はじめに
加齢に伴う老化のプロセスのなかで、加齢は膀胱がんのリスク要素の一つに数えられている。膀胱がんは50歳以上のシニア世代に多く、社会の高齢化に伴い罹患率が上がっているらしい。
その理由は明確には分からないが、加齢により、体の細胞は自己修復能力が低下するとDNAの損傷が蓄積するらしい。そうなると細胞の異常増殖やプログラムされた細胞死(アポトーシス)の制御が失われ、がん細胞が形成される可能性が高まるとされる。
また、加齢によって一般的に免疫システムの機能が低下すると、体内で免疫細胞ががん細胞を見つけ出し、排除する能力が低下しているので、がん細胞が増殖しやすくなると考えられる。
これらのことが重なり合い、加齢は膀胱がんのリスク要素に数えられているのであろう。老化だけの歳はとりたくないものだ。
しかしながら、加齢だけが膀胱がんの発症を決定するわけではなく、他のリスク要素、例えば、喫煙や職業的な化学物質への曝露なども考慮に入れる必要がある。
<目次> はじめに 膀胱がんとは 原因 症状 検査・診断 治療 病期(ステージ) 深達度 膀胱がん治療の選択 筋層非浸潤性膀胱がん(0期・Ⅰ期)の治療 筋層浸潤性膀胱がん(Ⅱ期・Ⅲ期・Ⅳ期)の治療 膀胱がんの薬物療法に用いる治療薬 膀胱上皮内がん(CIS) 予防 あとがき |
膀胱がんとは
膀胱がん(Bladder cancer)は、膀胱にできるがんの総称である。膀胱がんの大部分(90%以上)は膀胱の内部をおおう尿路上皮にできる尿路上皮がん(Urothelial cancer)である。
膀胱は、下腹部に位置する臓器で、尿を貯めることと尿を排出する役割がある。腎臓でつくられた尿が腎盂、尿管を通って膀胱に貯められる。膀胱の壁は筋肉組織でできていて、それが膀胱を大きくしたり小さくしたりすることを可能にしている。尿がある一定以上に貯まると尿意が生じ、膀胱の筋肉が収縮することにより排尿する。
尿路上皮がんは、深達度によって、筋層非浸潤性がんと筋層浸潤性がんに分類される。膀胱がんには、尿路上皮がんのほかに扁平上皮がん、腺がん、小細胞がんなどがある。膀胱がんは、リンパ節、肺、肝臓、骨などに転移することがある。
膀胱の内側は尿路上皮という細胞で被われており、この細胞から生じる悪性腫瘍を 尿路上皮がんといい、膀胱がんの大半を占める。膀胱がんは、人口10万人あたり毎年6~8人発生するが、年々若干増加傾向にある。50歳以上に好発し、男性が女性の2~3倍の頻度で発生する。
原因
尿路上皮の遺伝子の変化によりがん化すると考えられている。また喫煙者は非喫煙者に比べて4倍程度発生率が高いことが知られている。特殊な例として、ある種の染料や化学薬品、寄生虫により誘発されることも報告されている。
危険因子 |
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喫煙(最も頻度が高い危険因子で、新規症例の50%以上の原因) |
フェナセチンの過剰使用(鎮痛薬乱用) |
シクロホスファミドの長期使用 |
慢性的な刺激(住血吸虫症、長期カテーテル留置、または膀胱結石に起因するもの) |
炭化水素、トリプトファン代謝物への曝露 |
特定の工業化学薬品への曝露、特に芳香族アミン (染色工業で使用されるナフチルアミンなどのアニリン色素) |
ゴム、電線、ペンキへの暴露 |
繊維工業で使用される化学薬品への曝露 |
症状
膀胱がんの主な症状には、血尿や頻尿、排尿時の痛み、尿が残る感じ、切迫した尿意などがある。血尿には、尿の色が赤や茶色になり目で見てわかる血尿と、顕微鏡で確認できる血尿がある。がんが進行すると、尿が出にくくなったり、わき腹や腰、背中が痛んだり、足がむくんだりすることもある。このうち、膀胱がんに特徴的なのは、痛みなどのほかの症状を伴わない血尿である。ほかに症状がなく、血尿も出たり出なかったりすることがあるため、受診せずに放置している間に進行してしまうこともあるので、気になる症状がある場合には早めに泌尿器科を受診することが推奨される。
膀胱がんの初発症状としては、 血尿が一番多くみられる症状であるが、かなり進行するまで症状がないこともある。膀胱がんが拡がり、尿管口を塞ぐことで、腎臓でつくられた尿が膀胱に流れてこなくなり、尿管、腎盂が拡張して背部に痛みや違和感を覚えることもある。
原因不明の血尿またはその他の泌尿器症状を呈する患者(特に中年男性または高齢男性)では、膀胱がんを疑うべきかも知れない。
検査・診断
膀胱がんの検査では、まず尿検査を行い、尿の中に血液やがん細胞が含まれているかどうかを確認する。さらに、超音波検査や膀胱鏡検査を行い、がんであることがわかった場合には、転移の有無や膀胱内のがんの深さや広がりを確認するため、CT検査やMRI検査などの画像検査を行うこともある。膀胱がんの確定診断のためには、治療を兼ねたTURBI(経尿道的膀胱腫瘍切除術)を行う。
尿検査 |
尿に血液やがん細胞が含まれているかどうかを確認する検査(尿潜血検査、尿細胞診)。また、尿中の腫瘍マーカーの有無も確認する。膀胱がんの 腫瘍マーカー では、NMP22やBTAを測定する。この検査だけでがんの有無を確定できるものではなく、がんがあっても腫瘍マーカーの値が上昇しないこともあるし、逆にがんがなくても上昇することもある。 |
超音波(エコー)検査 |
がんの位置や形、臓器の形や状態、周辺の臓器との関係などを確認するための検査。 この検査は、膀胱に尿を溜めた状態で行う。 |
膀胱鏡検査(内視鏡検査) |
内視鏡を尿道から膀胱へ入れて、がんがあるかどうか、その場所、大きさ、数、形などを確認する検査。膀胱がんの診断と治療方針の決定のために、必ず行う検査である。多くの場合、膀胱がんであるかどうかは、膀胱鏡検査によってわかる。 |
CT検査 |
がんの存在や広がりを見たり、リンパ節やほかの臓器への転移を確認したりするための検査。より詳しく調べるために造影剤を使う場合もある。膀胱がんで行われるCT尿路造影(CTウログラフィー)は、腎盂、尿管、膀胱の尿路全体を3次元データの画像にして見ることができる検査で、膀胱のほかに上部尿路(腎盂と尿管)にがんがあるかどうかを調べる。また、がんが膀胱の筋層に及んでいる可能性がある場合には、転移がないか確認するため、全身のCT検査も行う。 膀胱がんでは、がんが筋層に及んでいる可能性がある場合に行う。 |
MRI検査 |
がんの存在や広がりを見たり、ほかの臓器への転移を確認したりするための検査。膀胱がんでは、がんが筋層に及んでいる可能性がある場合に行う。 |
骨シンチグラフィ |
放射性物質を静脈から注射し、骨への転移の有無を調べる検査。骨にがんがあると、その部分に放射性物質が集まることを利用した検査方法であり、痛みなどの症状があり骨転移の可能性がある場合に行う。 |
TURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術) |
がんの進行の程度を調べる検査で、手術方法の1つでもある。検査や治療の1つとして、複数回行うことがある。全身麻酔あるいは腰椎麻酔をしながら、尿道から内視鏡を挿入してがんを電気メスで切除する。切除した組織を顕微鏡で調べることにより、がんの深達度や性質などについて、正確な病理診断を行うことができる(確定診断) ため 、ほぼすべての膀胱がんで行う。膀胱内にできる腫瘍の9割以上はがん(悪性腫瘍)であるため、膀胱内に腫瘍がみられる場合はTURBTを行うことが標準化されている。 また、上皮内がん(CIS)を合併している場合や、合併している可能性がある場合には、正常に見える膀胱の上皮を数カ所採取して調べるランダム生検を行う。 |
治療
膀胱がんの治療では、まず始めに診断と治療を兼ねてTURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術)を行い、その後の治療法を検討していく。治療法には、このほかに、薬物を膀胱内に注入する膀胱内注入療法や、膀胱全摘除術、薬物療法などがある。
病期(ステージ)
治療方針は、がんの進行の程度や体の状態などから検討する。がんの進行の程度は、病期(ステージ)として分類する。病期は、膀胱がんでは早期から進行するにつれて0期~Ⅳ期まである (図2参照)。病期は、次のTNMの3種のカテゴリー(TNM分類)の組み合わせで決める。
Tカテゴリー:がんの深達度
Nカテゴリー:骨盤内のリンパ節への転移の有無や程度
Mカテゴリー:がんができた場所から離れた臓器やリンパ節への転移の有無
深達度
深達度は、がんがどのくらい深くまで及んでいるかを示している。Ta~T4bに分類され、数字が大きくなるほどがんが深くまで及んでいることを表す。
膀胱がんは、膀胱の内側の粘膜に発生する。膀胱の壁には、内側から粘膜上皮、上皮下結合組織、筋層があり、筋層の周囲には脂肪組織がある。がんが筋層まで及んでいるかどうかによって、Ta、Tis、T1を「筋層非浸潤性がん」、T2~T4を「筋層浸潤性がん」と分類する。(図1参照)
膀胱がん治療の選択
治療方針は、がんの進行の程度に応じた標準治療を基本として、患者本人の希望や生活環境、年齢を含めた体の状態などを総合的に検討し、決定される。膀胱がんの治療法はがんの病期やリスクによって異なるため、治療を始める前にTURBTによる病理診断を行う。
筋層非浸潤性膀胱がん(0期・Ⅰ期)の治療
筋層非浸潤性膀胱がんは、病変の数や大きさ、深達度、異型度、上皮内がん(CIS)を併発しているかどうかなどによって、低リスク群、中リスク群、高リスク群、超高リスク群に分類される。膀胱がんの異型度は、組織の構造や細胞の形が正常なものとどのくらい異なっているかによって、低異型度(low grade)と高異型度(high grade)に分けられる。
TURBTによって筋層非浸潤性膀胱がんと診断された場合、膀胱の中に細胞障害性抗がん薬やBCG(ウシ型弱毒結核菌)を注入する膀胱内注入療法を行う。薬の種類や回数、期間はリスク分類などによって検討する。上皮内がん(CIS)以外の高リスクの筋層非浸潤性膀胱がんでは、2回目のTURBTを行うことがある。また、BCGなどの膀胱内注入療法に効果がみられなかった場合には、膀胱全摘除術を行うこともある。
筋層浸潤性膀胱がん(Ⅱ期・Ⅲ期・Ⅳ期)の治療
転移がない筋層浸潤性膀胱がんの標準治療は、膀胱全摘除術である。膀胱を摘出した場合、尿を体外に排出する経路をつくるために、尿路変向(変更)術が行われる。高齢であったり合併症をもっていたりする場合には、TURBT、薬物療法、放射線治療などを組み合わせる膀胱温存療法を行うこともある。転移があるなどがんが進行している場合には、薬物療法などを検討する。
内視鏡治療:TURBT(経尿道的膀胱腫瘍切除術) |
尿道から膀胱内に内視鏡を挿入し、がんを電気メスで切除する治療法で、検査も兼ねて行う。手術の前に全身麻酔または腰椎麻酔をする。筋層非浸潤性膀胱がんの場合、TURBTでがんを切除できることもある。初回のTURBTで再発、または筋層浸潤や所属リンパ節への転移などの進展のリスクが高いと判断された場合や、筋層まで切除できず、筋層にがんがあるかどうか判断できなかった場合には、再度、TURBTを行うことがある。 |
膀胱内注入療法 |
TURBTの後に、筋層非浸潤性膀胱がんの再発や進展を予防する目的で、細胞障害性抗がん薬やBCG(ウシ型弱毒結核菌)を膀胱内に注入する治療法である。注入は尿道からカテーテルを通して行う。尚、上皮内がん(CIS)の場合は、治療を目的としてBCGを注入する。治療の効果については、膀胱内の組織を採取して顕微鏡で確認する。 化学療法薬またはBCGを繰り返し膀胱に注入することにより、再発率を減少させることができる。膀胱内注入療法は週1回6~8週続けて行われる。再発のリスクが高い場合はその後も維持療法として3~6ヶ月毎に3週程度BCG注入を行うこともある。 |
手術(外科治療) |
転移のない筋層浸潤性膀胱がんでは、膀胱を手術ですべて取り除く膀胱全摘除術を行う。膀胱を切除した後は、尿路変向術を行い、尿を体外に出す経路を作る。膀胱を取り除く場合は、尿を排出する手段(尿路変向)が必要であある。回腸導管という方法では、腸管で形成された回腸ループという通路を経て、腹壁に設けた開口部から尿を排出させる方法を取る(標準的な尿路変向術)が、尿は開口部より絶えず流出するため、体の外に集尿袋を装着する必要がある。また、筋層浸潤性膀胱がん(T2以上)の場合 、男性では、前立腺と精嚢も摘出し、女性では、場合により子宮、卵巣および腟の一部が摘出される場合もある。 |
放射線治療 |
がんに放射線をあてて縮小させる治療法。膀胱がんでは標準治療ではないが、筋層浸潤性膀胱がんで膀胱の温存を希望する場合や、全身状態などから膀胱全摘除術が難しい場合に、TURBTや薬物療法などと組み合わせた集学的治療の一部として行うことがある。また、がんが進行したことによる膀胱出血や、骨転移による痛みなどの症状を和らげる目的で、放射線治療を行うこともある。 |
薬物療法 |
進行していて切除が難しい膀胱がんや、転移や再発したがんに対しては、薬物療法を行う。膀胱がんでは、がんの増殖を抑えたり成長を遅らせたりするために 細胞障害性抗がん薬や免疫チェックポイント阻害薬を使用する。 |
免疫療法 |
免疫療法は、免疫の力を利用してがんを攻撃する治療法。2021年3月現在、膀胱がんの治療に効果があると証明されている方法には、免疫チェックポイント阻害薬を使用する薬物療法と、BCGを用いる膀胱内注入療法がある。 |
緩和ケア/支持療法 |
緩和ケアは、がんに伴う心と体、社会的なつらさを和らげる。がんと診断されたときから始まり、がんの治療とともに、つらさを感じるときにはいつでも受けることができる。支持療法とは、がんそのものによる症状やがんの治療に伴う副作用・合併症・後遺症を軽くするための予防、治療およびケアのことを指す。 |
リハビリテーション |
尿路変向術は身体的変化に加え、生活面や心理面に影響することがある。尿路変向術を行った場合は、それぞれの特徴に応じたケアと合わせて、新しい排尿管理法を習得するためのリハビリテーションが必要である。 |
膀胱がんの薬物療法に用いる治療薬
細胞障害性抗がん薬 |
進行していて切除が難しい場合や、転移がある場合: GC療法 (ゲムシタビンとシスプラチンの併用) 腎機能に障害がある場合: GCarbo療法 (ゲムシタビンとカルボプラチンの併用) 膀胱全摘除術の前に、手術の効果を高めたい場合: シスプラチンの単独投与 従来の抗がん剤の組合せより副作用を抑えつつ転移巣の治療を行いたい場合: パクリタキセルとジェムシタビンの併用 |
分子標的薬 |
エルダフィチニブ(erdafitinib) (化学療法が不成功に終わった場合で、かつ、FGFR3およびFGFR2変異陽性患者における使用を適応として,FDAにより承認されている) |
免疫チェックポイント阻害薬 |
ペムブロリズマブ(キイトルーダ®) |
進行が遅い筋層非浸潤性膀胱がんの場合は、膀胱がんで死亡するリスクは5%未満であるが、がんが筋肉に浸潤した場合の5年生存率はやや悪く、死亡のリスクは20~40%になるとされる。このような場合、化学療法で生存率が上がることもある。がんが筋層を越えて広がっている場合、5年生存率は25~60%である。また、がんがリンパ節やその他の部位に転移している場合は、5年生存率は20~45%である。
膀胱上皮内がん(CIS)
膀胱上皮内がん(CIS)とは、膀胱の表面をはうように発育するタイプで、隆起した病変は生じないが、がん細胞の悪性度は高いがんである。悪性度は高いが、非浸潤性であり,通常は多巣性で、再発しやすい傾向がある。 他臓器の上皮内がんと異なり、膀胱上皮内がんは放置すると浸潤がんとなり転移することがある。
予防
膀胱がんの予防策については、下記のような対策が知られている。これらの予防策は、発症リスクを低減させる効果あるとされ、その実践が推奨されている。
- 禁煙
- 喫煙は膀胱がんの最も重要なリスク要因
- 喫煙者や喫煙歴がると非喫煙者と比べて発症リスクが増大
- 水分摂取
- 水分を十分に摂取し、排尿を促す習慣をつける
- 定期的な検診
- 職場で化学物質(染料など)を扱う方は曝露を制限
- 発症原因となる染料を扱う方は定期的に検査を受ける
あとがき
膀胱がんと似たような症状がみられる疾患として、膀胱炎、尿路結石、前立腺肥大症、前立腺がんなどが知られている。
また、膀胱炎が長期化すると、膀胱の細胞が慢性的な炎症状態になり、これが膀胱がんの発生を促進する可能性があると言われている。膀胱炎を繰り返す場合には、特に検査が必要とされる。
自覚症状に気付いた際には、早めに受診して検査を受け、原因となる疾患を見つけて適切な治療を受けることが大切である。
【参考資料】
国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センターHP |
膀胱がんについて:[国立がん研究センター がん情報サービス] |
KOMPAS 慶応義塾大学病院 医療・健康情報サイト |
MSDマニュアル 家庭版・プロフェッショナル版 |