はじめに
結核は、高い死亡率と感染力から「不治の病」とも呼ばれ、恐れられていた時代があった。それは19世紀から20世紀初頭にかけての頃である。
日本では、昭和20年代まで結核は日本人の死亡原因の第1位であり、第二次世界大戦直後(1940年代)の平均寿命は50年くらいしかなく、死因の第1位の結核は「亡国病」という恐ろしい名前で呼ばれていた。
しかしながら、20世紀中頃からは抗生物質による治療法が確立し、結核による死亡率は大幅に減少した。現在では、適切な治療を受ければ完治する可能性が高い病気となっている。
近年は結核患者の高齢化が進行しており、新たに登録された患者のうち、80歳以上の割合は約4割に上るとされ、70歳以上では約6割に上るとされる。つまり、結核の発症は、高齢者をはじめとする社会的弱者及び基礎疾患など様々な医学的リスクを持った人々に集中しているというのである。
結核症とは
結核症(Nucleosis)は、結核菌による感染症であり、初感染から一定期間の潜伏期を経て発症する慢性進行性を特徴とする。
結核菌(抗酸菌)は、発育の緩徐な小型の好気性桿菌であり、肺を侵すことが最も多い。症状としては、湿性咳嗽、発熱、体重減少、倦怠感などがある。
日本は、先進国では最も罹患率が高く、世界では中程度の流行国となる。学校や医療機関、高齢者施設などでの集団感染や薬の効かない結核菌の出現など問題はたくさんある。国内では、年間に約25,000人が発病する。
原因
ヒト型結核菌(Mycobacterium tuberculosis)に起因し、結核菌を含んだ飛沫核(空気中の粒子;直径5μm)を吸入することにより生じる。
飛沫核は、結核症患者の咳嗽、歌唱、その他の強制的な呼吸動作を通じて飛散する。肺に空洞性病変を有する患者は、病変内に多数の菌が存在するため、他者への感染性が特に高くなる。
結核菌を含んだ飛沫核は室内気流に数時間浮遊し、伝播の可能性を増大させることがある。しかし、飛沫核が一旦表面に落ちると、吸入可能な粒子として結核菌を肺胞表面へ到達させられないので感染を引き起こさない。
息を吸い込むときに結核菌を含む飛沫核をいっしょに吸い込み、それが肺の一番奥にいる細胞に入り込む(感染)。感染後85~90%の人では結核菌は体内で生き続けるが生涯にわたり結核菌は増えない。そのため何事もなく経過(潜在感染)する。
一方、10~15%の人では、結核菌が増えて病巣がつくられ、症状がでる(発病)。いちばん病巣ができやすいのは肺であるが(肺結核)、肺以外にもリンパ節や骨など体中に病巣を作る(肺外結核)。
過密状態で換気が不十分な密閉空間で多数の結核菌を飛散させている未治療患者に頻回または長期間曝露することが伝播の促進につながるため活動性症例と濃厚に接触する医療従事者は、感染リスクが高くなる。
感染対策には、肺結核患者は通常のマスクを付け、飛沫核の飛散を防ぐことが重要である。しかし、感染を防ぐにはN95マスクの着用が必要である。
症状
結核症には特徴的な症状はない。全身症状としては、 数週間かけて徐々に現れる全身倦怠感(体調不良)、 食欲不振、疲労、 発熱、体重減少、寝汗などがある。
肺結核になっても初期には咳や痰もなく、周りにうつすことはないが、やがてより特異的な症状として咳嗽がみられるようになる。 現在、日本の結核の約半数はこの状態になってから発見されている。発見が遅れ、咳が出始めると、周りに感染させるようになる。
当初、咳嗽は、朝の起床時に最小限の黄色または緑色の喀痰を伴うが、疾患の進行に伴い多くの喀痰を生じるようになる。喀血は、空洞性結核のみで起こる。
検査・診断
感染しているか否かを調べる検査と発病を調べる検査がある。
感染診断の検査 |
インターフェロンγ遊離試験(IGRA)が用いられる。これはツベルクリン反応検査よりも正確に結核感染を調べる方法で、1回の採血で済むため患者負担も減る。 |
発病診断の検査 |
結核菌をみつけることが重要。肺に一番病巣ができやすいので、胸部レントゲンや胸部CTで肺結核を疑うかげがあれば、喀痰を調べる。痰が無いときには食塩水を吸入して痰を採取したり(誘発喀痰)、朝食前に胃液を採って(胃液検査)結核菌を探す。場合によっては気管支鏡検査を行う。 |
肺以外に病変がある時(肺外結核)には、局所麻酔や全身麻酔をして病変部を検査(胸水、脳脊髄液や組織を採取)し、結核菌を探す。それには、まず顕微鏡検査で結核菌を探す(塗抹検査)。菌が見えても直ぐに結核菌と特定することはできないが、遺伝子検査で数日中には結核菌かどうかがわかる。
特に顕微鏡検査で痰の中に結核菌が見つかれば、まわりにうつす可能性(感染性)があるので、保健所の判断で入院が勧告される。次に培養を行い、生きた結核菌を探す。結核菌はゆっくり発育するため2ヶ月間観察する。結核菌が見つかれば、薬が効く菌かどうかを調べる(感受性試験)。適切な治療を行うために大切な検査である。
治療
発病者の治療
結核菌が増えて病巣を作っている場合には治療が必要である。肺結核の場合、喀痰中に顕微鏡で結核菌が見つかれば周りにうつす可能性があるので入院して治療を始めるが、見つからなければ外来で治療可能である。
治療には、イソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)、ピラジナミド(PZA)の3種類の薬にエタンブトール(EMB)あるいはストレプトマイシン(SM)を含む4種類の抗結核薬を2ヶ月間投与し、その後はPZAを終了しINHとRFPを含む治療を4ヶ月間続ける。治療期間を6ヶ月より短くできないが、薬が効く菌であれば、服薬を確実に続ければ治る。
第一選択薬
イソニアジド(INH) |
1日1回、経口投与。組織内分布が良好で、高い殺菌作用を示す。現在も結核治療において最も有用かつ最も安価な唯一の薬剤である。 |
リファンピシン(RIF) |
経口投与。殺菌的に作用する。吸収性は良好で細胞および髄液中に良好に移行し、迅速に作用を発揮する。晩期再発を引き起こしうるマクロファージまたは乾酪病変中の潜伏菌の除去も行う。RIFは治療の全過程を通じて使用する。 |
ピラジナミド(PZA) |
経口投与。殺菌的に作用する。最初の2カ月間の集中治療期間中に使用された場合には、治療期間を6カ月に短縮し、RIFに対する薬剤耐性の出現を防止する。 |
エタンブトール(EMB) |
経口投与。最も忍容性の高い第1選択薬であり、妊娠中も安全に使用できる。EMBに対する耐性は、他の第1選択薬に対する薬剤耐性よりも頻度が低い。 |
第二選択薬
ストレプトマイシン(SM) |
筋注。かつて最も頻用されていたアミノグリコシド系薬剤である。非常に効果的で殺菌作用が強いが、薬剤耐性が世界的によくみられる。 |
カナマイシン |
ストレプトマイシン耐性が発現してもなお効果的なことがある。結核症に対して最も広く使用されている注射剤である。 |
カプレオマイシン |
アミノグリコシド系薬剤よりも忍容性がやや良好。 SM耐性の分離株はしばしばカプレオマイシンに感性であるから、結核症治療において重要な薬剤である。 |
モキシフロキサシン |
RIFと併用するとINHと同程度の活性を示すとみられている。 |
ベダキリン、デラマニド、ステゾリド |
新規抗結核薬。典型的には高度耐性結核または他の第2選択薬に耐えられない患者専用である。 |
治療後の経過観察と再発
治療が順調に終了しても1~2%は再発するので治療後2年間は経過を観察する。
感染症法下での管理
結核を診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る義務がある。保健所が感染性があると判断した場合には入院が勧告される。結核でないとわかったり、結核でも感染性が無くなれば退院できる。
感染性の結核と診断されれば、保健所が患者のまわりに結核の患者さんがいないか、あるいは結核がうつっていないかを調べる。感染性の結核患者と接触歴があり結核感染が明らかな場合には将来の発病を防ぐために抗結核薬の一部(多くはINH単剤)を6~9ヶ月内服することがある。薬を服用すれば発病を半分に減らすことができる。
予防
結核の予防策については、下記のような方法が知られている。
- BCG接種(予防接種)
- 結核に対する抵抗力(免疫)をつけるワクチン
- 日本では生後1歳になるまで(5~7カ月)に接種
- 予防接種の効果は10~15年持続する
- 潜在性結核感染症治療(化学予防)
- 結核の感染者は、1~2年内に発病するリスクが高い
- そんな高リスク者を対象とした予防的感染治療
- 発病のリスクは2分の1~5分の1くらいに低減
- 接触者健診
- 結核感染者の接触者への調査や検査
- 保健所が行う重要な結核対策
- 普段の心がけ(生活習慣)
- 普段から適度な運動
- 十分な睡眠
- 栄養バランスのとれた食生活
- 禁煙
- 抵抗力(免疫力)を高めておく
あとがき
結核は、現代でも依然として重要な感染症であり、特に開発途上国では大きな問題となっている。そのため、結核は「復興疾病」とも呼ばれることがある。
現代の日本でも毎年約12,000人が新たに結核を発症し、毎年約1,900人が結核で亡くなっていると報告されている。特に高齢者や社会的弱者、基礎疾患など様々な医学的リスクを持った人々に発症者が集中しているという。これはシニア世代を生きる私たちにとっては嬉しくない話である。
【参考資料】
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
日本では毎年約12,000人が新たに発症!古くて新しい感染症、「結核」にご注意を! | 政府広報オンライン (gov-online.go.jp) |