はじめに
フィンセント・ファン・ゴッホやエドワルド・ムンクといった著名な芸術家が精神疾患を抱えていたとう話は有名である。彼ら芸術家は、自身の精神疾患を通じて独自の視点や感情を表現する手段を見つけて、それを創造的な作品につなげているということになる。「天才」と呼ばれた芸術家が、自身の精神疾患から得たパワーを作品に落とし込む様子は、「天才と狂気は紙一重」という表現によく合致する。
興味深いことに、統合失調症や双極性障害を持つ人の親族には芸術家が高い割合で現れることが知られている。これは、創造性と精神疾患が何らかの形で関連している可能性を示唆するものである。脳の機能のうち「創造性」や「オリジナリティ」を生み出すプロセスの根源を考える上で非常に興味深いものである。
実際に、統合失調症や双極性障害といった精神疾患と創造性が、遺伝的な根を共有していることを示唆する研究結果もあるという。これは、創造性と精神疾患が同じ遺伝的要素によって引き起こされている可能性を示していると言ってよい。
統合失調症は、精神病症状(幻覚や妄想)や意欲が低下し(意欲の障害)、感情が出にくくなる(感情の障害)などの機能低下、認知機能の低下(無秩序な思考)などを主症状とする精神疾患(精神障害)である。
この統合失調症と呼ばれる精神障害を治療したがために卓越した芸術家のような若者がかつてのような創造力を失ってしまったという話を聞いたことがある。そのような場合における「治療」とは何かを深く考えさせられた経験が私にはある。つまり、そのような芸術家(天才?)の卵だった人物を私は知っている。
統合失調症とは
統合失調症 (Schizophrenia)は、思春期後期から青年期に発症することが多く、徐々に進行する慢性の精神疾患である。
統合失調症は、脳の働きが障害されるためにおこるもので、精神機能の統合が乱れている状態であるために様々な症状が発現する。幻覚、妄想、無為(意欲の低下)が主な症状である。但し、本人は病気を自覚していないことが大半である。
発症年齢は15歳~35歳が大半を占めており、平均発症年齢は男性は21歳、女性は27歳と男性の方が早く発症する傾向がある。2008年の厚生労働省の調査によると、統合失調症で治療を受けている人は全国に約80万人おり、一生のうちに統合失調症にかかる人は、およそ100人弱に1人と推定されている。これは、かなり高い頻度であり、けっして珍しい疾病ではない。
統合失調症の人は、治療によって人格も変わり、病気になる前に比べて、創造的で生き生きした部分がなくなると言われている。統合失調症は、発病してから5年ほどは幻聴や妄想、興奮状態などの激しい症状が出るが、発病から10年程度で次第に落ち着いてくる。ただし、再発しやすいので注意が必要である。
統合失調症は、かつて精神分裂病と呼ばれていた疾病である。以前の病名では、精神そのものが分裂してしまうとの誤解や偏見を生じやすいことから、日本精神神経学会が2002年8月に呼称を変更した経緯がある。
原因
統合失調症は、遺伝的要因が大きく影響するといわれるが、一つの遺伝子によって説明ができる疾病ではない。遺伝的素因が見られる場合においても、さまざまな因子が重なり合って発症すると考えられている。
両親の一方が統合失調症である場合、その子どもが統合失調症になる割合は約16%といわれている。この発症率は、一般人口の発症率(約1%)より明らかに高いことから、発症にはある程度遺伝が関係していると考えられている。
しかしながら、一卵性双生児の1人が統合失調症であっても、もう1人が統合失調症である確率は50~60%であり、統合失調症の発症には遺伝だけではなく、それ以外の要因も関係していることを示している。また、親族に統合失調症の患者がいなくても発病するので、遺伝的な素因は、決定的な発症要因ではない。
脳内の神経と神経の間で働いている物質が関係しているといわれている。すなわち脳内の神経ホルモンのバランスが乱れて生じるとも考えられているが、明らかな原因はまだ特定されていない。ドーパミン系やセロトニン系といった神経系に何等かのトラブルが生じていると考え、治療薬の研究開発が行われている。
脳の機能異常と心理的なストレスなどが相互に関係しているとも考えられている。発育段階における環境要因も関係するとされている。また、家族関係による強いストレスが、発病を促進するのではないかとの指摘もあるが、原因そのものではない。
統合失調症は、双極性障害と同様に脳の中に発症原因があると考えられており、ストレスや環境の変化などの外部要因で発症するうつ病とは明らかに発症原因は異なっているようだ。
症状
統合失調症では多彩な症状が見られる。すべての症状がすべての患者で見られるわけではないが、主な症状は、幻覚、妄想、無為(意欲の低下)である。
症状は、幻覚、妄想、興奮などの派手な症状(陽性症状)と、無為(意欲の低下)、自閉、感情鈍麻といった目立たない症状(陰性症状)に分けられ、発症初期(急性期)には陽性症状が主体であるが、慢性期には徐々に陰性症状が主体になっていくことが知られている。
統合失調症で最もよくみられる幻覚は、幻聴であり、患者は非常に不安な気持ちになったり、被害妄想を抱いたりする。
統合失調症では、徐々に意欲がなくなっていくのが特徴である。意欲の低下がひどくなると、1日中ボーッとして、ほとんど何もしない状態となる。これを無為と呼ぶ。
統合失調症において知られている症状を下表にまとめてみた。実に多様/多彩な症状があることに率直に驚く。
症 状 | 概 要 |
---|---|
幻覚 | 実際にはないものをあると知覚すること |
幻聴 | 実在しない人の声が聞こえる。 (事例)他人の声が聞こえてくる |
対話性幻聴 | 自分の噂話が聞こえる。本人にとって不快な内容を2人の人物が会話しているのが聞こえる |
考想化声 | 自分の考えていることが声になって聞こえる |
幻視 | 実在しない物が見える |
妄想 | 事実でないことを真実であると確信。ありえない現象を信じる。 |
被害妄想 | 迫害妄想。無関係なことを自分自身に関係があると被害的に確信する。自分の地位・生命・財産が脅かされるという強い被害感。(事例)あの人が咳をしたのは自分へのあてつけだ。悪口を言われている。狙われている。 |
注察妄想 | 誰かに見られているという妄想 (事例)誰かから家の中を監視されている |
被毒妄想 | 毒が入っているという妄想 (事例)食べ物に毒を入れられている |
追跡妄想 | 誰かにつけられているという妄想 |
血統妄想 | (事例)自分は天皇家の子孫だ |
関係妄想 | 何かを自分と関係づける。周囲のできごとに意味づけをする。 (事例)テレビで自分のことを言っている |
誇大妄想 | 大きなことをいう (事例)自分はすごい発明をした |
心気妄想 | 心身の状況について病的に悩む |
嫉妬妄想 | パートナーの不貞を確信する |
妄想着想 | 突然、理解不能な考えを思いついて確信する |
妄想気分 | (事例)なんか周囲がおかしくて不安 |
妄想知覚 | (事例)車が止まったのは神のお告げである |
体感幻覚 | (事例)身体がとけてしまう |
無為 | 意欲の低下/欠如がひどくなり、一日中臥床している状態 |
興奮 | 周囲の働きに理由もなく興奮したりする |
自閉 | 他人・友人との交流を避け、家にこもりがちとなること |
感情鈍麻 | 感情の平板化。喜怒哀楽の表出が乏しくなり,声も単調になる。 笑顔がなくなったり、悲しいときも平然としている |
思路障害 | 思考過程の障害。支離滅裂な思考やまとまりのない会話など。会話の頻繁な脱線や唐突に別の話題を話し出す(思路弛緩)。他の人にはまったく話の意味が理解できない(滅裂思考) |
自生思考 | 自分の考えでない考えが頭に勝手に浮かんでくる |
自我障害 | (事例)自分が自分でない感じ |
思考吹入 | 他人から考えを入れられたり(吹き込まれたり)していると感ずる |
思考奪取 | 自分の考えを抜き取られたと感ずる |
考想伝播 | 自分の考えが周囲に広まりわかってしまうと感ずる |
連合弛緩 | 会話がまとまらなくなる |
作為体験 | させられ体験。誰かに身体を動かされる。 自分の考えや動作が他人により支配され操られていると感ずる。 |
不眠 | 十分に睡眠がとれないこと |
独語 | ぶつぶつ独り言をいうこと |
空笑 | 可笑しくないところで笑うこと |
病識欠如 | 自ら病気であるという自覚がない |
検査・診断
脳の器質的な障害を除外したい場合には、頭部CTあるいはMRI、脳波測定で検査を行う。
症状が少し落ち着いた段階では、各種の心理検査を行う。
統合失調症の診断基準にはWHO(世界保健機関)による1990年の『国際疾病分類』第10版(ICD-10)と、アメリカ精神医学会による1994年の『精神障害の診断と統計の手引き』第4版(DSM-IV)の二つがあり、両方を併用して診断を行なうことが多いが、2000年の『精神障害の診断と統計の手引き』第4版修正版(DSM-IV-TR)の診断基準を活用する傾向にあるようだ。
統合失調症における感情障害と気分障害(双極性障害やうつ病)におけるうつ病相は区別をつけることは容易ではないようだ。下記のようなエピソードがないこと(除外すること)が統合失調症の判断基準になっているようだ。
- 活動期の症状と同時に、大うつ病、躁病、または混合性のエピソードが発症していない
- 活動期の症状中に気分障害のエピソードが発症していた場合、その持続期間の合計は活動期および残遺期の持続期間の合計に比べて短い
治療
統合失調症の治療目標は、精神症状の軽減、再発防止、生活機能低下の防止などであり、そのために抗精神病薬を主とした薬物療法、心理療法、リハビリテーション・地域支援活動が行なわれている。抗精神病薬は、陰性症状よりも陽性症状によく効くが、陰性症状に対しては、薬物療法だけでなく、作業療法やデイケアなどを行なう。
抗精神病薬は、妄想、幻覚などの症状を軽減し、かつ継続的な服用によって再発防止につながる。新しいタイプの非定形抗精神病薬を単剤で使用することが推奨される。そのような薬物療法への理解や家族の疾患への理解・協力を得ていくためには、心理療法が欠かせない。近年では心理療法を併用して、できる限り少ない用量での薬物療法が推奨されている。
薬物療法
薬物療法で使用される治療薬 |
---|
リスペリドン(2008年1月25日承認) |
【薬効分類】非定型抗精神病薬 【作用メカニズム】 【効能・効果】 【製品名】リスパダール 【製造販売】 |
オランザピン(2000年12月承認) |
【薬効分類】非定型抗精神病薬 【作用メカニズム】多元受容体作用型 【効能・効果】 統合失調症、双極性障害における躁症状およびうつ症状の改善 【製品名】ジプレキサ錠、ジプレキサ細粒、ジプレキサザイディス錠 【製造販売】日本イーライリリー |
クエチアピンフマル酸塩 |
【薬効分類】非定型抗精神病薬 【作用メカニズム】 【効能・効果】 【製品名】セロクエル 【製造販売】 |
ペロスピロン塩酸塩水和物 |
【薬効分類】非定型抗精神病薬 【作用メカニズム】 【効能・効果】 【製品名】ルーラン 【製造販売】 |
アリピプラゾール |
【薬効分類】非定型抗精神病薬 【作用メカニズム】 ドーパミンD2, D3, 5-HT受容体部分作動作用・セロトニン5-HT2受容体拮抗作用 【効能・効果】うつ病・うつ状態 【製品名】エビリファイ錠 【製造販売】大塚製薬 |
ブロナンセリン(2008年1月承認) |
【薬効分類】非定型抗精神病薬 【作用メカニズム】 ドーパミンD2受容体・セロトニン5-HT2受容体拮抗作用 【効能・効果】統合失調症 【製品名】ロナセン錠、ロナセン散 【製造販売】大日本住友 |
クロザピン(2009年4月承認) |
【薬効分類】非定型抗精神病薬 【作用メカニズム】 抗ドーパミン・抗セロトニン作用 【効能・効果】治療抵抗性統合失調症 【製品名】クロザリル錠 【製造販売】ノバルティスファーマ |
パリペリドン(2010年10月承認) |
【薬効分類】非定型抗精神病薬 【作用メカニズム】 ドーパミンD2受容体・セロトニン5-HT2受容体拮抗作用 【効能・効果】統合失調症 【製品名】インヴェガ錠 【製造販売】ヤンセンファーマ |
パリペリドン(2013年9月20日承認) |
【薬効分類】非定型抗精神病薬 【作用メカニズム】 ドーパミンD2受容体・セロトニン5-HT2受容体拮抗作用 【効能・効果】統合失調症 【製品名】ゼブリオン水性懸濁シリンジ 【製造販売】ヤンセンファーマ |
スルピリド |
【薬効分類】定型抗精神病薬/ベンズアミド系 【作用メカニズム】 【効能・効果】 【製品名】ドグマチール/アビリット/ミラドール 【製造販売】 |
スルトプリド塩酸塩 |
【薬効分類】定型抗精神病薬/ベンズアミド系 【作用メカニズム】 【効能・効果】 【製品名】バルネチール 【製造販売】 |
ネモナプリド |
【薬効分類】定型抗精神病薬/ベンズアミド系 【作用メカニズム】 【効能・効果】 【製品名】エミレース 【製造販売】 |
ハロペリドール |
【薬効分類】定型抗精神病薬/ブチロフェノン系 【作用メカニズム】 【効能・効果】 【製品名】セレネース 【製造販売】 |
クロルプロマジン塩酸塩 |
【薬効分類】定型抗精神病薬/フェノチアジン系 【作用メカニズム】 【効能・効果】 【製品名】コントミン/ウインタミン 【製造販売】 |
心理療法、リハビリテーション・地域支援活動
精神面での支え(精神療法)や環境の調整も重要である。家族や学校、勤務先の協力が治療には欠かせない。規則正しい生活に戻し、社会復帰を図るためには、生活指導、生活技能訓練、集団精神療法、作業療法(各種の段階がある)、レクリエーション療法や芸術療法などが症状に応じて行われる。
病院から直接自宅へ帰れない場合は、とりあえず社会復帰のための施設に入って指導を受けたり、自発性の回復、自立の援助のための試みがなされている。自宅にあっても、昼間に施設や病院で指導を受けるデイ・ケア療法が行われている。社会と常に接触しながら治療するためには、早期退院、外来通院療法、社会復帰施設の利用、地域内での治療などを積極的に活用するとよい。
予防
統合失調症の予防策としては、下記のような対策が考えられる。ただし、これらは完全に証明されているものではなく、統合失調症の発症に関連する要素を除外して、発症リスクを軽減しようと考えたものである。現時点では参考程度にしかならないかも知れない。
- 妊娠合併症を避ける
- 妊娠合併症(感染症、ストレス、子癇前症、うつ病など)は子供が統合失調症になるリスクを高める可能性がある
- 子供時代の有害な経験を避ける
- 子供時代の有害な経験(性的虐待、脳損傷、外傷性の初期の経験など)は、統合失調症を引き起こす可能性がある
- トラウマ的/虐待的な状況を避ける
- 薬物乱用を避ける
- 薬物乱用を避け、強い社会的つながりを持つ
- 健康的な習慣とライフスタイルを持つ
- 魚油の摂取
- オメガ3脂肪酸を多く含む魚油を摂取する
- 健康維持
- 妊娠している場合は、特に健康維持に細心の注意を!
- 早期対応
- 軽度であっても症状が現れた場合は精神科医に相談
これらの予防策は、統合失調症の発症リスクを減らすための一部であり、個々人の状況に合わせてアジャストする必要がある。
あとがき
統合失調症は、幻覚や妄想といった精神病症状や意欲が低下し、感情が出にくくなるなどの機能低下、認知機能の低下などを主症状とする精神疾患(精神障害)であり、治療が必要とされる。
また、統合失調症は長期的な能力障害につながることが多いため、総合的な治療(薬物療法、精神療法、および地域支援を含める)が必要になるケースが多いと言われる。
確かに、社会生活に不都合を生じている場合には、「治療」や社会復帰のための支援が必要であるとされる。しかしながら、それは個々人の事情を勘案して最終的には本人自身が選択すべき問題であるかも知れない。
日本を代表する現代芸術家であり、小説家でもある草間弥生さんは、幼少期から幻覚や幻聴を体験しており、統合失調症であることを公表されている。彼女は、幼い頃の自身の体験から網目模様や水玉模様をモチーフにした絵画を制作し始めたという。
草間さんの作品は、水玉模様や網目模様などの同一のモチーフの反復によって絵画の画面や彫刻の表面を覆うことが特徴である。その水玉模様の作品は、草間さんが「水玉の女王」と呼ばれるようになったきっかけでもあり、代表的作品でもある。
草間さんは、1957年に渡米し、ニューヨークで前衛芸術家としての地位を確立したという。彼女は絵画だけでなく、立体作品の制作や過激なパフォーマンスを行い、1960年代には「前衛の女王」とも呼ばれるようになった。
また、草間さんは、ファッションデザインや小説の執筆などの活動も行っていて、彼女の小説「クリストファー男娼窟」は第10回野性時代新人文学賞を受賞している。
そんな輝かしい経歴を持つ草間さんではあるが、彼女の人生は統合失調症との闘いでもあったという。草間さんの作品には、彼女自身の経験や感情が反映されており、その中には統合失調症との闘いも含まれている。彼女の作品は、その障害の痛みを伴うものであるが、創造力溢れる芸術家としての遊び心に溢れたものであるとして専門家からの評価が高い。
【参考資料】
脳科学辞典(精神疾患;北村英明、染谷俊幸) |
世界保健機関 ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン |
法研「EBM 正しい治療がわかる本」 |
小学館デジタル大辞泉 |
法研「六訂版 家庭医学大全科」 |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |
草間彌生とは?経歴・人生について分かりやすく解説 |