はじめに
日中に耐えることが出来ないほどの強い眠気の発作が場所や状況を選ばずに起こる睡眠障害の存在が知られている。病気であるにもかかわらず、大事な場面でも眠ってしまうことから会社員や大学生であれば周囲から「だらしない・意欲が足りない・真面目にやっていない」などと低評価されてしまう。そんな症状を有するのがナルコレプシーと呼ばれる睡眠障害である。
ナルコレプシーの発症原因は、脳内物質のオレキシンを産生する神経細胞の障害がその一因であることが報告されている。
日本では、ナルコレプシーの有病率は約0.16%と推定されている。この数値は、約625人に1人がナルコレプシーを発症していることを意味する。この有病率からは、患者は多いとも言えず、かと言って無視もできない微妙な数字である。
ナルコレプシーは、本人や周囲が病気と認識しない場合が多い。軽度の症状であれば生活習慣を整えて経過観察で済むが、重度の症状である場合には、社会人生活を円滑に行うためにも薬物療法が必要となる。
日中に強い眠気の発作をよく経験するようになったり、その症状が悪化している場合には、早めに医療機関に行って、医師に相談すること進めたい。
ナルコレプシーとは
ナルコレプシー(narcolepsy)は、ヒポクレチン(オレキシン)を作り出す神経細胞が働かなくなるためにおこる過眠症である。
ナルコレプシーは古くから知られていた過眠症の一つで、時間や場所にかかわらず、日中に突然強い眠気が出現して、眠り込んでしまう疾病である。
ナルコレプシーの眠気は強烈で睡眠発作と呼ばれる。居眠りを1日に何回も繰り返してしまうこともある。また、眠気が襲ってきたことに気づく前に眠り込んでしまうため、居眠りをしたことに本人が気づかないこともある。
原因
近年、ナルコレプシーの原因が、脳の中のヒポクレチン(オレキシン)を作り出す神経細胞(ヒポクレチン・ニューロン又はオレキシン・ニューロン)が働かなくなることによって起こることが明らかになった。
何らかの疾患、ストレス因子、または一定期間続いた睡眠不足により発症が促されることもあるが、通常は誘因となる疾患がなく青年期または若年成人期に発症する。思春期に発症することが多いが、男女で有病率の差はない。ナルコレプシーは一度発症すると生涯続くが、寿命には影響はない。
症状
ナルコレプシーの主症状には次のようなものがある
- 日中の過度の眠気(excessive daytime sleepiness:EDS)
- 情動脱力発作(カタプレキシー)
- 入眠時および出眠時の幻覚
- 睡眠麻痺(寝入りばなに出現する金縛り)
- 夜間の睡眠障害(覚醒の増加による)
日中の過度の眠気(EDS)
EDSは時と場所を選ばずに生じうる。1日に起こる睡眠エピソードの回数には幅があり、それぞれ数分から数時間持続する。患者は睡眠欲求に瞬間的にしか抵抗できないが、目覚めは正常な睡眠の場合と同様に容易である。睡眠発作は単調な状況下で起こりやすいが,複雑な作業中でも起こりうる。
前兆なしに睡眠発作が生じることもある。夜に十分な睡眠をとっていても、日中に突然眠気に襲われて寝てしまうことや車の運転中などに突然眠ってしまうこともある。覚醒時は休息感を感じるものの、その数分後にまた眠り込むことがある。重度の場合は眠気により記憶や意識がなくなり、もうろうとした状態になる。
頻度としては、少なくとも3ヵ月間のうち、週に最低3回我慢できないほどの眠気に襲われ、眠り込んでしまう。
ナルコレプシー患者の小児や青年は、眠気や夜間睡眠の分断の影響で攻撃性が高くなり、行動上の問題を指摘されることがある。夜間の睡眠は不十分で,鮮明で恐ろしい夢によって中断されることがある。その結果、生産性の低下、対人関係への支障、集中力低下、意欲の低下、抑うつ、生活の質の劇的な低下、および身体損傷の危険(特に自動車衝突事故)などを招く。
情動脱力発作(カタプレキシー)
情動脱力発作は、ナルコレプシー患者の約3分の1にみられ、一時的な筋力低下または麻痺が生じ、意識消失は伴わない突然の感情反応(歓喜、怒り、恐怖、喜び、しばしば驚きなど)によって惹起される。
筋力低下は四肢に限局することがあるほか、思い切り笑ったり突然怒ったりしたときに、筋力低下が原因で崩れるように転倒することがある。情動脱力発作はその他の筋にも起こりうる。顎の下垂、顔面筋のぴくぴくした痙攣、閉眼、うなずくような頭の動き、および言語不明瞭が起こりうる。こうした発作は、レム睡眠中に生じる筋緊張消失に類似する。
入眠時または出眠時の幻覚
入眠時幻覚は、ナルコレプシー患者の約3分の1に認められるが、健康な幼児においても一般的にみられ,また健康な成人にも時折みられる。
寝入りばな(入眠時)または頻度は低いが目覚めた直後(出眠時)に、とりわけ鮮明な聴覚的または視覚的な錯覚または幻覚が生じる。こうした現象は強い白昼夢との区別がつきにくく、正常なレム睡眠時に見る鮮明な夢とも若干似ている。
睡眠麻痺
睡眠麻痺は、ナルコレプシー患者の約4分の1に認められるが、健康小児、またはより頻度は低いが健康成人にもみられる。
睡眠麻痺は、寝入りばなに出現する「金縛り」のことであり、入眠時に意識ははっきりとあるのに体を動かすことができない。患者は寝入りばなまたは覚醒直後、一時的に運動不能になる。こうした時折起こる発作は、非常に恐ろしいものとなりうる。睡眠麻痺の症状はレム睡眠に伴う運動抑制に類似する。
夜間睡眠障害
ナルコレプシー患者では、夜間に目が覚めやすく、熟眠感が得られない夜間熟眠障害が起こることもある。覚醒の増加によって睡眠が妨げられることも多く、それによりEDSが悪化することがある。
検査・診断
睡眠麻痺や入眠時・覚醒時の幻覚は他の病気の可能性もあるため、症状だけで診断することはできない。診断を確定するには、睡眠ポリグラフ検査と睡眠潜時反復検査など、睡眠検査室での検査が必要となる。
一晩かけて睡眠ポリグラフ検査(PSG)を実施し、次の日に反復睡眠潜時検査(MSLT)を行う。これらの検査で睡眠時の脳波、眼球運動、筋電図、呼吸運動、心電図、酸素飽和度などを記録する。
また、日中の眠気の程度を測定するために静かな部屋で座ったまま、患者がどれくらいの時間起きていられるかを調べる覚醒維持検査も行い、日中の眠気の重症度を判定することで、日常生活を安全に行えるかを判断する。これらの検査で、別の睡眠障害などではないことを確かめる。ナルコレプシーの場合、CTやMRIなどの画像検査では検出できない。
治療
症状が軽度の場合には、医師の助言に従って規則正しい生活を心がける生活指導で十分対策が可能となる。生活指導には、生活習慣を見直し、睡眠記録表に24時間の睡眠・覚醒状況を記録し、規則正しい生活を心がけ、短時間の昼寝をする、カフェインを適宜摂取するといったことが含まれる。夜に十分な睡眠をとるように心掛け、毎日同じ時間(典型的には午後)に短い仮眠(30分未満)をとれば効果的な対策となる。
症状が中度から高度な場合には、薬物療法を用いる。覚醒状態を維持し、他の症状をコントロールするために薬剤を使用する。夜間の熟眠障害には睡眠薬、日中の眠気には覚醒作用のある中枢神経刺激薬が処方される。
薬物療法に用いる医薬品
長時間作用型覚醒促進薬(軽度から中等度のEDS患者に使用) |
モダフィニル(modafinil) アルモダフィニル(armodafinil)(モダフィニルのR-光学異性体) |
中枢刺激薬(軽度から中等度のEDS患者に使用) |
メチルフェニデート デキストロアンフェタミン(dextroamphetamine;アンフェタミン誘導体)(モダフィニルに反応しない患者又はモダフィニルに忍容性のない患者に使用) |
レム睡眠抑制作用のある抗うつ薬(情動脱力発作の治療に使用) |
γ-ヒドロキシ酪酸ナトリウム(sodium oxybate) |
三環系抗うつ薬(情動脱力発作、幻覚、睡眠麻痺の軽減) |
クロミプラミン イミプラミン プロトリプチリン(protriptyline) |
SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor、選択的セロトニン再取り込み阻害薬)(情動脱力発作、幻覚、睡眠麻痺の軽減) |
ベンラファキシン フルオキセチン |
モダフィニル(2007年1月26日承認) |
【薬効分類】過眠治療薬 【作用メカニズム】覚醒促進作用 【効能・効果】下記疾患に伴う日中の過度の眠気 (ナルコレプシー、閉塞性睡眠時無呼吸症候群) 【製品名】モディオダール錠 【製造販売】アルフレッサファーマ 【備考】モダフィニルは、Lafon社(仏)によって開発され、1992年にフランスで、ナルコレプシーに伴う日中の眠気に対する治療薬として世界で初めて承認された。 |
予防
ナルコレプシーの予防対策としては、下記のような対策が知られている。これらの予防対策は、ナルコレプシーの症状を悪化させないためのものとして、その実践が推奨されている。
- 質の高い睡眠をとる
- 規則正しい睡眠をとることが重要
- 夜中の1時頃にはぐっすりと寝ていることが理想的
- 適切な薬物療法を採用
- 医師の指導下で、適切な薬を使用する
- 日中の睡魔を抑える
- オレキシンの減少を減らす
- 食事をゆっくりと味わって食べることで、オレキシンの減少を抑えることが可能とされている
オレキシンは、神経ペプチドであり、オレキシンAとオレキシンBの2種類が存在する。オレキシンは、Gタンパク質共役受容体であるオレキシン1受容体とオレキシン2受容体に作用する。
視床下部外側野に存在する神経細胞がオレキシンを産生している。そのため、神経細胞が消滅すると、オレキシン不足になり、ナルコレプシーが発症することが分かっている。
あとがき
ナルコレプシーの発症年齢は幅広く、特に10〜20代前半に集中しているらしい。だからと言って、シニア世代になってからナルコレプシーを発症する可能性が全くないとは言えまい。ただし、その確率は比較的低いと考えられている。
もっとも会社員をリタイアしたシニア世代であれば、発症しても実害がないかも知れない。また、診断も加齢による睡眠不足の悪化程度で片づけられてしまうかも知れない。実際、眠くなれば昼寝をすればよい。但し、車の運転には注意が必要とある。
ナルコレプシーは、これから社会人として活躍していこうとする若者世代や現役世代こそが注目し、対応すべき睡眠障害であると言えるのかも知れない。
【参考資料】
厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト、e-ヘルスネット |
Doctors File (東京慈恵会医科大学森田療法センター、中村 敬 ) |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |