして、1998年に性別適合手術が初めて公的に行われて以来、世間の注目を集めるようになってきた。
このような状況のもと、性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律(略称:性同一性障害者特例法)が平成15年(2003年)に成立し、平成16年(2004年)7月から施行された。この法律では、一定の条件を満たす性同一性障害者について、家庭裁判所が性別変更の審判を行うことを定めている。この法律により、性同一性障害者は法令上の性別の変更を認められている。つまり、要望すれば、戸籍上の性別も変更され、新しい性別で婚姻することなどもできるとされている。
原因
性同一性障害は、生物学的性別とジェンダー・アイデンティティの不一致によって引き起こされる。
生物学的性別は、受精の際に精子にY染色体があるかどうかによって決まる。一方、ジェンダー・アイデンティティは2歳半頃までには決定づけられて、その後の変更は極めて難しいとされている。
原因不明のことが多いが、胎児期の脳の形成過程が深く関与していると考えられている。人間の遺伝的な性は受精の瞬間に決まるが、身体的・心理的な性差は発生の過程とともに現れる。妊娠8〜10週くらいに生殖器官が発達し、20週ごろから脳の性差が生まれ,これが性の自己認知に重要な役割を果たすといわれている。
母親が妊娠中におかれた環境が、子どもの性行動に影響すると考えられている。このほか、乳児期の接し方や,両親の子どもに対する態度など、出生後の社会的な要因も性の自己認識に関与しているとも言われている。
1985年に発表された米国の研究によれば、男性の2万4000〜3万7000人に1人、女性の10万3000〜15万人に1人の割合で、性同一性障害が発生しているようだ。
しかしながら、調査の方法などによってもその数に開きがあり、正確な値は分からない。日本国内で性同一性障害の治療を必要とする人は2200〜7000人という試算もあるが、実数はこの10倍に達すると推定されている。
自らの性別に違和感を感じている、いわゆる性別違和症候群の人たちも含めるとさらに数は多くなるはずである。
症状
自分の身体的な性に対する持続的な不快感、あるいは嫌悪感、またその役割についての不適切感がある。それと同時に自分とは反対の性に対して、身体的にも同じようになりたい、社会的にも反対の性で受け入れられたいなどの強い気持ちをもつ。
国際診断基準(DSM-IV)によると、性同一性障害には次のような症状が現れるという。
症状 | 具体的行為の例 |
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反対の性に対する強く、 持続的な同一感をもっている | 反対の性別になりたいと強く望み、反対の性別としての服装、遊びなどを好む(子どもの場合、男の子が女の子の服を着たがる。女の子が男の子のゲームをやりたがる)。青年になると、別の性として扱われることを望み、別の性になりたいという欲求を口にしたりする。 |
自分の性に対する持続的な不快感(嫌悪あるいは忌避)をもっている | 自分の性器が間違っている、自分の性器はなかったらよかったと考える。男の子は自分のペニス(陰茎)を気持ち悪いと感じ、女の子は月経や乳房の膨らみなどに対する嫌悪感が強い。青年になると、自分が間違った性に生まれたと感じたり、反対の性らしくなるために、ホルモン療法や手術などを要求する。 |
反対の性別としての性役割を求める | 日常生活のなかでも反対の性別として行動したり、義務を果たし、家庭、職場、社会的人間関係のなかで、あるいは儀式や身のこなし、ことば遣い、いろいろの場面で、反対の性別としての性役割をとることを求め、実際そのようにする。 |
性同一性障害のために、臨床的に強い苦痛を感じ、社会生活の重要な機能に障害が起きている |
検査・診断
生物学的性別とジェンダー・アイデンティティが一致しないことにより診断される。生物学的性別の判定は、性染色体検査、ホルモン検査、内・外性器の検査などを実施し、判定する。
ジェンダー・アイデンティティの判定は、幼少時からの日常生活の状況を詳しく聞きとり、本人だけでなく、家族や親しい友人などからも情報を得たうえで、本人のジェンダーを判定する。
尚、医学的に生物学的性別に異常があるものは除かれ、職業上の理由や趣味・嗜好の理由で別の性別を望むものは含まれない。
性同一性障害の行為や服装の倒錯が性的快感と結び付かないところが性嗜好障害と異なるところである。また、性の転換を考え、また実際に転換しようとするものを性転換症と呼ぶ。
治療
日本での治療は、日本精神神経学会のガイドライン(第3版)に沿って実施し、領域を異にする専門家の医療チームによって行われる。
治療の内容は、精神科領域の治療(精神的サポート)と身体的治療(ホルモン療法と性別適合手術)の2つに大別される。
精神科領域の治療が先行し、身体的治療への移行が適当かどうかが判定される。身体的治療の内容や順序については、当事者とチームが十分検討して決定することになる。これらの治療は、あくまで苦痛を和らげ、自分らしく生きるための手助けにすぎず、根本治療ではない。性そのものの転換は不可能であるからだ。
ガイドライン第3版(2006年)によると、精神科領域の治療(精神的サポート)では、カムアウト(come out)検討、実生活経験の検討、精神的安定の確認をすることになっている。
また、身体的治療では、ホルモン療法、乳房切除術、性別適合手術へと移行、精神的サポートと新生活のQOL(生活の質)の援助を継続することになっている。
性別適合手術(俗称:性転換手術)は、性器の再形成が比較的成功するためには男性から女性に性転換する手術の方が一般的である。男性の場合はペニスと睾丸を除去し、人工の膣を形成する。通常は女性化を促すホルモンを使って豊胸するが、胸に移植片を挿入することもある。女性の場合は乳房切除術を受け、ホルモン治療で男性的な第2次性徴を起させるが、人工ペニスの形成はあまり成功していないようだ。
あとがき
最近、LGBTという用語を耳にする機会が増えてきたような印象を受ける。LGBTは、特定の性的少数者を包括的に指す総称で、Lesbian(レズビアン)・Gay(ゲイ)・Bisexual(バイセクシュアル)・Transgender(トランスジェンダー)の各単語の頭文字を組み合わせた頭字語である。
このLGBTのなかの”Transgender”は、ジェンダー・アイデンティティ(性自認・性同一性)が出生時に割り当てられた性別と一致しない人を指すから、「性同一性障害」と関連性が高いと言ってよい。
トランスジェンダーの中には「性同一性障害」の診断を受けている人もいるだろうが、全てのトランスジェンダーが「性同一性障害」の診断を受けているわけではない。
その理由は、「性同一性障害」は、医学的な診断の一部として用いられ、自己の性自認が生物学的な性別と一致しない状態を指し、その状態により苦痛を感じ、医療的な介入(ホルモン療法や性別適合手術など)を求める人々を指す。
一方で、性同一性障害の診断を受けている人たち全てが自己をトランスジェンダーと認識しているわけでもないだろう。つまり、LGBTと性同一性障害は関連があるが、それらはそれぞれ異なる概念であり、個々の人々の経験や自己認識によっても異なる意味を持っている。まず、その認識を理解する必要があると思う。
話が変わるが、芸能人による性同一性障害のカミングアウトのニュースが続いている。有名人が公に自身の性同一性障害をカミングアウトすることで、社会全体の性の多様性に対する理解と受け入れを促進することに貢献していると言えるだろう。そして自身の経験を公表し、多くの人と共有することで、同じ性同一性障害を抱える他の人々に対する支援や助けになっていることだろうと思う。また、自分自身の性別認識を公にすることで、自己表現の一部にもなっている場合があるかも知れない。
だからと言って、彼らに倣って性同一性障害者が全員、カミングアウトする必要など全くない。カミングアウトは個々の人の選択であり、全ての性同一性障害者がカミングアウトをすることを誰も強制できないし、望んでもいない。ただ社会全体がマイノリティーを本心から受け入れられる社会になれば良いと思う。
【参考資料】
法研「六訂版 家庭医学大全科」 |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |