はじめに
化学合成や天然物分離で得られた「純物」の正確な構造決定は、医薬品の薬効評価や特許出願、品質保証の基盤である。なかでも質量分析(MS)と核磁気共鳴(NMR)は、その核心を担う最強タッグと言えるかも知れない。
また、医薬品の品質管理で、不純物の正確な同定は安全性と有効性を担保する要となる。質量分析(MS)と核磁気共鳴(NMR)は、それぞれ分子量情報と化学構造情報を提供し、相補的に機能する。本稿ではそのようなMS/NMRテクニックを取り上げたいと思う。
<目次> はじめに 不純物同定の重要性 質量分析法による構造同定テクニック NMR法による構造同定テクニック 質量分析(MS)vs NMR 比較 実務でのMSとNMRの組み合わせ戦略 MSとNMRの連携ワークフロー トラブルシューティング API合成プロセス中の不純物の解析方法 あとがき |
不純物同定の重要性
- 医薬品の不純物は毒性リスクや製剤安定性に直結する
- 規制当局は定量限界以下の未知不純物も報告を要求する
- 信頼性の高い構造同定はリスク評価と製造プロセス改善に不可欠である
質量分析法による構造同定テクニック
基本原理
- 分子をイオン化して飛行時間や質量電荷比(m/z)を測定
- 得られた分子イオンピークから正確な分子量を読み取り
高分解能質量分析(HRMS)
- ppm単位の質量精度で分子式候補を絞り込める
- 小数点以下4桁以上の分子量精度で元素組成を決定
- 化学組成(C/H/O/N数など)を迅速に確定可能である
- 主要機種:FT-ICR、Orbitrap
MS/MSフラグメンテーション解析
- タンデムMSで生成イオンの連鎖断片パターンを解析
- 前駆体イオンを選択的に破砕
- 断片パターンで部分構造を推定
- フラグメントの質量差から結合部位や官能基配置を推定
- リニアCADやHCDで断片生成条件を最適化
主なイオン化法
- EI(Electron Ionization)
- 低分子・揮発性化合物のフラグメンテーションパターン解析に最適
- ESI(Electrospray Ionization)
- 極性高くフラグメント抑制に適する
- 高分子や親水性化合物にも適用可
- ソフトイオン化で擬似分子イオンを多く検出
- APCI(Atmospheric Pressure Chemical Ionization)
- 中極性化合物のイオン化に強みを発揮
- 中分子領域での柔軟なイオン化
- MALDI(Matrix-Assisted Laser Desorption/Ionization)
- 大型分子やポリマー状不純物の解析に有用
- 大型生体分子や高分子の質量測定に強みを発揮
実践的活用例
- フラグメントマッピングで芳香族/アルキル鎖の配置を推定
- 比較対象化合物とのスペクトル差分解析で置換基の同定
NMR法による構造同定テクニック
1D-NMR(1H-NMR と 13C-NMR)
- 化学シフト(δ)と積分比で官能基の種類と数を確認
- カップリング定数(J値)で近傍水素の空間配置を推定可能
- 化学シフト(δ)とスピン–スピン結合定数(J値)から隣接環境を把握
- 13Cスペクトルで骨格の炭素数、置換パターンを確認
2D-NMR(COSY、HSQC、HMBC)
- COSY
- 水素同士の結合相関をマッピング
- 隣接プロトンの結合ネットワーク
- HSQC
- 1H-13C直接結合相関で炭素枠組みを確定
- 炭素–水素1結合相関
- HMBC
- 2~3結合離れた相関で骨格全体を構築
- 2〜3結合離れた部位をつなぐクロスピーク
応用テクニック(NOESY、DOSY)
- NOESY/ROESY
- 空間近接水素の距離情報で立体配座を推定
- 空間的近接(≲5Å)を検出し、立体配置(シス/トランス、エナンチオマー)を決定
- DOSY
- 分子拡散係数で混合サンプル中の不純物を分離
応用テクニック(DEPT/APT)
- CH₃, CH₂, CH, クォータナリー炭素の信号を色分け
- 骨格スケルトンのマッピングを高速化
実践的活用例
- 自然物Aの骨格決定
- HMBCで環構造を確定、NOESYで立体相関を裏付け
- 合成中間体Bの立体選択性評価
- J値解析とROESYで異性体比を定量
質量分析(MS)vs NMR 比較
特性 | 質量分析(MS) | NMR |
---|---|---|
分子量精度 | 高(ppmオーダー) | 低(間接推定) |
化学構造情報 | フラグメントパターン解析で限定 | 化学シフトと相関ピークで詳細 |
必要試料量 | 数ng~µg | mgオーダー |
測定時間 | 数分~十数分 | 数十分~数時間 |
定性/定量 | 定性に強み、 定量は外部標準要 | 定量は積分比で容易 |
実務でのMSとNMRの組み合わせ戦略
- まずHRMSで分子式を特定し、候補構造をリストアップ
- MS/MSで断片パターンを解析し、部分構造の仮説を策定
- 1D/2D-NMRで化学シフトと相関ピークから全体構造を確定
- 必要に応じてNOESYやDOSYで立体配座や混合物判別を補強
MSとNMRの連携ワークフロー
- 初期スクリーニング(MS)
- 分子量・元素組成をHR-MSで仮決定
- 1D NMR解析
- 化学シフトパターンで主要骨格をスケルトン化
- 2D NMR展開
- COSY/HSQC/HMBCで骨格つなぎ目を網羅的にマッピング
- MS/MSで部分構造検証
- 疑義部位の断片パターンを比較・裏付け
- 立体配置の最終確認
- NOESY/ROESY
- 必要に応じて固体NMR・X線結晶構造解析
トラブルシューティング
- MSイオン化効率のばらつき
- イオン抑制を防ぐため、サンプル前処理(固相抽出や薄層クロマト)でマトリックス除去
- NMRピーク重なり
- 分析溶媒の選定(CDCl₃, DMSO-d₆ など)
- 温度制御
- 高磁場NMRの活用
- 溶媒/水分ピークの干渉
- データ処理時にマスク機能で除外
- 必要に応じて脱水試薬使用
- スピン–スピン緩和時間(T₁)の長短
- 適切なリラックス遅延時間を設定して定量性を確保
API合成プロセス中の不純物の解析方法
あるAPI合成で生じた0.2%レベルの不純物を解析方法を例にとって、具体的な手順をみてみよう。
- HRMSでは不純物の分子構造はC_10H_12N_2O_と示めされた
- MS/MSでアミノ基付近のフラグメント確認
- 2D-NMR(HSQC/HMBC)でベンゼン環とアルキル鎖の結合位置を確定
- 最終的にα-アリール置換体であることを立証した
あとがき
質量分析(MS)と核磁気共鳴(NMR)は相互補完的に用いることで、不純物の構造を高い信頼度で実現できる。MSは候補分子式と断片情報に優れ、NMRは全体構造と立体配座を把握できる。両者を組み合わせたワークフローが業界標準となっている。
つまり、MSが示す「何を持つ分子か」の輪郭と、NMRが描き出す「どこに何があるか」の詳細な配置が分かれば、化合物の構造同定はそれほど難しいことではない。この二つの分析技術を組み合わせることで、一連の合理的ワークフローとして確立できる。
さらに、X線結晶構造解析による絶対配置決定やCD(円二色性)/OD(光学回転)でエナンチオマー評価を組み合わせることで化合物(原薬や類縁物質/不純物など)についてより正確な全体像が判明するようになる。
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