はじめに
夜に眠れないというのは困ったことである。睡眠は私たちの健康と日々の活動にとって非常に重要である。睡眠が十分に取れないと、集中力や記憶力が低下したり、気分が落ち込んだりすることがある。
日本では、成人の約20%が慢性的な不眠を訴えているとの報告がある。別の調査によれば、日本人の10人に4人に不眠症の疑いがあるとも言われている。
シニア世代でも睡眠障害を訴える人は多い。特に、60歳以上の男性における睡眠障害の有病率は約20%もあるらしい。この理由として、加齢による生理的な変化、慢性疾患の影響、生活習慣の変化などが影響していると考えられる。
確かに歳をとると睡眠は、若い頃に比べて浅くなりやすい。その理由は、なかなか寝付けなかったり、寝ている途中にトイレに行きたくなって目覚めてしまったり、早朝に目を覚ましたりするケースが多いからである。
加齢に伴い、体内時計が変化し、体温調節やホルモンの分泌、血圧の上昇など、睡眠に関係する生体機能リズムが前倒しになるため、早寝早起きの傾向が強まるのだと考えられる。さらに、加齢による身体能力の低下に伴って睡眠時間が減り、睡眠の質が落ちることも原因として考えられる。
しかしながら、これらの変化は必ずしも全てのシニア世代に見られるわけではなく、個々人の生活習慣や健康状態による。また、睡眠障害の原因は加齢だけでなく、ストレスや疾患などが加わるとと深刻な睡眠障害につながるケースも増えることだろう。
質の高い睡眠は、健康的な生活を続ける上で非常に重要な要素である。良質な睡眠は、身体の修復、免疫機能の強化、記憶の固定化、そして日常生活や労働への活力となる。
逆に、睡眠不足は、心血管疾患、糖尿病、肥満などの健康問題を引き起こす可能性がある。
したがって、適切な睡眠時間を確保し、睡眠の質を向上させることは、健康的な生活を維持するためには不可欠である。だから睡眠障害は、私たちの生活に支障を引き起こす重大な問題である。
<目次> はじめに 睡眠障害とは 睡眠の生理 原因 症状 不眠症(インソムニア) 睡眠関連呼吸障害 中枢性過眠症 概日リズム睡眠障害 睡眠時随伴症(パラソムニア) 睡眠関連運動障害 検査・診断 治療 認知行動療法 睡眠薬療法 予防 あとがき |
睡眠障害とは
睡眠障害(sleep disorders, sleep disturbance)は、広く睡眠に関する病気全般を指す病名で、夜間の睡眠が障害されるもの、日中の眠気を呈するものが含まれる。
生理的な睡眠が質的あるいは量的に障害されるもので、国際分類(ICSD;米国睡眠障害連合会が1990年に作成)では次の4つに分類される。
睡眠異常症(不眠症、過眠症、概日リズム性障害を含む) |
睡眠随伴症(パラソムニア) |
内科的・精神科的障害に関連する睡眠障害 (精神疾患、神経疾患、内科的疾患に伴うもの) |
提案、検討中の睡眠障害 |
2005年に作られた睡眠障害国際分類第2版では、85の睡眠障害が取り上げられ、その原因に従って疾病としての観点から、次の6つのグループに大別される。
不眠症(インソムニア) |
睡眠関連呼吸障害 |
過眠症 |
概日リズム睡眠障害 |
睡眠随伴症(パラソムニア) |
睡眠関連運動障害 |
臨床的に最も頻度が高いのは不眠症である。成人の睡眠時間は平均8時間前後であり、個人差が大きいが、6時間以下しか眠れない場合を便宜上、不眠(睡眠現象)とする。不眠はその現れ方により常習性不眠と機会性不眠(特殊な状況下でのみおこるもの)に分けられ、形態からは入眠障害、熟眠障害(浅眠、中途覚醒)、早朝覚醒などに分けられる。
過眠症にはナルコレプシーをはじめ、1週間前後の傾眠期を反復する反復性過眠症、過度の肥満による上気道閉塞や睡眠中枢の脆弱性などによる睡眠時無呼吸症候群などがある。
また、概日リズム性睡眠障害には時差ボケ、夜間勤務者の睡眠障害や睡眠相後退症候群などが属し、睡眠随伴症に属する夢遊症や夜驚症、夜尿症などは睡眠時の覚醒機能の障害によるものと考えられる。
睡眠の生理
睡眠には2つの段階があり,それぞれ特徴的な生理学的変化がみられる。
ノンレム(非急速眼球運動)睡眠 |
成人の総睡眠時間の約75~80%を占める。 ノンレム睡眠は3つのステージ(N1~N3)に分けられ、順に睡眠の程度が深くなる。安静覚醒時および睡眠ステージN1早期の特徴である眼球の緩徐な回転運動は、睡眠ステージが深くなると消失する。筋活動も減少する。ステージN3は覚醒閾値が高いため、深睡眠期と呼ばれ、この段階が質の高い眠りと感じられる場合が多い。 |
レム(急速眼球運動)睡眠 |
ノンレム睡眠の各サイクルに続いてみられる。 レム睡眠時の特徴は、脳波上の低振幅速波と姿勢筋の緊張低下である。呼吸の回数および深さが劇的に変動する。夢を見るのは、ほとんどがレム睡眠中である。 |
ノンレム睡眠が3つのステージを経て進行した後、典型的には短いレム睡眠が続き、このサイクルが一晩に5~6回繰り返される。短時間の覚醒(ステージW)が周期的に起こる。
1日に必要な睡眠時間は6~10時間で、大きな個人差がある。乳児は一日の大半を寝て過ごすが、加齢とともに総睡眠時間と深い眠りは減少していく傾向があり、睡眠が頻繁に分断されるようになる。
高齢者ではステージN3が消失することもある。加齢に伴うEDSおよび疲労の増加は、こうした変化が原因のこともあるが、その臨床的な意義は不明確である。EDSとは、通常起きている時間帯に眠りに落ちる傾向のことである。過度の眠気(excessive daytime sleepiness:EDS)自体は、疾患ではなく、様々な睡眠関連疾患の1つの症状である。不眠症は、たとえ他の疾患とともに存在する場合でも、それ自体が疾患であることもあれば、他の疾患の一症状であることもある。
原因
不眠は主観的な悩みとして訴えられることが多く、特に神経症では強く訴えられる傾向があるが、必ずしも実際に睡眠が不十分であるとはかぎらない。不眠を原因によって分類すると、次の8つに分類される。
- 環境因性不眠(騒音や気温などの外部環境の影響)
- 身体因性不眠(痛み・かゆみ・睡眠時無呼吸など)
- 脳器質性不眠(脳血管障害など)
- 精神病性不眠(うつ病や統合失調症による睡眠量の減少)
- 神経症性不眠(興奮や不安)
- 老人性不眠
- 薬物離脱性不眠(薬物依存)
- 精神生理性(神経質性)不眠など
症状
睡眠障害国際分類に従い、代表的な睡眠障害について記述する。
① 不眠症(インソムニア)
適切な時間帯に寝床で過ごす時間が確保されているにもかかわらず、夜間に就床してもよく眠ることができず、これによって日中に生活の質の低下がみられる場合に不眠症と診断される。
夜間の不眠症状には、入眠困難、中途覚醒(夜中に頻繁に起こる覚醒)、早朝覚醒、熟眠困難があり、不眠によって起こりうる生活の質の低下としては、いらいら感、集中困難、気力低下など精神的悪影響、易疲労感、頭痛、筋肉痛、胃腸の不調など身体的悪影響がある。
原因になるようなはっきりとした疾患がない場合の不眠症を一次性不眠症と呼ぶ。一次性不眠症で最も多いのは精神生理性不眠と呼ばれるもので、眠れないのではないかという不安や恐怖のため慢性的な不眠に陥るものである。不眠症で多いのは一次性不眠症である。
一方、身体疾患(呼吸器や循環器などの疾患)や精神疾患に伴っておこる不眠症や薬物の使用・中断に伴って起こる場合の不眠症を二次性不眠症と呼ぶ。
尚、寝床で過ごす時間が確保できない場合は、不眠と呼ばず睡眠不足または断眠と呼ぶ。
② 睡眠関連呼吸障害
睡眠関連呼吸障害は、睡眠中の呼吸障害により睡眠が質的に悪化する睡眠障害である。閉塞性睡眠時無呼吸症候群がその代表である。これは、中年以降の男性に多くみられ、眠ると舌がのどをふさぎ、空気の通りが悪くなるため、ひどいいびきや呼吸停止が起こる。
中枢性睡眠時無呼吸症候群は、呼吸運動を司る神経機構の機能が悪くなることで、呼吸運動が減弱し停止するために睡眠中に呼吸ができなくなる。
いずれの場合も睡眠は浅くなり分断されて、結果として日中の眠気が起こることになる。高血圧、心疾患、脳血管障害などの危険因子となるので治療が必要である。
③ 中枢性過眠症
目覚めているための神経機構が障害されるため、夜しっかり眠っていても、日中に異常な眠気におそわれる疾病である。代表的な中枢性過眠症は、ナルコレプシー、特発性過眠症、反復性過眠症などである。
ナルコレプシーでは、日中の眠気だけでなく、笑ったり、びっくりしたりという情動の変化により突然全身の力が入らなくなる情動脱力発作、寝つき際に自発的に体を動かすことのできなくなる睡眠麻痺などの特徴的な症状を伴う。
④ 概日リズム睡眠障害
概日リズム睡眠障害は、1日のなかで何時から何時の時間帯に睡眠をとるかという睡眠のタイミングに関連した睡眠障害である。
このグループに含まれるものとしては、夜勤や時差地域への急速な移動など、内因性生物リズムに逆らったスケジュールで生活することよって生じる睡眠障害(時差症候群、交代勤務性睡眠障害)、内因性生物リズム自体の変調により、睡眠と覚醒のスケジュールが望ましい時間帯から慢性的にずれてしまう睡眠障害(睡眠相前進症候群、睡眠相後退症候群、非24時間型睡眠・覚醒症候群など)がある。
⑤ 睡眠時随伴症(パラソムニア)
睡眠時随伴症とは、睡眠中に起こる望ましくない身体現象の総称で、正常では睡眠中に起こらないような神経活動亢進によると考えられる。
ノンレム睡眠に関連した睡眠時随伴症としては、子どもの「寝ぼけ」といわれているものの多くがこれに相当する。ぐっすり眠って1~2時間して、覚醒し歩き回る睡眠時遊行症(夢中遊行)、この時に大声を上げて激しい恐怖を示す睡眠時驚愕症(夜驚症)などが代表的である。
レム睡眠に関連する睡眠時随伴症としては、夢の内容と一致して大声で寝言をいったり、暴力的な異常行動が起こるレム睡眠行動障害が代表で、高齢男性によくみられる。
反復孤発性睡眠麻痺は入眠時または睡眠からの覚醒時に、頻回に睡眠麻痺(金縛り)が起こり、自発的な行動ができないのが特徴である。これもレム睡眠に関連して起こる。
繰り返し悪夢をみて、激しい不安や恐怖を伴って覚醒する悪夢障害もレム睡眠に関連した睡眠時随伴症である。
⑥ 睡眠関連運動障害
睡眠関連運動障害は、夜間睡眠中に体の余計な動きが生じることで、それが刺激になって睡眠が障害される睡眠障害である。代表的な睡眠関連運動障害は、むずむず脚症候群と周期性四肢運動障害である。
むずむず脚症候群では、下肢にむずむずした異常感覚とともに、常に脚を動かしたいという強い欲求が夕方や夜間安静時に出現する。眠ろうと寝床に入るとこうした異常感覚のために寝つけず、眠っても睡眠が安定しない。
周期性四肢運動障害では、周期的な不随意運動が反復して起こるため、それが刺激になって睡眠が浅くなったり、分断されるのが特徴である。
他に睡眠中に足がつる下肢こむらがえり、歯ぎしりなどがこのグループに分類される。
検査・診断
睡眠障害の検査方法として、下記のような方法が知られている。
- 睡眠日記の記録
- 患者が自分の睡眠パターンを記録する
- この記録により医師が睡眠障害の特徴を把握する
- 睡眠ポリグラフ検査(PSG)
- 病院に入院して夜間の患者の睡眠状況を検査
- 脳波、眼球運動、筋肉の動き、呼吸、心拍をモニタリング
- ホームモニタリング
- 装置を使い、家庭で睡眠をモニタリング
- 医師がそのデータを分析する
- 医療歴の確認と身体検査
- 他の健康問題が睡眠障害の原因となっていないか確認
- 心理的評価
- ストレスや不安などの心理的要因が睡眠障害に影響しているかを評価する
上記の検査を適宜、組み合わせた検査結果から総合的に判断して、医師が睡眠障害について正確な診断を下す。
もし睡眠障害の疑いがある場合は、専門医に早めに相談することをお勧めしたい。
治療
睡眠障害の治療に際してはまず原因に対処し、必要に応じて精神療法や睡眠薬療法を行う。不眠症の主な治療は認知行動療法であり、これは理想的には睡眠薬を処方する前に行うべきである。病因にかかわらず、良好な睡眠衛生が認知行動療法の重要な要素であり、軽症の患者では必要な唯一の治療法であることが多い。
認知行動療法
不眠症の認知行動療法では、睡眠を妨げる一般的な考え、懸念、行動の管理に重点が置かれる。典型的には4~8回の個別またはグループセッションとして行われるが、オンラインまたは電話により遠隔で行うことも可能である。不眠症の認知行動療法は、次のような構成で実施される。
患者の睡眠衛生の改善を助け、特にベッドで過ごす時間を制限し、規則的な睡眠スケジュールを確立し、刺激をコントロールする。 ベッドで過ごす時間の制限は、ベッドで横になりながら眠れないでいる時間を制限することを目的とする。 |
不眠症の影響を説明し、確保すべき睡眠時間について患者がもつ誤った考えを特定するのを助ける |
リラクゼーション法を教える |
必要に応じてその他の認知療法を用いる |
睡眠薬療法
睡眠薬使用に関する一般的なガイドラインの目的は、乱用、誤用、および依存を最小限にすることにある。
一般的に用いられる睡眠薬は、ほぼ全て(ラメルテオン、低用量ドキセピン、およびスボレキサントを除き)、γ-アミノ酪酸(GABA)受容体のベンゾジアゼピン認識部位に作用し、GABAの抑制効果を増強する。 スボレキサントは、脳のオレキシン受容体を遮断することによって作用する比較的新しい不眠症治療薬であり、オレキシンにより誘発される覚醒シグナルを遮断して、入眠を可能にする。
個々の睡眠薬の違いは、主に消失半減期と作用発現時間にある。半減期が短い睡眠薬は入眠障害に用いられる。半減期が長い睡眠薬は入眠障害および睡眠維持障害の両方に有用である。
日中の鎮静、協調運動障害、またはその他日中に薬物の影響を受ける患者は、注意を必要とする活動(例:運転)は控え、使用中の薬剤の用量を減らすか、使用を中止し、また必要であれば別の薬剤を使用すべきである。その他の有害作用には、健忘、幻覚、協調運動障害、転倒などがある。転倒は睡眠薬に伴う重大なリスクである。
高齢者の場合、睡眠薬は種類にかかわらず、また低用量でも、不穏または興奮の発生やせん妄および認知症の増悪につながりうる。睡眠薬により、睡眠時遊行症やさらには夢遊運転など、複雑な睡眠関連行動が生じることがある。推奨量よりも高用量での服用やアルコール飲料との同時摂取は、このような行動のリスクを高める可能性がある。まれに、重度のアレルギー反応が発生することもある。
睡眠薬の長期使用は、耐性の発現を招く。また突然服用を中断すると反跳性不眠、さらには不安、振戦、痙攣発作が生じる可能性がある。これらの理由のため、 睡眠薬の長期使用は、耐性の発現を招く。また突然服用を中断すると反跳性不眠、さらには不安、振戦、痙攣発作が生じる可能性がある。このような理由のため、 睡眠薬の長期使用は一般的には控えるべきである。
予防
睡眠障害の予防策として、下記のような対策が知られている。これらの予防策は、睡眠障害の予防だけでなく、生活習慣病の予防にも繋がるとして実践するよう推奨されている。
- 規則正しい生活
- 体内時計の乱れを防ぐ
- 休日、平日問わず、毎日同じ時刻に起きる
- 朝ごはんをしっかりと食べる
- 適度な運動
- 「寝だめ」をしない
- 体内時計が乱れ、自律神経の乱れに繋がる
- 体内時計の乱れを防ぐ
- 飲酒を控える
- お酒は一時的に眠くなるが、睡眠の質が悪化する
- 禁煙
- ニコチンには覚醒作用があり、睡眠を妨げる
- 睡眠時間にこだわらない
- 必ずしも睡眠時間の長さにこだわる必要はない
- 質の高い睡眠をとることを目指す
- ゆっくりと入浴する
- 入浴にはリラックス効果がある
- 副交感神経を優位にしてくれる効果あり
- 就寝前はスマホを控える
- 液晶画面が発するブルーライトは睡眠を妨げる
- 就寝前はカフェイン摂取をしない
- 就寝前のカフェインやニコチン摂取は避ける
- 身体を興奮状態にさせると眠りを妨げる
- 就寝前のカフェインやニコチン摂取は避ける
- 寝室などの環境づくり
- 自分に合った寝具を選ぶ
- 寝室の照明や温度設定
- 室内の明るさや温度は、眠りやすさに影響する
- 就寝前は暗めの照明にする
- リラックスした状態で眠れるようにする
- 昼寝は午後3時まで
- 昼寝をする場合は、午後3時までに切り上げる
- 夕方にかけての昼寝は、夜の寝つきを悪くする
- 昼寝時間は20分ほどに留める
あとがき
睡眠障害は、生活習慣病と関連が深いらしい。睡眠障害は、質の悪い睡眠が生活習慣病の発症リスクを高め、症状を悪化させることが知られている。
睡眠障害は、「睡眠習慣」と「睡眠障害」の問題に分けられる。「睡眠習慣」については、睡眠不足やシフトワークなどによる体内時計の問題がある。
一方、「睡眠障害」については、睡眠時無呼吸症候群や不眠症の問題がある。例えば、睡眠時無呼吸症候群は肥満の人に多く、生活習慣病の一つと言ってよい。また、睡眠障害(不眠症)は糖尿病や高血圧、うつ病などの発症を増やしたり、治療を悪化させる要因として注目されている。したがって、睡眠障害は、生活習慣病の一つと考えることができる。
【参考資料】
法研「六訂版 家庭医学大全科」 |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
睡眠と生活習慣病との深い関係 | e-ヘルスネット(厚生労働省) |