はじめに
女性だけが持つ卵巣は、最も腫瘍が生じやすい臓器とも言われている。その理由として、いくつかの仮説が知られている。
卵巣は、ホルモンを分泌したり、排卵を行ったりするため、細胞分裂が盛んである。細胞分裂が活発な組織は、細胞の遺伝情報が誤ってコピーされる可能性が高く、がんの発症リスクとなる。
卵巣には様々なものに分化できる多様性のある細胞が存在する。これらの細胞が異常に成長すると、がんの発症リスクとなる。
卵巣は、本来排卵のたびに組織が剥がれ落ち(排卵による物理的なダメージ)、その都度、修復されるが、この修復の際に組織が誤った形を成すことでがんが発生すると言われている。
卵巣がんの5~10%は遺伝が関係すると考えられており、特定の遺伝子変異(遺伝的要素)を持つ女性は卵巣がんになりやすいことが知られている。
以上のような要素が組み合わさることで、卵巣は最も腫瘍を生じやすい臓器となっているとされる。
卵巣がんの発症率は、地域や年齢、あるいは個々人の遺伝的要素や生活習慣などにより異なるので、一概には言えないが、次のような統計データが参考になるかも知れない。
日本では、卵巣がんの罹患率は、人口10万人あたり約20.7例とされている。また、卵巣がんの発生頻度は10万人あたり約14.3人という報告もある。一般集団の女性の約1.3%が一生のうちに卵巣がんを発症するとも言われている。特に、40〜60代の女性の約1%が卵巣がんを発症するとも言われている。これらの数値はあくまでも一般的なものである。
卵巣がんとは
卵巣がん(Ovarian cancer)は、卵巣に発生したがん(悪性腫瘍)である。卵巣に発生する腫瘍には、良性と悪性、その中間的な境界悪性というものがある。
卵巣に腫瘍ができたからといって、卵巣がんとは限らない。卵巣がんは、進行すると、腹部の中にがんが広がる腹膜播種が生じやすくなる。また、胃から垂れ下がって大腸小腸をおおっている大網、腹部の大血管の周りにある後腹膜リンパ節、大腸、小腸、横隔膜、脾臓などに転移することがある。
卵巣は、女性の生殖器で、卵子を作り出す左右一対となった臓器である。卵巣の主な機能は、卵子の元になる卵細胞(原始卵胞)を保持及び維持・成熟させつつ体腔内から子宮へ放出することと、女性ホルモンであるエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)を分泌する内分泌器官としての働きを持つことである。
卵巣の腫瘍はその発生する部位によって、上皮性腫瘍、胚細胞性腫瘍、性索間質性腫瘍などの組織型に分類されている。最も多いのは、卵巣の表層をおおう細胞に由来する上皮性腫瘍である。上皮性腫瘍は、卵巣がんの90%を占めている。さらに、 上皮性腫瘍は、漿液性がん、粘液性がん、類内膜がん、明細胞がんの 4つに分類され、それぞれ異なった性質をもっている。尚、上皮性腫瘍の次に多いのは、卵子のもとになる胚細胞から発生する胚細胞性腫瘍 である。
原因
卵巣がんは、主に閉経期と閉経後の女性に発症する。下記のような要因が、 卵巣がんのリスク上昇 を引き起こす:
- 未経産
- 高齢での出産
- 早い初経
- 閉経の遅れ
- 子宮体癌,乳癌,結腸癌の既往歴/家族歴
症状
卵巣がんは一般に自覚症状に乏しいことが多く、そのため無症状のうちに進行して半数以上が診断時に進行がんの状態で発見されるといわれている。
卵巣がんが疑われる主な症状には下記のようなものがある。
- 下腹部の不快感(しこりが触れる)
- 腹部の張りや痛み
- 頻尿(トイレが近い)や乏尿、便秘
- 腰痛
- 腹部の膨らみ
- 骨盤部の痛み
- 食欲の低下
- 体重減少など
卵巣がんが腹膜に拡がっていく腹膜播種が進行すると腹部に水分(腹水)がたまるため徐々に腹部が膨らんでくることがある。この段階になると骨盤部の痛み、貧血、体重減少がみられることもある。 卵巣腫瘍は手術などにより組織診(病理診断) を行わなければ良・悪性の判定は困難である。
検査・診断
内診、直腸診、超音波(エコー)検査、CT検査、MRI検査などを行う。卵巣がんは、画像検査や診察では良性の卵巣腫瘍との区別が難しいため、病理検査を行うことによって診断を確定する。腫瘍マーカー検査は、治療後の経過観察の検査の1つとして行うことがある。
内診、直腸診 |
子宮や卵巣の状態を腟から指を入れて調べる。また、直腸やその周囲に異常がないかを肛門から指を入れて調べる。 |
超音波(エコー)検査 |
より近くで子宮や卵巣を観察するため、腟の中から超音波をあてて調べる経腟超音波断層法検査を行う場合もある。卵巣腫瘍の性質や状態、大きさをみたり、腫瘍と周囲の臓器との位置関係を調べたりする。 |
CT検査、MRI検査 |
CT検査では、X線を利用して卵巣から離れた場所への(遠隔)転移の有無やリンパ節転移などを確認する。MRI検査では、磁気を利用して周囲臓器への腫瘍の広がり(浸潤)や腫瘍の大きさ、性質や状態などを確認する。卵巣がんの検査では両者を組み合わせて行うことがある。 |
細胞診・組織診(病理検査) |
細胞診では、胸水や腹水などにがん細胞が含まれていないかを検査する。手術前に胸水や腹水がみられる場合は、皮膚から針を刺して胸水や腹水を採取し、検査を行う。 組織診では、手術で採取した組織を検査し、良性・境界悪性・悪性の判定および組織型の判定を行う。最終的な結果が出るまでには2週間から3週間かかる。手術前に境界悪性や悪性が疑われた場合には、手術の範囲を決めるために手術中に病理検査を行うことがある(術中迅速病理検査)。術中迅速病理検査は時間的な制約などがあり、手術後に詳しく行った最終病理検査の結果と異なる場合がある。 |
腫瘍マーカー検査 |
卵巣がんの腫瘍マーカーには、CA125がある。卵巣がんの場合、CA125が上昇することが多いが、上昇しないこともある。腫瘍マーカーの値の大きさそのものよりも、治療の前後で値がどのように変化するのかをみることが重要である。腫瘍マーカーは、再発の早期発見に有効であるが、それだけでは腫瘍の悪性度や進行具合などの判定はできないことから、画像検査などを組み合わせて総合的に判定を行う。 |
治療
病期(ステージ)
治療方法は、がんの進行の程度や患者の体の状態などから検討する。がんの進行の程度は、病期(ステージ)として分類する。卵巣がんでは、がんがどの程度広がっていたかが手術により判明した時点で決まる、手術進行期分類を用いている。(表1参照)
病期(ステージ) | 臨床所見 |
---|---|
Ⅰ期 | 卵巣あるいは卵管内限局発育 |
ⅠA期 | 腫瘍が片側の卵巣(被膜破綻※1がない)あるいは卵管に限局し、被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液※2の細胞診にて悪性細胞の認められないもの |
ⅠB期 | 腫瘍が両側の卵巣(被膜破綻がない)あるいは卵管に限局し、被膜表面への浸潤が認められないもの。腹水または洗浄液の細胞診にて悪性細胞の認められないもの |
ⅠC期 | 腫瘍が片側または両側の卵巣あるいは卵管に限局するが、以下のいずれかが認められるもの |
ⅠC1期 | 手術操作による被膜破綻 |
ⅠC2期 | 自然被膜破綻あるいは被膜表面への浸潤 |
ⅠC3期 | 腹水または腹腔洗浄細胞診に悪性細胞が認められるもの |
Ⅱ期 | 腫瘍が一側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し、さらに骨盤内(小骨盤腔)への進展を認めるもの、あるいは原発性腹膜がん |
ⅡA期 | 進展 ならびに/あるいは 転移が子宮 ならびに/あるいは 卵管 ならびに/あるいは 卵巣に及ぶもの |
ⅡB期 | 他の骨盤部腹腔内臓器に進展するもの |
Ⅲ期 | 腫瘍が片側または両側の卵巣あるいは卵管に存在し、あるいは原発性腹膜がんで、細胞学的あるいは組織学的に確認された骨盤外の腹膜播種ならびに/あるいは後腹膜リンパ節転移を認めるもの |
ⅢA1期 | 後腹膜リンパ節転移陽性のみを認めるもの(細胞学的あるいは組織学的に確認) |
ⅢA1(ⅰ)期 | 転移巣最大径10mm以下 |
ⅢA1(ⅱ)期 | 転移巣最大径10mmを超える |
ⅢA2期 | 後腹膜リンパ節転移の有無関わらず、骨盤外に顕微鏡的播種を認めるもの |
ⅢB期 | 後腹膜リンパ節転移の有無に関わらず、最大径2cm以下の腹腔内播種を認めるもの |
ⅢC期 | 後腹膜リンパ節転移の有無に関わらず、最大径2cmを超える腹腔内播種を認めるもの(実質転移を伴わない肝臓および脾臓の被膜への進展を含む) |
Ⅳ期 | 腹膜播種を除く遠隔転移 |
ⅣA期 | 胸水中に悪性細胞を認める |
ⅣB期 | 実質転移ならびに腹腔外臓器(鼠径リンパ節ならびに腹腔外リンパ節を含む)に転移を認めるもの |
日本産科婦人科学会・日本病理学会編
「卵巣腫瘍・卵管癌・腹膜癌取扱い規約・病理編第1版(2016年)」を基に作成
※1卵巣の表層をおおう膜が破れること。
※2腹腔内に生理的食塩水を注入した後、腹腔内貯留液とともに回収したもの。
卵巣がん 治療:[国立がん研究センター がん情報サービス]
卵巣がんの治療の選択
治療法は、標準治療に基づいて、体の状態や年齢、患者の希望なども含めて検討し、決定する。卵巣がんの場合、手術(外科治療)によって、組織型と手術進行期分類を基に診断する。手術前の検査で境界悪性や悪性が疑われる場合には、術中迅速病理検査を行い、その結果が悪性であれば、手術中に病期を決定するために必要な処置を追加することがある。術中迅速病理検査ができない施設では、最終病理検査の結果が悪性であれば、切除可能な部分に対する再手術を行うこともある。 (図1参照)
卵巣がんは進行した状態で発見されることが多いため、術後化学療法が行われることがほとんどである。早期に発見された場合でも、がんの種類によっては再発の危険があるため、化学療法を行うことがある。(図1参照)
手術(外科的療法) |
卵巣がんでは、手術により、がんが取りきれたかどうかが予後に影響し、残存する腫瘍の大きさが小さいほど予後がよくなる。初回手術では、可能な限りがんを摘出することが原則である。標準治療として行われているのは開腹手術である。腹腔鏡下手術は良性腫瘍で広く行われているが、卵巣がんでは開腹手術と比較して推奨できるだけのエビデンスがなく、現時点では標準治療ではない。 |
放射線療法 |
再発した場合の疼痛や出血などの症状を緩和するために行うことがある。また、脳に転移している場合は、症状の緩和だけでなく、予後の改善のために行うことがある。 |
薬物療法 |
卵巣がんは、がんの中では化学療法が比較的良く効くがんの一つである。術後の補助療法としてのほか、がんが卵巣の外(腹腔内)に拡がっている場合にも施される。 卵巣がんは進行した状態で発見されることが多いため、術後化学療法を行うことがほとんどである。早期に発見された場合でも、がんの種類によっては再発の危険が高いことがあるため、術後に化学療法を行うことがある。術後の化学療法を省略できるのは、病期がⅠA期もしくはⅠB期で、さらに分化度がグレード1の場合のみである。尚、明細胞がんについては、高悪性度として扱われているため、ⅠA・ⅠB期であっても術後に化学療法を行う。また、初回手術が安全もしくは十分に行えないと予想される場合に、術前に化学療法を行うことがある。手術で取り切れない腫瘍の大きさが1cm以上になってしまうと予想されるほど進行している場合や、合併症がある、高齢である、腹水や胸水がたまっているなど全身状態が悪い場合が該当する。術前の化学療法により腫瘍が小さくなり完全切除が可能となったり、全身状態が改善したりした段階で手術を行う。 |
薬物療法に用いる治療薬
化学療法 |
パクリタキセルとカルボプラチンの併用 |
ゲムシタビン とシスプラチンの併用 |
リポソーム化ドキソルビシン,ドセタキセル |
分子標的治療 |
ベバシズマブ、シクロホスファミドとベバシズマブの併用 |
予防
卵巣がんの予防策については、下記のような対策が知られている。卵巣がんの発症リスクを低減するために実践することが推奨されている。
- 健康的な生活習慣
- 禁煙
- 節度ある飲酒
- バランスの良い食事
- 定期的な運動
- 適切な体重の維持
- 感染症の予防
- 定期的な婦人科検診
- 早期の段階では自覚症状が現れにくい
- 経腟超音波検査
- 腫瘍マーカー検査
- 低用量ピルの使用
- 卵巣の負担を軽減
- 卵巣がんの予防に効果的とされている
- 遺伝的リスクの管理
- 遺伝的に発症リスクあると判明した場合(例:HBOCという遺伝性疾患)には、手術で卵巣・卵管の摘出を検討
- 予防的卵巣卵管切除(RRSO)で、将来の発症を予防
あとがき
卵巣がんは、生活習慣病には数えられていないが、生活習慣が卵巣がんのリスクを増やす可能性があると指摘されている。
例えば、肥満の女性の方が卵巣がんの発症が多く見られるらしい。また、食生活では肉や乳製品といった動物性脂肪の摂取が多い女性の方が卵巣がんの罹患率が高かったという報告がある。さらに生活習慣病の一つである糖尿病の女性患者では卵巣がんの発症が2.42倍も高いことが知られている。
また、一部の卵巣がんの発症事例において、排卵によって卵巣の表面にキズがつき、そのキズの修復過程で発症するものがあることが報告されている。このタイプの卵巣がんは、排卵の回数が多いと発症しやすくなるので、妊娠や出産の未経験者が該当する。ライフスタイルの多様化で未婚女性が多くなっている現代の日本社会では、卵巣がんを発症する女性が増加する傾向にあるのかも知れない。
【参考資料】
国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センターHP |
卵巣がん・卵管がん:[国立がん研究センター がん情報サービス] |
卵巣がんの治療について | 国立がん研究センター 東病院 |
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
卵巣がんになりやすい人の特徴や原因リスクについて | がんメディ |