はじめに
ストレスが胃潰瘍や十二指腸潰瘍を引き起こしたという話を耳にすることがある。その理由は、結構、論理的に説明されている。
ストレスが胃潰瘍の原因となる理由は次のように説明できる。
- ストレスが加わると、副腎皮質ホルモンの分泌が増加し、胃酸の分泌が増え、この胃酸が胃の粘膜を傷つけ、潰瘍を引き起こす。
- ストレスは、胃粘膜を保護する粘液の分泌を抑えるので、胃酸による刺激から胃粘膜を保護する能力が低下し、胃潰瘍を引き起こす。
- ストレスは、胃の血流を低下させるので、胃粘膜の修復能力が低下し、胃潰瘍を引き起こす。
- ストレスは免疫系に影響を与え、胃潰瘍の一般的な原因であるヘリコバクターピロリ菌に対する体の防御能力を低下させる。
このように、ストレスは胃酸の分泌を増加させ、胃粘膜の防御機能を低下させ、胃の血流を低下させ、免疫系に影響を与えることで、胃潰瘍を引き起こす可能性が高いと説明されている。
一方、ストレスが十二指腸潰瘍の原因となる理由も次のように説明できる。
- ストレスが加わると、副腎皮質ホルモンの分泌が増加し、胃酸の分泌が増える。十二指腸は酸に弱い性質のため、胃から十二指腸に流れ込む内容物の酸度が上がると、十二指腸潰瘍が発症しやすくなる。
- 強いストレスを感じると、自律神経の働きが乱れ、胃酸と膵液のバランスが崩れ、胃酸で十二指腸が傷ついた時などに十二指腸潰瘍を発症する。
このように、ストレスは胃酸の分泌を増加させ、自律神経の働きを乱れさせることで、十二指腸潰瘍を引き起こす可能性が高いと説明されている。
サラリーマン時代ならいざ知らず、リタイア後の私はストレスとは無縁な生活を送っている。では、ストレス・フリーな私は胃潰瘍や十二指腸潰瘍になる可能性は低いかというとそうでもないらしい。
胃潰瘍は、胃の内壁が損傷し、潰瘍と呼ばれる傷ができる状態を指すが、胃酸による刺激やヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)の感染により引き起こされるという。
一方、十二指腸潰瘍は、十二指腸の内壁が損傷し、潰瘍ができる状態を指し、ストレスや食生活の乱れ、ある種の薬剤やピロリ菌によるものだといわれている。
ここで注目すべきは、ピロリ菌の存在とその影響である。私はピロリ菌に感染しているので、胃潰瘍や十二指腸潰瘍になるリスクが高いというわけである。ピロリ菌の除菌以外に、胃潰瘍や十二指腸潰瘍から逃れられる術はないのだろうか。
胃潰瘍・十二指腸潰瘍とは
胃潰瘍(gastric ulcers)と十二指腸潰瘍(duodenal ulcers)は、胃壁ないし十二指腸壁の粘膜が深く傷つき、びらんが生じて粘膜筋板をも貫通する、その結果、みぞおちあたりの痛みを感じたり、場合によっては吐血や下血を起こす疾病である。胃潰瘍と十二指腸潰瘍を総称して消化性潰瘍と呼ぶ。
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十二指腸潰瘍と胃潰瘍は、年齢によって発症率が違う。若い人は、十二指腸潰瘍を発症することが多く、中年以降では胃潰瘍を発症することが多くなる。
原因
消化性潰瘍は、H. pylori感染症または非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)の使用が原因で生じるが、どちらの因子も粘膜の正常な防御および修復機構を妨げ、胃酸に対する粘膜の感受性を高める。
H. pylori 感染症は、十二指腸潰瘍患者の50~70%、胃潰瘍患者の30~50%で認められる。これら消化性潰瘍の原因がヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori, H. pylori)であることがわかっている。
衛生環境の改善や H. pylori 除菌治療の普及から H. pylori 感染率は低下傾向にあり、 H. pylori を原因とする胃・十二指腸潰瘍の頻度も低下傾向にある。
一方、NSAID(アスピリンやバファリンなど)は、普段よく使われる鎮痛薬であるが、プロスタグランディン(胃粘膜の重要な防御因子)の産生を抑制するために、粘膜障害が生じる場合がある。このような薬剤の長期間服用により、びらんや消化性潰瘍が発生しやすくなることが分かっている。非ステロイド系消炎鎮痛薬を原因とする胃・十二指腸潰瘍の頻度は上昇傾向にある。 NSAIDは今や消化性潰瘍の原因として50%を上回っている。
その他の消化性潰瘍発症の原因としては、ストレス、喫煙、アルコールなどの生活習慣も発症に影響すると考えられている。
喫煙は、潰瘍およびその合併症発生の危険因子であり、潰瘍の治癒を妨げ、再発率を上昇させる。リスクは1日当たりの喫煙本数と相関する。
飲酒は胃酸分泌の強力な促進因子であるが、中等量の飲酒と潰瘍の発生や潰瘍治癒の遅延を関連づける決定的なデータは存在しない。
ストレスについては、冒頭(「はじめに」)を参照してほしい。
症状
症状としては、胃潰瘍では上腹部(みぞおち付近)の痛み、食後の不快感、吐き気、嘔吐などがある。一方、十二指腸潰瘍では、上腹部のキリキリした痛みや重苦しい感じ、吐き気、嘔吐などが主な症状である。
胃潰瘍および十二指腸潰瘍の症状としては腹痛(上腹部痛)が代表的であるが、背部痛、食欲がない、吐血、下血、胸焼け、もたれなど多彩である。無症状のため、健診で偶然発見されることもある。
十二指腸潰瘍は、空腹時や夜間に腹痛が起こり、食事をすると一時的に治まる症状が多く見られる。また、胃潰瘍の場合は、食後に痛み出し、あまり食事を取りすぎると長時間痛みが続く。
胃潰瘍および十二指腸潰瘍の重要な合併症としては、出血と穿孔がある。出血した場合には、頻脈、冷汗、血圧低下、気分不快、吐血、下血などの症状が出現する。 穿孔した場合の症状としては、持続性の非常に強い腹痛、発熱などがある。
合併症
出血 |
消化性潰瘍で最も頻度の高い合併症は、軽度から重度の消化管出血である。症状としては、吐血、血便またはタール便(黒色便)、失血による筋力低下,起立性低血圧,失神,口渇,発汗などがある。 |
穿通(被覆穿孔) |
消化性潰瘍は、胃壁を穿通することがある。その際,癒着によって腹腔内への漏出が阻止されると遊離穿孔は回避され,被覆穿孔が生じる。それでもなお,潰瘍が十二指腸内へ穿通して,隣接する閉鎖域(小網)や他の臓器(例,膵臓,肝臓)に達することがある。疼痛は激しく持続性で、腹部以外の部位(十二指腸潰瘍が後壁を貫通して膵臓に達した場合は通常背部)に放散し,体位によって変化することがある。内科的治療で治癒しない場合は,外科手術が必要になる。 |
遊離穿孔 |
癒着に抑制されることなく腹腔内に穿孔する潰瘍は,通常,十二指腸前壁に生じる。激しい持続性の心窩部痛が突然発生し、急速に腹部全体に広がり、しばしば右下腹部で著明となり、ときに片側または両側の肩に放散する。深呼吸でさえ疼痛を悪化させるため、患者は通常、横になって動かない。続いてショックが起こることがあり,先触れとして脈拍数増加,血圧低下,尿量減少が発生する。直ちに外科手術を行う必要がある。遅延が長引くほど予後不良となる。 |
幽門閉塞 |
閉塞は、瘢痕、痙攣、潰瘍による炎症に起因することがある。症状として反復性の大量嘔吐があり、1日の終わりに起きることが多く、遅い場合には最後の食事から6時間後に起こることも多い。遷延する食後の腹部膨満または満腹感を伴う食欲不振も幽門閉塞を示唆する。長期の嘔吐は、体重減少、脱水、アルカローシスを引き起こすことがある。 |
再発 |
潰瘍の再発に影響を及ぼす因子として、H. pylori除菌の失敗、NSAIDの使用継続、喫煙などがある。胃潰瘍および十二指腸潰瘍の3年再発率は,H. pylori除菌が成功した場合は10%未満であるが、失敗した場合は50%を超える。 |
胃がん |
H. pylori 関連潰瘍患者は、後年に胃がん発生するリスクが3~6倍高い。他の病因による潰瘍ではがんリスク増加は認められない。 |
検査・診断
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の検査・診断には、胃カメラ(内視鏡)を用いて、胃や十二指腸の内部を観察する方法が一般的である。
上部消化管内視鏡検査(胃カメラ) |
消化性潰瘍の状態を観察し、 H. pylori の有無、潰瘍の状態がどの程度かを診断する。 この検査の最大の利点は、肉眼所見では診断がつかない悪性疾患などが疑われる場合に組織をとって調べたり、出血していればその場で止血治療が可能なことである。 |
上部消化管造影検査(バリウム検査 ・レントゲン撮影 ) |
潰瘍の大きさや潰瘍の周りの粘膜、胃壁、変形の様子を観察する。 |
血液検査や腹部レントゲン写真、腹部超音波検査(エコー検査)など |
消化性潰瘍 と同様の症状を現わす疾患として、機能性ディスペプシア、胃食道逆流症、急性膵炎、慢性膵炎、胆石、胆嚢炎などがある。こうした疾患を除外するためにこれらの検査を組み合わせて行う場合もある。 |
治療
薬物療法
薬物療法としては、胃潰瘍ではプロトンポンプ阻害剤 (PPI)やH2ブロッカーといった胃酸を抑える薬剤の内服や注射に加え、粘膜を保護する1~3種類の薬剤を数週間内服する。
一方、十二指腸潰瘍の場合は、胃酸分泌を抑える酸分泌抑制剤(H2ブロッカー、PPI、カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)の内服が有効である。
プロトンポンプ阻害薬(PPI) |
攻撃因子である胃酸の分泌を抑える胃酸分泌抑制薬の内服が消化性潰瘍に極めて効果的である。なかでも強力に胃酸の分泌を抑え、消化性潰瘍の治療に効果的であるのは PPIの服用であり、現在では第一選択薬となっている。主な治療薬として、タケキャブ®、タケプロン®、オメプラール®、オメプラゾン®、パリエット® などがある。 |
H2ブロッカー |
従来は胃酸分泌抑制薬と言えば、H2ブロッカー で あったが、現在ではPPIにとって代わられている。治療薬として アルタット®、ザンタック®、ガスター®などがある。 |
粘膜防御因子増強薬 |
粘膜の防御因子を増強するために使用。 治療薬としてムコスタ®、セルベックス®、ガストローム®などがある。 |
胃運動促進薬 |
胃の運動を活性化して胃酸や食事を長く胃に貯めないようにするために使用。 治療薬としてガスモチン®、ガナトン®などがある。 |
H. pylori 除菌治療薬 |
H. pylori に感染している場合には、除菌治療により消化性潰瘍の再発を予防することができるため、除菌治療を行う。 PPIと複数の抗菌剤が使用される。 |
内視鏡的止血術
出血性消化性潰瘍( 潰瘍より出血している )の場合は、放置すれば非常に危険な状態となる。そのため緊急で内視鏡治療を行い、クリッピングというホッチキスのようなもので潰瘍から出血している部分を止めたり、出血部位の近くに薬剤を注入したりする。これを内視鏡的止血術という。
予防
胃潰瘍と十二指腸潰瘍の予防には下記のような生活習慣の改善が推奨されている。
- ピロリ菌の除菌治療を行う(共通)
- ストレスを適切に管理する(共通)
- 禁煙(共通)
- 過度な飲酒を避ける(共通)
- 暴飲暴食を避ける(共通)
- 適度な運動を行う(共通)
- 非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)服用に注意(共通)
- 胃酸分泌を刺激する食事を控える(共通)
- コーヒーなど胃を刺激する飲料を避ける(胃潰瘍)
- 健康的な体重を維持する(胃潰瘍)
- 食事直後に横にならない(胃潰瘍)
- 胃を刺激する辛い食べ物は避ける(胃潰瘍)
- 腹部をしめつけるような服装は避ける(胃潰瘍)
- 不規則な食生活を止める(食事を抜かない)(胃潰瘍)
- 寝ている間にベッドの頭の端を上げる(胃潰瘍)
これらの予防策を実践することで、胃潰瘍と十二指腸潰瘍のリスクを減らすことができるが、これらの予防策が全ての人に効果的であるとは限らない。また、これらの予防策が必ずしも消化管潰瘍を防ぐとは限らない。健康状態やライフスタイルによるからである。
いずれにせよ、予防については、ストレスの管理、健康的な食生活の維持、適度な運動、適切な薬物の使用などが重要である。なかでも、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)に感染している場合は、除菌治療を行うことも一般的には重要であろう。
あとがき
胃潰瘍や十二指腸潰瘍は、ピロリ菌感染者の約10~15%程度が発症するらしい。結構高い確率である。
また、ピロリ菌の感染者のなかには、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を発症せずに直接胃がんを発症するケースも報告されているらしい。ピロリ菌は胃の粘膜に慢性的な炎症を引き起こし、その結果、長期間にわたって胃の粘膜がダメージを受け続けると、胃がんを発症するリスクが高まるとされる。具体的には、ピロリ菌に感染してから数十年経過すると、感染者の約3~5%が胃がんを発症するというデータもあるらしい。
私がピロリ菌に感染したのは、おそらく幼児期であろうから、既に60余年が経過していることになる。ピロリ菌と共存できないなら、除菌を決断する時かも知れない。
【参考資料】
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
ピロリ菌とは―なぜ危険?感染経路は? | メディカルノート |